あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十二話

「戦闘準備野営待機だと.....?」

 

眼下の平原に集まる軍隊の姿を捉えたラインハルトは開口一番にそう言った。

 

戦闘準備野営待機とは呼んで字の如く都市の郊外にある野営地にて戦闘準備を整えた兵士達が命令あるまで待機する状態のことである。

有事の際は報告があり次第すぐにでも進軍できるようにしているのだ。

つまりあれは軍事進攻を始める一歩手前の状態。

軍の指揮官が見ればすわ戦争に行くのかと勘違いするだろう。

 

そう、勘違いのはずだ。なぜならアレはラインハルト直轄の兵隊なのだから。

総指揮官である俺はそんな命令を出した覚えはない。

 

「殿下、あれは『突撃機甲旅団』では」

 

偵察猟兵・突撃猟兵・対戦車猟兵・支援兵さらには頑強な帝国戦車までが複数鎮座している。それらの兵科で構成された部隊を見てセルベリアは確信したように言った。裏付けるように赤と黒の基調の戦闘服と装甲服を着衣した人員規模五千人の兵士達が平原を覆っているのは圧巻だ。

 

「それだけじゃない。見ろ、あそこには大型軍用車両が置かれている。機械化歩兵だ。お前の部隊『遊撃機動大隊』まであるぞ」

 

機械化歩兵というのはラインハルトが新たに作った兵科の一つで機動力のある大型自動車両に歩兵を載せて運び、戦場を広範囲に動けるようにしたのだ。その機械化歩兵で構成されている遊撃機動大隊はセルベリアを指揮官にした部隊名の事である。

 

そんな青と黒を基調にした戦闘服の五百人からなる歩兵とその近くで控える軍用車両の列を見てラインハルトが言い、さらにその隣を見てため息をこぼす。

 

「『中央相互支援連隊』まで居やがる。あいつら戦争にでも行く気か?」

 

緑と黒を基調にした戦闘服を纏う兵士達を見て戸惑いを覚える。

中央相互支援連隊とはその名の通り各部隊の支援を目的に作られた部隊だ。

偵察兵・突撃兵・対戦車兵・狙撃猟兵・支援猟兵で構成されている。

千五百人からなる連隊規模だ。

 

そこにもう二つの部隊を合わせた総兵力こそラインハルトが保有する全戦力だった。その力はどこの最前線に行かせても恥ずかしくないとラインハルトが豪語する程だ。

 

しかしその半数以上が今こうして戦闘待機状態にある光景はラインハルトをして異常と思わせる。

 

そして、ラインハルト不在でありながらこうしていると云う事の理由は一つしかない。

 

「まさか!」

 

何かに気付いたラインハルトは驚きの表情を見せ、手元の手綱を振るい馬を駆けさせた。急いで丘を駆け下りて行く。

その後ろを追随するセルベリア。

そこでようやく都市に目を奪われていたエムリナも軍勢の光景に気づいたらしく前のセルベリアに恐る恐る尋ねた。

 

「あの兵隊さんは何ですか?」

「心配するな、あれは味方だ。ラインハルト殿下の保有する軍隊だ」

「そうなのですか」

 

ほっとするように息を漏らしたエムリナは次いで質問した。

 

「あの、先ほどセルベリアさんは殿下と言いましたが、もしかしてハルトさんは.....」

「その話は後だ。今は何が起こっているのか確認しなければ」

 

エムリナの言葉に被せるように言ったセルベリアは視線の先にある軍勢を睨むように見つめて言った。

 

「もしかしたら戦争が起きるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

馬を駆けさせたラインハルトは大急ぎでニュルンベルク前の平原に集まる兵士達に近づいていくと、こちらに気付いた兵士達が驚きの声を上げ、ざわめきが響き出す。その一石は波紋となってさざ波のように広がっていき、

平原の一角を埋めつくすように固まっていた五千人の兵士達の中から一人の男が現れ走って来た。

ざっくばらんな切り口の黒髪にいかつい顔をした大柄な男だ。当然のように大きな体を装甲服で固めている。

男は『突撃機甲旅団』団長を務めるオッサー准将だ。帝国では普通であれば貴族出身者にしか許されない団長クラスを彼は自分の能力だけで手に入れた、古強者というわけだ。ラインハルトが信頼する副官の一人でもある。

その彼が珍しく大慌てでラインハルトの元まで走り寄り、大きな顔に驚愕を露わにしていた。

 

「オッサー!何があった、もしかして連邦が攻めて来たのか!?」

「大将!?どうしてここに!」

 

慌ただしくラインハルトが問いただすと、オッサーも大声で答えた。微妙に話しが嚙み合っていない。

 

「どこだ!ハイドリヒか!?進攻開始されてどれくらい経った!」

 

総指揮官不在の中で軍が動くというなら、それは敵が進攻してきた事に他ならない。緊急事態においては各隊長が各自の判断で動く権利を持っているのだ。

 

「え?いやいや。連邦は攻めてきてやしませんが」

 

オッサーはポカンと口を開けてそう言った。

 

「なに?」

 

ここでラインハルトは自分が早とちりしている事に気づく。てっきり連邦軍が国境を越えて進軍を始めたのかと思ったのだが。

 

「それでは一体この状況はなんだ?なぜ軍を野営待機させている。訳が分からんぞ」

「へ、へえ俺達も何がなんだか....てっきり大将はマクシミリアン皇太子と合流しに帝国西部の軍事基地に向かったと思っていたのですが」

「なんだと?詳しく教えろ」

「わ、分かりやした.....一週間前のことです」

 

一週間前、帝都から一頭の早馬が送られて来た。男は帝都からの使者だと名乗り。手紙を渡してきた。

その手紙は指令書であり、開いた内容にはこうあった。

『至急ラインハルト皇太子直轄のニュルンベルク軍は帝国西部のマーシャル砦に移動されたし、マクシミリアン皇子率いるガリア方面軍と合流せよ。既にラインハルト皇子も砦に向かわれた』と書かれていたらしい。

手紙の封書には帝国軍上層部しか使えない朱印がされていた。手紙は本物である。

 

それによって副官二人の意見は割れた。

副官の一人であるオッサーは直ちに準備を整えて進軍を始めるべきだと言い。

もう一人の副官はラインハルト皇子の命令あるまで動くべきではないと言って断固反対したそうだ。

ラインハルト本人の意思が分かるまでは待つべきだ、と。そして帝都に電文を送った。

それもあって待つことになったらしいが、とうとうオッサーの我慢が限界に至った今日。帝都から電文の返答もなかった

「もう待てねえ確認してくる!俺の部隊と遊撃機動大隊・中央相互支援連隊を連れて行く、もし本当だったら大将とセルベリアの姉御に必要だからな。違ったら帰ってくりゃいいだろ!」

 

 

 

 

そして今に至るらしい。

 

「なるほどな、話は分かった。よく今日まで待っていてくれたな安心したぞ。ガリア方面軍と合流していたら最後国境を越えて進軍することになっていただろうからな」

 

軍が一度合流してしまえば「あ、間違えたんで帰りまーす」なんて事が出来る筈もなく、そのままガリア方面軍に組み込まれていた可能性が高い。

それはラインハルトの思惑とは外れる事だ。ほっと息をはくラインハルトを見てオッサーが気まずげな表情になる。

 

「え、ってことはあの手紙は....?」

「誤報だ」

「なんだってええええ!?」

 

あんぐりと口を大きく開け仰け反るオッサー。体が大きいからか挙動が一々大袈裟だ。

 

「はあ....大事かと思えば、虚言に惑わされただけとは....それでも旅団長ですか、反省しなさいオッサー!」

「ゲェッ!セルベリアの姉御まで!.....おや」

 

呆れたようにラインハルトの後ろから現れたセルベリアに驚きの声を上げる。が、しかしその後ろに座るエムリナを見て首を傾げた。

 

「その美人さんは誰ですかい?それに大将の前に座ってるその子供は.....?」

「美人だなんてそんな」

「ニサって言うんだよ~」

 

照れたように手を頬に当てるエムリナと手をぶんぶんと広げて自己主張するニサ。この二人屈強な軍勢が近くに居るのに全く気にした様子を見せない。

もしかして大物なのではないか?そう思うラインハルトだった。

 

「彼女たちはここに来る途中で保護したダルクス人の親子だ、働き口を探しているから俺の所で働いてもらおうかと思ってな」

「.....大将またですかい?その拾い癖まだ治ってなかったんですね」

 

呆れたような物言いでオッサーはジト目になる。しかし広い口角は笑みを浮かべていた。

 

「人を変な性癖のある奴みたいに言うな。まったく、別に癖ではないだろう」

「いやいや、そう言って今の侍女長と最精鋭兵装部隊に居るあの娘も確か拾ってきたじゃないですかい。かくいう俺も.....」

「だから人聞きの悪い事を言うな、保護したと言えよ」

「分かりやしたよ保護です保護.....あ、噂をすれば来ましたね」

 

オッサーが振り返ればちょうど一人の少女が兵士達の間から抜け出し駆け寄って来るところだった。

その姿を見てエムリナがあっと声を上げる。少女は自分達と同じダルクス人だったからだ。

綺麗な紺色の髪をダルクス紋様のストールで結び、勝ち気な目をしたその少女は一目散にラインハルトの前まで来た。

 

「無事でしたか、ハルト....様、よかった」

「すまない、心配をかけたようだな。イムカ....」

「嫌な胸騒ぎがした、あなたがどこかに行ってしまうような」

 

そのダルクスの少女イムカは心配するようにラインハルトを見上げていた。

 

「大丈夫だよ俺はお前の傍に居てやる、約束しただろ。しかし、やはり『バジュラス・ゲイル』も同行していたか.....オッサー、あの部隊はまだ試作段階なんだが?」

「いやあ、だから試してみようかと....タハハ」

 

胡乱気に睨むラインハルトの目にオッサーは頬を引き攣らせるしかない。

 

戦術迎撃兵装部隊『バジュラス・ゲイル』

 

ラインハルトがとあるダルクス人技術者と共同で開発した部隊である。

理論をラインハルトが設計を技術者が、二人の天才によって造られた対戦車兵装『バジュラ』を元々はとある部隊から選出した精鋭兵三百人に装備させたことで生まれた。

ラインハルトの思想する『個による力』をコンセプトに開発されたバジュラは鎧のような外骨格状の形で装備者がそれを身に纏うことで力を発揮する。背中のラグナイトと連動した内部の機械が身体能力の底上げをしてくれるのだ。

その力は一騎当千。疲れを知らず、戦車の砲弾をも弾くだろう!......と云うのが開発者の言である。しかし、未だ実戦を行えていないのが現状だ。

だが試験運用ではセルベリアを相手にして生き残るという快挙を成し遂げている。もちろんヴァルキュリア化はしている。

そして部隊の中で一番の適応率を叩きだしたのが彼女イムカである。

 

イムカは今から二年前に起きた惨劇の生き残りだった。たまたま其処に居合わせた俺は居場所を失った彼女を保護しニュルンベルクに連れて来たのだ。

当初はふさぎ込んでいた彼女だったが、ある目的を胸に生きる事を誓う。それは己の故郷ティルカ村を襲撃した犯人を探し出し復讐すること。

俺はそれに協力することになった。俺もまた、とある理由がありティルカ村襲撃の犯人を追っていた。お互いの目的が一致した事で俺とイムカは手を結んだのだ。

 

既に兵役訓練を終えていたイムカは『突撃機甲旅団』に入隊し、メキメキと頭角を上げていた。

彼女の復讐という信念は本物だったのだろう、日夜鍛錬に励んでいた。

当時の精鋭と呼ばれた『ゲイル』にまで名乗りを上げる程に。

 

そしてひと月前に完成した『バジュラ』の試験運用を『ゲイル』に頼んだのである。

 

「その後、バジュラとヴァールの使い勝手はどうだ」

「申し分ない。前まではヴァールの重さに振り回されていたけどヴァジュラを装着することで力が驚くほど向上した。もう完全にヴァールを扱える」

「ほう、流石はエースだな」

「褒めても...なにもでない」

 

フッと一見クールなダルクスの少女はよく見ると口角が上がっていた。

喜びを隠すイムカ。それをジーっと見ているニサ。

 

視線を感じたのかイムカも馬上の少女を見る。

 

見つめ合う二人。妙な沈黙が流れていると....。

 

ひしっとニサはラインハルトに抱き付く。

 

「な!?」

 

少女のいきなりの行動に驚きを見せるイムカは気づいた。まるで勝ち誇るような笑みでこちらを見下ろす少女に。

まるで自分のだよっと主張するような感じに、

 

「.....ふふ、ハルト様から...離れようか」

 

イムカは笑みを浮かべて引き剥がしにかかった。顔は聖母のように優し気なのに、裏に回れば黒いもやが見えてきそうな威圧感があった。

 

「やー!」

「あ、コラそんなに強く握らないの。皺になっちゃうでしょ!」

 

強い抵抗を見せる少女の手でラインハルトの服が伸びる。それを危惧したイムカが引き剥がす手を緩めたその時に少女は一層強くラインハルトを抱きしめ。

 

「たすけて、おとーさん!」

 

特大の爆弾を投下したのだった。

 

 


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