岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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01.復学の時間

 

「さて、カルマ君も停学から復帰したばかりですが……E組にもう一人生徒が増えます」

 

 扉の向こうから声が聞こえる。支えが無いとまだ少しふらつく足をしっかりと立たせ、向こうから呼び出しの声がかかるのを待つ。

 

「転校生って事?」

 

「男? 女?」

 

「いえ、ある理由で休学扱いになっていた子ですよ。あと女の子です」

 

「ぃよっしゃあ!」

 

「岡島うっさい」

 

 この先は戦場だ。決戦場へと向かうエレベーターを思い出す。対戦相手も傍らの相棒もいないが、この先で戦わなければならないのはあの時と変わらない。

 

「騒ぐのは紹介の後にしましょうか。ではどうぞ、入ってきてください」

 

 呼び出しの声。深呼吸を一つしてから扉を引いた。手に帰ってくる引っかかる様な振動が、少し立て付けの悪い事を教えてくれる。

 

「おぉ……」

 

「可愛い……」

 

 一斉に向けられる視線。好奇、値踏み、不安……含まれる感情としてはこんな所だろうか。それらを一身に受けながら、教卓に立つ黄色い……何だろう、エネミーの失敗作みたいな外見の生物の横に立つ。

 

「では自己紹介をお願いします」

 

 エネミーもどきの言葉に手をあげて答える。

 これから戦いが始まる。その第一歩だ。何一つ戦ってないと足掻いたあの時のように、大きく産声を上げるとしよう――

 

 

 

 

 

 

 

「――フランシスコ・ザビ「岸波さん?」……岸波白野、です」

 

 ……やってしまった。ここぞという時の不真面目さは自重するよう言われていたが、欲求には逆らえなかった。

 だってしょうがないじゃないか。私だよ? こんな状況ではっちゃけるなという方が無理だ。だからくるっと回ってしっかりポーズも決めてしまったのは仕方ない事なのだ。

 向けられる視線が「何だコイツ」って感じのものに変わったのがわかる。あと心底呆れを含んだような声で「阿呆め」と吐き捨てられた気がした。主にオリオン手前ら辺から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも何故私がムーンセルではなくこんな所にいるのか。実際私自身よく解かってはいない。

 ただ一つ確かなのは、霊子体の岸波白野は間違いなく死んだという事だ。

 

 月の裏側で契約し、表に戻ってからも追いかけて来てくれた規格外のサーヴァント……ギルガメッシュと共に聖杯戦争を勝ち抜き、そして彼の手によってムーンセルから救い上げられた後は、二人で黄金の都市を探索していた。

 

 そしてその先で待っていたのはやはり戦いだった。多数の強力なエネミー相手に財宝を撃ちまくり、時に慢心した結果窮地に追い込まれたりと色々あった。その記憶も経験も間違いなく本物で、しっかりと私のものにできている。そうして戦いに明け暮れ未知を探求していく内に……気づかないくらい少しずつではあったが、私の魂はすり減っていった。

 人間で言う寿命。データの損傷。どんな病をも癒す王様の薬も、そればかりはどうしようもなかった。

 気付いてからは早かったと思う。指先から解けていく様な、内側から崩れ落ちていく様な感覚に満たされて行き、やがて肉体に終わりが来て、私という存在は消滅した……筈だった。

 

 

 もう浮かび上がる事の無い筈の意識が再浮上し、灯りが付けられた白い天井が目に飛び込んできた。傍らに黄金の王は居らず、起き上がろうにも体に力が入らない。そして訳の分からないまま、慌てて部屋に入ってきた白衣を着た医者らしき人物にあれこれと聞かれながら調べられることになった。

 その暫くして落ち着きを取り戻した後、医者から聞いた情報と自分の状況を照らし合わせ、ある程度の予測を立てる事が出来た。

 

 どうやら、私は所謂『転生』というものをしたようだ。

 

 医者の話によると、私の名前は岸波白野。年齢は14歳の中学二年生らしい。名前は同じなので問題がなさそうだが、SE.RA.PHでの私は高校生だったので、年齢は少し下だった。

 何故病院にいるのかという事については、どうも私は半年前に交通事故に合い、以来今まで昏睡状態だったらしい。ちなみに両親はその事故で他界したとの事。顔も名前も知らない相手だが、それでも言いようのない悲しみを感じたのは、肉体のある人間として生まれ変わったという事を受け入れた後、家族というものに少し期待していたからだろうか。

 

 そして事故から半年後、私は目を覚まし今に至るという訳である。

 

 しかし私にこの地球で生きた記憶は存在せず、事故で死んだという両親のことなど当然知る筈も無い。つまりこの肉体に宿っていた(岸波白野)は死んで、その器に私が入り込んだという事なのかもしれない。だから転生というよりは憑依というのが正しいのかな? その辺りはよく解からないが、とにかく今の私はデータでも何でもなく一人の肉体を持った人間として存在している。

 

 ちなみに記憶の食い違いや昔の事を知らないという事実に関しては、事故の後遺症という事になっており、その内思い出すだろうという事だった。色々と質問されてボロが出る事も無いので正直助かっている。

 

 整理が出来てから、まずはリハビリだった。何しろ半年間も寝たきりの肉体だ。補助なしでは立つ事さえままならなかった。手だって開閉運動が精一杯で何かを持つことも出来なかったし、内臓も弱ってたせいでしばらくは流動食だった。

 ある程度問題なく動けるようになるまでに三ヶ月近くかかってしまったのだ。医者曰く早い方らしいけど、霊子体で無茶をしていた経験が活きたという事だろうか。腹部吹き飛んでも歩いてたしね。

 そしてある程度肉体の機能が回復した頃から、私は情報収集を開始した。一つの情報が今後の方針を左右する事があるのは、聖杯戦争を通して十分理解していたからだ。そして身近な所から調べるために、ムーンセルや聖杯戦争、そして凛がいた組織やハーウェイについて調べたのだ。

 

 調べた結果、この世界にムーンセルは存在していなかった。

 それだけでなく大本となった聖杯戦争も、世界を管理する西欧財閥も、それに対抗する中東の組織も何もない。私がいた元の世界との大きすぎる違いだった。こちらの世界でも彼らに会えるかもしれないと考えていたこともあって、しばらく気持ちがどっぷりと沈み込むくらいの衝撃を受けた。

 もしかしたらオリオン手前の霊子虚構世界は存在してるのかもしれないが、観測する術がない以上は調べられない。

 それでもなんとか立ち直ってリハビリに励んだ。もともと私がこうしてこっちにいる事が原因不明の奇跡のような事なのだから、それ以上を望んでも仕方ない。全ステータスがEランクだった時と一緒で、あるもので満足してその上でどう行動するかだ。

 

 そしてそんな生活が続いたある日。身の回りの事が補助なしでも問題なくなってきたという事もあり、学校の方から先生がやって来た。

 

「はじめまして岸波さん。貴女が通う椚ヶ丘中学校の理事長、浅野學峯です」

 

 まさかの理事長。もっと下の役職の人が来るのかと思っていたが、たまたま時間があったから理事長様が来たらしい。

 

 来た理由としては私の学力調査だという。何でも私が通っていた椚ヶ丘中学校は成績が極端に下がったり、素行不良や校則違反などをした生徒が移るE組という所があるらしい。事故で眠っていた分は公欠扱いとしてくれるそうだが、そのまま進級という訳にもいかないのだとか。なので私が事故に合った時期の範囲で作った専用のテストを行い、それが平均以上なら無事進級という事だった。その場合、半年分の授業はリハビリ期間中に詰め込んでいく形になるらしい。

 正直に言って自信はあまりなかった。この肉体の持ち主だった私は進学校でも優秀な成績を収めていたらしいが、今の私はまともな教育なんて受けていない。まぁそれでも中学生のテストならどうにかなると思っていた。新種のエネミーでも財宝ぶっぱでどうにか出来ていたし、それほど心配はしていなかったのだ。その結果……

 

『あなたの学業成績は当校の基準に適しないため特別強化クラスへの移動を指示します』

 

 はい、負けました。あれ問題じゃない。問スターだよ問スター。中学生ってこんな難しい勉強してるのかって衝撃を受けた。英雄王の体力が初手のスキルで7割削られたくらいの衝撃だった。

 とにかく私の学力は、自分が思っていたよりも酷いものだったらしい。仕方ないと言えば仕方ないのだが、それは言い訳でしかない。学力が足りないのならばつけるしかないのだ。幸い送られる先は特別強化クラスなので、卒業するころには多少なりともマシになっているだろう。

 

 そして私のE組行きが決まった約1か月後。教科書を読んで自習を続けていた私は、気分転換のつもりでテレビをつけた。

 

『月が! 爆発して7割方蒸発しました! 我々はもう一生三日月しか見れないのです!』

「――ムーンセルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウ!!!???」

 

 絶叫した私を誰が責められようか。ムーンセルじゃなくてただの星だという事は理解しているが、叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 宇宙人の侵略とか謎の実験とか色々と説は飛び交っていたが正解は不明で、世間どころか世界を騒がすビッグニュースになった。私もこの事については色々と情報を集めていたが、集まってくるのは噂の域を出ないものばかり。国の中枢にハッキングでもするかと考えたが、それには色々と準備がいる。退院してからにしようと思い、リハビリに力をいれた。

 

 そして無事退院し、顔も知らない両親が残してくれた一軒家に帰ってから暫くした頃、ハッキングをするまでもなく、思いもよらない所から正解がやって来た。

 

「……という訳で、病み上がりの君に頼むのも酷い話なのだが、E組に所属する以上君にも暗殺に参加してもらいたい」 

 

 明日から学校という時に家にやって来た防衛相の烏間さん曰く、私が行く予定のE組の担任が月を破壊した張本人であり、来年3月には地球も爆破する予定だという。当然阻止のために殺そうとしたが、火器の類は一切効かず、本人はマッハ20で移動するため捕まえられない。しかしその超生物が言うには、椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやってもいいらしい。政府は理事長と交渉し、この要求を受け入れたとの事。そして至近距離から暗殺の機会がある生徒に殺し屋の真似事をさせようというのだ。

 色々と聞きたい事はまだあったが、それがE組に所属する条件だと言われてしまえばこっちにイエス以外の選択肢は無い。

 

「そうか。では奴に効く弾とナイフ、そして銃を支給しておく。他の皆より訓練に遅れは生じるだろうが、そこは頑張ってくれとしか言いようがない。俺も体育教師としてE組にいるから、何か困った事があれば言ってくれ。可能な範囲で対処しよう」

 

 そう言って烏間さん……いや、烏間先生は帰って行った。残されたのは銃とナイフ。

 

「はぁ……まさか、また戦いの日々になるとはねー……」

 

 しかも今回はサーヴァント無しで自分が動かなきゃならないという、今の私の状態を考えるとハードモードな条件だ。……だが、それが何だというのだろうか。ハードモードなんて今更だ。記憶も無く力も無い、死にたくないという願いだけで戦う事を決めたあの時に比べれば全然イージー。武器も記憶も願いもある。

 受肉したという事実を受け入れた時に決めた願い。この世界は彼のものではないけれど、余す所無く自分の庭だと言ったんだ。彼が生きた歴史もあったし、別世界でもそれは有効だろう。

 

 ――この世界を見て回る。

 

 そのためにも、この新たな戦いに勝たなければならない。彼の庭を壊していいのは彼だけだ。断じて超生物に許される事ではない。だから私は戦おう。彼の王が愛し見届け、いつか見せてやると言ってくれた風景を見るためにも。

 

 この手でもう一度、自分の意思で戦おう――。




初めまして、ユイ85Yという者です。
様々な作品を読んでいる内に「自分も書いてみたい」と思い、執筆に至りました。

頭の中に浮かんでるものを文章にするって大変。他作家様の凄さを改めて思い知りました。

一応ラストまでの流れは頭の中にありますが、先は長そうです。


ザビ子編入は原作『毒の時間』の朝になります。つまりこの日の放課後正直な毒殺が発生します。

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