あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十八話

.....朝からセルベリアの様子がおかしい。

 

夕食を終え一息ついていたラインハルトはそう思っていた。

 

と云っても別に怪我や病気をしたわけではなく彼女は至って健全だ。

しかし、今日は何故かラインハルトに対して妙によそよそしい。かと思ったらチラチラと視線を送って来る。

上の空になってため息をついたりもしていた。

今だってそうだ。

傍に控え立つセルベリアは何か考えに耽っているようなのだ。そしてラインハルトをボーっと眺めていたかと思うとまるで邪念を払うように頭を振ったり、自らの責務を思い出したかのようにピシャリと直立し凛とした雰囲気を出したりと忙しい。この行動をもう既に何回も繰り返していた。

 

要は情緒不安定なのだ。

 

「リア、何か悩み事か.....?」

 

二人きりの時にのみしか呼ばない愛称で尋ねると、セルベリアは目を瞬かせてこちらを見た。

 

「は、申し訳ありません。何か言いましたでしょうか.....あ」

 

そう言いながら何やら頬を赤くするセルベリアはやはり何時もの様子とは違う。

それに、ラインハルトの言葉を聞き逃すなんてことは普段ではありえないのだ。

いよいよもって重症かもしれないセルベリアにラインハルトはかぶりを振った。

 

「.....いや、何でもない。それより例の大浴場での件の事だが」

「っ!?....よ、浴場がどうかされましたか!」

「.....うむ」

 

浴場というワードに強く反応を見せるセルベリアになるほどと理解する。

どうやらあの風呂場での件が関係しているようだ。

 

「捕らえた刺客の事だが」

「あ、そちらでしたか.....」

 

少しだけ残念そうにするセルベリアをよそに話しを進める。昨夜、如何なる所業を行ったのか詳しい事は知らないが独房に入れられた男はエリーシャによって情報を吐かされていた。

 

「ごうも....いや、口を割らせたエリーシャの報告では、どうやら依頼人は貴族だったらしい。しかも中々の大物だ。名をフレーゲルと言う」

「フレーゲルですか?聞いた事の無い名前ですね」

 

ピンときていないセルベリアが首を傾げるのを見てラインハルトは苦笑する。

実は因縁浅からぬ相手なのだ。

 

「ふっ確かにこの名前だけでは分からぬよな。そうだな.....こう言えばいいか。帝国中に俺の噂を流布した奴だよ」

「.....まさか」

「ああ、例の『虚け皇子』という噂だ」

 

それを聞いてセルベリアの表情が一変した。

それはセルベリアが片時も忘れたことはない、主君を中傷する噂の名だった。

必ずや見つけ出し悔い改めさせると誓った張本人。それがフレーゲルという貴族.....。

 

.....ようやく尻尾を捉えたぞ。

 

ついに見つけた怨敵の存在に闘志を燃やす。

さっきまでのぼんやりとした態度はどこにもない。今にも駆け出して行きそうなセルベリアに、

 

「まあ待て、その男自体は大した存在ではないのだ」

「え、そうなのですか?」

 

肩透かしを受けたような面持ちのセルベリア。

しかし、さっきは大物とまで評したはずでは?と不思議そうにする。

セルベリアの言いたい事を理解したラインハルトは軽く頷き言った。

 

「その後ろに控える存在が大物なのだ。そいつはブラウンシュバイク候と言う」

 

今度は別の理由でセルベリアの顔色が変わる。

 

「ブラウンシュバイク!?確か大三家の一角に連なる大貴族の名ではありませんか!」

「そうだ。そして恐らくは俺の命を狙う者達の一人でもある。ちなみにフレーゲルはブラウンシュバイク候の甥だ。十中八九フレーゲルの背後には候の影がある。これほどの大それたことをフレーゲル程度が出来るはずもないからな」

 

フレーゲル自体は木っ端な存在なのだ。まあ、その御蔭で背後に控える影を捉える事ができたのだが。

 

「っそんな、帝国を守る候爵家が何故殿下のお命を.....?」

 

信じられないとばかりに驚くセルベリアだが無理もない。

ブラウンシュバイクとは帝国の創立から今に至るまでを支えてきた云わば三つの屋台骨の内の一つなのだ。

帝国内で知らぬ者は居ない名家中の名家。

そんな大貴族が、守るべき存在である皇帝の嫡子の命を狙うだなんて考えるのも憚られる事である。

 

「理由は幾つかあるが第一によほど俺を皇帝にしたくないらしいな」

「ですが殿下は」

「うむ、皇帝になるつもりはない。だが、奴らはそう思っていないらしい」

 

ラインハルトの願望を知るセルベリアの言葉に、ため息をつく思いでラインハルトは首肯した。

まったく傍迷惑にも程がある。

辟易としたラインハルトにセルベリアは真剣な様子で言った。

 

「つまりこの一連の事件はブラウンシュバイク候が裏で糸を引いていたということですか」

「......いや」

 

意外な事にラインハルトは首を振った。

 

「ブラウンシュバイク家はこれまで基本的に中立を保ってきた。まあ、帝国の大三家は帝国の成り立ちから方針は中立なのだがそれは置いておくとして....ここで盟約を反故にしてまでフランツ派の貴族共と手を組むとは思えない.....」

 

帝国には幾つもの派閥が存在するが、中でも中立派と呼ばれる存在の力は極めて強大だ。

たった三つの家で形成されているそれは一見すると全体数としては少ないだろう。

だが、彼らが個々で持つ家の力は他の門閥貴族と比肩するのもおこがましい程で。

一家だけで小国に匹敵しうる勢力を誇る事からも、彼らは貴族達からも畏怖の念で見られていた。

その成り立ちは帝国が未だ小国でしかなかった時代まで遡り、時の国王と共に周辺諸国や時には蛮族達による覇権戦争を生き抜いてきた存在で、彼らの働きがなければ今の帝国はなかったとまで言われている程だ。

 

それ故に帝国が建国後、彼らに与えられた力は絶大で、しかし、その力ゆえに束縛を強いられてきた家でもある。

帝国の安寧を保つため皇子を擁する事を禁じられ皇帝になった者のみに忠誠を誓うのだ。

そのため他の派閥と関わることを嫌う性質がある。

 

その彼らが手を結ぶということはすなわち何者かが橋渡し役を行った......?

もしそうであれば。

 

「およそ最悪の状況もありうるかもしれんな」

「殿下....」

 

見れば緊張した様子のセルベリアがラインハルトをジッと見詰めている。

少し脅かし過ぎたかもしれない。

 

「案ずるな。俺とて黙ってやられるつもりはないさ」

 

一目見れば忘れられないとびきりに不敵なふてぶてしい笑みを浮かべるラインハルト。

効果はあったようでセルベリアは安心したのかホッとした顔になる。

 

「その為にもセルベリア。お前の力が必要不可欠になる。その時は頼むぞ」

「はい殿下!お任せください!」

「ふ....」

 

胸元に手を当てて揚々と頷くセルベリア。少しも臆した様子はなかった。

心配するだけ無駄だったか。どちらかというと俺の方が心配されていたように見える。

内心で苦笑するラインハルトは立ち上がると専用の食堂から退出した。

少しの時間をかけて城の最上階に上がる。

 

「......それでは私はまた後で殿下の部屋にお伺いします」

 

長い廊下を歩き十字路に来た時にセルベリアはそう言った。

昨日の件からセルベリアはラインハルトの傍で常に控えるように努めていた。

それは城中に未だ刺客が潜んでいる可能性を危惧した為だ。

だがラインハルトは違う考えをもっていた。

 

「エリーシャの報告では刺客はもうこの城に居ないそうだから無理をする必要はないのだぞ?俺の護衛なら近衛兵が居る事だし、お前はもう少し自分の時間を使うといい」

 

ラインハルトは前々からセルベリアにはもう少し自分の為に時間を使って欲しいと思っていた。

セルベリアには『遊撃機動大隊』隊長としての仕事もあるのだ。優秀な彼女は自らちゃんと業務を行っている。

だが、そちらの仕事を真っ先に終えて次にラインハルトの護衛もするとなると明らかにオーバーワークだろう。

それを気にしての言葉だったが、

 

「いえ!私の使命は殿下をお守りすることですから!それに私なら大丈夫です、殿下が傍に居てくださるだけで疲れも感じないのです」

 

言って笑みを浮かべるセルベリア。

確かに見たところ疲れた様子は窺えない。無理をしている感じもないから本当に大丈夫なのだろう。

 

「俺が傍に居たら疲れを感じないって....リアは面白い事を言うな、いったいどんな原理だ?」

「そ、それは!何と言いますか......そのぅ」

 

思い出したように顔を赤くしてしどろもどろになるセルベリア。また今朝からと同じ事になっている。

何か言いたそうにしているが言葉が出ない、そんな感じだ。

 

「思い切って言うべきか.....いや、しかしそんな破廉恥な事を言って殿下に幻滅されるのではないか.....?うぅ」

 

ごにょごにょとか細い声で一人何か呟いているセルベリアにラインハルトは首を傾げる。よく聴こえなかったので聞き返した。

 

「どうかしたのか?やはり疲れているんじゃないか....?朝から様子がオカシイようだが」

「は!?い、いえ何でもありません!気になさらないでくださいっ.....それでは私はこれで.....!」

 

慌てて手を振る仕草のセルベリアは律儀に敬礼すると分かれた廊下の先に向かって歩き去って行った。

その後ろ姿を黙って見送っていたラインハルトは彼女の銀髪が横切って見えなくなったのを確認するとふうっとため息を吐いた。

思っていた事を口にする。

 

「.....どうやら嫌われた訳ではないようだな。だが、やはりあの事で気まずくさせてしまったか」

 

それは昨晩の件の事だ。

思い出すのはセルベリアを絶頂させてしまった場面。悪気は無かったとはいえあれはやり過ぎだ。完全にアウト。

しかし浴場という特殊な場所でセルベリア程の美女を前にして黙っていられるはずもない、と云うのは男から見た勝手な言い訳にしかならないだろう。

ラインハルトは苦々しい面持ちになる。

 

「何が責任をとるだ。度し難い馬鹿だな俺は、うぬぼれるな」

 

一夜明けて思うのは自分に対する情けなさと怒りだ。浴場で気が昂っていたとはいえ信頼して身を委ねてくれた女性に不埒な行為を行ってしまったと云う自責の念がラインハルトを襲う。

 

「リアは俺に忠誠を誓ってくれた最初の一人だ。大切な者の信頼を裏切るな」

 

俺達はあくまで忠臣と主君の関係なのだ。

セルベリアもまたそう思って接している筈なのだから。

純粋な彼女の忠誠心を邪な思いで踏み躙っていいはずがない。

高揚した気分に流されてキスしかけた時だって、あれは彼女が受け入れてくれたわけではない。主君に恥をかかせないようにと振る舞った優しさなのだ。

勘違いするな。決して異性として想われている訳ではないのだ。

 

そうだ思い違うな、俺は誰かに愛される存在ではない。

この世界で俺の様なまがい者が人に愛される資格はないんだ。

―――そうだ。

 

「.....実の母親にすら愛されなかった俺が他の誰かに愛されるはずもないだろう.....」

 

言葉はどこか悲しい旋律で紡がれ誰に聞かれる事もなく中空に霧散する。

その後もラインハルトの瞳は空しげにセルベリアの消えた廊下を眺めていた。

 

やがて、視線を掻き消しラインハルトは自室に戻ろうと踵を返そうとする。

その時、反対の廊下から声が飛んできた。

 

「旦那様」

 

呼称を聞いて反射的にエリーシャかと思い視線を向けるも.....違った。

視線の先には確かに美しい女性が立っていたが、彼女の髪は紺色だった。新品なのか真新しい侍女服に身を包んでいる。

彼女はもしや。

 

「奥方か.....?」

「はい旦那様」

 

言ってうっすらと微笑むエムリナの姿にラインハルトは目を剥いた。

 

「なんと...見違えたな!一瞬誰か分からなかったぞ」

 

言い過ぎではなかった。それほどに変わり映えしていたのだ。

あの村から出て来た時は憔悴していて、少しやつれていた彼女は顔色も悪く、無理に笑う様はどこか痛々しくもあった。だが今の彼女にそれらの影はなく優しい表情には人を安心させる暖かみがあった。それが別人を思わせる程だったのだ。

 

「旦那様の御蔭です。温かい食事を摂ることも出来てあの子と暮らす部屋も与えてもらえて......本当にありがとうございます。旦那様には感謝の言葉だけでは言い表せません」

「頭を上げよ奥方....いや、エムリナ。俺はただ罪滅ぼしをしたに過ぎん。俺には礼を言われる筋合いはないよ」

 

深々と頭を下げていたエムリナが顔を上げる。ラインハルトを見てゆっくりと首を振った。

 

「いいえ旦那様。貴方の御蔭で私とニサは救われたのです。それは確かな事ですから何としてもお礼を言いたかったのです」

「俺を憎んでいないのか」

 

ラインハルトは思わず聞いてしまった。言った後にしまったと思ったがもう遅い。吐いた唾は飲み込めないのだ。

だが、例え恨まれていようと甘んじて受け入れるつもりであった。自らが原因で村は襲われエムリナの夫は殺されたのだから。ラインハルトの正体を知った今エムリナもそれを少なからず理解している筈だった。

しかし。

 

「何故ですか?旦那様が私の夫を殺したわけではないではありませんか」

「だが、俺の所為で村は襲われたんだぞ」

 

エムリナはやや間を空けてゆっくりと答えた。

 

「......人には宿命が課せられます。幸せな事であれ過酷な事であれ運命から逃れる事は出来ません。その運命に流されながら人は前に進むしかないのです。だから私は旦那様に感謝こそすれ恨む事はしません。あの人もそう思ってくれているはずです」

 

エムリナの目に宿る光を見て、ラインハルトはもう何も言えない。それがエムリナの本心だと認めたのだ。

 

「......やはりあなたは強いな」

「あの子が居ますから。旦那様にも守りたいと思う人が居るのではありませんか?」

 

ニコリと笑みを浮かべての言葉にラインハルトは戸惑いを見せる。思ってもみない事を聞かれた。

 

「守りたい人か.....」

 

最初に思い浮かべるのはやはり幼い頃のセルベリアだった。

ちょこちょことラインハルトの後ろを雛鳥の様に付いて回る光景が思い出された。

あの頃は幼く弱かった彼女だった。だが、

 

「今や俺では及びつかない強者になったからな、どちらかというと俺の方が守られる側か」

 

セルベリアは当初シュタインから剣を学んでいた俺を真似て始めたのだが。セルベリアは正に天才だった。俺が数カ月かけて覚えた技をたった一日で習得したのだ。あの時は悔しくて泣きそうだったのを覚えている。

それを頑張って堪えて、褒めて欲しそうにしているセルベリアの頭を撫でてやったのだったな、その後に自室で泣いたのだ。あの情景は忘れられない。懐かしくて少しだけほろ苦い思い出だ。

 

「旦那様?」

 

男として複雑な心境でいたラインハルトは不思議そうにするエムリナに何でもないと言おうとして「あっ」と声を漏らす。頭の上にランプが点滅するような面持で。

 

 

「女性に対する悩みは女性に相談するべきか....?」

 

謎のセリフの後にラインハルトはエムリナを見た。

 

「エムリナ。話しがある俺の部屋に来てくれ」

「はい?」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「......なるほど。それでセルベリア様に嫌われたのではないかと危惧されているわけですね。事情は理解しました」

 

旦那様の自室に連れられて来た時は何事かと思ったが、いざ用件について話しを進めていくと何の事はない只の恋愛相談だった。

最初は緊張して聞いていたエムリナも今では落ち着いた様子で円卓の椅子に座っている。

 

「うむ。どうもセルベリアの様子が朝からオカシイようなのでな」

「どのような感じなのですか?」

「そうだな、例えば.....俺と目を合わせないように俯いたり、よしんば目が合ったとしても何とも云えない顔になって視線を振り切るのだ。やはり不埒な行いをした俺に失望し見下げ果てたのであろうな」

「旦那様それは.....」

 

ただ好きな人に痴態を見られたので単に恥ずかしがっているだけでは?と何故か失望されたと思い込んでいるラインハルトに言おうとしたが喉元で吞みこんだ。

ニュルンベルクの道中、エムリナは森の中でセルベリアの想いを聞いている。あの想いを語る時のセルベリアの同性をも魅了する笑顔を知っているエムリナとしては、浴場での行為でラインハルトを嫌うとは思えない。

いや、それどころかむしろ......。

 

(ま、まあ何にせよ。ここで私が彼女の想いを代弁するのは違うわよね.....)

 

そう思ったからこそ言うのを止めたのだ。コホンと頬を赤くしたエムリナ。

いずれ彼女自ら誤解を解くだろうと結論を出し。

 

「愚考いたしましたがセルベリア様はそのくらいで旦那様の事を嫌いにならないと思いますわ」

 

あくまで恋慕の念は教えずに当たり障りのない事でラインハルトの誤解を解こうとした。

 

「そうだろうか?」

「そうですとも、だって嫌いな殿方と一緒に朝からずっと居るなんて私だったら耐えられません。セルベリア様だってそのはずです。つまり朝からずっと共に居る事を望むセルベリア様は旦那様の事を嫌いになんてなっていません!」

 

というか普通だったらとっくにセルベリアの想いに気づいていてもおかしくないはずだが。むしろ恋仲になっていても驚かない。

あれほどの強い絆を間近で見ていたエムリナは何で二人がまだくっついていないのか不思議でたまらなかった。

 

強く言い切ったエムリナに、しかしラインハルトはむうっと口ごもり。

 

「だがあれは臣下として主君の顔を立てただけかもしれん。セルベリアは厚い忠義の心を持っているからな.....だからこそ内心では『この万年発情男がっ』と思っているかもしれ.....」

「ありません!」

 

だからその高い忠誠心にしたって注ぐ器が旦那様じゃなかったら、ピタリと止まるんですってば。旦那様だからこそセルベリア様の忠誠の力は強いんですよ。それを分かってますか?

とことんセルベリアの想いに鈍感なラインハルトをもどかしく思うエムリナ。

 

「しかし」

「しかしもかかしもありません。旦那様はセルベリア様がそんな事を考えると本当にお思いですか?」

「それは.....いや」

 

考えるまでもなかった。彼女ほどの献身的な存在をラインハルトは他に知らない。

 

「セルベリアはいつだって俺の為に働いてくれていた。だと云うのにこんな思いに至るとは、主君として恥ずべきことだな」

 

彼女を疑ってしまった自分に何度目かの情けなさがこみ上げる。これでは主君として失格だ。

 

「それだけ旦那様がセルベリア様を大切に想っている証拠です」

「....まさかエムリナに慰めてもらうことになるとはな」

 

しかし何故か悪くない思いだ。不思議な事にエムリナになら自分の弱い部分を簡単に晒してしまってもいいような気持ちにさせられるのだ。普段のラインハルトだったら相談自体持ち掛けなかったはずなのに。

 

「私でよければいつでも慰めてさしあげますよ」

「そうもいかんさ。今回だけだ」

「では頑固な旦那様にアドバイスを一つだけ.....」

 

たおやかな指を立てて見せ柔らかい笑みを浮かべるエムリナ。

アドバイス?何だろうか。

興味をもってラインハルトは聞いた。

 

「もし旦那様がセルベリア様の想いを知られたいのなら――――の時に―――――と言って下さい」

「なぜそんな事を.....?」

 

語られたエムリナの言葉にラインハルトは首を傾げる。

どうもエムリナの意図が読めなかった。

 

「いいですから。とにかくそう言って、旦那様はセルベリア様にしてさしあげてくださいね、絶対ですよ」

「......分かった」

 

不承不承とばかりに難しい顔をするがラインハルトは確かに首を縦に振った。

それを見届けたエムリナは満足そうに頷くと、

 

「それでは私はこれで失礼します」

「ああ、呼び止めて悪かったな。今度はニサも連れてくるといい。自由に出入りできるよう許可を出しておく」

 

退出しようと椅子から立ち上がるエムリナを見上げながらラインハルトは言う。

 

「ありがとうございます。あの子も喜びます。旦那様に会いたいといつも言っていますから」

「それは悪いことをしたな」

「ふふ。それではお休みなさいませ旦那様」

「エムリナも良い夢を.....」

 

円卓に座したままラインハルトはエムリナの背中を見送り、閉まるドアに姿が途切れた事を見届けると、空中をぼんやりと見上げる。

ようやく分かったのだ。

 

そうか......。

 

「エムリナはあの人に似ているのか」

 

容姿ではなくその雰囲気がどこかあの人を思わせる。

 

包みこむような優しさ。何でも話せるような温かさ。

 

俺はエムリナに、()()()の面影を重ねていたのだな......。

 

 

 


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