翌朝、目が覚めるとレイフェリオはベッドから起き上がった。軽く身体を動かせば、昨日までの違和感は感じない。だが、魔力の回復は完全ではないようだ。それでも通常ならば問題視するほどではないのだが、今日はそう言うわけにはいかないだろう。
「……これが、郷に及ぼす影響なのかもしれないな。出し惜しみをしている場合ではないか」
身支度を整えて、持ち物の中を確認する。その中には三角谷でラジュから餞別にと貰った秘薬が入っていた。綺麗な水色の液体だが、強い魔力を持つもので服用すれば魔力を回復してくれる貴重な代物だ。人間であれば一口で完全に回復するが、エルフならば半分は飲まなければならない。レイフェリオも同等かそれ以上が必要となるだろう。
何が起こるかわからない場所に行くのだ。準備しておくことに損はない。レイフェリオは他にも必要なものがないかを確認するのだった。
朝食を摂り、レイフェリオはグルーノと共に昨日の会議場へと向かった。リオはレイフェリオの肩に乗っている。
祭壇への道は会議場の地下にあるらしい。案内されて入った場所。そこには、郷に来るまでの道と似たような風景があった。違うのは、そこかしこに墓標があることくらいだ。
様子を見てくると、リオは空高く飛び立った。それを見送りながら、レイフェリオも周囲を見回す。
「ここは……」
「この場所は郷の者たちが眠っておる場所じゃ……そこに例外はない」
「え……?」
グルーノはトコトコとある一つの墓標の前に立った。新しくもなくそれほど寂れているわけでもない墓標。そこに記してあった名は、ウィニア。
「っ……はは、うえ」
「うむ……サザンビークにはないじゃろ?」
「……えぇ。竜神族の郷にあるだろうとは思っていました。城に……母上に関するものは何一つありませんから……」
レイフェリオの母のことは、サザンビークでも一種の触れてはならぬ禁忌に近い扱いを受けている。その姿を見たことがある者がいないわけではないが、絵姿も残っていない。亡き祖父が反対していたのが関係していると、レイフェリオは聞いていた。実際にレイフェリオは、反対していたという祖父に会ったことはないので全て又聞きに過ぎないが……。
墓標の前に膝をつき、レイフェリオはそっと手を触れた。彫られた名を確かめるように。
「わしもここに来るのは久しぶりじゃ……長い間、一人にしてすまんかったウィニアよ。じゃが……こうして孫と墓参りをすることが出来たのは僥幸じゃな」
「……はい、俺も」
墓標から少し離れて、両手を合わせる。今はゆっくりしていられる時間がない。まずは、やるべきことをするのが先だ。
立ち上がって墓標へ一礼した。
「母上、また後でゆっくり報告に来ますから……」
「レイフェリオ……」
「行きましょう」
「……そうじゃな。なら、ここからはあれでいくかの」
そう言うとグルーノは、煙と共にネズミへと姿を変えた。小さな体を走らせ、レイフェリオの肩へと登る。
「……トーポ」
「キュウ!」
「あぁ……行こう」
程なくして戻ってきたリオもレイフェリオの反対側の肩に乗る。
『レイ、道がたくさん分かれているよ』
「行き止まりもあるのか?」
『うん……けど、大丈夫! 僕が案内するっ』
「……頼む、リオ」
『任せてよ!』
見知らぬ道だが、洞窟のような閉ざされた場所ではない。リオが導いてくれるなら、迷うことはないだろう。
間近には既に魔物たちの気配を感じる。どうやら、郷までの道と同等かそれ以上の強さを持った魔物らが徘徊しているようだ。
剣をその手に取り、レイフェリオは大きく息を吐いた。
「キュッ!」
「……わかってる。行こう」
『レイ、こっちだよ』
「わかった」
リオが進む先を追いかける。時間に猶予は然程残されてはいない。時間が経てば経つほど竜神族の民たちの力が奪われていく。既に目を覚ますことが出来ない状態の者も出てきていることを、グルーノの家を出たときに聞いていた。
だが、容易く戦闘回避が出来る訳でもなさそうだ。気を引き締めなければやられるのはこちらの方になる。まずは、祭壇までだ。竜神王の元へと辿り着くことだけを考える。
走るレイフェリオたちの目の前に迫ってきた魔物に向かい、レイフェリオはその手に魔力を込めて飛びかかった。