迷い子
クラビウスと別れ自室へと戻ってきたレイフェリオだが、前と違って侍女らが待機していることはなかった。それでも、室内は清掃されておりいつでも使えるようになっている。
レイフェリオは整えられているベッドに、そのまま倒れこんだ。
「……何をやってるんだろうな、俺は……」
『レイ……』
「キュ……」
仰向けへと寝返り、何もない天井へと手を伸ばす。掴めるものは何もない。まるで、今のレイフェリオの心境を示しているようだ。
「ククールたちは、無事なのか……王はどうしているのか。姫は……」
『……レイ』
マルチェロとククールは険悪な雰囲気ではあるが、異母兄弟であることは間違いない。修道院を出るときは、多少なりとも緩和しているようにも見えたが、実際にマルチェロを見たわけでもなくよく知りもしない以上判断は難しい。ククールの態度からは、どっちとも取れない。状況がわからないことには、合流することもできない。
「……館に入ったことで、拘束されたとすればどこに連れていかれたか。館には、牢などないはずだ。なら、一体どこに……」
「キュイ……キュ」
トーポが短く小さな手をレイフェリオの頬に当てた。
「トーポ……?」
「キュキュ」
「ククールたちは無事、だというのか……?」
「キュイ!」
「トーポ……わかってるさ。俺に出来るのはそのくらいだということは……わかっている」
必ず無事でいるはず。それを信じることしか、今のレイフェリオには出来なかった。
身体を起こし、レイフェリオはふと窓の外を見る。館から脱出してからここにくるまで、そう時間は経っていないはずだ。そもそも、どのくらい眠らされていたのかもわからない。空が暗くなってきていることから、1日は経過していないはずだ。
「キュ?」
「トーポ? ……そうだな、少しは気分転換になるかもしれない」
『どこかいくの? 僕も行くよ』
「……あぁ」
立ち上がったレイフェリオの肩に、トーポとリオが乗るのを確認し、そのまま部屋を出る。レイフェリオの自室は城の高い位置にあるが、更に上には屋上があった。宝物庫がある別の尖塔よりは低いが、空を眺めるにはいい場所だ。王族以外、許可された者以外立ち入ることは出来ない隔離された場所でもある。
階段を上り、外へと出た。高い場所にあるためか、風が強くなっている。それでも構わず、レイフェリオは屋上の中央まで移動すると、そのまま座り込み空を見上げる。
「……どこかざわついているみたいだな」
『うん……』
少しずつ闇に変わる空を見ながら、レイフェリオはそれがまるで己の不安を表しているように思えていた。何を話すでもなく、その空の色から目を話せずにじっと空を見上げ続けた。
☆★☆★☆★☆
翌朝、レイフェリオは自室で目覚めた。あのまま眠りこけたのか、自室に戻ってきた記憶はない。服装も変えられているようだ。
「……シェルト、か」
「その通りですよ、で・ん・か」
「……」
いつの間にか扉が開かれており、シェルトとナンシーが立っていた。
「おはようございます、レイフェリオ様」
「あ、あぁ……」
「昨日は、お探ししました。お部屋にうかがってもいらっしゃらなくて、まさか屋上で寝ておられるなんて……風邪でも召されたらどうされるのですか。シェルト殿に抱えられたレイフェリオ様を見たときは、陛下も卒倒してましたよ」
「……そう、か。すまない。寝るつもりはなかったんだ」
「あったならば、こうして悠長に説明しておりません……」
「ナン?」
いつもならば笑みを見せながらもレイフェリオに説教をしているところだが、今日のナンシーにその様子はなかった。何かあったのかと、レイフェリオが怪訝そうにみていると、後ろからシェルトが咳払いをした。
「シェルト?」
「我々は事情は陛下から聞いています。……だから、昨日は貴方を一人にしたんです。まぁ、多少自由にし過ぎたようですが」
「……」
「今日は、私が傍につきます。殿下の護衛として……」
「……わかった」
二人の顔色から、気を遣われていることはわかる。そもそも、国にいるのなら誰かが傍にいることは当たり前だ。断る要素は見当たらない。
そのまま朝食を摂り着替えると、シェルトを伴ったままレイフェリオは部屋を出た。
「どこか、行くところがあるんですか?」
「……叔父上のところに行く。心配をさせているようだから」
「それは当然だと思いますけど……その後は?」
「その後、か……」
ふと、歩いていた足を止める。
これからどうするのか。レイフェリオは、廊下にある窓から外を見る。
昔から代わり映えのしない景色がそこにあった。しかし、これが奪われる時が来る。暗黒神が解放されるのも時間の問題だ。少しでも阻止するために動くべきなのかもしれない。では、どこに向かうというのだろう。法皇を守ることも出来ず、一人逃げ出したレイフェリオに何ができるというのか。
「……最後の最後で、結局俺は己を取った。言葉でどれ程大層なことを言ったとしても、それを成すことは出来なかった」
「殿下……」
国を、アイシアを盾に取られたに近い形ではあったが、それでも選んだのはレイフェリオ。己の王太子としての身を優先したことは事実だ。
あの時、全員を振り切って禍々しい気配の元に行くことも出来たはずだった。聖堂騎士団を相手に取ったとしても、レイフェリオが負けることはそうそうない。可能だったのだ。それでもなお、逃げることを選択した。
「……俺が、王族でなければ──―」
「それでも貴方の選択は正しかったと思いますよ、殿下」
「……シェルト」
思いの外強い声色で発せられたことに、レイフェリオはシェルトを見返した。シェルトも真っ直ぐにレイフェリオを見ている。
「貴方はサザンビーク国の王太子、レイフェリオ・クランザス・サザンビークであり、他の何者でもありません。貴方は納得したくないのかもしれませんが、それが貴方が持つ責任です」
「責任、か……」
「はい。生まれを変えることは、誰にも出来ません。サザンビークの王太子は貴方なのですから」
「……」
シェルトが言葉に含む意味に気がつかない訳はない。今回の件については、レイフェリオの行動は当然のものであり、恐らくレイフェリオ以外は誰もが納得することだった。だからこそ、何とかレイフェリオに割り切るように話をしているのだ。この点については、クラビウスも同じだった。
それでも、理性と感情は一致しない。皆が当然だと思うことを、当然だと思えない。このままでは、レイフェリオが納得するまで同じことが行われるだけだ。だから、レイフェリオは伝えなければならなかった。
「……気を遣わせてすまない。わかったよ……俺が、この国の王太子であることは変わらない。俺自身がそう決めたことだからな」
「……」
「まずは謁見の間に行く。その後のことは、それから考えるさ」
苦笑して先を促すように、レイフェリオは足を動かした。
「……だから貴方は……はぁ、最後の手を使うしかない、ですかね」
「……シェルト?」
「何でもありません。今いきます」
遠くはなれても耳が良いレイフェリオには、はっきりではなくとまシェルトが何かを呟いたことはわかった。だが、聞き返せば藪蛇になる。お互いに聞こえてないよう努めるのが一番だろう。
駆け足で追いかけてくるシェルトを待ちながら、レイフェリオは微かにため息を吐くのだった。