その場で暫く休み、レイフェリオは座り込んで頭を冷やしていた。
だが、アイシアたちをこれ以上放置することはできない。立ち上がり、服に付いた汚れを払うと一呼吸する。
(……落ち着け……、まだ終わった訳じゃない。冷静になれ……)
そうしていると、空を飛び回っていたリオが降りてくる。肩に止まるのを確認すると、レイフェリオはアイシアらに聞こえない程度の声で話し掛けた。
「リオ……ヤンガスやククールたちは、どうなったかわかるか?」
『……連れてかれちゃったみたいだよ。その後はわからない』
「……」
連れていかれた。聖堂騎士団に拘束されたということだろうか。一体何があの館で起こったのさえ、レイフェリオにはわからない。あの時感じた禍々しい気配は、間違いなくあのレオパルドのもの。消えていなかったということは、まだあの場所にいる可能性は高い。しかし、今のレイフェリオに知る術はなかった。今は、アイシアたちの安全を確保するのが先だ。
首を横に振り、無理矢理思考を切り換えると、後ろで様子をじっと伺っていたアイシアたちの方へ振り返った。
「……取り乱してすまなかった」
「レイフェリオ様……いえ、お気持ちは……わかります。私も……」
「アイシア……」
法皇の傍に居たかったのは、アイシアとて同じはずだった。それでも、祖父である法皇の言葉に従った。逃げてきてしまったことに対して、彼女の中で葛藤があるのかもしれない。
「ここにいつまでもいるわけにはいかない。まずは、城へ行く。そこならば、安全なはずだ」
「……はい。申し訳ありませんが、お願いします」
「あぁ」
城までは大した距離ではないが、魔物が強くなってきていることも考慮すればルーラで移動した方が安全だ。二人の傍に寄り、呪文を唱える。
「ルーラ」
光に包まれ、浮遊感と共に視界が奪われる。瞬時に移動したのは、サザンビーク城前だ。
「な……あっ、あれは王太子殿下っ!」
「アイシア様も居られるぞ!」
城下町の警護をしていた兵がレイフェリオだとわかり、近づいてくる。
「……警護ご苦労だな」
「いえ、殿下こそご無事で何よりでございます。早く中へ」
「助かる……アイシア、行こう」
「……はい」
久しぶりに戻ってきたサザンビーク。城下町の様子は特に変わらない。その事に安堵しながら、レイフェリオは真っ直ぐに城へと向かう。
城の警護をしている兵もその姿に気がつき、門を開けて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、レイフェリオ様」
「よく、ご無事で……」
「……そう、だな」
帰って来たことを喜んでくれる兵たち。レイフェリオを案じてくれていたことを感謝すべきなのだろうが、素直に受けとることができなかった。
そのままレイフェリオは謁見の間に向かう。そこには、クラビウスと大臣の二人がいた。
「叔父上……」
「!? レイ……? レイかっ! よく戻った」
「ご無事で何よりでございます、レイフェリオ殿下」
足早にレイフェリオに駆け寄る二人に、レイフェリオは苦笑する。左手を胸に当て、頭を下げた。
「只今、戻りました……ですが」
「まだ終わったわけではない、か?」
「はい……」
顔を上げずにそのまま返事をする。まだ終わっていない。その通りだ。それどころか状況は悪くなっている。
スッと顔をあげれば、厳しい表情のクラビウスがいた。
「話を、聞こう……大臣、アイシア嬢らを客室に案内するよう指示を」
「かしこまりました」
「えっと、その……私は……」
「アイシアは休んでいてくれ。リリーナ、頼んだ」
「承知しております」
クラビウスとレイフェリオの二人に言われてしまえば、アイシアも従うしかない。付き従うリリーナに促されるように、アイシアは謁見の間を出ていった。
二人きりとなったところで、クラビウスが動く。そのままバルコニーまで移動した。空を見上げるクラビウスの隣にレイフェリオは立つ。クラビウスとは対照的に、顔を俯かせたまま。
「……何があった? お前をそこまで落ち込ませることなど、これまでにはなかったことだ。何がそうさせている?」
「……」
クラビウスの問いに、レイフェリオはすぐに答えることが出来なかった。何から話せばいいというのだろう。
言葉に詰まっている様子に、クラビウスは重ねて問う。
「ククールらが居ないことにも、関係があるのか? 彼らはどうした?」
「……わかりません」
「レイ?」
拳を握りしめ、レイフェリオは漸く言葉を吐き出した。ここに至るまでに合った出来事を。法皇によって、逃がされたことも。レイフェリオたちが戦いを挑んでいる相手が、暗黒神ラプソーンという存在だということも全て。
「……そうか。そのようなことが起きているとはな……」
「俺は……止められませんでした。手が届くところまでいたというのに……結局守られるばかりで」
「……レイ」
「わかっています。わかっているんです。けど、俺は……っ」
クラビウスはレイフェリオを労るように、その震えていた肩に手を置いた。ビクッとレイフェリオが止まる。
「レイフェリオ、お前には私やチャゴスにはない戦う力がある。だが、本来ならばお前が戦うことはない。王族として戦う場所は、戦場ではないのだ。守られて、責められることはない。一番に守られるべきは、お前だった。それだけだ」
「……」
「……今、お前に必要なのは休息だな。今日はもう休め。いいな」
「……はい……」
レイフェリオはクラビウスを見ることなく、そのままバルコニーから出ていった。その様子をクラビウスは、じっと見つめる。
「普段冷静だからか……あんなレイを見ることになるとはな。兄上、私はレイに何と声をかけてやればいいのだろうか……」
闇色に染まってきた空を仰いでも、答えは返ってこなかった。
次回の投稿は来週になります。