新年一発目は難産でした……
椚ヶ丘中学校では、月に一度全校集会がある。それは私達E組も例外ではなく、この時ばかりは本来許可無く立ち入り禁止である本校舎への入場が許可されているらしい。他にも季節の行事などでは立ち入りが認められているとの事だ。
これだけ聞けば別に何でもないのだが、これが結構面倒臭い。
まずE組の校舎があるのは裏山の中なので、移動だけでも結構な時間と労力を要する。しかも『E組は他の生徒よりも先に体育館へ移動し、先に整列を終えておかなければならない』なんてふざけた規則があるので、そのためには昼休みを返上して移動しなければならない。おかげで今日この後
そして移動して体育館で待機していると、他の生徒がちらほらと姿を見せる……のだが、これがまた鬱陶しい。
「E組の皆さんお疲れ様で~す」
「山からわざわざコッチ来るの大変でしょー?」
今もまた顔も名前も知らないような本校舎の生徒が私たちを馬鹿にして、ギャハハハと品の無い笑い声を上げながら自分のクラスの集合場所に向かって行った。
「……鬱陶しいなぁ」
思わずそんな声が口から零れた。だがこれも仕方ないと思う。さっきからやって来る人ほぼ全員こんな調子だ。何ならわざわざ馬鹿にするためにこちらへ足を運んでいるグループまである。ご苦労な事だ。
このように、普段から環境などで感じているE組の差別待遇をより間近に感じなければならない。しかもこれは学校行事なので逃げる事も出来ないし、ただひたすら馬鹿にされるのに耐えなければならないのだ。
『君達は全国から集められたエリートです。この校長が保証します』
しかし生徒全員が揃って集会が始まると嘲笑の声も止み、いたって普通の集会が始まった。流石に壇上で校長が喋ってる間くらいは皆黙っているみたいだ。
『……ですが、慢心は大敵です』
ん? こっち見た?
『油断してると、どうしようもない誰かさんみたいになっちゃいますよ~?』
その瞬間、体育館が震えるような大爆笑の渦がE組以外で巻き起こった。隣に並んでいるD組の生徒なんかはこっちに目を向けて笑っている。
「……何だこれ」
呟いた声は笑い声に掻き消された。イヤ本当に何だこれ。
E組が基本的には学力の低い生徒を集めたクラスだという事は承知しているし、それが進学校において恥ずべきことだというのも理解できなくはない。だが校舎や部活、施設利用などにおける差別待遇や今の様に教師が公然と生徒を馬鹿にする状況はどうなんだろう。この光景が外に漏れたらとか考えないんだろうか? 教育委員会とかに漏れたら廃校待ったなしだろうに。
「……今の内に慣れといたほうが良いぞ」
「え?」
目線だけで振り返る。私の後ろに並んでいた木村君が俯きながら言葉を続けた。
「これから先の集会も年間行事とかでも、こんなんだからさ」
「……そうか」
「おぉ」
それだけの短い会話。再び前を向くと、流石に笑いすぎだと校長先生が注意を促していた。自分自身も前かがみになるくらい笑ってるから、何の説得力も無いんだが。
――ここまでやるか。
約一月E組で学び、そして今集会を通じて思った事はそれだった。
この徹底した差別待遇の理由は何となくわかる。『成績が落ちれば自分もあそこに行くんだ』という危機感を持たせることで生徒は努力し、また『自分よりも下がいるという優越感』を感じさせて今の地位を失わないように執着させる……といった所だろう。実際椚ヶ丘はE組を除いて名だたる名門の進学校だし、この教育理論は一応の成果を出している。
理事長が何を思ってこんな教育体制を作り上げたのかは知らないが、それの生贄にされるのは不本意だ。かと言って馬鹿にされない側……つまり本校舎に行きたいという訳でもない。私は
「どーにか……出来ないかな」
実害がある訳ではないが、馬鹿にされるのは腹が立つ。せめて環境の改善が不可能でも、本校舎の意識を変えるくらいは出来ないかという考えが、嘲笑が響く体育館の中で浮かんだ。
◆
あの後何度かE組を馬鹿にするような展開が当然のように存在したが、それに何か行動を起こすわけでも無く全校集会は終了した。途中烏間先生とイリーナ先生が入って来た時は本校舎から少なくない動揺の声が上がっていたっけ。まぁ烏間先生は見た目も整っているし防衛省勤務という事で引き締まった体をしたエリートだ。本校舎の中年太りした教師を見慣れてる生徒にはさぞ輝いて見えた事だろう。イリーナ先生に関しては近い所にいた男子が前かがみになるという事態が発生していた。まぁ仕方ない。あんな巨乳に顔を埋める場面を目撃してしまえばそうなるに決まってる。男子中学生には刺激が強すぎるのだ。
そして後は集会も終わっているので帰るだけ……なのだが、その前に喉が渇いたので自販機へと寄り道していた。あんな環境にいたのだから炭酸の一つでも飲んでスッキリしたいと思うのも当然だろう。
「やっと戻れる」
「あはは……」
腹の底からこみ上げてくるような呟きに乾いた笑いを返したのは潮田君だ。彼も自販機に用があるらしく、こうして隣を歩いている。
「この後体育かぁ……しんどいね」
「まぁ、ね。お昼御飯も食べてないし」
「ホントだよ。今日は麻婆だったのに……!」
私としては毎日でも食べたいあの激辛麻婆豆腐だが、教室で食べると周囲の目が超生物を見るそれになるので、最近は二・三日に一回くらいの割合になっている。そのおかげか何なのか、最近は麻婆がより一層辛く美味しく感じるのだ。好物はたまに食べるから美味しいんだという事を再認識できたし、これはこれで正解だったかもしれない。主食にすると契約切るって言われてたし。
「……あれさ、辛くないの?」
「辛いけど美味しいよ。食べる?」
「食べない」
「……むぅ」
食い気味に言われた。食べ、くらいでかぶせて来た。美味しいのに……
そんな会話をしながら自販機まで辿り着き、思い思いの物を購入する。ちなみに紙パックのジュースを売っている自販機だったから炭酸飲料は置いてなかった。畜生……。
「……おい、渚」
仕方なくコーヒー牛乳を買っていると、後ろから潮田君を呼ぶ声が聞こえた。杉野君当たりが呼びに来たのかと思ったが違うらしい。つられて振り向くとそこにいたのは見覚えの無いモブ臭のする生徒二人。本校舎の生徒だろう。
「おまえらさー、最近調子乗ってない?」
「集会中に笑ったりして周りの迷惑考えろよ」
私達が集会中に笑ったというのは、イリーナ先生が途中からやって来た殺せんせー(変装済み)にナイフで攻撃を仕掛けて烏間先生に連れて行かれた時の事だろう。あの時は殺せんせーの事を誤魔化すためにクラス全員が少し無理をして笑っていた。
というかそれを本校舎の彼らが言うのだろうか。E組を全校生徒で笑っていた身でよく言ったな。ここまで堂々と自分の事を棚に上げられると、滑稽を通り越して見事と言える。同じ事校長先生に言ってくれば?
「E組はE組らしく下向いてろよ」
「どうせもう人生詰んでんだからよ?」
こちらをあからさまに見下す視線、馬鹿にする言葉、全身から漂う傲慢さ……そのあまりの言い分に自然と眉間に皺が寄った。
というか言ってる事が頭おかしい。中学で成績が悪いからって何故その後の人生が詰んでいるのだろうか? 例え成績が悪くて中卒でも優秀な功績を残した人物だっているし、かの発明王エジソンなどは最終学歴が小学校中退だ。それとは逆に良い大学を出ても就職先にありつけずフリーターやニートになる人物だって少なくないだろう。こんなところで躓いたくらいでその後の人生が閉ざされる、なんて事はまずありえないのだ。
どうやら彼らは椚ヶ丘の徹底したE組差別を経験して、本校舎のエリートという価値観に洗脳されているらしい。E組は絶対的な敗者だから何を言ってもいいというイメージが思考回路に刻み込まれているんだろう。だからこんな簡単な事も分からないし、おかしな事も平然と口にできるんだろうな。
「――――――」
そんな事を考えてたら、自然と溜息が出た。
「……おい、なんだその不満そうな目は」
うわ、矛先がこっちに向いた。
「……別に? 馬鹿な事を言ってると思っただけだ」
「ハァ?」
「俺らお前より成績良いんだけど? お前自分の立場わかってんの?」
「……あー」
成績と言動はどう考えても関係してくる頭の良さは別系統だというのに、それすらわからないらしい。本校舎の奴は例外なく成績が絶対と考えているとみてよさそうだ。
というか普通馬鹿な事を言ってると言われたら自分の発言のどこが可笑しいのかを少しは考えないだろうか? そんな素振りすら無かった辺り、本当に成績が全てだと思ってるらしい。何だろうな、この会話ができるのに意思の疎通が図れないモヤモヤ感。情報でしか知らないが、言語能力を持った会話できるバーサーカーがこんな感じなのだろうか。
「……オイ、黙ってねーでなんか言い返してみろよE組!」
呆れてモノも言えない私を言葉に詰まったとでも思ったのか、向こうが調子に乗り出した。肩を掴むな、成績馬鹿。
「殺すぞ!!」
「――――――」
は?
一瞬、何を言われたかわからなかった。殺す……それは、今のE組では非常によく聞く言葉だ。だがそれらとは言葉の持つ重みがまるで違う。あぁそれは当然だろう。彼らはその言葉がどういう事か、殺すという事がどういう意味を持つのかがわかっていない。ただの脅しで出来もしない事を言っているだけだ。
イリーナ先生が言ったそれとは比較するまでも無い。正しく理解していないE組の生徒でも、暗殺行為を行っている分もう少し重みがあるだろう。だから最初、音の響きが同じでも意味が分からなかった。だってその言葉には何も無いから。
そしてそんな薄っぺらい言葉をまともに受け取ってやる理由も無い。
「―――君には、殺せないだろ」
言う前にほんの少しだけ笑いが零れた。仕方ないだろう。張りぼての言葉を引っ張り出して自分を強く見せようとしていた。これを滑稽と言わずに何と言うのか。
それと、殺すという言葉の意味を正しく理解出来もしないくせに私に言うな。そんな怒り……舐める様な視線に対するものも含めて……を込めて、少し強めに睨んでやる。
「ッ」
「――ヒ」
どうやら効果はそれなりにあったらしい。弾かれる様にして離れた彼らから先程まで顔に浮かべていた傲慢さはすっかり飛び散っており、今は何が起きたのかよくわかってないという感じの困惑と、少しばかりの恐怖が顔に浮かんでいた。
「行こう、潮田君」
「あ、うん」
茫然としていた潮田君を伴ってその場を後にする。追いかけてくる気配はなかった。
「……ハァ」
……なんか、どっと疲れた。やっとここから帰れると思うと、昼食を食べ損ねた事やこの後体育があるという事を差し引いても早くE組に戻りたいと思える。本当に、最初から最後まで居心地の悪い場所だった。
「……岸波さん、凄いね」
「ん、何が?」
廊下を歩いている途中、潮田君がぽつぽつと話しかけてきた。
「だって、何言われても動じてなかったし」
「あぁ、アレ? まぁ、あんな口先だけの脅しなんか何も怖くないからね」
「そ、そうなんだ」
……ギル、か。
ギルが彼らを見たらどんな行動を取るだろうか……うん、多分眉を顰めた後で剣の雨かな。もしかしたらヴァジュラとかの爆発物で纏めて殺っちゃうかもしれない。ギルは自分が見下すのはいいけど見下されるのは無理だし。
いや、もしかしたら見られただけで殺すかもしれない。彼らは本校舎の生徒は偉いと思ってるっぽいし、そんな彼らがギルの目の前に現れたら不敬の一言でズドンと殺られる可能性が高い。
「……ま、有り得ないけどね」
ちらり、と左手を見る。そこにかつてあった
契約が切れていてムーンセルも存在しない。なら彼が私の前に現れる事は恐らくもう無いのだろう。あの黄金の背を追えないというのは……
「え……何? 岸波さん、何か言った?」
「ぁ、ううん……何でもない」
少しばかり感傷に浸っていた所を潮田君の声で呼び戻された。たらればを考えても仕方ない。
「さ、早く戻ろうか。次体育だから着替えなきゃ」
「そうだね」
潮田君と話をしながら廊下を歩く。周りの風景が木造じゃない普通の校舎なので、何となく表の聖杯戦争を思い出す。凛やラニと話す事はあっても、こうして雑談をしながら歩くという事は無かったなと思いながら、私達を待っていた杉野君達の所に急いだ。
金ぴか様が本校舎を見たら笑うか無視するかの二択だと思います(ただしザビ子に被害が及ばない場合に限る)
運営様が期間延長してくれたのでもう一回金ぴかピックアップが来ますね。爆死の準備は出来てます。