ギュンターからの報告を聞いたラインハルトは、ニュルンベルク郊外に設置していた軍議用天幕に向かった。急ぎ天幕に足を踏み入れると、時をおかずして続々と他の副長達も集まった。
後は残る最後の将達を待つばかりである......。
「―――失礼するぜ!すみやせん大将!準備に手間取っちまって遅れた!」
野太い男の声が室内に響き渡る。
声の正体は『突撃機甲旅団』団長のオッサー・フレッサー准将。―――が豪快に天幕の戸を開け放ちながら開口一番で言ってきた。遅刻しておいて悪気はこれっぽっちもない様子に、ラインハルトの横で補佐をしていた『皇近衛騎士団』団長のシュタインは苦言を呈した。
「オッサー准将、何をしておられたのですか。隊長格はすぐさま出頭せよとの命令だったはず」
「ワハハ!そう怒んなって、
オッサーはやはり悪気もなく言った。
『
帝国陸軍主力機『
最新型戦車であり中型戦車の完成形とも目されるⅨ号は火力・防御力ともに従来の重戦車を遥かに凌ぐ性能となっている。更には欠点であった機動力は新型ジェネレーターを搭載した事でパワー不足を払拭。足回りも強化してあった。特徴はその大きな70口径10.5cm戦車砲にあり、車体は
開発コンセプトとして『傑作機90t級
因みにニュルンベルクで保有するケーファー戦車の多くが、本来であれば各戦線に送るべき軍需物資なのだが、この際、多くは語るまい。だからこれが軍規違反というやつかもしれないが聞かなかったことにしよう。緊急事態という言い訳も立つ......はずだ。
とにかくそれをオッサーは此度の戦争で実戦投入する気でいるらしい。
量産体制が万全の開発生産都市であるニュルンベルクなら数を揃えるのは容易く、既に三百輛以上ものⅨ号ケーファー中戦車を保有していた。
実質上、現行におけるラインハルト私設部隊最強戦車である。
つまりオッサーの言う準備とは保有するケーファー戦車全てを突撃機甲旅団に再配備して組み込んだという意味だ。
確かにそれは時間が掛かるのも仕方ない。むしろ良く今日までに間に合ったものだと感心する。
「許す、早く席に着け」
「おうよ!」
オッサーが大人しく座るのを確認すると、ラインハルトは天幕に居る全員をゆっくりと左端から順に見渡す。傍に控えるシュタイン・ボロネーゼ准将を除き、ウェルナー・ロイエンタール中佐、リューネ・ロギンス少佐、最後にオッサー・フレッサー准将。以下四名が円卓の席に座っている。
おもむろにラインハルトは口を開いた。
「これより軍議を始める」
その言葉で明らかに空気が引き締まった。すかさずシュタインが概要の説明をしていく。
説明は事の始まりであるニュルンベルクに入った通信から始まる。
「一刻ほど前に、ハイドリヒ領より通信が入りました。内容は連邦国軍の大規模侵攻を確認したというものです」
「......前もって大将から言われてたから準備だけは進めてたけどよ、いざ本当に事が起きるとはなあ」
「以前より大戦の流れはあった。七年前のダゴン会戦から今まで奴らは動員する兵力を抑えていた。小規模の戦にとどまり、防衛戦に務めていたのも全ては此度の為だったのだろう」
「つまり今まで圧倒的に帝国が有利だと思われていたのは連邦の罠で、その偽りの姿に帝国軍は騙されていたってわけですかい」
「そうだ」
これまで連邦が帝国との戦線を膠着状態に維持していたのは、一大反攻作戦を始動するための時間稼ぎだったのだとラインハルトは確信する。皇帝は膠着する戦線の打開策としてガリア攻めを行わせたが、意図せずそれが連邦軍が待っていた最後の切っ掛けとなってしまったのだ。実はというと新たに発足したガリア方面軍、その兵力は西方戦線から抽出されたものだ。なぜ最前線から兵力を出したかというと軍上層部は連邦軍が攻勢に打って出るとは毛ほども思っていなかったからだ。なぜならラインハルトが言ったように連邦はそれまで防衛戦にしか力を回さず、兵を出したとしても小競り合い程度の攻勢しかしてこなかったからだ。
開戦当初より帝国軍優勢の戦況である事もあって。
これを連邦軍の戦意低下と考えた上層部は、それまで過剰投入していた西方戦線からの兵力分割を認めた。
それが連邦の策だとも知らず。
帝国の目がガリアに向き、西方戦線の兵力が薄くなった瞬間を狙って―――連邦軍は進撃を開始したのだ。
全ては連邦の筋書き通りだった事を知りオッサーが歯噛みする。
「クソっ!大将はこうなる事を分かってたってのによ!上層部は何やってんだ
上層部の不甲斐なさに悪態をつくオッサー。元々軍には過去の事もあって良い感情を向けていない。これ見よがしに悪しざまに言う事に罪悪感なぞ微塵も感じていないだろう。
「仕方ないさ、こればかりはな。一応帝都に行った時にも上奏したのだが聞き入れてもらえなかった。連邦の守りが堅かったのも確かなのだからな」
それでも納得はしかねるといった顔で。
「確かに上層部だって馬鹿しかいないわけじゃない。だが大将が分かってるくらいだから他にも同じ考えの奴はいなかったのかい?」
ラインハルトは首を振った。
「いなかった。だがそれも無理はない。......俺が連邦の動向に気付けたのは
歴史の流れ。世界は大戦に向かっている事をラインハルトだけが知る。
だからこそ連邦に潜ませた諜報員からの報告を聞いて、連邦が進攻を企てている事を予想した。
つまりこれは、
「連邦版バルバロッサ作戦というわけだ.......」
ラインハルトの口から呟かれたその言葉に、首を傾げるオッサー。いや、他の者もその言葉に聞き及びはなかったのか不思議そうな表情だ。
「ばるば....何ですかいそれは?」
「......ここより遥か遠い世界で起きた戦争で使われた作戦名だ。その状況と今が酷く酷似していると思ってな」
「ほおっ!そりゃ面白い!そんな話は聞いた事がないですぜ、かなり昔の話なんでしょうな。ちなみにその戦争で勝ったのはどっちなんですかい?つまり防衛側と侵略側どちらが勝ったんでしょうか......」
興味津々と云った表情で聞いてくる。骨身まで生粋の軍人であるオッサーからしてみれば興味のある話題なのかもしれない。
「.....防衛側の国だったはずだ。状況と照らし合わせれば帝国ということになるな」
「おお、ならその戦いを真似すれば容易に勝てるんじゃないですかい!!」
「だが確か....その国が勝てた要因の大きな一つは
まさか冬そのものを持ってくるなんて芸当が出来る筈もなく。
実現不可能な事だと知り期待満面だったオッサーは一転して残念がる。
と、そこで脱線しかけていた話を戻す為にシュタインが熟黙を止めた。
「この軍議の目的はラインハルト様がこれより如何なる方針を下すかを決める場です、余計な話は慎んでください」
「へいへい、分かってるよ」
「......そうだな、それでは単刀直入に言うとしよう。我が軍の方針は無論、連邦軍との一戦を交えるというものだ。それも今すぐに向かう」
その言葉に反応したのは
「今すぐにですか?それはつまり帝国軍本隊を待たずにということですよね」
「そうだ」
「それは流石に無謀です殿下!帝国軍が結集するのを待って、僕らも軍に再編されましょう」
いつになくウェルナーは声を張り上げ、必死の様子でラインハルトの考えを思い止まらせようとする。
こちらの部隊数は総力を上げても一万に満たないものだ。連邦の一軍と戦えるかも怪しい。だというのに数十万を優に超える連邦軍と戦うなど自殺行為にしかならない。
故に、ここはいったん味方である軍の元に向かい再編成されるべきであるとウェルナーは持論を説く。
ウェルナーの言っている事は正しい、だがそれでもラインハルトは首を振って。
「お前の言う事も一理ある。だがそれでも俺は向かわねばならんのだ。あいつを、友を助けに行かなければならない」
ラインハルトの言う相手が誰なのか直ぐに察した。
「.....ハイドリヒ卿の事ですか」
「ああ。あいつの領土であるハイドリヒは西方戦線と面している。たとえハイドリヒ駐在の軍が防衛線を繰り広げていようと、本隊が結集する前に蹂躙されてしまう。あいつはきっと民を見捨てて逃げようとはしないだろうから、最後まで戦うはずだ、本隊を待っていてはきっと間に合わない。だから俺は手遅れになる前に救援に赴く」
「なぜそこまでして.....!」
それほどに危険を冒してまで向かうつもりなのかウェルナーには分からなかった。
いったい何が主をそうまで駆り立てるのか、その理由を知りたい。
ラインハルトは語る。その胸の内を、隠すことはしなかった。
「それはアイスが俺の友である以前に命の恩人でもあるからだ」
「っ!」
「七年前のダゴン会戦を覚えているな?」
「.....勿論です、殿下と班は違えども、僕もあの会戦を経験した身ですので」
「ならば知っているはず、俺が戦場で死に瀕していた事を。その時、救援に来てくれたのがあいつの部隊だった。以来、俺はアイスと断金の契りを立てた。もしあやつが窮地に陥った時は必ず俺が助けに駆けつけると!故にこれは決定事項だ、認められぬと言うのであれば一人でも俺は行くぞ!」
言うとラインハルトは立ち上がって本当に天幕から出て行こうとした。
唖然とするウェルナー。ラインハルトが天幕の戸に手を触れようとした時、アッと声を上げて慌てて制止する。この人なら本当に一人で行きかねないと判断したのだ。
「お、お待ちください殿下!分かりました、認めますから!軽率な行動だけはおやめください!」
「........であるか」
あっさりと振り向いたラインハルトは満面の笑みでそう言った。悪い冗談だ。
その笑みを見てハアっと項垂れるウェルナー。最初から分かっていたのだ殿下を止められる訳がないと。
......だけど仕方ないじゃないか!殿下の暴走を止められる者が今は僕しかいないのだから。シュタイン准将もオッサー准将もリューネ少佐も殿下の悪ノリを止めようとしない。
むしろオッサーやリューネは煽るタイプだ。殿下を止められるのはあの人しかいない。
早く帰ってきてくださいセルベリア大佐、僕じゃあこの人たちを相手にしきれません.....!
哀愁漂う面持ちでセルベリアの帰還を願うウェルナーだった。私設部隊長の中で一番の最年少であり随一の苦労人である。そんなウェルナーの心配をよそに、座り直したラインハルトは言う。
「とはいってもウェルナーの心配は最もだ。俺とて何の策もなしにこんな事を言いはしないさ」
ラインハルトの言葉にそれまで無言を貫いていた男が口を開く。特殊部隊隊長のリューネだ。
「お前さんが考えなしに言ってない事はこいつも分かってるさ、だけど、どうする気だい?百万以上からなる大軍勢なんだろ?だとすれば連邦は必ず一地方においても十数万から数十万の大軍は動かしてくる、こんな小勢の生半可な作戦じゃ磨り潰されるのがオチだぜ」
まるで連邦軍の事を熟知しているかのような物言いである、いや、実際この中でリューネほど連邦軍に詳しい者は居ないだろう。なぜならリューネ少佐は元はといえど連邦の軍人だったからだ。とはいっても元々の国籍は帝国だ。どういう意味かというと連邦に亡命した後、その後どういった経緯があったかは知らないが彼は帝国に戻って来たのだ。
だが二度も亡命した恥知らずのリューネ・ロギンスに帰る居場所はなく。軍の中においても酷く冷遇されていた。
そんな時、捨て駒程度に扱われていた彼の部隊を拾ったのがラインハルトだ。
「お前さんが
「無論分かっている、お前達の忠心は痛い程にな。故に俺はずっと前から綿密な計画を立てていた。この戦いには勝つ上で三つの鍵が必要となる。その鍵となる重要な存在の一つはお前達であり、もう一つは.....」
「―――失礼する」
その時―――厚い布の扉がバサリと翻ったかと思うと天幕の中に一人の男が入って来た。
それほど背が高いわけではないが引き締まった肉体をしている偉丈夫だ。帝国軍の黒い軍服を身に纏い、明らかに将校としての雰囲気を備えていた。
その男こそラインハルトが待っていた最後の将であり、この戦いに勝つための鍵の一つ。
「.....待っていたぞウォルフ。いや.....。ハプスブルク駐在帝国第三機甲軍司令官ウォルフ・ミッターマイヤー中将......!」
帝国の勇将と名高いその男――ウォルフは精悍な顔つきに穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、参りましたぞ。主君の命により殿下の力となる為に。......少し遅れてしまいましたかな?」
「いや、無理を言ったのはこちらだ。それにこれほど早く来てくれるとは思わなかったぞ」
「軍は先に西部に移動させています。此処に来たのは私を含め護衛の少数だけですので」
ラインハルトはセルベリアが発ったその日に、ウォルフに向けて通信を送っていた。連邦が近々動く可能性がある事と軍の編成をしておいて欲しい旨を。
そして今日、ハイドリヒからの通信があったのと同時に合流する通信を送った。
だが帝国第三機甲軍は大勢だ。移動力はお世辞にも早いとは言えず、その強大さが逆に足枷となる事を理解していたウォルフは軍を既にハプスブルクの最西域に向かわせていた。これで身軽となった彼らは最小限の部下達を引き連れて此処ニュルンベルク郊外にやって来たのだ。最悪、後で合流するのも仕方なしと考えていただけに嬉しい誤算であった。
指揮権委任書を取り出したウォルフがそれをラインハルトに手渡した。
「それでは我が軍の指揮権を譲渡します」
「承った」
これで帝国第三機甲軍10万6千がラインハルトの指揮下に入った。
連邦軍と戦う為の駒は揃い。あと必要なのは舞台だけだ。
そしてそれは既に用意されている。整えられている。
これより激戦地の一つとなるであろう、友が待つ辺境のハイドリヒ領。
そこが決戦の地となるだろう。
「座ってくれウォルフ。これより策を話す、連邦軍と戦う為にあいつと共に計画した我が策を.....」
そしてラインハルトは連邦に勝つための最後の鍵である策を話しだすのであった。