ルーラで一気にリーザス村へ戻ってきたレイフェリオたちは、ポルクたちが準備してくれていた宿屋に泊ることになった。
「兄貴、大丈夫でがすか?」
「あぁ、もう平気だよ。ゼシカか……あの魔法力は凄まじいな」
「随分と身勝手な女でがすよ……」
「……それほどに兄を慕っていたんだろう」
「……それは……そうでがすね」
ゼシカの呪文は相手を消し去ろうとする強い想いがあった。サーベルトを死に追いやった者を亡きものにするために放った呪文で、この程度で済んだのは幸いだったのだろう。
「俺も……火の耐性は弱くはないからな」
「ん? 何か言ったでがすか?」
「いや、こっちの話だ。今日はもう休もう」
レイフェリオは先にベッドへと横になる。塔では魔力が残り少なくなっていたため、疲労を感じていたのだ。
横になると途端に睡魔に襲われ、そのまま目が覚めたのは昼頃だった。
「うっ……」
目を開けると窓から強い日差しが入ってくるのを感じた。
「兄貴! 起きやしたか!」
「ヤンガス? ……ごめん、寝坊してしまったみたいだ」
「いいんでがすよ。それより、ゼシカが戻ってきたらしいでがす」
「わかった。アルバート家の屋敷に行こう」
起き上がり支度を整えると、レイフェリオとヤンガスは高台のアルバート家へと向かった。
屋敷内に入ると二階から話し声がする。急ぎ、二階へ上がるとゼシカとアローザが言い合いをしていた。
どうしたものかと考えていると後ろから声がかかる。
「彼女たちは取り込み中みたいなので、話は後にしたほうがいいですよ……」
「……あんたは兄貴の知り合いの……」
「……まだ居たのか」
「ええ。ゼシカに会うまでは帰らないと思ってましたのでね」
金髪のおかっぱ頭をさらりと片手でかきあげる。格好をつけているつもりなのかもしれないが、レイフェリオにとってはどうでもよいことだった。
「もう一度聞きます、ゼシカ」
そんなこちらの様子など気づかないようで、アローザの声が聞こえてくる。
「あなたには兄であるサーベルトの死を悼む気持ちはないのですか?」
「……またそれ? さっきから何度も言っているじゃない! 悲しいに決まっているでしょ。ただ家訓家訓って言っているお母さんとは気持ちの整理の付け方が違うだけ。私は兄さんの仇を討つの」
「仇を討つ、ですって?」
仇、その言葉にアローザは目を見開き、頭を振った。
「ゼシカ! バカを言うのもいい加減になさい! あなたは女でしょ! サーベルトだってそんな事は望んでいないはずよ!」
「いい加減にしてほしいのはこっちよ! 先祖だ家訓だのってそれがなんだって言うの!」
「ゼシカっ!」
「どうせ信じやしないでしょうけどね、兄さんは言ったわ。私に、自分の信じた道を進めってね。だから、私は絶対に兄さんの仇を討つわ! だってそれが、私の信じる道だもの」
ゼシカは一歩も譲らない。両者の言い分は平行線で、どちらも譲らないようだ。
アローザは、嘆息するともう言いというように吐き捨てた。
「……それほどに言うのなら好きにしなさい。ただし……私は今からあなたをアルバート家の一族とは認めません。この家から出てお行きなさい」
「ええ、出ていきますとも。お母さんはここで気がすむまで引きこもっていればいいわ。ふん」
感情を隠しもしないゼシカは、わざとらしく足音をたてながら自室へと向かうと、入り口を見張っていたポルクたちに声をかけ中へと入った。
「……うーん、僕は入るべきだったのかな」
「やめた方がいいだろうな……」
女二人の言い合いに部外者が入れる隙はないだろう。ただでさえ、感情が高ぶっている様子なのだから。
「あっ、出てきたでがすよ」
バタンと大きな緒とをたてて、ゼシカが部屋から出てくると、ポルクたちに何かを言ってるようだ。
「あの子たち、本当にゼシカのことが大切なんだな」
「ゼシカはここのお嬢様でがすからね」
「それだけが理由じゃないと思う」
「兄貴?」
ゼシカに頭を撫でられ、泣いているポルクとマルク。姉と弟のようだとレイフェリオは思った。
それでもこの村を出ていこうとするゼシカに迷いはないようだ。
「……言われた通りに出ていくわ。ごきげんよう」
アローザに対してはきつく言い放つと、そのままレイフェリオたちには気づかずに階段を下りて屋敷を出ていってしまった。
「……まさか本当に出ていくなんて、僕との婚約はどうなるんでしょうかね」
その姿にラグサットは一人で唸っていた。しかし、レイフェリオはそれには答えずにアローザの元へと近寄る。ヤンガスはその場で待っているようだ。
「アローザ夫人」
「あっ……お見苦しいところをお見せしました」
「いえ……」
「本当にあの子は一体誰に似てしまったのか……すぐに音をあげて戻ってくるに決まっています」
「夫人は彼女を信じてはいないのですか?」
「えっ?」
レイフェリオの問いかけにアローザは何を言われたのかわこらないように戸惑いを見せた。
「信じるって、何をです?」
「……ゼシカ嬢を信じてあげて下さい。彼女の話は本当です」
「何を根拠におっしゃっるのですか? サーベルトはもう亡くなってしまったのです。それを──ー」
「俺も、彼の声を聞きました」
「!!」
「それでは根拠になりませんか?」
この問いかけは我ながら卑怯だと思ったが、それでも最期の彼の想いをつたえておきたかった。
「彼は最期に妹を案じながら、この世を去りました。もし、それを信じて下さるなら、彼女に少し時間をあげて下さい」
「レイフェリオ様……」
アローザは肯定も否定もしなかった。
目の前で見たわけではないのに、死人が言葉を残したといっても信じる人はいない。レイフェリオは自分の立場を利用しただけだ。
ただ、黙って考え込むアローザを一人にし、レイフェリオはヤンガスに声をかけた。
「行こう、ヤンガス」
「……兄貴って、偉い人なんでがすか?」
「……どうしてそう思う?」
「なんというか、あのゼシカのお袋さんと話してる雰囲気が、でがすかね……」
「……」
「……言ってないのですね」
ヤンガスの態度にラグサットがポツリと洩らす。
言えるわけないだろう、と声を出したかったがここはまだアルバート家の屋敷。
「ごめん、それについては追々話すことになるだろうけど、今は勘弁してくれるか」
「……わかったでがすよ。兄貴にも事情があるんでがすから」
何かを言いたそうなラグサットに、視線をむけると彼はため息をつきながらアローザ夫人の元へと向かっていった。
「トロデ王が待ってる。行こう」
「でがすね」