地下訓練場。1階にある場所よりも広く、主に呪文の訓練で使われる。
魔法騎士たちが普段訓練する場所でもあるが、全員出払っていることを確認してレイフェリオは中に入った。騒がしいと集中できず、頭を冷やすという目的も達せられない。騎士団の中には、レイフェリオに恐怖を抱いている者もいるため、できれば剣を振るっている姿は見せたくないのが本心だった。
といっても、全く視線がなくなるわけではないのだが……。シェルトの他、数人の視線を感じながら、レイフェリオは腰にさしてある剣の柄を握る。
視線を頭から払いのけるように集中し、レイフェリオは剣を振り払った。それと同時に風音が場内へと響く。そのまま、まるで演武をするかのようにレイフェリオは剣を振るう。集中をすれば、誰が見ているかなど気にならない。昔からそうだった。今、レイフェリオの中に燻っているのは、焦りと不安。後悔と懺悔だ。どれだけ剣技を身につけ、強くなったとしてもどうにもならないこともある。認めなければいけない。そう思えば思うほど、剣に力が入っていく。
どれだけやっていたか。レイフェリオは、肩で息をするまで剣を振るっていた。膝に手を付き、地面を見れば汗が滴り落ちていく。すると、そこへ人影が近づいてきた。袖で額の汗をぬぐい顔を上げれば、そこには思いもしない人物が立っていた。
「……ふん、らしくないな」
「チャ、ゴス……?」
「べ、別に……お前が気になったんじゃないっ! また僕に挨拶もしないから、文句を言いに来ただけだっ!」
何をしに来たのかわからないが、チャゴスは乱暴にその手に持っていたタオルをレイフェリオへとたたきつけるように渡す。反射的に受け取った真新しいタオル。明らかにレイフェリオへと用意されたものである。チャゴスを見れば、ふてくされたように横を向いていた。
「……わざわざ、もってきてくれたのか」
「僕じゃないっ! た、たまたま、そこにあっただけだっ!」
「そうか……」
否定しているようだが、その言葉からはチャゴスが持ってきてくれたことを自白しているようなものだった。素直に渡すことが出来なかっただけだと思うと、レイフェリオは苦笑するしかない。
「有難く使わせてもらうとするよ……」
「……」
「? ……俺に何か用なのか?」
タオルを渡しに来たのならば、これで終わりのはずだ。さっさと出て行けばいいのにチャゴスは動こうとしなかった。ということは、レイフェリオに用があるということなのか。聞き返しても、ムスッとしたままで口を開いては閉じることを繰り返していた。
「おい、チャゴス?」
「……あ、あいつらが、捕まったんだってな」
「……聞いたのか」
「僕だって王族だっ。知っていて当然のはずだろっ……ま、まぁとにかく、所詮身分が違うんだから当然だな。平民なんかに何かできるわけないんだ」
「……黙れ、チャゴス」
「っ……ひぃ」
ククールらを貶すチャゴスに、レイフェリオは普段よりも一段と低い声が出た。普段ならば、城内で相手を威圧するようなことはしないレイフェリオだが、今はそこまでの余裕がない。思わずチャゴスは腰を引き、肩を震わせた。
「城で、のうのうとしているお前に、何がわかる」
「わ、わかるわけないじゃないかっ! な、なら……さっさと助けに行けばいいだろっ!! らしくないんだよっ! ちまちまといつまでも……」
「それが出来るならとうに向かっているっ! 出来るなら……」
「レ、ぼっ……で、できないって、決め、つけるから、だろっ! お前が、凹んでいたら、迷惑なんだっ!!」
いい加減なことを言うチャゴスに、レイフェリオは無意識だろうが威圧感を強めていた。しかし、チャゴスの様子をみて、霧散させる。
目元に涙が溜まっており、両手は震えながら握りしめ、膝も笑っている。この場に必死で耐えながら立っていることがわかったからだ。戦闘をこなしているレイフェリオの威圧は、戦闘とはほとんど無縁であるチャゴスにとって恐怖以外の何物でもない。
「チャゴス……お前……」
「言ってた、じゃないかっ……守るって。なのに、途中で投げ出すのかっ! そ、そんなの、お前じゃないっ!」
「……」
それでも逃げ出さない。レイフェリオが戦っているところをチャゴスは一度も見たことがないはずだ。王家の試練だって、ククールたちと共に行ったが戦闘などほとんどしておらず逃げていたはずだった。いや、魔物との戦闘以上に、チャゴスは恐怖していたはずだ。ほかならぬレイフェリオによって。だが、それでもチャゴスは何かをレイフェリオに伝えに来たらしい。
途切れ途切れになりながらも伝えてくる言葉。そこにあるのは、確かにチャゴスからレイフェリオへの叱咤だ。この従弟がレイフェリオに対して、このように話すのはいつぶりだろうか。そのことにレイフェリオ自身も困惑を隠せなかった。
「……俺が怖いか?」
「こ、こわくないわけないだろっバカ! 何なんだよっお前は! お前でだめなら、もうだめだろっ!! 僕を殺す気かっ!」
「お前、馬鹿だな……」
「うるさいっ!!! ぼ、ぼくはもう行くっ!!!」
走って戻ろうとチャゴスが方向転換をするが、震えている足でできるわけもなくその場に転ぶ。プライドの高いチャゴスであるので、誰も何も言わないが本人は屈辱でいっぱいのはずだ。何とか訓練場からでると、あの体格からは考えられないほどの速さで去っていった。早くこの場から去りたかったのは間違いない。そんな状態になってでも、伝えたかった。素直ではないなと、レイフェリオは思わず苦笑する。
「殿下……」
「……ったくあいつは、何をしに来たんだろうな」
「さぁ、わかりません」
チャゴスと入れ替わるようにシェルトがレイフェリオの傍に来る。そして、更に一人。巫女服のまま歩いてきたのは、アイシアだった。そのままレイフェリオの前で立ち止まる。
「……レイフェリオ様、夢を伝えに来ました」
「アイシア……」
ゆっくりと腕を上げ、アイシアはレイフェリオの胸を指さす。
「レイフェリオ様の血筋を辿ってください。そこに試練が待っているはずです。悲しみを超えた先に、貴方様が継ぐべきものがあります」
「……俺の、血筋……?」
「これ以上はわかりません。ですが、私もチャゴス殿下と同感です。諦めないでください……世界も、彼の方々のことも……レイフェリオ様が諦めてしまえば、そこで終わってしまう。そんな気がするのです……」
「……それは、巫女としての予感、か?」
「それだけではありません。……私は、信じていますから、レイフェリオ様を。この世界を、私達を守ってくださる、と」
アイシアの言葉から感じられるのは、絶対的な信頼だ。揺らぐことのない瞳はまっすぐにレイフェリオを射抜く。現段階で迷いの中にあるレイフェリオに、止まってはだめだと告げてるようだった。
「巫女姫様だけじゃありませんよ、殿下。俺たちも、皆信じてます。……殿下はそういう人ですからね」
「シェルト……」
「チャゴス殿下に先に言われたのは癪ですが、貴方は何もできないわけじゃありません。使えばいいんですよ。この世界で一番の大国であるサザンビークの王太子ですよ、貴方は。自ら動くだけが、力ではないでしょう? いい加減周りを使ってください。貴方は一人じゃないんですから」
「私もお役に立ちます。巫女として、口添えが必要ならば何なりとおっしゃってください」
「アイシア……」
戦闘などの個人の力ではなく、王太子としての権力を使えとシェルトもアイシアも言っている。レイフェリオが命令を出せば、サザンビークとして動くことは可能だ。何もレイフェリオが直接動く必要はない。さらに言えば、サザンビーク国は大国、その力も他を凌ぐものである。たくさんの人を動かせば、それだけで大きな力となるだろう。
「……何も、大聖堂に直接向かう必要はない、か」
「えぇ。一人一人は小さいですが、固まればそれなりの力です。たかが聖堂騎士団、全ての人の口を封じられるわけがありません」
「……お前もそれなりに悪知恵が働くな」
「誉め言葉として受け取っておきますよ……」
レイフェリオは心を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。
遠回りだろうとやらなければ、何も変わらない。普段は悪態ばかりを吐くチャゴスでさえ、レイフェリオを焚きつけなければいけないと思うほどの体たらくだったらしい。
焦っていても何も変わらない。不安ならば動くしかない。一人でできないのなら、大衆の力を使う。その発想がなかっただけに、レイフェリオは相当に冷静ではなかったのだと改めて思い知り苦笑した。
「……シェルト、アイシア。俺に力を貸してほしい」
「「はいっ」」
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