謁見の間にてクラビウスと話をしていると、慌てた様子で大臣が入ってきた。思わず眉間に皺を寄せるクラビウスだが、大臣のただ事ではない様子からレイフェリオは場所を譲るように前を避け、クラビウスの王座の隣に移動する。
二人の様子に大臣は更に焦ってしまったようで、挙動不審に陥っていた。しかし、レイフェリオとの話を中断された上に、このままでは話が進まないと判断したクラビウスが厳しい口調で先を促す。
「構わぬ、急用なのだろう。話せ」
「は、はいっ! 申し訳ありません、レイフェリオ殿下」
「……気にしなくて良い」
「恐れ入ります。実は……先ほど触れが参ったのです」
大臣が話す触れというのは、各国々が出す知らせのようなものだ。王が出すものがほとんどであり、重要な物が多い。直ぐにクラビウスに知らせるのが当たり前のものだ。
「して、どこからだ? 何を伝えてきた?」
「そ、それが……」
大臣がチラリとレイフェリオを見た。レイフェリオの前では云いにくいことなのかもしれない。ふと、レイフェリオは身体が震えるのを感じた。ひとつの可能性に至ったからだ。顔色を悪くするレイフェリオだが、隣に座るクラビウスは気づくことなく、視線でもって続きを促した。
大臣は息を吸い込むと、勢いに任せるように頭を下げる。
「も、申し上げますっ! 大聖堂より、法皇様崩御! ひとつきの喪に服すと」
「なっ……」
ガタンとクラビウスは勢いよく立ち上がった。言葉を失い立ち尽くしているようだ。
一方で、レイフェリオは唇を噛みしめ、拳を強く握りしめた。そうでなければ己を保つことが出来なかったのだ。
「……大臣よ、それは……誰からの触れだ?」
「はっ……聖堂騎士団長、マルチェロと」
「騎士団長? 大司教ではなく?」
「は、はい……その、ニノ大司教は法皇様を狙う賊を手引きし、煉獄島へ賊と共に送られたと」
「……まさか……っ!?」
ニノ大司教。賊。煉獄島。
それが意味するところは、一つしかない。マルチェロが危険だと話していたあの時の聖堂騎士団らの話は、これに繋がるのだ。
思わずレイフェリオは駆け出していた。
「待て、レイっ!」
クラビウスの静止も聞かずに、レイフェリオが謁見の間から出ていこうとすると扉の前で待機していたシェルトがその腕を強く引き、レイフェリオを止めた。
「離せ、シェルトっ」
「離しません。どこにいかれるのかはわかりますが、それが何を意味するか、わからないはずはありませんよね?」
「ククールたちは賊じゃないっ! 猊下を守ったのもあいつらだ! お前だってわかるだろうっ!」
「……全く、失礼しますよっと」
「シェ……ル……」
ドサッと倒れこむレイフェリオをシェルトは抱えた。いかに実力はレイフェリオが上だとはいえ、激昂し隙だらけの状態なら沈ませるのも難しくない。簡単に決まった手刀に、シェルトは重い息を吐くしかなかった。抱えたままクラビウスの前に行き、頭を下げる。
「不敬をしました。申し訳ありません」
「いや……騎士として当然のことだ。問いはせん。……止めてくれて感謝する」
「呪文を唱えられたら追いかけられませんでしたので、運が良かっただけです。……殿下を休ませてきます」
「頼む……」
連れてかれるレイフェリオを見送ると、クラビウスは王座に深く座り込み、天を仰いだ。
「陛下……」
「法皇は、レイフェリオを良く気にかけてくれていた。兄上が亡くなった時もな……思えば、アイシア嬢との婚約も法皇が強く望んだからだった」
「そうでございましたね……とても、良い方でした」
「……賢者が全員亡くなった、か。これ以上、何が起こるというのだろうか……」
☆★☆★☆★☆
レイフェリオの自室に戻ると、シェルトはベッドにレイフェリオを横たえる。
「……さて、見張っておくのも……っと」
「うっ……」
「さすがに、そう長くは持ちませんよね……気がつきましたか、殿下?」
「……シェ、ルト? 俺は……って、お前がやったんだろうが」
身体を起こし、シェルトを睨み付けながらベッドに座り直した。視線を合わさずに、レイフェリオは指を組むとそのまま俯き額に当てる。そうでもしなければ冷静に考えられなかった。
どれだけそうしていたか。その間、シェルトは一言も話さずにじっとレイフェリオを見守っていた。
「……悪かった」
「……殿下」
頭が冷えれば、あのまま動くことがどういうことに繋がったのかも想像がつく。
大聖堂は混乱の最中にあるはずだ。恐らく、マルチェロ以外はだが。今、レイフェリオが大聖堂に対して何らかの意義を申し立てたところで、法皇の崩御を理由に取り合ってくれないだろう。
大聖堂を含む、各修道院に対して国は一種の権限を認めている。国が強制的に何かをすることは出来ない。もし、マルチェロが法皇不在を理由に、代理人を務めているのだとすれば、マルチェロが成すことは聖堂が決めた取り決めと同じ効力を持つことになる。すなわち、ククールらが賊だと断定されているのならば、それを覆すことはできないということだ。もし、これを否定するとなれば、全国王の名が必要となる。他の国々ならともかく、今トロデーンは呪いに包まれている状態だ。王国の意を示す印籠もどうなっているかわからない。ということは、名を集めることもできないということだ。
「だとしても、諦めることはできない、か……」
「殿下?」
「理不尽に押し込められたなら、こちらは正攻法を取るしかない。……問題は」
トロデ王がどこにいるかだ。共に押し込められているのならそれこそ、希望は潰える。無事に逃れているのであればいいのだが、大聖堂に近づくのは危険であり、レイフェリオ自身が赴くのも暫くは避けた方がいい。
捕まっていることがわかっていても、今直ぐにどうにかできはしないのが現実だった。
考えが浮かんでは消え、レイフェリオは頭を横に振ると立ち上がる。
「殿下?」
「……少し頭を冷やしてくる。訓練場は空いているか?」
「この時間なら、空いてると思いますけど……相手しますか?」
「いや……一人がいい」
「仕方ないですね……見守りだけはさせてもらいますよ」
「わかってるさ」
いつ飛び出していくかもわからないと思われても仕方ないことをしている自覚はある。監視する意味でも、一人きりにされることがないのは理解していた。