たった一日二日でこの問題に気づくの? 早くね? と思われるかもしれませんが、今後の展開的にここにしか入れられないので。
あとは……まぁ、聖杯戦争を経験してるからという事で一つ。
そして今回、無印EXTRAの一部展開とセリフを入れたんですが、これはネタバレ注意……なのかな?
では五話をどうぞ。
街の向こうに日が沈んでいき、山の木々を赤く染めていく。今は放課後、校舎に残っていたクラスメイトはもうみんな下校してしまった。昨日とは違い、私だけが校舎に残っている。
昨日は街中を散策しながら見た光景を、今日はE組校舎の二階からただ眺めていた。E組の校舎は古い木造建築なので、こうして夕焼けの中にあると月の裏側にあった旧校舎を何となく思い出す。そう思えばこの何の音もしない一時が懐かしさを孕んだもののように思えても来るが、今はそんな事を気にする気分ではなかった。
今日一日の事を思い出す。
朝の光景に違和感を覚えた私は休み時間や昼休みを使い、殺せんせーについての情報収集を行った。胸に沸いたこの違和感の正体を知るためだ。そうして集まってくる情報は、一部の人達からのものを除けば、概ね「良い先生」という評価で纏めることが出来た。
ただしこれは「教師としてどうか」と聞いた結果であり、「暗殺対象としてはどうか」と聞くと、また違った反応が返ってきた。銃もナイフもマッハで躱す、かと思えばこちらに手入れをしてくるなど。カルマに至っては自分の命すら使って殺しに行ったが常識外れの奇手を使われて、ネバネバされて無理だったらしい。……ねばねば?
……まぁとにかく、暗殺対象として見た場合の殺せんせーの評価は、「あのタコいつか殺す」という意思表示にも似た評価で纏めることが出来た。その目は誰もが情熱に燃えていて、ただ目標に向かって邁進する良い眼だった。
そう、『良い眼』だったのだ。
途中の障害など意にも介さない、邪魔するものは切り捨てるといった、目標だけを見つめる純粋な目……それはまるで、万能の願望器に何を願うかを夢見る者達のそれだった。
……朝の光景に私は既視感を覚えたが、その理由は簡単だった。百億という大金が視界を狭めているのか、殺せんせーのスペックに圧倒されて、今は無理でもいつか殺せるだろうと無意識に楽観視しているのかは分からないが……生徒は誰一人として、殺せんせーを殺すという事の
それこそが既視感の正体。命のやり取りという話をしつつ、それがどこか現実味を帯びていない。当事者同士の話なのに、他人事のような感覚。
―――これは、聖杯戦争の一回戦だ。
朝見かけた人が、隣で食事をしている人が、夕方に楽しく話した人が……決戦の日を最後に二度と会えなくなる。そんな危険と恐怖を多分に孕んだ状況にありながらその事実に気付かず、その話題を交わしながら楽しく過ごす。そんな状況が一回戦のそれだった。殺す事を殺す事として認識していない、今のE組とよく似ていると思う。
「……それだけなら、まだ良かったんだけどな」
一人ごちる。そう、それだけならまだ良かった。それだけなら聖杯戦争の二回戦の様に、自分たちがやっていたのは真実殺し合いだったと理解し、自分がどれだけ恐ろしい事をしたのかを悟るだけで終わった。その後二回戦三回戦と続いていった聖杯戦争と違ってこの教室は殺せんせーを殺せばそこで終わり。その後も殺さなければならない恐怖と戦う必要はないし、賞金の百億円が殺したという罪悪感を少なからず霞ませてくれただろう。
だが、このE組にはもう一つ問題がある。聖杯戦争では本来存在せず……そして、私には存在した問題が。
それは、殺せんせーとみんなの関係だ。
この教室の関係は
命がけのやり取りの中で行われる教育。それは命がけであるからこそ生徒の心に届き、生徒は教師を信頼するようになる。その信頼に応えるために、教師はより良い
その連鎖が生むのは当然、生徒と教師の良好な関係。このままこの教室が続いて行けば、両者の間にある絆は更に深まり、何者にも破壊出来ない強固なものになるだろう。そしてそれこそが最大の問題だ。
学期の節目か、何かのイベントか、はたまた世界の終了間近か。みんなはいつか、殺せんせーを殺すという事の意味に気付くだろう。
だが今の段階でこれに気付けなくても無理はない。まだ彼らの絆は精々が芽を出した程度で、今殺したとしても賞金と栄誉がそれを上回る。仮に強固な絆で結ばれていたとしても、地球の終わりより私たちの教師をする方が重要と言っていた(らしい)殺せんせーがそう易々と殺される筈がない。あらゆる手段を使って回避するだろう。
というか一般的な中学生は元より、こちらの随分と平和な世界ならば人を殺したことがある……それも親しい者を殺したことのある人間なんて殆どいないだろう。というか親しいなら普通殺さない。殺すような状況にはならないし、なったとしても衝動的なものだろう。だからこそ、その状況の葛藤には気付けない。
私も抱えた問題だ。
親しい者を殺さなければならないという事がどれだけ恐ろしいか、苦しいか、悲しいか、逃げ出したいか。それでもやらなければならないと迷いを断ち切って前を向く事がどれだけ力が必要な事で――――想像を絶する恐怖なのか。
「……凛」
この事を考えると、思い出すのは友の顔。月の表側では何度か助けられ、裏側では生徒会副会長として全面的なバックアップを担当してくれた。そして表に戻ってからは……六回戦で殺し合い、そして私が止めを刺した……私の、親友。
敗者に降りる防壁の向こうで消えていく彼女を思い出して心に湧き上がるのは、言いようの無い悲しみと喪失感。恐らくこの先一生、アレを越える悲しみは私の人生に無いだろう。
「……にゅやっ? 岸波さん、まだ残っていたのですか。もう他の皆さんは下校しましたよ」
「……殺せんせー」
……そんな悲しみを、この超生物教師は生徒たちに刻み込もうとしているのだ。
「ここで何をしていたんですか?……あぁ、夕焼けですか。良いですねぇ。普段見慣れた景色が違う顔を見せる。四季の移り変わりとはまた違う良さがある」
私の隣までブニュブニュと足音を鳴らしてやって来た殺せんせーはそんな事を言った。私が夕焼けに見惚れていたとでも思ったのだろう。確かに茜色のフィルターが掛かった景色は見事という他ないが、そんなことは全く頭に入って来ていなかった。何となく何も話す気になれず、かと言ってここを去る理由もない。何も言わないのも可笑しいかと思い、そうだねと空返事ではあるが返しておいた。
「……殺せんせーは、残酷だね」
先程まで色々と考えていたからか。ふと気づけば、そんな事を口にしていた。
残酷。そう、残酷だ。標的として自身の殺害を強制させておきながら、教師として接することで信頼関係を築き、やがて生徒たちにとてつもない難題を突き付ける……この先生を、殺さなければならないのだという難題を。それから逃げられるのなら楽だろう。だが殺せんせーは三月までに殺さなければ地球を破壊すると宣言している。逃げる事は世界の終わりを受け入れるという事、到底出来る筈がない。
ただの
会話にもなってない一方的な一言。何の脈絡もないその言葉に、案の定殺せんせーは慌てていた。
「にゅやっ!? ざ、残酷!? わ、私岸波さんに何かしましたっけ? あ、ま、まさか朝の麻婆豆腐を毒って言った事まだ根に持ってますか!?」
「――――違うよ」
……根に持ってないと言えば嘘になるが、今はどうでもいい事だ。
「ち、違うんですか?」
「うん、違う。残酷だって思ったのは……殺せんせー。私達は殺せんせーを殺さないといけないんだろう?」
「……えぇ、そうですよ。ま、無理に決まっていますがねぇ」
話が暗殺のそれに移ったからか、先程までの狼狽えっぷりが嘘のように落ち着きを取り戻した殺せんせーは、顔色を黄色と緑の縞々模様に変えてヌルフフフと笑っている。潮田君曰く、この表情はこちらをナメている時の顔らしい。……こう言っておけば、私が対抗心を出して暗殺に乗り出すと思っているのだろうか。いや、流石に邪推が過ぎるかな? でも暗殺の話題を出すとほぼ必ずこういった反応をするという事は聞いているから、邪推のし過ぎという事は無いだろう。
「うん。殺せる殺せないじゃなくて、殺さないといけないんでしょ?」
「?……えぇ、そうですね。来年の三月以降も生きたいのであれば、先生を殺すしかありません」
一瞬だけ何時もの顔に戻った殺せんせーだったが、すぐにまた「無理ですけどねぇ」と言いながら縞々模様に戻った。
「……そっか」
……あぁ。こんな言い方をするのだから、やはりこの先生は残酷だ。
ここで地球を破壊する予定を思い出させるのはズルいと思う。しかも「世界の崩壊」ではなく「私の未来」という部分に話の焦点を当てているのも余計質が悪い。世界を救うためだと言われても、そんなスケールの大きい話は想像が出来ないだろう。でも自分の未来であれば想像は容易だ。将来の夢が永久に叶わないなどと言われれば、何とかしようと躍起になるだろう。嫌でも暗殺に参加する事になる。
「にゅにゅ……結局、岸波さんは何が言いたいんですか?」
私の言いたい事がよくわからなかったのか、殺せんせーは暫くの間顔色を様々な色に変化させて悩んでいたが、答えは出なかったらしい。
「―――別に、何でもない」
とりあえず、そう返しておいた。
……この手で戦うと決めた以上、私は暗殺を続ける。これは決定事項だ。そしてその暗殺に対して、殺せんせーは真剣に向き合ってくるのだろう。そしてその結果、私と殺せんせーの間にも他の皆同様に絆が出来上がるのだろう。他の皆とは違い、私はそれによる弊害をしっかりとわかっている。
ならばいずれ殺す際に邪魔になる絆を作らないように、心に壁を作れば……と普通はなるのだろう。だが、そんなことはしない。他の皆同様、この教室で暗殺に取り組み、殺せんせーとの間に
――そして、その上で殺す。
『わたしはあなたと戦う事になって良かったと思ってるわ。
どうせ生き残るのが一人だけなら、誰かに負けていつの間にかいなくなるより、消えるところをこの目で見たいもの。
殺し合う私たちの縁に意味があるなら、それはきっと、その最期を看取る事だと思う。
だから。わたしはあなたを全力で殺す。何の躊躇いもなく』
決戦の海へ向かうエレベーターで、凛が私に言った言葉だ。縁がある、というのはこの教室では絆に言い換えてもいい。
私たちは殺せんせーを殺して、殺せんせーは私たちごと地球を壊す……殺せんせーがこちらへ意図的な攻撃を行わないという違いはあれど、私たちと殺せんせーは殺し合う間柄だろう。その縁に……その絆に意味があるのなら、やはりそれは最後まで暗殺を全うする事だと思う。
烏間先生の話によれば、私たち以外にも殺せんせーを狙う殺し屋は数多く存在するらしい。そんな名前も知らない誰かに、殺せんせーのやっている事や生徒たちの努力を顧みもしない賞金目当ての有象無象に横取りされるくらいなら、このクラスで殺したいと思うのは間違っていない筈だ。
「―――ただ、絶対に私たちの手で殺すってだけだよ」
対先生ナイフを突きつけて、そう宣言した。
……まぁ、色々と考えたが。つまり私はどんな状況であれ殺すのをやめないという事だ。私以外のみんなが殺すことの本当の意味に気付いて悩み苦しんだとしても、私はそれに一切の助言をしない。私だって悩んで苦しんで自分で答えを出したのだ。あの葛藤は自分で答えを出すものだという事は身に染みて理解している。
私は既にその問いに対する答えは得た。あとは同じ問いが来た際に、かつての筆跡をなぞるだけだ。何の躊躇いもなく、全力で殺す。
「……驚きました。とても綺麗な殺意ですねぇ。全く、手入れのし甲斐が無いじゃないですか」
私の宣言に一瞬面食らってたみたいだった殺せんせーは、すぐに持ち直すとヌルフフフと笑い出した。手入れのし甲斐が無いって事はつまり、可愛げが無いとかそういう意味で使ってるのか?
「それではそんな岸波さんの暗殺に期待するとしましょうか。……ま、殺されませんけどねぇ」
「うん、楽しみにしててよ。今はまだ満足に動けないから無理だけど、私に使えるあらゆる手を使うつもりだからね」
話していたら随分といい時間になってしまった。下校のために歩きながら話す。殺せんせーも私の横をブニュブニュと独特の足音を鳴らしながら歩く。
「それはそれは……あ、あのっ岸波さん、出来れば暗殺にあの麻婆を使うのは止めてもらえませんかね? どの程度かは分かったので食べれない事は無いんですが、どうにもトラウマが……」
「そっか。じゃあ十皿一分で完食か殺されるかの二択を用意しておくね」
英雄王すら背筋が凍った褒美だ、絶対に効くに違いない。
「にゅやーーーッ!!? お、鬼! 悪魔!」
「……冗談だよ」
麻婆を愛する私が、あれを兵器扱いする筈ないじゃないか。
……あぁ、こんな風に普通に話せるんだから、いざ殺す時につらくなるんだろうな。改めて思った。やっぱり、この先生は残酷だ。
鋼メンタルが決意固めるお話でした。
やっと一巻から進める……一巻の最後の話からスタートしたのに何故だ……
次回はビッチ先生か、1,2話くらい日常回をいれるかします。