あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三十四話

嶮しい山脈の合間から昇る朝日が、煌々と地上を照らしてゆき、新しい一日の始まりを告げる。

 

熾烈を極めたギルランダイオ要塞攻略戦が帝国の勝利に終わってから、

早くも三日が経とうとしていた。

 

その間に起きた事を話そう。

 

ダモン最高司令長官が率いるガリア公国正規軍が完全に撤退した事を確認した帝国軍は、まず始めに毒ガスで満ちた要塞の除染作業を行った。

ガリア方面軍に従事していた衛生兵ほぼ全てを駆りだして行われたソレは、その日の内から開始されるも、あっという間に日を跨ぎ、夜になる頃ようやく終わった。

といっても防衛上必要な優先度の高い区画だけを先に除染しただけで、未だ多くの区画が立ち入り禁止となっていた。除染されたのは主に司令部などの建物内と云った所だ。

勿論の事だが壁に仕込まれていた毒ガスの発生源は最優先で処理されている。

そのおかげで、ほぼ一日を要塞前で待機させられていた私を含めたガリア侵攻部隊第5師団が要塞内に収容されたのは日が頭上に差す昼頃だった。

 

その時に思いがけぬ再会を果たす事が出来た。

私の部下である遊撃機動大隊の面々との邂逅だ。

正直絶望視していた部隊の全滅、だが驚く事にその多くが五体満足で生き永らえていた。

詳しく聞くところによると、私の命令で要塞内の不審物を探す為に散っていた彼らは毒ガスが発生した事を逸早く察知した。各自の判断で退避を始め、その多くはなんと尖塔に逃げ込む事で毒ガスの被害から逃れる事に成功したらしい。

流体ラグナイトガスが空気よりも重かったのが幸いし、塔の上まで毒ガスが立ち込める事は無かったのだ。

その事を知る由もないが、彼らは南方戦線を知る豊富な経験から得た研ぎ澄まされた嗅覚で、正解を導くことが出来たのだろう。

しかし、所謂ベテラン勢は迅速かつ的確な判断から生き延びる事に成功したが、その経験のない新兵達は建物内に取り残され。あわやこれまでかと云う状況にまで追い込まれた。

 

その時だ――立ち込める毒煙の中より奇怪な者達が現れたのは。

まるでこの状況を想定していたかのようにガスマスクを被った黒装束達がその手に持つラグナエイドでもって、息も絶え絶えな兵士達を治療して回ったのだとか。

その姿から死の神であるオーディンの使いがやって来たのかと誤解した者も少なくはなく、生き延びた者達の間では笑い話になっているそうだ。

彼ら黒装束の働きは目を瞠るものだった。おかげで多くの部下たちが彼らに救われた。

 

.......それでも彼らは全知全能の神たるオーディンの使いではない。助けられなかった者達も大勢存在する。

 

実に百余名もの遊撃機動大隊兵員が、ついぞ私の元に戻って来る事は無かった。

それに、いまだ二百名近い者達が傷病兵として治療を受けている。

 

今回の攻略戦は私達、遊撃機動大隊に想像以上の傷を残す結果となった。

.......だからこそ、私は彼らの死を無駄にはしたくない。

 

その思いから私は、ある苛烈な戦いに身を投じていた。

 

すなわち、異様な熱気のこもる要塞の一室にて鉄の得物を振るい.......。

 

 

 

 

 

「待たせたなお前達!わざわざ私自らの手で用意してやったのだ、残すようなことはないと思うが。もし肉の一片でも残してみろ、お前達の母親に代わって私が一から教育してやる!時間は有限だ!十分で作戦を完了し、次の者に代われ、良いな!!」

 

「了解であります!大佐殿!!」

 

「それでは―――グーテンアペティート(召し上がれ)!!」

 

マールツアイト(いただきます)!」

 

 

 

......私は兵士達に料理を振る舞っていた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「っ!?う、美味い!なんだこれは!?こんな料理食べた事がない!香辛料の辛味が効いてて手が止まらん、乾パンとの相性も抜群だ!なんてやみつきになる美味さなんだっ!」

 

初めて見る料理に戸惑いの表情だった兵士達が、恐る恐るスプーンに掬い口に入れた瞬間、目を見開く。各種香辛料の炸裂弾の如き香りが広がると共に極上の味わいが口の中で爆発した。嬉しい悲鳴が食堂内のあちこちで上がる。

 

「ふっふっふ.....」

 

その様子を満足気に見ていた私はやがて厨房の中に入っていく。

 

ごく最近ギルランダイオ要塞は近代化を果たした事もあり、台所は整えられた最新式のものである。俗に云うアイランドキッチンと言うやつだ。要塞に常駐する大勢の人間に一度で多くの料理を提供できるよう想定された、十個もあるラグナイトコンロの上に置かれた大きな寸胴鍋。

 

私はそんな数ある鍋の一つにお玉を入れて、かき混ぜる。

ドロリとした濃厚な褐色のスープの味を整える私の後ろでエプロンを着た(無論私も着ている)

料理人風の兵士が感嘆の声を上げた。

 

「ウチの実家は定食屋を営んでいるのですが、こんな画期的な料理は初めて見ました。“かれー”と言うのでしたか?素晴らしいメニューですねコレは、帝国軍隊式料理の長い歴史から見て、まさにこれは革新的と言っても過言ではないでしょう....!」

 

お世辞ではない。兵士の言ったようにこの料理は正に独創性と画期的さに溢れていた。

まず注目すべきは調理の容易さと味の良さにある。

切り揃えた食材を沸騰する鍋に投下するだけで良いのだ。後は各種香辛料を入れて味を整えるだけ。何と素晴らしい事だろう。これまでの軍隊料理は穀物のクラッカーや豆とひき肉のカーシャが一般的だった。味に工夫はされず食えれば良いと云う認識である。端的に言えばマズイ。味の良い料理は贅沢であり、贅沢は堕落だと考えられる、帝国軍人には唾棄すべき必要ないものと云うのが軍隊料理の一般的な常識だったからだ。そのため料理は不味い方が美徳とされてきた。

だがそれは方便に過ぎない。

軍隊という特性として仕方ない事だが基本的に軍は大飯食らいだ。人が多ければその分の必要な糧食は増える。しかも世界に君臨する大帝国ともなれば、その数は膨大だ。一千万を超える兵士達の腹を満たす為に少なくない国家予算が削られる。激化する戦争の最中、消費される食費は年々上昇傾向にある。

故に帝国上層部は圧迫する軍の食糧問題の負担を軽減しようと考えた。

議論の果てに出された案は色々ある。その一つが食材の水増しである。肉や野菜を水に浸し体積を倍にすると云うとんでもないものだ。体に異常が出ない程度の一定量さえ越えなければ、水増しが許された。

当然そんな食材で料理を作れば味は素っ気ないものとなる。まさしく『食えれば良い理論』だ。

そんな環境なので兵士達が不満を言わないよう、軍隊では不味い料理こそ至上である。と、さも厳格なルールがある様な形で取り繕っていた。

 

そんな環境の中に突如として現れたカレーという名の救世主。

質の悪い食材も香辛料のスパイスによって緩和され、味も美味い。しかも軍の思惑通り水を入れてたらふく食べれる量を作れる。駄目押しとばかりに香辛料を大量に使うから日持ちする。正に帝国軍にうってつけの料理だった。

 

そんな料理を作り出した絶世の美女に尊敬の念が集まるのは当然の事である。

 

「本当に大佐殿には救われました!感謝します.....うぅっ!」

「泣く事はないだろう。まあ、かなり危機的な状況であったのは確かだが......」

 

むせび泣く料理長を務める兵士の男にセルベリアは苦笑する。

 

そう、ガリア方面軍は食糧問題において危機的な状況に瀕していた。

その原因は後方の兵站にあった。

本土である帝国領から糧食を運んでくる任務を受け持つ補給部隊が国境付近で滞っていたのだ。

嶮しい山脈で遭難したのか迷っているのか、詳しい事情は不明だが、事実、後方からの補給には遅れが生じていた。

要塞には十万近い人間が収容されている。食糧が届かない事は死活問題に直結する。

当初はガリア軍が備蓄しているであろう要塞の食糧を使って難を凌ごうと考えられた。

だが、食糧庫の戸を開けた兵士の目に映ったのは、中には何も入っていない伽藍洞の光景だった。小麦の一粒さえ残さず、ガリア軍は食糧の全てを持ち出したのだ。

因みにだが、この持ち出しを指示したのは誰あろうゲオルグ・ダモンであった。

毒ガス兵器を使用する考えだった彼は、初めから要塞を放棄するつもりだった。なので要塞に訪れた時点でダモンは、みすみす帝国軍に食糧を譲るなど言語道断であるとし、食糧庫から全ての食材を外に運び出していた。

わざわざそんな事を行わせたのは貪欲な食に対する執念をもつダモンだからこその事例とも言える。

 

そんな事を知る由もない帝国軍は困り果てた。

なんせ最低限運んで来ていた補給では五日しか持たないのだ。次の補給が届けられるまで一週間は掛かるだろう。明らかに食糧が底を尽きる方が早い。期日まで限られた食材を保たせるのは困難を極めた。

しかし失敗は許されない。ガリア侵攻方面軍に関わる全ての者の命が掛かっていると云っても過言ではないのだ。

 

その責任の重さを突きつけられた料理長の絶望はどれほどだったろうか。

 

そんな時だ。要塞に探りを入れていたセルベリアの耳に、その情報が入ったのは。

 

それならばと、セルベリアは首を吊る勢いで顔を暗くしていた料理長に『カレー』の作り方を教えてやった。

あれならば限られた食材でも量を確保することが出来る。何より味も良い。

さっそく料理長に教えてやり、昨夜から提供され始めたカレーは兵士達にも(おおむ)ね好評のようだ。

 

プロにも負けない眼力で鍋の中のカレーを見詰めていたセルベリアは頷き。

 

「よし。あとはこのスープを切らさないよう、随時水とこの香辛料(スパイス)とカレー粉を投入して味を整えつつ貯めれば問題ないだろう。この料理は日を経つごとに味が深まる、絶対に切らせるな」

「それは楽しみですな」

「だが逆にあまり日を持たせすぎるのも危険だ、食中毒の温床になるからな、よく気をつけてくれ」

「かしこまりました!」

 

ビシリと綺麗な敬礼をセルベリアに向けるむくつけき男達。そこは流石に帝国兵だけの事はある。料理人といってもあくまで料理の技能を持った兵士である事には変わりないのだ。

彼らはもはや目の前の上官に対して心酔していた。料理人としても兵士としても。

なんせ冗談抜きでガリア方面軍の危機を救ってもらった命の恩人なのだから。それだけで彼らが無二の忠誠を誓うに足る理由になるだろう。おまけに美女だ。いや、むしろそれが重要だ。

 

色々と熱い視線を背中に注がれている事に、無頓着なセルベリアは全く気が付かない様子で、何やら対面の白紙の上にペンを走らせている。

直ぐに書き終わると料理長に紙を見せる。

 

「各種香辛料の配合をまとめたカレーのレシピだ」

「よ、よろしいのですか!?このような大事なレシピを見せていただいても!」

 

実家が定食屋を営み、自身もプロの料理人である料理長兼兵士は驚いた表情で言った。

料理人にとってレシピとは命の次に大事なものだ。それをこうも簡単に教えてもらってもいいのだろうか?と云うのが彼の本心だ。

 

「問題ない。元はラインハルト様が考案した料理で私のものではないし、殿下もこのレシピは広く世間に広まってほしいようだ。この機会にカレーの布教をしておくのもやぶさかではない」

 

何てことを言っているが、内心では自分とラインハルトだけの繋がりだった料理が他の者にも伝えられると云うのは、少しだけ惜しいと残念な気持ちがあるのは御愛嬌だ。

 

「......それよりも、聞きたい事があるのだがいいだろうか?」

と、そこでセルベリアの雰囲気が僅かに変わった気がした。

「はい!何でも聞いてください!」

心酔する料理長は気づかない。

セルベリアは何気ない様子で言った。

 

「マクシミリアン殿下の食事はどうなっているのかな?今の時間に食事を持っていくのか?」

 

その言葉に得心が云ったと頷き、料理長は笑って言った。

 

「ああ、その事ですか。食事は後で自分が作って持っていく手筈になっています。今は会議中ですので」

セルベリアの瞳に興味の色が映り、鋭さを見せる。

「ほう、今は会議なのか。と云うことは、今は司令室には居ないのか」

「はいそうです。........あ、この事は御内密にお願いします。一応機密なので」

それに対してセルベリアは安心させる様にふわりと笑みを溢す。

「もちろんだ。この事は私と貴様の秘密だな....」

「あ、ありがとうございます.....あはは」

 

艶やかに微笑むセルベリアを見て、顔を赤らめる料理長は照れたように笑う。完全にセルベリアの美貌に参っていた。自分が何の情報を溢してしまったのか、気にする余裕もないほどに......。

 

セルベリアはひらりとレシピを置いて、

 

「それでは料理の仕込みも終わった事だし、私はこれで行くとしよう、他にも用事があるのでな。レシピはここに置いていく。好きに使ってくれてかまわない」

「ありがとうございます!この料理は自分だけの物にせず、帝国軍全体に広めたいと思います!」

 

しっかりと両手にレシピを掴む赤ら顔の料理長は去りゆくセルベリアの背中にそう誓いの言葉を発したのだった。

 

 

 

 

 

 

........。

 

 

 

 

 

これは余談だが.....。これを機に料理長を発端として帝国軍では、後の世にまで愛される、

『帝国陸軍カレー』が誕生する事となる。それは高い人気を誇り、いずれは民衆にまで広く浸透していく事になる。

五十年後には帝国を代表する国民料理の一つになる程で。

レシピを書いた紙が、戦後、帝国軍史博物館に展示される事になるとは、レシピを残した当の本人ですら知る由はなかった。

 

 

.................

 

 

 

..........

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

何気なく歴史に残る偉業を成し遂げたセルベリアは食堂を出て直ぐの廊下を歩き出す。

 

とある目的を成し遂げるために。

 

その目的とは、ガリア進攻方面軍最高司令官マクシミリアン・フォン・レギンレイヴの内情を探る事にある。

彼がなぜガリア進攻に乗り出したのか、その真意を知るためにセルベリアは動いていた。

 

部下の死を無駄にしないため出来る事をやろうと決めたのだ。

 

兵士達の料理を作ったのも、その一つだ。

どういうことかと云うと、情報収集を行うには標的であるマクシミリアン皇太子の動きを知る必要がある。つまり要塞内でどのような行動で日程を進めていくのかというスケジュールを知りたかった。

そのためには、彼の行動を知る部下に聞くのが一番だと考え、狙いを料理長に絞った。結果は成功と言っても良いだろう。

 

料理長の言葉が真実ならマクシミリアン殿下は司令室に居ない事が確定した。動くなら今しかない。

 

要塞司令室にほど近い通路の辺りまでやって来た。半身になって壁から顔を覗かせると、司令官室の扉が映る。

 

前司令官ゲオルグ・ダモンの部屋であった其処は、除染作業が終わると途端に部屋の中をひっくり返され、機密情報の有無を調べられたそうだ。

そして、今ではマクシミリアン殿下の私室に使われているという。

もしかすると何らかの情報が持ち込まれている可能性は高い。調べる価値はある。

 

しかし、司令室の扉前には衛兵がきっちりと立っていた。予想通りとはいえ邪魔な存在である事には変わりない。

 

「どうするか.....ここはやはりあいつに伝えるべきか」

 

あいつとはメイド女の事だ、普通であればあの女に伝えるのが一番良いのだろうが、セルベリアはあまり乗り気ではなかった。

というのも.......。

 

「.......あの女は殿下にいったいどんなお願いをする気なんだ?もしかすると殿下に不埒な願いを乞うかもしれない。だとしたら私が奴の任務を代わりに完遂してあいつの邪な願いを阻止するべきでは........!」

 

悩む理由はこの一点につきた。

この任務を終えた暁には殿下から褒美を与えられる。何でもお願いを聞いてもらえるという極上の褒美を。

出陣前に殿下自身の口からその権利を与えられたのだ。

だがそれはセルベリアだけでなく、エリーシャも有している。

......あの女のことだいったい何をお願いするのか分かったものではない。

それを阻止するためにセルベリアは動いていた。本当の目的はそれだ。

 

部下を助けてもらった恩があるとはいえ、こればかりは聞けない。

なんせこれは戦争なのだ。愛という名の苛烈なる戦い。

決して負けるわけにはいかなかった。

 

ラインハルトに言われた命令はギルランダイオ要塞攻めに加担し功績を上げる事。

既にこの任務が無事に達成している以上、セルベリアはラインハルトにどんなお願いでも聞いてもらえる事になっている。

 

「ふふ.....」

 

その事を考えるとどうしても頬が緩むのを止める事が出来ない。

こんな時に不謹慎だと思うがこればかりはどうにもならないのだ。

抑えようにも喜びの感情が溢れて仕方なかった。

正直、傍から見たら怪しい事この上ない状況だ。

 

「......っ、いけない。今は任務に専念しなければ.....」

 

いかんいかんと首を振ってどうにか煩悩を振り払う。

 

そして気づいた。

にわかに顔色の変わったセルベリアは心中で愚痴る。

........邪な思いで戦場に立つ者は長生きしないと知っていただろうに、馬鹿か私は。

ふうっと息を吐き自らを戒めるセルベリア。

 

邪念とは怖いものだ。

なんせ、背後に潜む気配に今の今まで気が付けなかったのだから......。

 

自然を装ってチラリと後ろを盗み見る。隠れて確認は出来ないが、やはり居る。神経を集中させれば、十字路の壁の奥でこちらを窺っている何者かの存在が手に取るように分かった。

 

......何者かは分からないがマクシミリアン殿下の手勢と考えるべきだろう。

チッと舌を打ち、小さく呟いた。

 

「ぬかったな.....」

 

それは自らに対しての言葉だ。やはり自分はまだまだ未熟だ。と恥じ入る意味が込められている。

窺っている者から見て、自分がいかに不審な行動を取っているかを考えれば、これ以上の作戦続行は危険だろう。

 

無理をすれば最悪あの女の邪魔になりかねないな......。

 

慣れない事をするべきではないと思うが後の祭りである。

今回の情報収集が上手くいけばあの女がラインハルト殿下に願い事をするのを阻止できるのではないかと考えたのがいけなかった。

恋は盲目であるという有名な言葉を痛感していたセルベリアの視線に、

ふと、並んで女中達が進んでくるのが見えた。

 

いわゆる従軍女官と呼ばれる存在だ。

帝国軍に務める貴族の身の周りの世話などをしたりする彼女達は、他にも兵士の衣服を洗濯したり、掃除をしたりと様々な仕事を行う。

よほど忙しいのか額に汗をして、しかも小走りで廊下を歩いて、セルベリアの方に向かって来る。

 

毒ガスが要塞にまき散らされたと云うのは周知の事実だが。

それによって要塞に勤務していたほぼ全てのガリア人非戦闘員が、毒ガスで死んでいる。

当初の帝国軍としては彼らに被害を与える様なことはせず、逆に雇用することで要塞の維持に務めようとすら考えていた。どうしても軍だけで要塞を維持するのは限界があるからだ。

もちろんやらせる事と云っても簡単な業務だけで、厳戒な監視態勢の下に行われるだろう。

 

その計画も彼ら全員が死んだことによって頓挫したわけだが。

 

まあ、そういう事もあり人手が足りていないのが現状だ。

 

忙しそうにしているのも、恐らくそういった事のしわ寄せが彼女達に降りかかっている為だろう。

 

だからこそ、その女を呼び止めるのに、少しだけ罪悪感を覚えてしまう。

 

思わず、

そちらの仕事を続けさせるべきだろうか......?

 

と悩んでいる間に女官達が私の横を抜けて行く。意を決して口を開いた。

振り向きざまに、

 

「.......そこの君、ちょっといいだろうか。少し聞きたい事があるんだが」

「はい、なんでしょうか?」

 

呼び止めに立ち止まるのは一人の女官。

ゆっくりと振り返る。

 

――女官の格好をした黒髪の女はセルベリアに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 


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