岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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この時期は仕事が忙しくて投稿ペースが落ちそうです……
では4話をどうぞ。


04.疑問の時間

 

 次の日の朝。碌に舗装もされていない通学路という名の山道を歩きながら、殺せんせーが毒を……そして奥田さんをどうするつもりなのかを考えてみた。

 大前提として、奥田さんの毒作りは失敗するだろう。いや、毒そのものは出来上がるだろうが、それが効く可能性は皆無であると言った方が正しいか。それはまぁ当然だろう。仮に自分に効く毒を教えた所でそれが完成すれば飲むのは自分だ。それで飲むならただの自殺だし、そもそも自殺するならそんな回りくどい事をしなくてもいい、生徒が仕掛けてくる暗殺を避けなければいいだけだ。

 なので殺せんせーが奥田さんに教える先生を殺せる毒薬は間違いなく偽物。その偽物がどういうものなのかはわからないが、本物を作るメリットが無い上でのあの提案なのだから、偽物を渡すことに意味があると考えるべきか。

 

 偽物を渡して、つまり奥田さんを騙して殺せんせーはどうするのか。無駄な努力だったと笑う? 暗殺の気概を削ぐ? まさか本物を渡した上で危機回避能力を見せつける?

 ……駄目だ。考えの基となる情報が少なすぎる。教師(ターゲット)生徒(アサシン)という関係性が複雑に絡み合ったこの状況を考えると、入ってきて日の浅い私では考えの及ばない所が多すぎる。もう少し奥田さんと話をしてみて、情報を充実させてからのほうが良いだろう。

 というか思いつくのが悪意に満ちた選択肢ばかりだ。王様から変な影響でも受けていないか心配になってきた……ないよね?

 

「しかしきっついな……」

 

 山道を歩きながら、自然とそんな言葉がこぼれる。リハビリでそれなりの筋力が戻っているとはいえ、病み上がりの肉体にこれはキツイ。更に体育では暗殺訓練を行うんだから、下校できる頃には体力を使い果たしているだろう。歩くスピードも遅いので、その分早めに家を出なければいけないのも地味にキツイのだ。

 原因が事故である以上仕方が無いとはいえ、毎度毎度他の人達よりハンデを抱えているという事を嘆きたくなる。マスター適正の低さからステータスがオールEだったり、眠りすぎた弊害によるAUOだったり……

 

「ま、仕方ないか」

 

 溜息を一つ。意識が健在であればいくらでも無茶が出来た霊子体とは違い、今の私は生身の人間なのだ。

 

「……あ、そういえば」

 

 肉体を得た、という所でギルガメッシュが言っていた事を一つ思い出した。

 あれは黄金の霊子虚構世界を旅している時だったか。愉悦というものが何なのかがあやふやだった私に対して王様がしてくれた、愉悦……というよりは楽しむ事全般、欲に関する話だった気がする。

 

『愉悦が判らぬ?……貴様、もしや気付いていなかったのか? それにしては随分と……いや、言うまい。これは貴様が己で悟るべきもの。我は貴様が己に気付いた時の顔を愉しみに待つとしよう。

 しかし、愉悦以外にも楽しみと呼べるものはある。一時の悦楽、つまり娯楽という奴だ。それすらも曖昧という事であれば……ふむ、いっそ受肉する事も視野に入れておくべきか。

 肉体と欲望というものはどうあっても切れぬ関係だ。肉体は己を生かし、無欲では生きられぬ故にな。三大欲求という奴よ。

 そして欲というものは際限が無い。一つ満たされれば二つ、二つ満たせば四つという具合にな。肉体を得て過ごせば嫌でも他に欲が湧いて来るだろうよ。……尤も、枯渇したあの星に娯楽たり得るものが残っているかは別だがな』

 

 とか何とか。

 正直この頃は愉悦を知る云々という以前に、未知を前に興奮しっ放しの英雄王様が常に隣にいたので、一緒になってはしゃいだ結果慢心からの消滅という最悪の結末にならないよう、私くらいはしっかりしなければとブレーキ役に徹していたから自分の楽しみ所じゃなかった。

 というか今思い返すと、ギルガメッシュはこの時点で私の愉悦というものを分かっていたのだろうか? 口ぶりからしてそうなんだろうが……何だろう。気付いた顔を楽しみに待つとか言われると、碌でもない予感しかしない。せめてまともなものでありますように。

 

 ……まぁとにかく、今の私は、ギルガメッシュが言っていたように肉体を得ている。それで欲が出てきているのかと言われれば……どうなんだろう。月にいた頃とあんまり変わって無い気もするし、変わったような気もする。自分を客観的に見るというのは簡単なようで案外難しい。

 

「……さて、と」

 

 一区切りついた所で思考を切り替え、思い出に浸る事を中断する。あと校舎まではほんの少しだ。王様に振り回されてた時の事を思えば、ただ歩くだけの事、何の危険も無い。「あの程度我の剣を撃つまでも無い、露払いは任せたぞ」と言われてエネミー(結構弱め)の前にいきなり放り出された時もあったっけ……実際私でもどうにか出来るレベルだからよかったけど。

 ほんの少しだけ歩く速度を速めて、残り少ない通学路を進み始めた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「……で、その毒薬を作ってこいって言われたんだ」

 

「はい! 理論上はこれが一番効果があるって!」

 

 教室に入るとそんな声が聞こえてきた。一緒にいた茅野さんと潮田君に挨拶をして、詳しい話を聞くことにした。そうそう、話とは関係無いが、潮田さんはどうやら男性だったらしい。昨日男子の制服を着た女子とか思ってごめんね……でも髪型をツインテールにしてるのはどう考えても誤解を誘っているとしか思えない。

 

 話を聞くと、どうやら殺せんせーは自分に効く毒薬のレシピを宿題として渡し、奥田さんは早速それを作って来たらしい。毒薬の調合というのは随分と高い水準が要求される事だと思うのだが、中学生に作れるのだろうか? いや、今こうして作ってきている以上作れたのは間違いないんだろうけど……中学生のスキルで作れるくらい簡単なのか、奥田さんの理科のスキルが中学生の枠を逸脱しているのか。

 多分後者なんだろうとは思う。殺せんせーが毒薬の調合を教えてくれていた時の事を聞く限り、とてもただの中学生がやれるレベルの実験ではない気がするし。監督されながらとはいえ、それだけのことをやってのけるという事は、それは奥田さんの技術がそれだけの高水準にある事の何よりの証拠だ。

 

 それに実験の様子を話す奥田さんはとてもいい顔をしている。本当に理科の事が大好きなんだなという事がひしひしと伝わってくるような、弾けんばかりの笑顔だ。比較対象とするには少しアレだが、回避が上手い敵を前にした時の王様の表情に通じるものがある。笑顔に含まれる悪意の差こそ天と地だが、やりがいがあるという一点では似ていると思う。

 

「きっと私を応援してくれてるんです。国語なんてわからなくても私の長所を伸ばせばいいって」

 

「……ん?」

 

 ふと、奥田さんが発したそんな言葉が引っかかった。何でここで国語の話?

 

「国語ってどういう事?」

 

「はい? あぁ、えっと……」

 

 それから奥田さんは詳しい話をしてくれた。

 理科以外、特に国語の成績が振るわしくない事。言葉の良し悪しや感情表現などで何が正解かわからない事。それでも構わないとして、言葉の重要性を捨てている事……そんな話をした結果出された宿題が、件の毒薬らしい。

 

「……それは」

 

「あ、来たよ。渡してくれば?」

 

「はい!」

 

 教室へ入ってきた殺せんせーの元へ奥田さんが駆け足で向かっていった。それを尻目に考えを巡らせる。

 苦手な分野を捨て、一点特化型の能力に仕上げるというのは間違ってはいない。人にはどうしても分野ごとに得手不得手があるのだから、それを正確に把握して出来ない事は切り捨てる。これも一つの育て方だろう。

 だが奥田さんが捨てようとしているのは国語、つまりは言葉だ。これは捨てる捨てないの話では無いだろう。どれだけ強力な武器を持っていたとしても、それを売り込むための説明が出来なければ意味が無いのだから。そして殺せんせーがそれを理解していない筈がない。その上で渡された毒薬のレシピ。これが偽物なのは当然として、やはり偽物を渡してどうするのかという所に行き着く。騙した上でどういう行動を――――待てよ。

 

 私はこれが暗殺に直結する事なのではと思っていた。毒殺から始まった一件だからそれは間違ってはいないだろう。だから浮かぶ可能性も暗殺関係の物ばかりだったのだし。だが自分で思っていたではないか、彼らの関係性は標的と暗殺者であり、教師と生徒であると。ならば殺す殺さないと同時に教える教えられるの関係が混ざりこんでいても何らおかしな事ではない。

 それを踏まえて考えると、奥田さんは理科に傾倒するあまり国語の勉強が疎かになっている。そしてその上で渡された『宿題』である偽の毒薬。殺せんせーが標的ではなく、教師として動いていたのなら……そうか。つまり騙した後どうするのではなく……

 

「騙す事そのものに意味がある……か」

 

 考えを纏めてから奥田さんの方を見てみると、丁度毒薬を受け取った殺せんせーが一気に飲み干した所だった。

 

「……ヌルフフフフフ……ありがとう奥田さん。君の薬のお陰で……先生は新たなステージに進めそうです」

 

「……え? そ、それってどういう……?」

 

「……やっぱり」

 

 殺せんせーの顔が如何にも邪悪という感じに歪む。笑い声も普段のそれとは違い、粘りつく様な不気味なものになっている。

 そして殺せんせーの体が発光し始め、内側から食い破る様な咆哮を上げる―――

 

――――グ オ オォォ オオオ オ ォオ――――――!!!!

 

 そして光が収まり殺せんせーの姿は……

 

「ふぅ」

 

「「「「溶けた!!」」」」

 

 ……うん、溶けてた。普段のタコみたいな体と違い、液体が一か所に纏まっているという感じの見た目だ。体色も黄色から金属質の銀色へと変わっている。

 

「奥田さん……君に作ってもらったのは、先生の細胞を活性化させて流動性を増す薬なのです」

 

 そう言った瞬間、殺せんせーの姿が消えた。

 

「液状故に、どんな隙間にも入り込むことが可能!」

 

 と思ったら別の所で声が。

 

「しかもスピードはそのままに……さぁ、殺ってみなさい!!」

 

 そしてクラスの中を銀色の液体が動き回る。床を這っていたと思ったら飛び上がり、天井の隙間に潜り込んで溝を伝って壁に移り、机と生徒間を縫うように跳ね回り……縦横無尽という言葉がふさわしい。

 

「ちょ……無理無理無理無理! 床とか天井に潜り込まれちゃ狙いようないって!」

 

「なんだこのはぐれ先生!!」

 

 みんなも銃とナイフを手に殺せんせーに攻撃を仕掛けるが、まるで当たる気配が無い。というか当てるのはほぼ無理だろう。私は攻撃を早々に諦めて、少しでも早さに慣れるために目で追う事にした。普段は行けない所も行けるという状況のためか、殺せんせーは随分とアグレッシブに動いている。変化の予測がつかない分、動体視力を鍛えて慣れさせるには丁度良い。

 

「だっ……騙したんですか! 殺せんせー!?」

 

 そうして暫く殺せんせーが逃げ回った頃、奥田さんの悲痛な叫びが響いた。まぁ奥田さんからすれば、殺せんせーのやった事は裏切り以外の何物でもない。当の殺せんせーは天井の隅にわざわざ留まってそれを聞き流している。というか何その顔……殴りたい……。

 

「奥田さん、暗殺には人を騙す国語力も必要ですよ」

 

「えっ?」

 

「どんなに優れた毒を作れても、今回の様に馬鹿正直に渡したのではターゲットに利用されて終わりです」

 

 殺せんせーの言う事は当然だ。飲めば死ぬ物を渡されて飲む馬鹿はいない。相手が上手なら言葉巧みに躱すどころか、気づかないうちに自分が飲まされる危険性だってあるだろう。

 

「岸波さん」

 

「はい?」

 

「君が先生に毒を盛るならどうしますか?」

 

「え……」

 

 話の矛先が急にこっちを向いた。私が毒を盛るならどうするか、か。

 まず大前提として、奥田さんの様に真正面から渡すのは論外だ。ならば食べ物や飲み物に混入させるというのが普通なのだろうが、私からの物を殺せんせーが受け取ってくれるかは疑問が残る。一度毒みたいな物(とか一方的に認定されたらしい。解せぬ)を食べさせている以上、警戒されることは間違いない。

 つまり私が殺せんせーに毒を盛るのであれば、「私がやったと悟られないように毒を仕込む」事が一番成功率が高い。そしてこの殺り方なら……あぁ、最上級と言って良いお手本がいたっけ。

 

「絶対に行かなきゃいけない場所に先回りして、逃げられないように細工をした上で空気中に散布する。かな」

 

 月の表側の聖杯戦争、その二回戦。ロビンフッドは宝具を使ってアリーナ全域にイチイの毒をまき散らしていた。今後の事を考えると真っ先に対処しなければならず、かつその時の私はまだ経験を積まなければいけない時期だったため、逃げるという選択も取れなかった。Aランクの破壊工作に基づいた確実に相手に毒を与える作戦。百点満点の回答の筈だ。

 

「にゅやっ!? き、岸波さん! それ殺し屋じゃなくてテロリストの発想ですよ!?」

 

「――あ」

 

 思いっきり駄目だしされた。そうだ、破壊工作って言ってしまえばテロリストの技能じゃないか……

 

「先生てっきり飲み物に混ぜるとかの軽い意見が出てくると想像してたんですが……」

 

「じ、じゃあ先回りして、口にする可能性があるもの全部に仕込むとか?」

 

「まだテロリストですよ! 何で対象が私含めその場の全員なんですか!?」

 

「な―――なら、なら! 麻婆に混ぜて殺せんせーに食べさせる!」

 

「あんな辛い麻婆豆腐はもう絶対に食べませんよ! 毒みたいな料理に毒混ぜても警戒するんだから意味ないでしょう!?」

 

 そんな!? あんなに美味しいのに! というかやっぱり毒扱いなのか!?

 

「……まぁ、予想外の回答でしたが……普通は毒を盛るならば、相手に気付かれないように騙す……つまり、言葉に工夫をする必要がある」

 

 話を切り上げられた……麻婆を毒扱いする事について抗議したかったのに。ここに言峰神父がいないことが悔やまれる。彼ほど麻婆に情熱を持ち、そして口が上手い人物なら殺せんせーを麻婆の虜に出来る事間違いなしなのに……。

 

「上手な毒の盛り方、それに必要なのが国語力です。

 ……君の理科の才能は将来みんなの役に立てます。それを多くの人にわかりやすく伝えるために、毒を渡す国語力も鍛えて下さい」

 

「は……はいっ!」

 

 私がヘコんでる間に話は終わってしまったらしい。

 毒殺という舞台を使って殺せんせーが行ったのは、暗殺とは一切関係ないただの授業。「理科も大事ですけど国語もしっかり勉強しましょう」という、要約すればこの一言を伝えるために、殺せんせーはこれだけ回りくどい方法をとったのだ。標的で教師である殺せんせーだからできる教育……なんだろうか。

 

「あっはは……やっぱり暗殺以前の問題だね~」

 

「うん……まだまだ、殺せんせーに迫れる生徒は出そうにないや」

 

 他の皆も「あぁ、こうなったか」という雰囲気でこの結末を受け入れている。ならばこの教え方はこのクラスでは普通なのだろう。殺せんせーの命を狙いつつも、教えられる事は素直に受け取っているという所か。

 

「…………あれ?」

 

 ――その光景に。ふと、既視感を覚えた。

 

 既視感、そう既視感だ。私はこの光景に近いものを見たことがある―――何処で?

 殺し屋と標的が和気藹々と暮らすこの異常極まりない光景に近いもの。既視感の正体を解明するべく脳内検索を始めようとしたが、中止の声が掛けられた。

 

「にゅやっ? 岸波さん、授業を始めますよ。席に着いて下さい」

 

「あ……はい」

 

 気付けばまだ立っているのは私だけだった。他の皆はもう席に着いていて、中には世界史の教科書を広げている人もいる。どうやらそれなりに長い間、思考の海に沈んでいたらしい。

 全員が着席した事で今度こそ一限の授業が始まるが、私は授業どころではなかった。殺せんせーが世界史特有の訳の分からない語呂合わせをオリジナルで考えたと言って披露して逆に覚えにくいと言われているが、一度脳裏にこびりついた違和感が激しく自己主張を繰り返す。

 

「……後で、だな」

 

 蚊の鳴くような声で呟いた。これは無視をして良いものではない気がする。とりあえず違和感の正体を探るためにも、今日の休み時間は情報収集に徹するとしよう。

 未だに主張を続ける違和感をどうにか宥め、思考を切り替えて授業に集中する……殺せんせー、その語呂合わせは元の単語に辿り着く方が難問だよ。




次回は少しシリアス回の予定。

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