あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十話

ハプスブルク領は帝国の首都から西に数百キロメートル先の場所に存在する領地だ。

豊かな森が隣接し広大な平原が広がっている。

帝都から向かうと必ずその森『ノルウェの森』を突き進む事になる。

なのでレニイ村から出発したラインハルト達は山道を超えて今現在ノルウェの森を進んでいた。

 

その森に少女の楽しそうな声が木霊する。

 

「あははは!おうまさ~ん。ぱっからぱっから~!ねえねえ!たのしいね~っ!」

 

無邪気な様子で白馬に跨り子供特有の即興歌を披露していると思えば時折同意を求めるようにラインハルトの方に顔を見上げて「ね~」っと笑いながら問いかける。

 

「....そうだな」

 

ラインハルトは手綱を操りながら前に座る少女を見下ろして微笑みを浮かべる。

綺麗に切り揃えられた紺色の髪をもつ少女――ニサも満面の笑みになった。

 

彼女はレニイ村のダルクス人少女である。

 

なぜニサがラインハルトと一緒に行動してあまつさえ乗馬しているのかというと、

 

時は一日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルト殿の目覚めを祝して.....かんぱーい!」

「カンパーイ!」

 

村長の音頭と共に賑やかな声が村全体に広がる。途端に音楽が鳴り響き楽しい雰囲気が醸し出され始めた。

村の恩人であるラインハルトの快復を祝して催しを開いてくれたのだ。

必要ないと言ったのだが、是非お礼をさせてほしい!と必死の形相でいうものだから、受けてしまった。

というか宴会席はすでに設けられていて、後は主役を待つばかりという現状だったのだ。断れるはずもない。

 

仕方なしに俺は村長の隣で宴席に座っていて、

 

「ありがとうございますハルトさん!あなた方が居なければ村はどうなっていたか....」

「軍人さんありがとう!」

「ハルトさん握手してください!」

 

囲みこむ大勢の村人達に次々と喋りかけられていた。

その勢いは鬼気迫るものでみんなの瞳は爛々と輝いている。

この目は帝都でも見たがこれほどの圧迫感はなかった。純粋に村人達との距離が近すぎるのだ。

 

「ああ、うん....いや、村のみんなが無事でなによりだ....」

 

困り顔のラインハルトは勢いに押されながらも何とか村人たちの対応をする。

老若男女問わず来るものだから密度と熱気がすごいことになっていた。

ラインハルトの頬からツーっと汗が流れる。

そこに、何故か村人達から隠れていたセルベリアが出てくる。

 

「コラ、お前達!でん、んん.....ハルト様がお困りだろう、離れなさい!」

「あ、セルベリア様だ!」

「セルベリア様ー!」

「わわっ....!」

 

助け船を出しに現れたセルベリア。

女神の登場に気付いた村人たちはあっさりとセルベリアの方に流れていった。

驚くほどの大人気ぶりだ。

 

今や村人達に囲まれ困惑した様子のセルベリアを見て、フッと笑みを浮かべる。

 

「村人たちはすっかりセルベリア信者だな」

「もちろんですとも!セルベリア様のあの御姿を儂らは生涯忘れはしませんぞ!そして今日という日を記念して後世にかけて語り継がせていくつもりですじゃ!」

 

聞けばセルベリアがあの姿を見せた二月二十六日を降臨祭として下劣なる山賊から村を救ったヴァルキュリアを敬う日として祝い、ラインハルトが目覚めた三月一日の復活祭まで祭を続けるのだという。

 

後世に掛けてレニイ村に顕現したヴァルキュリアの献身と勇ましさを伝えるのじゃーっと気炎を上げている村長。

 

最低でも来年までかかるだろうに既に祭の開催に意欲を燃やす村長の姿には苦笑するしかない。

 

「今の内から演目を考えて村の者たちに練習させなければ!むむ!これはレニイ村の一大行事となりましょうぞ.....!まずはやはり丘の上からヴァルキュリア扮した乙女が颯爽と現れる場面から始めるべきでしょうな!」

「....」

 

いや、もはや呆れるしかない。どれだけ壮大にする気だ。

気が早すぎる村長から目を外し、セルベリアの方に目を向ける。

 

 

「......なに?ハルト様と私の関係について知りたいだと....?」

「はい!とても親しい様子ですが。もしかして恋人なのでしょうか?あの時も気を失っているハルトさんにくちづ...」

「わあああ!それ以上言うな!あれは緊急的な措置だったのだ!!邪な気持ちなど考えていなかったぞ!」

 

村娘の質問に答えているセルベリアは何故か顔を真っ赤にして叫んでいる。

なにかあったのだろうか?

良く分からないが、もう少し耳を澄ませてみることにした。

 

「んん!とにかくだ私とハルト様の関係など主従以外の何物でもない!恋人などもっての他だっ」

「そうなのですか?ではハルトさんの事を教えてください!」

 

きっぱりとそう言い切るセルベリア。

 

.....そうか恋人などもっての他なのか。

 

憂鬱そうに目を瞑るラインハルトは手元の酒杯を豪快にあおる。

セルベリアと村娘の話は続く。

 

「ハルト様は素晴らしい御方だ!あの人を表すなら、そう!太陽の如きお人なんだ。あの人の腕は慈愛に満ち、その目は如何なる神算鬼謀も読み取り、その智慧(ちえ)は数多の人々を救い迷える子羊を導く!あれほどの御方はこの三千世界のどこにもおらんだろう!絶対にして唯一無二の存在それがハルト様なのだ!!」

 

セルベリアは豊かな胸を張って豪語した。

.....いったい誰の話をしているのだろうか?恐らくは伝説上に語られるハルトという聖人の話なのだろう。

過分にして知らんが。きっとそうに違いない。

だから村娘よ、キラキラと目を輝かせるな。なぜセルベリアの世迷言を信じる?

 

ああ、そうか君達はセルベリア信者だったな。

天元に至ろうとする信仰心がペテン師も真っ青な言葉の数々を信じさせているのだろう哀れな....。

 

「そんなにも立派な方なんですね!」

「そうだ!」

 

何を根拠にそう言っているのか一ミリも理解できないがセルベリアは自信満々に頷いている。

 

「でも、それでも私はセルベリア様とハルト様はお似合いだと思います!」

 

ついには俺まで様づけで呼び始めた村娘。

 

「なにを言っているのだっ!わ、私如きが吊り合うはずがなかろうっ」

「そんなことありません!セルベリア様が吊り合わなかったらこの世の全ての人間はハルト様の隣に立てないでしょう!」

 

それは言い過ぎじゃないか村娘よ。

 

確かにセルベリアの美貌は今まで出会った女性の中で限りなく上位に位置するが、あれで裁縫も上手く、よく軍服のほつれを直してもらったり料理だって絶品だ。数多くの美食で馴らしてきた俺の舌を唸らせる程の一品を、頼んだら最優先で作ってくれる。武術の腕も高く俺の師よりも強いセルベリアは銃器の方にも精通している。個人であれ以上に強い存在を俺は知らん。性格も一見冷たい見た目だが意外に天然で可愛い物には目がないのだ。男であれば誰もが好意を寄せるだろう。更には俺に従順で頼めば何でも答えてくれる包容力の固まりだ。男を虜にする肢体も相まって何度下衆な考えを巡らせたかあの女は知らんだろう。俺とて男なのだ。自制するこちらの身にもなってくれ堤防は長くはもたんぞ.....。

 

おや、少女よすまない。過言ではなかったよ。

 

ラインハルトは心の中で村娘に謝り、手元の酒を見る。

ふむ、だいぶ強い酒精のようだ、軽く酔ってしまったのだろう。いらぬ言葉まで思ってしまったような気がする。

 

気を取り直してもう一度セルベリアの方に耳を傾ける。

 

「わ、私とて殿下に見合うよう努力はしてきたつもりだ」

「という事はセルベリア様はハルト様のことを.....?」

「うっ.....それは....」

 

ごにょごにょと黙り込んでしまう声に気になり振り返ってみれば、こちらを見ていたセルベリアと目が合う。

 

「っ.....!?」

 

恥じらうように顔を伏せるとどこかに立ち去ってしまった。

 

ふむ....。

 

「ハルト殿?顔が赤いようですがどうしましたかの」

「心配ない。酒に....酔ってな....老公も一献興じられよ」

「おお、では」

 

ラインハルトは酒瓶を傾けて酒器に注ぐと、手渡した。

受け取った村長が飲みほすのを待って、ラインハルトはふと村人達を見渡して言った。

ほんとうに何気なく言った一言だったのだ。

しかし、これが思いもしなかった展開を呼ぶことになる。

 

「そういえば、あのダルクス人の親子はどうしたのだ?見ないようだが」

 

途端に老公の顔が一変した。

 

「グ!.....それは」

 

思わず苦虫を噛み潰したような顔になる村長に、ラインハルトの目はスッと細まった。

 

「なにかあったのか?」

 

蒼氷色の瞳に睨まれて村長は諦めたように息を吐く。

 

「.......いま儂らはあの親子のことを話し合っていましてのう。実は....」

 

彼は観念したように話し出す。

 

話しが進むにつれてラインハルトの目が険しくなっていった。

 

話しの内容はこうだ。

 

元々はあの親子は村の人間ではなく見染めた旦那が外から連れて来た外様であったらしく、旦那であり村の人間だったマーロイが先の刺客に殺されてしまった所為で村との関係が切れてしまったらしい。

 

エムリナには親戚も居ないらしく他に行くところはないと云う。

かといって村に置いていても女子供では働き手になりえない。

次に新しく夫を見つけさせようとしたらしいのだがそれは彼女がダルクス人だからという理由で誰も貰おうとはしなかった。

 

山村では畑を耕すことも難しく、男は獣を狩って女はその獣を捌き肉や皮に加工することで生計を立てるのだ。

つまり夫を失ったエムリナは村の生産に貢献できず穀潰しと言われても仕方なく、村八分にされる恐れがあった。

そこで長老たちが話し合って決めようとしていたのが村全体によるエムリナの共有化。

 

最初どういう意味か分からなかったが話を聞いてラインハルトは憤りを覚える。

 

それは村人達の娼婦になるということ、簡単に言うと性欲処理だ。

それが分かった瞬間ラインハルトは激昂した。

 

「馬鹿な!なにを言っている、正気か.....!?」

「仕方ないことなのです。エムリナが村で生きていくには何らかの形で村に貢献しなければならないのですじゃ。もしエムリナとニサに施しを与えると必ず村人たちに不満が生まれます」

 

今度こそ確実に二人は村八分にされてしまうだろう。

 

誰もが仕事を与えられる。

 

その仕事をこなすことで村に認められる。

 

それが小村で生きる者の定め。

 

そうしなければ過酷な環境で生きていけないのだ。

 

不憫かもしれないがこれが現実だ。

 

なにもせず楽に生きていく事ができるほど甘い世界ではない。

 

それがこの時代に生きる民たちの現状だ。

 

もし彼女がダルクス人でなかったなら、別の道もあっただろう。

 

もし俺がこの村に滞在しなければあの親子は今も幸せに暮らしていただろう。

 

.....酔いは完全に醒めてしまった。

 

 

 






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