あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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四十一話 連邦軍撃退編

征暦1935年 3月16日。

その日、円環の都とも称されるニュルンベルクの朝は一人の少年から始まりを告げる。

 

「号外、号外だよーー!!ガリア公国に攻め入った帝国軍が大勝利をおさめたよ!!何とあの難攻不落のギルランダイオ要塞をたったの一日で落としちゃったんだ!!詳しくはこの新聞を読んでね!」

 

ニュルンベルクの広場に少年の呼び声が響き渡った。

特徴的な紺色の髪をしている、ダルクス人だ。彼は皆に届けと喉を震わせ、肩掛けバッグの中から何十枚と刷られた新聞を取り出して特大のニュースを披露する。

その声に釣られた一人が新聞を買いだすと、さらに大勢の人が新聞売りの少年の周りに集まる、広場はたちまち活気に包まれた。

みな一様に新聞を読んでいくと喝采を上げる。新聞には見出しでこう書かれていた。

 

『皇帝の名のもとに発足したガリア方面軍が中立国ガリアに圧倒的勝利をおさめる!!』

 

続けて内容には難攻不落のギルランダイオ要塞をたった一日で落とした事や、帝国の攻勢に対してガリアは卑劣な策を取ったがコレを完璧に打ち破って軍の被害は軽微だと書かれてあり、ガリア方面軍への称賛と美辞麗句がこれでもかと紙面を埋めつくしている。

 

それを読み上げては―――ほら見た事かと、帝国に敵対するからこうなるんだと民衆は声高に言い。そうだそうだと周りも賛同の声を上げる。

それはそうだ。大勝利を上げたのだから帝国人として嬉しくない筈がない。

勝利の報に沸き立ち。その喜びを共有したくて家族の元に駆けていく。この町からも軍に入った者は数多い。ガリア方面軍に配属された家族もいるだろう、駆けて行ったのはそういった者達だ。

 

バッグから溢れんばかりに入っていた新聞はあっという間に無くなっていった。その様子に売り子の少年も満足気だ。平時は売れにくい新聞も勝利の報にはみんな飛びつく。勝利というものはそれ程に人を惹きつけるのだ。だからこそ、紙面に書かれている事が、百パーセント事実である事はないと確信をもって言える。なぜなら出版社は真実の中に虚実を混ぜる事で民衆受けするように書いているからだ。誰も帝国の兵士が何人死んだかなんて知りたくない。そういった負の面は隠される事が多いのだ。

恐らくこの新聞もまたその典型例であろう。

 

帝都で人気のある帝戦社らしい字面だ、とラインハルトは帝戦新聞を読みながらそう感想づけた。

 

ラインハルトが居るのは広場の一角にあるカフェテラス。上品かつシンプルな様式で作られた席の一つに座っていて、呆れた事にサングラスを掛けるだけの最小限の変装で済ませている。この町の城主たる男が外に出ているのにそれでいいのかと思わなくもないが現に誰もラインハルトに気付いた様子はない。

 

そんな暇もないのだろう、みんな勝利という美酒に酔いしれて浮かれていた。

中には国歌まで歌い出した若者達までいる、誰もが新聞に書かれている事を真実と決めて疑っていない光景を眺めながらラインハルトは先んじて注文していた紅茶で喉を潤す。

 

「.....。真実なのだろうが、さて、どこまでが本当なのだろうな」

 

全てが嘘ということはないだろうが、どこかに虚が潜んでいるのも事実だ。先ずは疑って見極める必要がある。

なぜならラインハルトが知りたいのは民衆が喜ぶ張りぼての情報ではなくその先に隠された真実なのだから。

面倒な事をしている自覚はあるがラインハルトにはそれをする理由があった。

 

それは―――セルベリア達の安否を確認する為である。

 

というのも事情があり、前もって言うがラインハルトには昨夜の内に情報省から要塞陥落の報告が来ている。だったらなぜこんな事をしているのかというと、その報告に不備があったからだ。己の腹心であるセルベリア含めた遊撃機動大隊の安否確認が未だ取れておらず。引き続き報告を待ったが一向に返って来る気配がない。あるいは意図的に報告が打ち切られた可能性があり。誰がそんなことをするかというと一人しかいない、兄上マクシミリアンだ。

 

理由は恐らく情報規制の為だろう。

だが情報というのはどれだけ必死に隠そうとしてもどこからか流れてしまうものだ。

現にこうして手元にある新聞は戦場に従軍する記者が書いたものだろう。

ならばどこかにセルベリア達に関する記事があったとしてもおかしくはない。

覚醒したヴァルキュリアほど戦場で目立つものはないからだ。

それがないということは規制をかけられている可能性が高いという事でもあった。

 

その証拠に新聞に載せられている写真はどれも当たり障りのないものばかりだ。例えば兵士が戦場を駆ける姿であったりだとか談笑する場面を切り取ったものであったりと、見栄えのするものばかりである。

だがそれでも、どこかにあるはずだ。探し求める情報の一片が。規制の裏をかいて記者が伝えようとする真実がどこかに。

 

だがどんなに調べてもセルベリアに関する記事は一つも()()()()()()

全ての紙面を読み上げて。これ以上は調べても有益な情報は得られないかと思いかけたその時、

とある写真に目が留まる。

それは戦勝記念に撮ったのだろうギルランダイオ要塞の門の前に並ぶ帝国軍の将校達。

注目すべきは彼らではなく、その後ろに鎮座する門だ。戦前は立派な門構えだったであろうそれは特徴的な円形の破壊痕のせいですっかりと変わり果てた様相を見せている。

 

「.....ヴァルキュリアの光」

 

それはまごう事なく蒼き光の力による破壊の痕だった。数日前に兵器研究試験場のドームに空けた穴と酷似している。覚醒したセルベリアがこれを行ったのであろう事は想像に難くない。

命令通り思う存分セルベリアは暴れまわった事だろう。その姿に思いを馳せ浮かぶ笑み。

 

しかし、と浮かべていた笑みを消す。これほどの活躍を公にしないのは何故だ。

考えうる理由は幾つかあるが一つは、セルベリアの武勲を横取りする目論見。だがこの可能性は低いだろう。

そんなことをする意味がないからだ。

 

可能性が高いものとしてはセルベリアの存在自体を抹消しようと云うものだ。

勘だが恐らくこれだろう。恨まれているからな俺は。そう思うと我ながら可笑しなものだ。俺のことを憎んでいるであろう兄上の元に何よりも代えがたい腹心の二人を送り出したのだから。狂っていると言われても仕方ない。

 

だが、それでも果たしたかったのだ、あの時の約束を。大切な兄との最後の絆だったから......。

それも、もう失われた。

 

兄上は俺との約束という最後の柵を断ち斬った。もはや俺のことを敵としか見なさない事だろう。危険なのはセルベリア達だ。目的を果たし用済みとなった彼女たちの首を兄上は冷酷に切る恐れがある。セルベリア達の情報が規制されている時点でそれは明白。そういう男だマクシミリアンとは。

故に、先んじてエリーシャには策を施している。アレがあれば兄上も無理に手は出して来ない筈だ。何も問題はない―――と分かっているのだが。

 

それでも心配になって、こうして民間の情報メディアを使ってまで調べているのだから。女々しいものだ。一時は手放そうとさえ思っていたのに、いざ居なくなればそれに耐えられない。常に傍に居てくれるあいつがいないとこうも不安に襲われる。

 

「.......やはり俺は将の器ではないのだろうな」

 

もっと泰然と振る舞うべきなのだろうが難しいものだ。軍隊を指導するよりも家庭菜園で花を育てる方が性に合っている気がする。この戦争が終わったらそうするのも悪くない。

 

「その時、リアは一緒に居てくれるだろうか......?」

 

物憂げな様子でラインハルトは空しく呟いた。

勿論セルベリアが隣の椅子に座っているはずもなく。返ってくるのは無音である―――かに思われたが背後から音もなく忍び寄った人影が代わりに返事をした。

 

「それは分かりかねますが、勝手に出歩かれて困るのは確かですな」

「む?」

 

声に釣られて振り向いた先には男が立っていた。

これといって特徴のない凡庸な顔つき、質素な服装と相まって一見すると平民にしか見えない。

その男を見てラインハルトは口元をニヤリと歪ませる。

 

「なんだギュンターか、居たのなら先に言ってくれればいいものを人が悪いな」

「失礼、ですが城下に出るのであれば自分に一言、言って欲しかったものです......」

「言わずもがな最初から気づいていただろうに、どうせ他にも居るのだろう?」

 

広場を見渡すがそれらしき護衛の姿は窺えない。目の前の男の様に平民を装って陰ながら護衛対象であるラインハルトを守っているのだろう。頭が下がる思いだ。

だったら勝手に動くなとツッコまれそうだが仕方ないこれが性分なのだから。

 

「それで、どうかしたか」

「先ほど通信がありました」

 

―――途端にラインハルトの目が鋭さを見せる。

それまであった空気が霧散していた。纏う雰囲気が明らかに変わる。

低い声でラインハルトは訊ねた。

 

「どっちだ?」

「西です」

 

ギュンターは簡潔にそれだけを述べた。他人が聞いても訳が分からないだろう。だがラインハルトにとってはそれだけで十分だったのか即座に席から立ち上がる。

 

「......やはり連邦は動いたか。恐らくガリア方面軍の動きが切っ掛けになったのだろう.......。各部隊長を呼び出せ。これより........軍議を行う」

 

ラインハルトは自らを将の器にないといったがそれは違う。確かに争いを好む気質ではないのは確かだが、軍の上に立つ資格を彼は持っている。

なぜなら、()()に向けて歩き出すラインハルトの目には既に、

戦いに赴く将としての輝きが灯っているのだから.....。

 

 

 

 

 


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