「ん……」
明るい光に誘われるようにレイフェリオは目を開けた。
「ここ、は……? っ」
身体を起こそうと勢いよく動ぐと、目眩が襲ってくる。そのまま再び倒れ込むことになった。
寝かせられていたのはベッドの上。柔らかい感触は、どこか安心させるものだ。
改めて周囲を見回すと、そこには小さな机やタンス、様々な大きさの箱が置かれていた。まるで、子供部屋のようである。
「お目覚めになられましたか?」
「えっ?」
部屋の扉の代わりに備え付けられているカーテンのようなものを潜りながら話しかけてきたのは、女性だった。しかし、その姿には人と違う部分がある。長く尖った耳だ。それだけで、この場所がどこなのか理解する。ここは、竜神族の郷、ということだ。
近づいてくる女性は、その手にタオルと桶を持っていた。柔らかく微笑むその顔には、どこか見覚えがある気がする。
「あの……」
「郷の入り口で倒れておられたのです。グルーノ様が見つけて下さり、そのままこちらへお運びしました。恐らくは疲労からくる発熱でしょう。もう少し横になっていて下さい」
「熱……」
倒れたことまでは覚えている。やはり、レイフェリオが見たのは扉だったのだろう。固く閉じられていたようにみえたが、見つけてくれたグルーノとは一体誰なのか。
考えている間に、女性はレイフェリオの額に冷たいタオルをのっけた。ひんやりとした冷気がとても気持ちがいい。
「まだ辛いでしょうから、もう少し寝ていてください」
「あな、たは?」
「うふふ。さぁ、お眠りなさい……」
目の前の人は誰なのか。問いかけるも、誤魔化されるように微笑まれる。子守唄のような空気に、レイフェリオはそのまま目を閉じた。
次にレイフェリオが目を覚ますと、ちょこんとリオが胸の上に止まっていた。
『あっ、レイ! 起きた』
「リ、オ……」
『大丈夫? どこか痛い?』
首をかしげながら聞いてくるリオ。鳥であるからその表情は読めないが、それでもレイフェリオを気遣ってくれているのはよく分かる。
ゆっくりと身体を起こしながら、その手にリオを乗せる。先程起きたときのような目眩はもうない。
「……大丈夫だ。心配させたか」
『うん……僕にはよくわからなかったけど、すごく疲れただけだって言われて。でも、レイは起きないし……』
「そうか……」
神鳥の子として生まれたばかりのリオだ。わからないことが多くて当然だろう。それでも、心配をかけたのは間違いない。レイフェリオはリオの頭を優しく撫でた。擽ったそうに目を閉じている姿に、安心感を抱く。そういえば、もう1つ。いつも側にいたあの姿が見えない。
「……リオ、トーポを知らないか?」
『ん? ……あっ、トーポはおっきくなってた!』
「……はぁ?」
パタパタと羽を動かしてリオは言う。沈んでいた気持ちは浮上したようだが、リオの言葉がレイフェリオには理解できない。トーポはネズミだ。成長してもそこまで大きくはならない。しかし、リオが偽りを話すことはないだろう。ならばと、質問を変えた。
「リオ、トーポはどこにいる?」
『トーポはさっきご飯食べてたよ』
「ご飯? 食事か……」
だが、それでもレイフェリオの側にいない理由にはならない。それほどに常に側にいたのだ。
すると、誰かが部屋に近づいてくる気配がした。思わず入り口を凝視していると、そこから現れたのは一人の老人だ。衣装もその特徴も先程の女性と似ていることから、彼も竜神族だと思われる。
「起きたか。気分はどうじゃ?」
「……もう、大丈夫です。面倒をおかけ、しました」
「なに、大したことはしておらん」
ゆっくりとレイフェリオに近づいてくる彼。レイフェリオは見覚えのある気配に、違和感を覚える。あの女性よりももっと覚えのある気配だ。何よりそれは、常にレイフェリオと共にあったもの。気づかぬはずがない。
「……トーポ?」
「っ……流石に、気がついてしまうか」
「ほ、本当に、トーポ、なのか?」
自身で口にしたにも関わらず、目の前の存在が信じられなかった。確かにトーポは、普通のネズミとは違う。それでも、レイフェリオが記憶している限りはずっと共にいたのだ。ネズミ以外のものだなんて、考えられるわけがない。
動揺するレイフェリオに、老人は苦笑する。
「この姿で相対するのは何年ぶりになるかの。お前が、郷で過ごして以来じゃ」
「え?」
「……覚えておらんのは当然じゃろうな。ゴホン、改めてになるが……わしはグルーノ。郷の長老の一人であり……お前の祖父じゃよ」
彼はグルーノ。ということは、彼がレイフェリオをここまで連れてきたということになる。トーポであった姿から、今の姿になってレイフェリオを助けたということか。いや、それ以上にグルーノはレイフェリオの祖父だといった。ということは、母であるウィニアの父ということだろう。
「祖父……お爺様……ですか」
「ははは、そう呼ばれるのはくすぐったいのう。本当に、久しぶりじゃ」
「ト……その、ここは」
祖父であるとわかっても、気配はトーポのもの。直ぐに、抜けはしない。思わずトーポと呼びそうになるのを止め、レイフェリオは今の状況を尋ねた。
「ここは、わしの家じゃ。この部屋はお前が小さい頃に過ごした部屋でな。……今も残してくれておった。ならば、ここを使うのがいいじゃろう?」
「ここが……俺の」
「よく、郷に戻ってきたレイフェリオよ。……今の状況では歓迎するとまでは出来ぬが、郷の皆もお前の帰りを喜んでおる。覚えていないとはいえ、顔を見せてやってほしいが……その前に、竜神王さまにお会いせねばな」
「竜神王?」
名前からして、郷を治める存在というところだろう。確かに郷に来たからには、挨拶をする必要はある。しかし、グルーノの表情はどこか固く強張っていた。
「……何か、あったのですか?」
「……うむ。話は、あやつらの前でするとしようか。起き上がれるかの?」
「……ええ、大丈夫です」
ベッドから降りて立ち上がる。まだ完全ではないが、歩く程度なら問題はなさそうだ。立て掛けてあった剣をとり、グルーノへと向き直る。
「……そうか。ついてまいれ」
「……はい」
部屋を出ていくグルーノ。どこか緊張しておるようにも見えたのは、気のせいではないはずだ。
『……レイ?』
「リオ」
『トーポについていくの?』
「……あぁ。どうやら、何か事情がありそうだし……俺がどうして郷で育ち、その後サザンビークへと行ったのか。その記憶がないのはどうしてか。わかるかもしれない。それに」
『それに?』
ふと、己の胸に手を当てる。それを見てか、リオはレイフェリオの肩へと飛び移った。
『そこがどうかしたの?』
「……俺の中にある力。それが何なのか、俺は知りたい。知らなければならない」
『……レイ』
「暗黒神ラプソーン……それと戦うために。そして、国を、世界を守るために」
『……うん』
とてとてとリオはレイフェリオの頬へとすり寄ってきた。
「リオ?」
『……大丈夫。レイならできるよ。ぼくは、それまで力になるから』
「あぁ……頼む」
それまで。暗黒神を倒すまで。その響きには寂しさも滲んでいた。
その体を撫でながら、レイフェリオはグルーノの後を追うのだった。
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