ガールズラブのタグは入れるかどうか考え中…
では二話をどうぞ。
自己紹介で盛大にやらかした後、質問タイム……とはならなかった。
私が答えられることは『聖杯戦争を勝ち抜いた岸波白野』としての事で、『椚ヶ丘中学校所属の岸波白野』の答えは導き出せない。その辺りは事故の後遺症によって記憶の欠落があるという事でどうにでもなるが、この中には私と親交があった生徒もいるかもしれないという事を考えると、記憶を失う前と後であまりに違いがありすぎた場合面倒な事になる。記憶に一部障害があるという言い訳は優秀だが、使いすぎると逆に胡散臭い。肝心な所をごまかす程度にしておくべきだろう。
殺せんせーと名乗ったこの担任が記憶障害の辺りを上手く説明してくれたおかげで突っ込まれることも無く、大変だなぁという程度の認識に収まったのがクラス全体の雰囲気で分かる。
「では授業を始めましょうか。あぁ、岸波さんの席は一番後ろの……赤髪の彼の隣ですね」
生徒の名前が分からない私にも分かり易いよう特徴で席を教えてもらう。男子列の最後尾で赤髪の少年がヒラヒラと手を振っていた。
「赤羽カルマでーす、よろしく」
「……カル、マ?」
「あーうん、業って書いてカルマ。呼びにくかったら苗字でもいいよ」
「いや、大丈夫。一文字違いの知り合いがいたからビックリしただけだから。よろしくね」
「へぇー。珍しい名前だと思ってたけど、案外他にもいるんだね」
そうこうしている内に授業が始まる。チョークと教科書を持って教卓に立つその姿を見ると、どうやら本当に教師をしているらしい。逃げ回るのが面倒だから適当な条件を付けて名ばかりの教師でもやってるのではと思ったが、他の生徒の様子を見ると何事も無く勉強に励んでいる事からこれが普段通りの光景なんだろう。というか板書のスピードがとんでもない。一瞬触手を振るったら数式が黒板にビッシリと並んでる。対サーヴァント戦で培った目のお陰で何とか軌道は追えるものの、正確に見切るのは無理そうだ。
というか、授業中なら狙えないだろうか? 板書の為に生徒達には背を向けているし、授業をするという事はそれだけ考えて喋る必要がある。思考のリソースを授業に裂いている以上、不測の事態には弱い筈。殺される可能性がある以上少しは警戒しているとはいえ、全員でかかれば僅かなりとも可能性はある筈だ。それとももう試した後なのかな?
……試してみるか。
右手でノートを取りつつ、出来るだけ平静を装って机に入れた銃へ手を伸ばす。タイミングは板書の為に黒板を向く一瞬。服で隠せない頭へ向けて――
「あ、そうそう岸波さん」
「ッ! え、な、何です、か?」
「授業中の暗殺は禁止です。ここは学校ですからねぇ、授業はちゃんと受けるように」
「……はい」
手にした銃を机に戻す。そうだ、ここで殺せる殺せないは別として、私は成績がヤバいんだった。なら勉強できるときにしておかなければならない。それに戦うにしても情報が少なすぎる。私よりも情報を持っている他の生徒が授業を受けているんだったら、授業中の攻撃は止めておくべきだろう。今は決戦じゃなくて準備期間。相手のマトリクスを集める事に集中しなければならないんだから……。
さっきから聞いているが殺せんせーの授業は解かり易いし、学生らしく勉強に励むとしよう。今気づいたが普通の授業というのも何気に初体験なのだし、出来る範囲で楽しむことにしようかな。
◆
休み時間になると、案の定というか何というか。私の周りには人垣が出来ていた。やはり転校生・転入生の類は珍しいのだろう。私は復学だけど、見ない顔が増えるという意味では一緒なのだし。話しかけてくる割合は男子よりは女子の方が圧倒的に多い。話しかけてくる男子も、どっちかというとコミュ力高めの爽やか系とかそんな感じがする。一人男子の制服を着た女子がいたがあれはいいのだろうか……。
しかし『記憶に障害がある』という設定だからか、所謂「私のこと覚えてる?」というような質問は一切やって来ない。こちらに配慮してくれているのか、あるいは全クラスから集められたこのクラスで私と親交がある人がたまたまいないのか……どちらにしても全員と初対面から関係を構築できるという状況は諸手をあげて歓迎したいのだが、流石に元の私のコミュ力とかそういうのが心配になってくる。
「んー……何か、やっぱり岸波さんちょっと変わったかな?」
「え……そうなのか?」
「うん。何か記憶してるイメージと違うなーって」
色々と話を聞いていると横から声を掛けられた。どうやら私を知っている人がいたらしい。不破優月と名乗ったその生徒は、私になる前の岸波白野とある程度の親交があったようだ。というか声聞いた時は凛の声だと思ってびっくりした。思わず「凛」って言いそうになったほどだ。このクラスには凛香って人がいるだけにややこしい。
以前の私がどんな人物だったのか聞いてみた。
「ん~……何というか、良い言い方をすると儚げなお嬢様? 何かそこにいるのにいないみたいな……近寄り難い雰囲気はあったかな?」
「お、お嬢様……?」
「うん。何か誰に何聞かれても丁寧な言葉で当たり障りなく答えてたよ。人付き合いが苦手なのかなって認識だった」
だから最初のアレはびっくりしたなーと言いながら不破さんは笑う。
どうやら私は随分とそっけない人物だったらしい。これなら多少は記憶の齟齬も「こういう人物だったのか」という相手方の解釈で誤魔化せるかもしれない。
「ちなみに悪い言い方をすると?」
「……可愛いからってお高く留まってる人、だったかな」
まぁそんな態度なら仕方ないだろうね。
しかし可愛い、か。一集団の中で三番目って言われた評価だったが、どうやらそれなりには当たっていたらしい。
その後は不破さんから仲良くしたいとの評価を頂き会話は終了した。「同士の気配がするんだよね!」と言っていたが、どういう事だろう、辛党なのかな?
◆
その後も授業は続き、やがて昼休みになった。
授業はというと、教科ごとの担当教師が別で控えているという事も無く、全て殺せんせーが教えていた。しかも途中であった小テストは一人一人で内容が違うらしい。通りで私の問題が授業に比べて優しいはずである。
そして休み時間には誰かしらが私のところへ来て色々と話をすることが出来た。こういう時、転入生という立場は自ら動かなくても情報が入ってくるのでありがたい。
色々と話を聞いた所、クラス全員が程度の差はあれど現状を受け入れているのが窺えた。なにせ殺せば百億円だ。それだけの額を掲示されれば、ただの中学生は積極的になるだろう。それに世界の命運がかかっているともなれば尚更だろう。
でも全員が一致団結して、という訳にはいかないらしい。一人で殺せば賞金総取り、集団で殺せば分配という制度である以上、個人の先行は仕方ないのかもしれない。
「岸波さーん、お昼食べよー」
「あ、うん」
クラスの前の方から矢田さんが弁当を片手にこっちへ来た。特に断る理由も無いので、校舎の把握も兼ねた場所探しは放課後に回そう。
矢田さんは生徒の中でも暗殺に積極的な方らしい。自ら先頭に立ってナイフや銃を振るう実働部隊だ。この前も殺せんせーが南極の氷でかき氷を作っている時に数人で襲い掛かった事があり、その時はナイフとチューリップをすり替えられたと聞いた。殺せんせーの速さに笑うしかないが、握りこんだナイフをすり替えられるという事は力もそれなりにあるのだろうか? その辺りは調査が必要かな。
そして矢田さんを語る上で外せないのは、その中学生という年齢にしては非常に豊かな胸である。推定は凛以上桜未満と言った所か。年齢を考えると巨乳と言えるその双丘は窮屈そうに制服を押し上げているのがその大きさを強調している。
巨乳というだけならそれこそB~A+ランクであろう桜やBBにキアラ、間違いなくEXランクのパッションリップを知っているので、彼女たちと比べれば小さいと言えるだろう。しかし中学生という性に本格的な興味を抱き始める多感な時期において、本人のルックスや大人へと成長途中な時期特有の危うさ等が合わさり、記憶にある彼女たちとは別ベクトルのエロスを有している。今も座るために前かがみになった際、少しだけ開けた胸元からブレストバレー(小)がこんにちわした。リップの時みたく手を突っ込みたい衝動に駆られる。
「岸波さん?……何だか、目が怖いよ?」
「あ……いや、な、何でもないデス、ヨ?」
「? そう?」
危ない、あやうく変態の烙印を押されるところだった。こういうのは一度でも警戒されてしまうと元の状態に戻すことが極めて難しい。距離を取られるというのは現状あまり褒められる事ではないのでその辺りは気を付けなければならない。
ちなみにこれは情報収拾や技術学習の観点からの理由であり、断じて女子特有のいちゃつきが出来なくなるからという訳ではない。ないったらない。
そんな事を考えてたが、食べないの? という矢田さんの声で意識が現実に引き戻された。ゴメンと謝って鞄から弁当を取り出した。
「あれ、ご飯とスープだけ? おかずは?」
「ん?」
まぁそう思われるのも無理はないか。何せタッパーのご飯はふりかけも何もない白一色、別のおかずは存在せず残りは魔法瓶だけだ。
「あ、カレーか何か?」
「惜しい。麻婆豆腐でした」
「にゅやっ、麻婆ですか。先生もこの前本場まで食べに行きましたよ」
「本場って……速いなぁ」
後ろから殺せんせーの声が聞こえた。風を切るような音もしてるから、誰かがナイフで暗殺を試みてるんだろう。ちらっと見ると残像を作りながら数人のナイフを躱していた。そしてその途中で攻撃している生徒のヘアスタイルを整えたりもしてる……何で?
でもちょっと購買行ってくるみたいな感覚で国を越えるってどれだけ速いんだか。最高速度がマッハ20なら、凛が連れてた青いランサーよりも速いんだろう。でも彼の槍なら捉えられそうだ。
にしても本場か。いつか本場の麻婆も食べてみたいな……どれくらい辛いんだろう。そんな事を考えながら魔法瓶の蓋を開けた。
「ぅえ゙っ!?」
「にゅや゙ぁっ!?」
「うわっ……」
「……?」
何か周りから悲鳴とか引く様な声が……? ちなみに上から矢田さん、殺せんせー、カルマだ。
「き、岸波さん……? それ、ナニ?」
「え? 麻婆豆腐だけど」
麻婆豆腐。
――それは、ただ唐辛子が山のようにぶち込まれた一見雑な料理にも見えるが、豆腐を口に含んだ瞬間舌を焼く刺激がたまらない味覚をもたらす。
そう、辛さこそ至高、辛さこそ究極の味覚。言峰神父にそう教わって以来あの麻婆にすっかりハマってしまった私は、こちらでもあの味を再現する事に成功したのだ。
言峰神父に高額な金を払ってレシピを買っておいて正解だった……!
「いや……でも、その。赤いよ?」
「?……麻婆は赤い物でしょ?」
「いや、それにしたって限度が……」
「……まぁいいや。いただきまーす」
麻婆を一口。何かまた周りがうるさいけど気にしない事にする。
うん、辛い。何度もお世話になったあの辛さが、口の中へまるで瀑布の様に押し寄せる。マグマのような辛さが全身に染み渡るのを感じる。口にするたび脳を焼く、この辛さこそ価値ある刺激だ。
だがまだだ。まだ腹は満たされない。刺激がまるで足りていない。
矢継ぎ早に二口目を頬張る。そしてまだ一口目の辛さが引いていない口の中に広がる先程以上の辛さと旨味。言峰神父直伝の味が今此処に。頬も綻ぶというものだ。
どうして王様はこの麻婆が苦手なんだろう。こんなに美味しいのに……。これを主食にしたら即刻契約を切るとまで言われたっけ。
「おい、普通に食ってるぞ……」
「あんなに辛そうなのに、平気なのか?」
「いや、見た目ほど辛くないんじゃないか? カレーとかそういうの多いじゃん」
「でもあの色は……」
なんか外野がやいのやいのと煩いな……。自分たちの食事はいいんだろうか?
にしても白米は失敗したかもしれない。量が増えるというのはいいが、辛さが緩和されてしまう。これなら麻婆を倍量持ってきた方が良かった。
「あの、岸波さん。辛くはないんですか……?」
「? 辛いけど美味しいですよ」
「いや、見た目相当辛そうなんですが……」
それは辛すぎて味が判らないのではという事だろうか? 確かに辛いがそんな事は無い。感じた直後に掻き消えるけど豆腐の甘味もちゃんとある。
「あ」
そうか、そういう事か。
殺せんせーの言動から大体の思惑を察したので、一口分の麻婆をレンゲに掬う。
「殺せんせー」
「何ですか?」
「――食べる?」
ひょいっと、レンゲを殺せんせーの目線の高さまで持っていく。
「え゙っ……えっと、その」
「食べないの?」
おかしい。味について色々聞いてくるというのは「一口頂戴」という意味が裏側にあるんだと思ってたけど、違うのかな?
何か顔色も変だし。いや、常に黄色だから元々変なんだが、今は何て言うのやら、山吹色? みたいな色だ。
「やっぱり人に勧めるくらいだから辛さは控えめなんじゃないか?」
「んー……そう、なのか?」
「駄目だって殺せんせー! 食べたら死ぬ辛さだってアレ!」
「いや死ぬんだったらそれでいいだろ」
「あっそっか」
周りの人たちも色々と言っているが、要約すると「食べても大丈夫なのか?」という事だった。私はこれを主食にしてもいいと思えるくらいなので大丈夫に決まっているだろうに。あと倉橋さん、だっけ? 倉橋さんはこれの辛さを大げさに捉えすぎだと思う。
「……い、頂きます」
暫く悩んでたみたいだけど、やがて覚悟を決めた様な表情で私の手からレンゲを受け取った。いや、何の覚悟を決める必要が……?
「…………いざッ!」
「「「いったッ!!」」」
いや、だから殺せんせーといい周りといい、たかが麻婆一口に何をそこまで緊張感を持つ必要が……?
「…………」
「「「…………」」」
口にレンゲを運び、その状態で静止してしまった。周りもそれを固唾を飲んで見守っている。今攻撃すれば簡単に当たりそうなんだけど、しないのかな?
暫くこのままかなと思っていたら、変化は突然現れた。
「―――にゅぐッブァあッハァア!!???」
そんな感じの悲鳴と共に、殺せんせーの顔から無数の棘が生えた。よく見たら触手の先も尖ってる。
顔色は……何アレ? 赤黒い、麻婆色?
「「「やっぱり!!!」」」
やっぱりって何!?
「かっか、か……こふぁあ……!」
何とも形容し難い悲鳴を上げながら、殺せんせーはビクンビクンと痙攣している。口から煙とか出てるし、何があったのだろう。やっぱり超生物だからこんな事も起こるのだろうか。
と思ってたらその殺せんせーに近づく影が。カルマだ。まぁこんな隙だらけの状況で狙うなっていう方が無理だもんね。誰か動くだろうと思っていたので準備していたエアガンを構える。
カルマの進行方向や姿勢から狙いを把握して、それの補助になる様に銃を撃つ。学校に来る前にある程度練習はしているがそれでも狙った所に当てるのはやっぱり難しい。カルマの邪魔にこそならないが、狙いは大きく逸れてしまった。もっと練習しなきゃ。
私の弾とカルマのナイフが当たる――瞬間、殺せんせーの姿が消えた。
「……今のは、本気で死ぬかと思いました……!」
と思ったら私の後ろにすぐ現れた。
顔色も元に戻って、触手も鋭角的なものから丸いものに戻ってる。尋常じゃない量の汗だけど、まぁ辛いもの食べたら汗くらい出るよね。
「殺せんせー、凄い事になってたけど……」
「えぇ……尋常ではない辛さでした。水ガブ飲みしてもまだ辛さが引いてませんよ……」
戦慄の表情で殺せんせーはその後も私の食べてる麻婆が如何に辛かったかを語ってくれた。そして殺せんせーが感想を言う度に、クラスメイトの私を見る目がまるで人外の生物でも見てるかのようなものになっていくのだ。いや、人外の生物はそこにいますからね?
「何と言いますか……口の中でミサイルが爆発した様な味といいますか……ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな味といいますか……」
「よく解からんが辛いって事だけは解かるな……」
「というか殺せんせーだから何とか無事だったんじゃないか?」
「あり得ますね……辛すぎて一瞬理解できませんでしたから……」
「じゃあ俺らが食ったら……器官とかやられて、死ぬ?」
全員の目が私に向けられた。何か色々と話してる最中にも食事を進めていたので、麻婆は残り二口くらいにまで減っていた。やはり白米を持ってきたのは失敗だった。明日からは魔法瓶を倍にしようそうしよう。
クラスメイトも殺せんせーも無言で見つめてくるため、教室が異様な静けさに満ちる。
……ふむ。
「―――食べるの?」
「「「「「食べるか(ない)(ません)!!!!!」」」」」
名前の呼び方ですが、EXTRA同様名前の呼び捨てでも良いかと思ったのですが、読みやすさを優先するため『苗字+さんor君』又は『名前呼び捨て』で行こうと思います。
あと、麻婆ネタは今後もそこそこの頻度で出てくる予定です。