岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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宿でのあれこれ、いわゆる日常回です。
遅くなってしまって本当にすまない……


18.風呂の時間

 

 誘拐騒動は殺せんせーの救援によって事なきを得て、私達は無事修学旅行に戻る事が出来た。だが私の心は落ち着かない。渚君達と合流しても、殺せんせーのガイド付きの京都観光に繰り出しても、冷え切った油の様にべっとりとこびりついた危機感が、他の皆と一緒に観光を楽しむという行為を阻害していた。

 

 あの高校生達が私達を誘拐したのは『仕事』だったと神崎さんは言っていた。ならば、その仕事を依頼した人物が彼らのバックにはいた筈なのだ。しかも話を聞く限り、ご丁寧にも誘拐するのに都合のいい場所と便利な足まで用意したらしい人物が。高校生が自発的に行動して起きた事件ではなく、依頼されて起きた事件。そうであるならば色々と疑問点も浮かんでくるというもの。

 

 女なら誰でもよかったのか、それとも私達を狙ったものだったのか。

 攫った後の目的は? あの高校生達は下衆な考えの持ち主しかいなかったみたいだが、それが目的だったんだろうか。

 そして私達が狙われたのだとしたら……その原因は、殺せんせーにあるのではないか。

 

「――――――」

 

 私の前方で街並みの歴史を語りながら、屋台で買った人形焼きを頬張る殺せんせーを見る。

 私達は対外的にはただの学生だ。暗殺の事は当然伏せられてるし、特別強化クラスとして扱われているE組の実態についても外に漏れれば教育委員会待ったなしの案件なため、エンドのE組である私達も表向きは名門・椚ヶ丘中学校の生徒として扱われる。

 そんな名門校に通うということ以外は何の変哲も無い生徒を狙い撃ちにするとしたら、考えられる動機は二つ……即ち、身代金目当てのそれか、殺せんせー暗殺のための一手。どちらの確率が高いかと言えば、断然後者だろう。

 もちろん、金銭目的の可能性が無かった訳ではないが、もし私達を狙ったのだとすれば殺せんせー関係と考えた方が筋は通る。それに本当に金目当てなら普通人質は傷つけないだろう。だからこの一件は殺せんせーを殺すために仕組まれたものだと仮定して考えを進めていく。

 

 ならどんな人物が裏で糸を引いていたのか。それは当然、殺し屋だろう。

 殺せんせーを殺そうとする殺し屋がいるのは知っている。今でこそ英語教師に収まっているが、元はと言えばイリーナ先生だって暗殺の為に潜入してきた殺し屋だし、今回の暗殺計画も殺し屋の補助目的で立てたものだ。国に関係無く独自に計画を立てた殺し屋が居て、それがこの修学旅行を利用したものであってもおかしくは無い。

 

 そこで気になるのが、私達を誘拐した殺し屋はどうやって殺せんせーを殺すつもりだったのだろうか?

 あの超スピードを相手に人質を取っても無意味だろう。生徒を救いたかったら~なんて言ってる間に「もう救ってます」と言って人質を回収し、そして犯人をヌルヌルのピカピカに手入れするに違いない。

 人質が効かないのなら、純粋に呼び出すために攫ったんだろうか。生徒を返してほしいならここに来い、とかなら殺せんせーも応じるだろうし。そうして自分の得意な殺害方法で殺す……うん、それが一番可能性が高いかな。

 

「岸波さん? どうしました」

 

 ……と、そこまで考えた所で殺せんせーから声が掛かった。考え事に夢中で、気付けば随分と皆から距離が離れてしまっていたらしい。殺せんせーはわざわざこっちまで来てくれたみたいだ。何でもないと一言告げて足を動かす。

 

「ちょっと、考え事を」

 

「にゅやっ、それはいけませんねぇ。今は一度きりの修学旅行、楽しまずしてどうしますか!

 ごちゃごちゃ考えるのは後でもできます。小難しい事は、脇に置いておきましょう」

 

「……はい」

 

 多分、神崎さんと茅野さんにも似たような事を言ったんだろうな。二人は特に何かを引きずっているという様子も無く、他の皆と一緒に和気藹々としている。

 殺せんせーと話しながら皆の方へと進んでいく。どうやらカルマを筆頭に土産物屋を冷やかしている真っ最中らしい。らしいなぁと思っていると、私にだけ聞こえる声で殺せんせーが話しかけて来た。

 

「……あの高校生達の事を考えてるのでしたら、心配はいりません」

 

「え?」

 

「彼らには修学旅行のマナーを叩き込んであげましたし、上の人(・・・)にもきっちり落とし前をつけましたからねぇ……あなたが気にすることは何もありません」

 

「――――――」

 

 そう言って殺せんせーはヌルヌル笑っているが、私としては急な話題に少し驚いていた。さっきまで考えていた事を言い当てられたのだ。しかも黒幕が殺し屋という事まで教えられてしまった。

 仕掛け人が高校生だけなら、上の人なんて言わずに向こうの教師とでも言うだろう。それをそんな言い方にしたという事は、彼らを動かした人物が教師ではないという事だろう。そしてこの場合、そんな存在は殺し屋しかいない。

 多分私がビルを出てからまだ何かあるのではとずっと警戒していたのに気付いていたんだろう。そうでないならわざわざ私だけにこんな事は言わない筈だ。

 

「……大丈夫だったのか?」

 

 今こうしてこの場にいること自体が答えなのだが、一応聞いてみる。

 

「えぇ。もうピッカピカに手入れしてやりましたとも」

 

 ――あぁ、多分女の殺し屋だったんだな。

 

 普段の黄色い顔であればピンクに染まっていたであろう顔のふやけっぷりから、何となくそれだけは読み取れた。出来れば手入れの詳細について聞き出したい所ではあるがまぁ黙秘するだろうな……クソッ。

 

「……ハァ」

 

 何と言うか、今回の騒動を真面目に考えていた自分が馬鹿らしく思えて来た。この一件について考えることは決して無駄でも何でもない重要な事の筈なのに、事の中心にいる超生物がコレでは考える気も失せるというものだ。

 だけどこれで良いのかもしれない。今回の一件の裏を考えるのは大事な事だとは思うが、殺せんせーの言う通り、ごちゃごちゃ考えるのは後でも出来る。今すべきなのは――

 

「おーい岸波さーん!」

 

「折角だし写真撮ろうぜ!」

 

「――うん、今行く」

 

 一度しかない、この修学旅行を楽しむ事なのだろう。

 

「写真撮るの?」

 

「うん。こういう街並みで撮るのもアリかなって」

 

 カメラを手にした茅野さんが答えてくれた。確かに、京都の街並みは古き良き日本の美が残っている所があると思う。最近やたらと建設予定の土地が多い椚ヶ丘とは大違いだ。その風景を写真に思い出として納めるのもアリだろう。往来の中集団で立ち止まるのは通行の妨げになってしまうが、そこは修学旅行という事で一つ大目に見てもらいたい。

 

「じゃあカメラはどうしましょう?」

 

「撮影は先生にお任せを!」

 

 さっきから後頭部に生暖かい視線を受けていたが、その発信源が隣まで来てカメラを手に取った。

 

「先生の速さなら文字通りのセルフタイマー・セルフ三脚! 手ブレなんて一切無い一枚をお約束しましょう!」

 

「こんな往来で分身しないでくれ」

 

「にゅやっ!?」

 

 殺せんせーからカメラを取り上げる。修学旅行で浮かれているのもあるのだろうが、最近本当に国家機密としての自覚が薄れてきてるように思う。いきなり同じシルエットが二つに増えたらいくらなんでも誤魔化しきれない。ただでさえ異様な巨体と怪しい関節のせいで人目を引いてるのに、ここで分身されたら騒動間違いなしだ。

 

「殺せんせー……馬鹿なの?」

 

「にゅやぁあッ!? や、やめて下さい渚君! そんなかわいそうなものを見る目で先生を見ないで下さい!」

 

「あっはは、馬ッ鹿でー」

 

「殺せんせー……」

 

 潮田君の言葉を皮切りに皆が殺せんせーをいじり出す。E組ではもはや見慣れた光景だが、潮田君スタートというのは珍しい気がする。というかその目は本当につらい、ギルガメッシュが初めて私の財布を見た時と同じ目をしてる。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 結局その後は殺せんせーのガイドで京都観光を存分に満喫させてもらった。いつ来るか分からない殺し屋の存在を警戒していた時とは違い、色々と楽しむ事が出来た。その殺し屋の襲撃だって何も無かったのだから、殺せんせーの言葉に従って警戒を止めたのは正しかったのだろう。

 

 そうして色々と観光しながら人気の少ない所ではナイフを振るって殺害を試みたりしていればすっかり日も傾き、宿に戻る時間になる。男子も女子もそれぞれ大部屋一つなので班ごとに部屋で別れるなんて事も無く、大部屋に戻れば他の生徒達がきゃいきゃいとガールズトークに花を咲かせていた。内容が暗殺関係(血生臭い)のはもう仕方ない事なのだが。

 私達もその輪に加わると、案の定と言えばいいのか随分と心配された。私達三人が誘拐されたのは既にE組では周知の事実らしい。詳しく語る事でもないので、殺せんせーに助けられたという説明の一点張りで通したが。

 

「岸波さん、お風呂行きましょう」

 

「うん」

 

 話していれば時間はあっという間に過ぎ、入浴の時間となる。

 此処さびれや旅館の風呂場は普通の旅館に比べると狭い。その上古い。一般家庭の風呂場よりは広いが、少なくとも7人以上が満足に寛げるような広さは確保されておらず、5人程度ならどうにかと言った所か。とはいえ折角の貸し切りなので無理をして人数を詰めるという事もせず班ごとであり、私達第四班は最後になった。

 奥田さんの誘いに頷いて着替えを手に部屋を出て浴場へと向かう。今から風呂に入る事を思うと、心なしか今日一日の疲れがどっと押し寄せてくるような気さえしてくるから不思議だ。一応は私も日本人だという事なのだろうか。

 

「今日は疲れた……」

 

「あー……色々あったしねぇ」

 

 口から出てくる会話の内容も自然と今日一日を振り返るようなものになる。といっても盛り上がれるような内容でもないので、愚痴っぽくなってしまうのは仕方ない。

 

「暗殺出来なかったっていうのが残念と言えば残念かなー」

 

「だよね。せっかく皆で一生懸命考えたのにさ!」

 

「仕方ないですよ、あんな事があったんですし……」

 

「烏間先生が殺し屋の人も辞退したって言ってたし……うん、仕方ないよ」

 

 そんな事を話しながら、昼間の一件で砂と埃っぽくなってしまった制服を脱ぐ。帰ったら洗濯しなきゃなぁという考えが頭の片隅にぼんやりと浮かんだ。衣服の類は霊子体だった時なら何も気にせず着るだけで良かったので、こういう考えが出てくる所も肉体を得た事による変化の一つなんだろうな。

 

 シャツもスカートも脱ぎ去って下着姿になると、自然と会話の内容が変わっていく。具体的には肉体方面へと。自分で言うとどうも違和感がある呼称だが、年頃の乙女が半裸で集まればそういう話題になるのは仕方ないのかもしれない。着けてる下着の柄が可愛いとか、痩せてていいなとかそんな感じだ。

 ちなみに私は神崎さんから肌と髪が綺麗だという評価を頂いた。神崎さんもだろう? と髪を撫で梳きながら言うと、白い頬をほんのりと赤く染めて黙ってしまった。真正面から褒められた事が少ないのかな? 照れ顔も可愛い。

 

「……むー」

 

「茅野さん?」

 

 隣から聞こえた唸り声に視線を向けると、トレードマークであるツインテールをほどいて下ろした茅野さんが私を見てジト目になっていた。正確に言うと見ているのは私ではなく、私の下着……いや、胸元だ。

 

「えっと……何?」

 

「…………許す」

 

「……何が?」

 

 よくわからないが許された。

 

「岸波さんが着やせするタイプで隠れ巨乳だったらキレてた」

 

 そう呟く茅野さんの目は笑っておらず、まるでそこにがっちりと嵌め込まれてるかの様に据わっている。ハイライトも仕事をしておらず、人というよりは完成度の高い人形を思わせる。

 

「……胸、かぁ」

 

 その横顔を視界に収める事に何となく耐えられず、視線を自分の下へと持っていく。無いよりはマシ、といった程度の膨らみが映った。

 

 霊子体と肉体の違いの一つには生活習慣の違いやメリットデメリットの比較の他にも、純粋な体型というのがある。霊子体の私は高校生という設定だったので姿形もそれに準じたものになっていた。しかし今の私は中学生で、少なくとも2・3年は肉体年齢にズレが生じている。

 足の長さが違うから歩幅も違うし、背の高さも違うから視界の高さも違う。腕の長さだって違うから攻撃範囲は狭まるし、情報で構成されていた霊子体とは違って内臓や血管があるのだから、頭だけ残っても進み続けるなんて芸当は出来そうも無い。

 そしてこれから成長期に突入するという時期なので、胸の大きさも霊子体の私に比べて小さい。こっちの胸はギリギリAを抜け出したBといった所。中学生としては普通だと思うが、E組の女子は割と発育が良いので自信が無い。少なくともギルガメッシュが見たら憐れんだ後笑うであろうことは用意に想像できる。「貴様は胸までハサンなのだな。ハッ、何とも貴様らしいではないか雑種!」とか言うに違い無い。うるせぇ誰がハサンだ。

 

 霊子体ならそれなりの大きさはあったんだけどなと思いながら、何となく自分の胸に手を当てた。ふにり、という感触と共に僅かながら形を変える。まぁでも、これくらいで良いのかもしれない。大きすぎても色々大変だっていう話は桜や矢田さんから聞いた事があるし。王様も巨乳はリップ位ないと認めない的な事言ってた気もするし、何より動きやすいし。

 

「ん?」

 

 ふと、肩に手が置かれた。掴むようなものではなく労わるようにして乗せられたソレを追うと、再び茅野さんの顔があった。但しその表情は先程までの人形めいたものではなく、とても慈愛に溢れた美しいものだったが。髪を下ろすと大人びた表情になって、普段の活発なイメージとは違う魅力を纏っている。可愛い。

 

「大丈夫だよ岸波さん、きっと大きくなるから……」

 

「……え?」

 

 ……どうやら自分の胸の小ささを嘆き、巨乳になる日を夢見ていると勘違いされたらしい。別に豊かな胸に憧れを抱いてるなんてことは無いんだけど。

 

「いや、私は別に――」

 

「大丈夫大丈夫、私はちゃんとわかってるから」

 

 否定の言葉は遮られ、既に下着も脱ぎ去った茅野さんは言うだけ言って浴場へと歩いて行ってしまった。

 

「……釈然としない」

 

 しない、が。まぁ別にいいか。その程度の誤解で何が変わる訳でも無いし、いずれ訂正する機会もあるだろう。そんな事を考えながら、先に行ってしまった三人を追いかけた。お風呂お風呂ー♪

 

 

 

   ◆

 

 

 

「さっぱりした……」

 

 一般家庭のそれよりはゆったりと寛げるお風呂をたっぷりと堪能させてもらい今日一日の疲れと汚れを綺麗さっぱり流した後は、旅館が用意してくれた浴衣に着替えて何処を目指すでもなくぶらぶらと歩いていた。ちなみにお風呂では特に変わった事は起こっていない。起こっていないのだ。眼鏡が湯気で使い物にならなくなった奥田さんの手を引くのは普通の事だし、背中を流すのだって普通の事だろう。湯船の水を掛け合ってきゃーきゃーはしゃぐのだって普通の事なのだ。だから変わった事は何一つとして起こっていない。

 

 自販機で買ったいちご煮オレなる物を喉へと流し込みながら、所々に老朽化の証が見て取れる旅館の中を散策する。神崎さんたちは遊技場で時間を潰すらしく、部屋の前で別行動となった。ちなみに旅館の浴衣を着た三人は可愛かった。合流した男子が一瞬固まってたから多分見惚れてたんだろうな。まぁ仕方ない。あのうなじと鎖骨の破壊力は対軍宝具に匹敵する。

 

 ぎっ、ぎっ、と歩く度に音を響かせる古い板張りの廊下を歩いていると、やはり裏側の旧校舎を自然と思い出してしまう。鮮明にという訳ではないし、思い浮かぶのもマイルームや生徒会室に購買前、ジナコの部屋や図書室に向かう道中など部分的だ。全容なんかはその時でさえ正しく記憶していたかどうかも怪しい。だというのに、この古い木造の中にいて思い出すのは、今現在の生活の一部に組み込まれているE組校舎ではなく月の旧校舎なのだ。あの日々がどれだけ私の中で大きな割合を占める事なのかが分かる。

 

「あれ、岸波さん?」

 

「ん?」

 

 そうして暫く床を軋ませながら自分にしかわからない懐かしさに浸っていると、後ろから声を掛けられた。

 振り向いた先にいたのは不破さんと中村さんだ。確か共に第二班で、映画村の殺陣の最中に暗殺する計画を実行してたと記憶している。

 

「一人で何してたの?」

 

「特に何も。ただの散歩かな」

 

「ふぅん……んじゃあさ、一緒に風呂場行かない?」

 

「お風呂?」

 

 告げられた言葉に首を傾げる。入浴の順番は私達の班が最後で、二人はとっくに入浴済みの筈だ。もしかして二度寝ならぬ二度風呂という訳なのだろうか。

 

「今からまた入るのか?」

 

「フッ……何言ってんのよ」

 

 否定された。どうやら違うらしい。中村さんは私の言葉を目を閉じて鼻で笑う。手入れされたばかりであろう金髪がさらりと揺れた。

 そして流し目でキメ顔を作ると、堂々と告げた。

 

「――――覗きよ」

 

「――――――」

 

 ――覗き。

 

「乗った」

 

 言われた言葉を理解した瞬間、ほぼ条件反射でそう答えていた。月の表と裏で保健室に突撃を仕掛けたこの(霊基)にとって、そのお誘いは頷く以外の選択肢が初めから存在しない。

 そう来なくっちゃとゲスい笑みを浮かべる中村さんと、乗るんだと言いたそうな不破さんの苦笑いが対照的だった。

 

 二人に付いて行く形で先程後にした浴場をもう一度目指して歩き出す。目的が一緒なので話す内容も自然とその事になる。殺せんせーが入浴中なので、あの服の下はどんな構造になっているのかを調べるためにというのが今回覗きを決行する理由らしい。そういえば覗きと聞いて快諾していたが、誰を覗きに行くのかは聞いていなかったなと思い返す。イリーナ先生でないのが少し残念だが、殺せんせーの裸も暗殺的な意味で気になるから問題無い。

 でも何で今入ってるんだろうか。烏間先生が浴衣姿で遊技場にいたから教師の入浴時間はもう終わってる筈なんだが。夜の京都に繰り出して舞妓さんでも追いかけてたんだろうかあの国家機密は。

 

「中村さん達、何してんの?」

 

 そうして男湯の入口まで到着した所で、潮田君達に声を掛けられた。遊技場からの帰り道だろうか。

 

「決まってんでしょ、覗きよ」

 

「覗きィ!? それ男子(オレら)仕事(ジョブ)だろ!?」

 

 私に言った時と同じように、中村さんがキメ顔で告げた。それに反応する岡島君の声は純粋な驚き一色。その言い方だと自分も覗き行為をしていると堂々と女子に告げているも同然だが、同じ穴の狢な以上そこに触れるのは野暮というものだろう。

 

仕事(ジョブ)ではないよね……」

 

 潮田君はそう言って苦笑いを浮かべているが、私は仕事(ジョブ)で合っていると思うけどな。覗きなんて言ってしまえば『対象に気付かれる事無く潜入し情報を持ち帰る』という事なのだし、ゲスいかどうかの違いだけでやってる事は斥候と大差無い。地上の聖杯戦争でも暗殺者(アサシン)の得意分野は気配遮断スキルを利用した情報戦だと王様に聞いた事があるし、覗きは仕事で良いだろう。

 

「この世にこんな色気の無い覗きがあったとは……」

 

 中村さんから標的(ターゲット)を聞かされた岡島君はげんなりしている。それでも足は止まらない辺り、彼も暗殺者としてあの服の下は気になるのだろう。

 

 そうして音をなるべく立てないようにと慎重に開けられた扉の先には――

 

「「「「「女子か!!!」」」」」

 

 ……うん、思わず叫んでしまった。しかしこれを見てどうして叫ばずにいられようか。

 殺せんせーの巨体がくつろげる程度の広さがある浴槽は、水面が見えないくらいの泡に覆われていた。所謂泡風呂という奴だ。そしてそこに浸かりながら呑気に鼻歌を歌い、柄の長いブラシで脚(……でいいのか、触手(アレ)は)を洗う殺せんせー。風呂の中がもう少しファンシーなら間違いなく年頃女子の入浴シーンだ。それをタコがやってるものだから、視覚的な威力が凄い。

 というかなんでピンクなんだ。茹で上がってるのか?

 

「なんで泡風呂入ってんだよ」

 

「入浴剤……禁止じゃなかったっけ」

 

 潮田君の言葉で思い出す。そうだ、確かに入浴剤は使用禁止の筈だ。何故泡風呂に入っているのやら。

 

「これ先生の粘液です。泡立ちが良い上にミクロの汚れも浮かせて落とすんです」

 

「「「「「ホント便利な身体だな!?」」」」」

 

 また叫んでしまった。風呂場だから声が反響して少しうるさい。

 

 更にその後、せめて裸ぐらいは拝ませてもらうという事で全員で一つしかない出入り口を固めたが、浴槽の水を煮凝りの様に纏うという荒業を披露されただけだった。しかも本物のタコよろしく、明らかに通れないであろう狭さの窓からにゅるんと離脱されるという有様。

 

「中村……この覗き空しいぞ」

 

 岡島君のその言葉には全力で同意する。思えば、月でも覗きが成功した事は無かったな……。

 向かう時の熱も風呂上がりの火照った体もすっかり冷めてしまい、男女で別れてそれぞれの大部屋へと戻った。




はくのんの胸の大きさはどうするかかなり悩みましたが、年相応に落ち着きました。
茅野以下や矢田クラスとかの案もあったんですが、大きいと動きづらいかなと。

次回は恋バナですよー。



種火QPページに鎖、勲章証にクラス石。
ボックスガチャは良い文明。

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