あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

12 / 105
十一話

エムリナは固く閉ざされた扉を見詰めて思う。

 

....なぜ私はダルクス人に生まれてきてしまったのだろう。

 

エムリナは孤児だった。

両親の顔を知らず物心をついた頃には院で働かされていた。

雑用を押し付けられ、ミスをしたら叱られる。他の子供達は遊んでいるのになぜ自分だけ。

昔、院長先生に聞いたことがある。何で自分だけ他の子とは違うの?と....

そしたら院長先生は冷ややかな目で私を見下ろして「あなたが()()()()()だからです」と言ったのだ。

大昔に私達の御先祖様が重罪を犯した、世界を荒廃させ、数多の命を奪った。

「あなたはその子孫です。だからこそ償いをしなければならない。穢れた命なのだから」

...ご飯を抜かされるのも、ベットを与えられないのも、みんなが苛めるのも。みんなダルクスの血が私に流れているから。

 

それからも人生のあらゆる転換点にダルクス人という障害は付き纏ってきた。

今だってそうだ。

外からは賑やかな音楽と楽しそうな声が聞こえてくるのに、私達はあそこに混ざることは出来ない。

救世の徒であるヴァルキュリアが村に居るからだ。

信じられない事だけどみんなが目撃した。あの蒼い炎の姿を。

私も颯爽と丘を下りる彼女の姿を見ている。とても神秘的で美しかった。

そして伝説と謳われてきたヴァルキュリアが実在したという事実が、逆説的に『ダルクスの災厄』を証明してしまった。今までは歴史的根拠のない風説だと思っていたのに、

あれから村のみんなの私を見る目が変わった。

今まではマーロイの妻として内面はともかく表面的には、村の一員として認めてくれていた。

だけどマーロイが亡くなりダルクスの災厄を裏付ける存在であるヴァルキュリアが現れた日から、村人達は私達を腫れものを扱うように接してきた。

まるであの孤児院に居た時の様に、

 

「おか~さん。なんでお外でちゃだめなの~?」

 

でも今はあの時とは違う。この子がいる。むーっと頬を膨らませて不満そうにしているニサ。

未だ幼い我が子をあやすように抱きしめる。

 

「ごめんねニサ。もうちょっと我慢してね直ぐお外に出れるから」

「.....うん。わかったぁ」

 

疑う心をもたない無垢な眼差しで母親を見上げるとニコリと笑う。

それを見て一層エムリナの心には強い思いが浮かび上がる。

この子は絶対に私が守ってみせる。

幼少時代の私の様な辛い思いはさせない。

 

だから....

 

村長たちに昨日言われた事を思い出す。

老人達に告げられた言葉は酷く辛い内容だった。目の前が真っ暗になるほどで、その日は夜通し泣いた。ニサが心配しないようコッソリと。

でもようやく覚悟を決めた。どこにも行く宛などないのだ。ニサと生きていく為にはこうするしかない。

 

.....おかあさん頑張るから。

 

「おかあさん泣いてるの?」

「.....え?」

 

突然そんな事を言ってきた我が子に驚きを隠せない。

手を当てると確かに涙で濡れる指先。

あれ?おかしいなと思いながら目をこする。

 

「大丈夫よニサお母さんは強いんだから....」

 

笑って語り掛けると可愛い眉をしかめて「ん~?」と不思議そうに首を傾げる。

聡い子だ。気丈に振る舞う母親の本心を察したのかもしれない。

 

「おかあさんはどこにも行かないよね?ずっと一緒にいて」

「もちろんよ、ずっと一緒だわ」

「じゃあ、あしたも一緒にいてね」

「っ!」

 

娘の言葉に息を吞む。本当に聡い子だ。

ニサは明日何かがある事を母親の態度で感じ取ったのだろう。

そう、エムリナの務めは明日から始まるのだ。

 

「....そうね。明日も一緒よ」

 

視界が潤むのを抑えられない。ダメ、もう泣くところなんて見せるわけにはいかないのに。

一人でも強く立たなければならない。

誰も助けてくれないのだから。

救世主と謳われるヴァルキュリアだってダルクス人を救ってはくれないだろう。

娘に顔を見られないよう顔を伏せていると外から声が聞こえた。

 

「.....ここか?」

「は、はい。ですが.....あっ」

 

男と男の声だ。

何が起こっているのか分からないが足音が近づいて来た。

 

顔を上げて閉じられた扉を見る。

 

外から掛けられた鍵がガチャガチャとかたついた音を出す。今日だけは絶対に外に出るなと厳命されていたので村人達が鍵をかけたのだ。ヴァルキュリアがダルクス人と会えば不愉快に思うと考えたのだろう。

 

その鍵がカチャリと小気味よい音を響かせる。

 

―――そして

 

「開けるぞ」

 

その声が扉越しに聞こえたと同時に閉められていた扉が開かれる。

ギイッときしんだ音が鳴り開かれた扉の先に立っていた男にエムリナは驚いた。

その男は鮮やかな金髪をなびかせ不敵な笑みを浮かべている。

 

「あなたは....!」

「久しぶりですね奥方。俺のことを覚えているでしょうか?」

 

忘れるはずがない。初めてダルクスと理解した上で頭を下げた帝国人なのだから。あの時の光景は今もエムリナの記憶に強く焼き付いている。

彼は帝国軍人の、

 

「ハルトさん....?」

「はい。あの日以来ですね。少しやつれているようですが大丈夫ですか」

 

私が名前を呟くとハルトさんは笑みを浮かべながら頷き、私の顔色の悪さを心配してくる。

何が何だか分からなかった。

いったいなぜ彼が此処に.....。

 

「あ~ダメなんだよ、かってに入ってきちゃ~」

 

ニサがハルトを咎めるように言う。少しも物怖じした様子は見せない。

 

「に、ニサ!」

 

慌てたエムリナが止めさせようとすると、ハルトは手を上げて『大丈夫』と云う仕草をする。腰を下げて視線を低くするとニサと向き合う。

 

「いきなり入って来てごめんね。許してもらえるかな?」

「うん。ごめんなさいしたら許してあげるんだよっておかあさんが言ってたから、イイよー!」

「ありがとう。少しお母さんとお話しをしたいから、外で遊んできてくれるかな?外で待ってる銀色の髪をしたお姉さんがきっと遊んでくれるよ」

「ほんとうに!いいの!」

「もちろん」

「わ~い!」

 

ハルトの言葉に目をキラキラ輝かせたニサが、止める暇もなく外に向かって駆け出して行くのを、エムリナはただ見ているしかできなかった。

ハルトの言葉に遅れて気づいた。外で待ってる銀髪のお姉さんと云うのはもしかしなくてもあのヴァルキュリアの事ではないか、と。

村人達が危惧していた事が起きてしまう。そうなればどうなるか分からない。最悪この村から追い出されるかもしれない。

 

「ニサ、待って!」

「――大丈夫だ奥方」

 

連れ戻そうとしに行くエムリナの行く手を遮った。

 

「どうして」

「話しはつけてきた」

「え?」

 

目を瞬かせるエムリナ。

話しをつけてきたとはどういう意味だろう?

 

「村長に全部話は聞いた。あなたが今後どうやってこの村で生きていくのかを...」

「それは....」

 

知られてしまった。

羞恥するように表情を変えたエムリナは複雑そうにハルトを見る。

それを知ってあなたはどうするの?という感じだ。

 

そして次のハルトの言葉はエムリナを驚かせるには十分だった。

 

「もし行く充てがないのなら、俺達と一緒にニュルンベルクに行かないか?」

「ええっ!?」

 

ニュルンベルクと云うのは此処から西に行った所にある工業都市のことだろうか。

巨大な兵器工廠があり多くの工場が建てられているのでダルクス人が多いと聞いた事がある。

それだけでなくあそこには帝国の皇子が居ることでも有名だ。

 

「働き口を心配しているなら大丈夫だ。俺が保障する。ちょっとしたコネがあるんだ」

「......!」

 

自信に満ちたハルトの表情に未だ戸惑いを隠せないエムリナ。あまりに突然の事で理解が及んでいない。

それでもダルクスの血がなせる業か頭は冷静に物事を整理していく。

 

「ほ、本当に街で働けるんですか、前に街で仕事を見つけようとした時はダルクス人だからと断られました」

「問題ない、人種なんて関係ないさ。働きたいと思う強い意思があればそれでいい」

「ニサはまだ幼くて託児所にも入れられませんでした」

「それなら奥方が働いている間は俺の所で面倒を見てもいいぞ」

「っ....!」

 

信じられないとばかりに口元を手で覆うエムリナ。

 

「ほんとうに....信じていいんですか....?」

「ああ、いきなりこんな事を言って困惑させたかもしれない。だが本当だ。信じてほしい」

 

不敵な笑みは消え真剣な表情でエムリナを見詰めるハルト。

 

この人は他の帝国人とは違うかもしれない。

.....信じたい、でも....!

 

今まで騙され裏切られてきたエムリナの過去が最後の一歩を許さない。

 

「.....教えてください。なぜダルクス人の私に対してそんな提案をするんですか」

 

少なくとも彼にはこんなことをするメリットがないはずだ。

 

「......まず思い違いが一つあるな。俺はべつにダルクス人だからとあなたに話しているのではなく、あなた自身に話しをしているのだ」

「私自身に?」

「俺はあなたを一人の人間として尊敬している」

 

その言葉に衝撃を覚えた。

村を救った英雄であるこの人が私を尊敬している。

帝国人は家畜と罵しったことのある私を?

 

「愛する者を失ったあの時に、あなたが見せた強い心に俺は心底感服したんだ。そのあなたが性奴の如き扱いを受ける事に我慢がならない!俺が敬意を感じた人が辱められるのを、ただ指をくわえて眺めているなんて、俺のプライドが許さない」

 

紡がれる言葉には強い思いが込められていた。本気でそう思っているのだとエムリナにも分かった。

 

「これは俺の自己満足だ。矜持を満たしたいだけの偽善行為と思われようとも構わない。これが俺の嘘偽りない本心だから俺はあなた達を救いたいんだ」

「......」

 

ハルトはそこで困ったような泣きそうな目でエムリナを見るのだ。

 

「だからお願いだ。この狭量なる偽善者に、貴方達を救わせてほしい。どうか身勝手な俺の願いを許してほしい....」

 

そして頭を伏せるハルトを見てエムリナは.....。

 

「......ずるいですよ、そんな事を言われて....そんな目で言われたら.....断れるわけないじゃないですか」

 

そもそも断るつもりもなかったのだ。断ったとしても待ち受ける未来が過酷なモノなのには変わらないのだから。だったら信じてみよう。あの人と同じようにダルクス人としてではなく私自身を見てくれたこの人を。

 

エムリナは目の前に垂れて来た救いの糸に手を伸ばした。

 

「お願いです。私たちを助けてください!」

「その願い確かに承った」

「....うぅ」

 

伸ばした手を掴まれて、今度こそエムリナは耐えるのを止めた。頬を伝う涙をそのままに、歓喜の思いに浸る。今だけはこのままでいい。誰も咎める者は、いないのだから......。

 

 

 

 

この日、一人のダルクス人が帝国人の手によって救われた。

 

投じられたそれは世界にとってはあまりにも小さな一石の波紋。

だが、この小さな一石の波紋が、後の世に大きな波乱を生み出し、

その先の歴史すら変える事を、

 

今はまだ誰も知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

時は戻り森を進む一行は、新たに加わった仲間の二人。ニサをハルトがエムリナをセルベリアが自分の馬に乗せて先を急いでいた。

 

「よかったんでしょうか?何も言わずに村を出てしまって....」

「気になるのか?」

 

少しの間だけとはいえ夫と娘の三人で健やかに過ごせた場所からの旅立ちに思うところがあるエムリナはセルベリアの細い腰に腕を回している。

 

「はい、すこしだけ.....みんな怒ってるんじゃないかと思って」

「村長の翁にはあの方が穏便に決着をつけたのだから問題ないだろう。むしろ快くお前達の門出を祝ってくれていた、心配するようなことは起きていないよ」

「そうですか、よかった」

 

ほっと息をつく気配を背中に感じセルベリアは不思議に思う。

 

「自分達を迫害した村の人間に怒りを覚えないのか」

「確かに辛いことでしたが、それでもあの人が眠る場所ですから。それに、たくさんの思い出があそこにはあります」

「なるほど辛くとも愛する人との場所だからか、それなら納得だ」

 

納得した様子のセルベリアに今度はエムリナが質問する番だ。

 

「セルベリア様にもそのような場所が....?」

「セルベリアで構わん....そうだな、あるよ私にも。忘れようとも忘れられない場所が」

 

驚きだ。目の前のヴァルキュリアにも辛い境遇があったのだろうか。思わず聞いていた。

 

「辛かったですか」

「ああ、毎日が悲惨で辛かった.....でもあの人が救ってくれたからな。今となっては良い思い出なのかもしれん」

 

セルベリアは目の前を走るハルトに目を向けて穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ハルト様のことが好きなんですね」

「なっ.....君はあれだな、意外と物怖じしないんだな」

 

頬を赤らめるセルベリアを見てフフッと笑うエムリナ。

 

それを見て、ああ、あの子の母親だなと思うセルベリアだった。ハルトとエムリナの話しが終わるまでニサと遊んでいたがあの子とよく似ている。

 

エムリナの言葉を思い返して、フッと笑う。

 

「そうだな。確かに私はあの人を慕っている。愛しているよ」

 

エムリナは息を吞む。同性から見てもセルベリアの微笑みは魅了されるほどに美しかった。

 

「何というか、ありがとうございます....」

「いったい何のお礼だ?」

「いえ.....あ、ハルト様がこっちに来ますよ」

「なにっ」

 

見れば本当にハルトが白馬の速度を緩めてセルベリアの横に並んで来た。

 

「何の話しをしてたんだ?」

「してたんだ~」

「い、いえ!あの、その.....」

 

興味ありげに聞いてくるラインハルトとおまけのニサ。

セルベリアは先程の発言をラインハルトの目の前で言えるはずもなく途端にしどろもどろになる。凛々しい表情を盛大に慌てさせている。

 

その様子を楽しそうに見ているエムリナ。

セルベリアさんは意外に可愛い人なのかもしれない。

ヴァルキュリアだからと言っても同じ人なのだ。目の前の光景はそんな当たり前の事をエムリナに教えてくれた。

恐縮していた気持ちが穏やかになるのを感じる。

 

「....向かっている先のニュルンベルクとはどんな場所なのかとセルベリアさんに聞いていたんです。私は一度も行ったことがないので」

「え?あ、そうです!」

「ああ、なるほど」

 

首を振るセルベリアの横で合点がいったと頷くハルト。

 

「古くは城塞都市としても有名で昔から工廠業が栄えていたからな。ニュルンベルクは近年工業が発展した事でハプスブルク州一の都市になり通称『帝国西部の兵器蔵』と呼ばれるようになった。その名の通り兵士の武器や戦車も作っている。ようやく近代化を果たしてきたが郊外では農業と牧畜が盛んで牧歌的な光景を眺められるぞ」

 

道すがらハルトが説明をしてくれるのを聞きながらコクリと頷く。

 

「最近でも月に一度訪れる行商さんが言ってました。あの街は日に日に変わっていく、一人の男が来てからだ、と」

「それはもしや....!」

 

意外な速さで反応を見せるセルベリア。そうだ二人は帝国軍人だから知っているだろう。

 

「はい、ラインハルト皇子です」

「ごふっ」

「だいじょ~ぶ?」

 

なにやら息を詰まらせるハルトにキョトンと可愛らしく見上げるニサが声をかける。

その横でセルベリアが大きく頷く。

 

「その通りだ五年前までは古いだけが取り柄の田舎でしかなかったからな。観光客が少し訪れるくらいだった、武器生産業にしたって目立って凄かったわけではない。ここまでのものにしたのはラインハルト殿下の御蔭と言っていいだろう」

 

我が事のように胸を張るセルベリア。よほど自慢の人なのだろうか。

そこにハルトが割って入る。

 

「いや、あまり大したことはしてないだろう。労働者の労働基準と待遇を少し変えただけだ」

「何を言っているのですか、そのおかげで多くの労働者がニュルンベルクに集まったのではないですか。特にダルクス人労働者の待遇改善を行ったことで数多くのダルクス人技術者が訪れ、ニュルンベルクは一大工業都市に生まれ変わったのですからラインハルト様の御蔭と言わず何と言うんですか」

「そもそも帝国は労働者階級を蔑ろにしすぎだったんだ。貴族たちが富を独占しすぎていただけのこと、俺は彼らの働きを正当に判断し見合った報酬を与えているだけにすぎん」

 

ここで話しの雲行きが怪しくなった。

困惑するエムリナ。

いったい二人は何の話しをしているんだろうか。まるでハルトさんの言い方では自分が.....

 

と、結論が出る前にハルトが前を見て言った。

 

「もうじき森を抜けるな...」

 

見ると確かに森の終わりが見えている。木々のカーテンを抜けると、視界が開けた。

 

辺り一面に風が吹き抜ける平原が広がる。

 

遠くには家らしき物も見え、その隣には広大な畑がある。

 

それが等間隔に幾つもあり、時折動物達の鳴く音も風に乗って聞こえてくる。

 

話しに聞いた通り農業と牧畜が郊外では盛んなのだ。

 

という事は、ニュルンベルクはすぐそこだ。

 

「あの小高い丘を越えたらもう見えてくるぞ」

 

ハルトが指さした丘をゆっくりと登っていき。やがて到着した。ハルトが笑みを浮かべて言う。

 

「さあ!あれがニュルンベルク.....だ?」

 

そう言って見えた視線の先には、城塞都市という言葉には偽りなくグルリと円周を描いた城壁の中に街があり、中央には城らしき建物も見える。都市の端っこには工場が多数並んでいた。

あれがニュルンベルク。今まで見た街で確かに一番大きいもので、感嘆の声をエムリナ親子は上げている。

 

その横でラインハルトは街の外に広がる平原の一角を睨んでいた。

 

 

―――其処には武装した数多くの兵士達が集まっている光景が映っていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。