自室に戻ったレイフェリオ。そのすぐ後でシェルトが入ってくる。気配で気づきつつも、レイフェリオは何も言わずに支度へと取り掛かった。
「行くんですね……」
「あぁ」
「……一応聞いておきたいのですが、同行はさせてもらえないのですか?」
手を止め、レイフェリオは振り返ってシェルトを見た。その眼は、真剣そのもの。前回、レイフェリオが一人で旅に出た時以上に力強いものだ。
「これは俺自身の問題。お前たちを巻き込むことは出来ない」
「貴方自身ということは、この国の問題でもあります。無関係ではありません」
「……だが、お前は知らない。俺がどこに行くのか。ついてきたところで、俺は何もできない。それに……全てを知れば、お前は……」
そこまで言いかけて、レイフェリオは言いよどむ。
この城には真実を知らない者たちが多い。同じことはシェルトにも言える。幼馴染といっても、シェルトはレイフェリオがこの城に来る前のことは知らないのだ。これから向かう場所は、人間が立ち入ることはない場所だ。その存在さえも知られていない一族の住む地。そんな場所に、誰かを連れて行けるわけがない。
レイフェリオは、拳を握りしめるとシェルトから目を逸らし、背を向ける。
誰も連れて行けないのではない。本当は……本音は、それ以上に知られたくなからだ。己の素性を。知れば、恐らくレイフェリオを畏れるだろうことはわかっている。他の誰に恐れられても気にしないが、シェルトにこれ以上畏れられるのは避けたいと、レイフェリオは願っているのだ。臣下というだけでなく、友人である彼には知らずにいてほしいと。
「殿下?」
「……何でもない。お前はアイシアを頼む。猊下を亡くしたばかりだ。不安もあるだろう」
「……」
「頼む」
ここでもう一度シェルトに向き直り視線を合わせる。レイフェリオは頼めば、シェルトは断ることなどできない。卑怯だとわかっていても、これが引き留めるには最善なのだ。
その真意もわかっているだろうシェルトは、重く息を吐くと不満げに眉を寄せていた。
「わかりました。ですが、一つだけ約束してほしいです」
「? なんだ……?」
「貴方が抱えているモノをちゃんと俺にも教えてください」
「……」
「それが何であれ、俺は貴方の傍にいます。見くびらないでくださいね。貴方に恐怖していたあの頃とは違います。俺も、それほど子どもではありません」
「シェルト……」
子どもではない。確かにその通りだ。レイフェリオは子どもでありながらも、その人間離れした力を同年代から恐れられていた。しかし、それはもう十年以上も前のことだ。未だに恐怖心から抜け出せないものもいるが、シェルトは違う。
それがわかっても、レイフェリオは直ぐに返事が出来ない。
「……」
「俺は、それほどに信用出来ませんか? 彼らは知っているのでしょう?」
「それは……だが、あれは成り行きで──」
「けど知っていて尚且つ貴方のそばにいます。そして、貴方はそれを認めているんです。俺には、その資格がないということですか?」
「違うっ! そんなことはない」
「ならっ……彼らと俺の違いは何ですか……何故、彼らはよくて、俺には教えられないんですか」
ここまでシェルトが詰め寄るとまでは考えていなかった。
ヤンガスやククール、ゼシカという仲間たちといる時、国で王太子としている自身より気が楽になるのは確かだ。それは、多くの戦いを共に過ごしてきたという絆のようなものだと思う。それに、暗黒神などという突拍子もない現実に付き合っているのだ。彼らにとってはレイフェリオの素性も、衝撃は受けても気に止める程ではなかったというだけなのだろう。要するに耐性の問題だ。
「シェルト」
「俺は、貴方が王太子だから、そばにいるわけではありません。貴方が貴方だからそばにいるのです」
「……」
「貴方は俺より強いです。けれど、脆いこともよくわかっています。傷ついていることも迷っていたことも知ってます。どれだけ力を持っていても、そんな人間らしい貴方を慕わずにいられない。貴方付きの侍女たちも同じです。どんな事実がそこにあっても、貴方が変わることはない。だから……貴方が覚悟をしたのなら、俺にも……俺たちにも貴方を支えさせて下さいっ」
言葉は無意識に発せられたものだろう。シェルトは、レイフェリオを人間らしいといった。その在り方を。レイフェリオは口許に笑みが溢れるのを止めることが出来なかった。
「何を笑っているんですかっ!」
「いや、悪い……ごめん。そして……ありがとう」
「……ったく」
「……俺は、お前やナンシーたちに十分支えられている。一人で好き勝手出来るのも、お前たちが留守を守ってくれていることがわかっているからな。それが当然と思っていた。けど、そうではないんだよな……」
「レイフェリオ様……」
「お前たちは、俺をそんな風に守ってくれていた。言葉でも態度でも、俺は救われていた。だから、俺の真実を知り、離れていってしまうのを認めたくなかったんだ」
「って何を言って──」
「酷いんだ、俺は……どこまでも自分本意で、お前たちのことを考えてなどいない」
いずれ離ればなれになるヤンガスらと、これからも共に過ごすシェルトたち。そこに線引きをしていることに、レイフェリオは気づいてしまった。ヤンガスやククールらも十分に、レイフェリオを理解し信頼してくれているのに、本当の意味でレイフェリオは彼らと向き合っていない。それは、ここでも同じだ。ただ傲慢で自分勝手。これではチャゴスのことを非難することなど出来ないだろう。レイフェリオは苦笑するしかなかった。
「だから……帰ってきたら、ちゃんと話す。これまでのこと、これからのことを。聞いてくれるか、シェルト」
「……貴方って人は、一人で納得して一人で決めてしまうんですから」
「すまない」
「いいえ。貴方が例えどのような宿命を背負っていても、俺たちはずっと貴方を守り続けます。俺たちの主は貴方ですから。待ってますよ……ちゃんと戻ってきてください」
そう言ってシェルトは手を差し出す。臣下としててではなく、幼馴染としてだとレイフェリオにはわかった。
レイフェリオもその手を取り握りしめた。
「ありがとう、行ってくる」
「気をつけて下さい……」
「……あぁ。あとは任せた」
手を離すと、レイフェリオはそのまま部屋を出ていった。
少し感情的になりすぎましたが、付き合いの長いシェルトが想いを伝える回となりました。