『起きて‼起きてよ、レイっ!』
「キュー!!」
『レイのトモダチが大変だよ! 起きてっ』
「キュイキュイっ!」
「っ……」
耳元で大きく叫ばれ、レイフェリオは目を開けた。横を見れば、リオとトーポが揃って慌ただしく動いている。
「ここ、は……? 俺は、一体……っ!」
何をしていたかを思い出し、横たわっていた体を勢いよく起こす。
法皇と話をしていた途中から記憶がない。直前に、法皇が呪文を唱えていた。聞いたことのない言葉だったが、それは相手を眠らせる効果を持っていたようだ。
周囲を見れば、見覚えのある場所だということもわかった。館に滞在する時に使用している迎賓用の客室だ。ご丁寧にこの場所に寝かされていたということも含めて、法皇の指示であることは間違いない。
「猊下……」
『それより、大変だよ! 連れてかれちゃったんだ!』
「? どうしたんだ、リオ? トーポも……」
置かれている状況を理解したが、リオたちが焦っている状況まではまだわかっていなかった。だが、冷静になれば感じる気配。それは、間違いなくかの犬が纏っていたモノ。
「まさかっ!」
「レイフェリオ殿下っ!!!」
立ち上がろうとした時、悲鳴に似た叫びと共に騎士が数名ほど中に入ってきた。驚くと共に、彼らが見知った騎士団の者であることを認識する。敵ではないようだ。
「レイ様っ!」
「? アイシア?」
流石に予想していなかったが、一緒にアイシアも同行していた。走りながら、レイフェリオの元へと近づく。どこか、涙ぐんでいる様子だ。後方に位置を取っているアイシアの護衛であるリリーナも一緒だった。
「一体、どうしたと……」
「殿下、直ぐにお逃げくださいっ! 巫女姫様たちを連れて」
「何を言っているんだ?」
「……法皇様のご命令なのです。ここは、殿下には危険であると」
法皇、その示す意味がわからないレイフェリオではない。全てを知っている法皇は、レイフェリオをここから遠ざけようとしているのだ。己が死すことも覚悟の上で。
「猊下はどこにいる!」
「お教えできません! 早く、ここからお逃げください!!」
「猊下が狙われていることがわかっていて、俺が逃げるわけにはいかないっ! そこをどけっ」
「従うことはできませんっ!! 時機にマルチェロも気づくはずです。その前に、早くっ!」
ここでもマルチェロだ。聖堂全体で何が起きているというのか。最大の責任者は法皇であり、その配下には大司教をはじめとする司教たちがいるはずだ。騎士団長などよりも、権力を持っている人たちが。だが、彼らがいうのは、騎士団長だというマルチェロが危ないという。言い回しからして、王族であるレイフェリオを害する危険もあるということだ。
「猊下を見捨てることなどできない……っ」
「殿下……」
このまま逃げれば、法皇を助けることなどできはしない。暗黒神の復活を阻止する、最後の一人である法皇を守るためにこの地に来たというのに。
レイフェリオは拳を強く握り占める。理性と感情のはざまにあって、迷いを振り切れないのだ。
「……猊下は、どこだ?」
「法皇様のご命令に背くことはできません。殿下……貴方様がここで命を落とせば、それはサザンビークにどれほどの影響があるとお思いですか? 更に言えば、サザンビークが関与していると思われてもいけません。殿下ならば、お判りでしょう?」
「……」
「殿下が逃げなければ、我々はここを動けません。それが我らが法皇様に受けたご命令なのです。これを覆すことは、たとえ貴方様でもできません」
「……」
サザンビークの名を出されてしまえば、もはや個人の感情の問題ではなくなる。王族として、国を代表する者としてよくわかっていることだった。
「巫女姫様を……お願いします」
「……わかった」
これ以上は、レイフェリオのただの我がままだ。時間がないと彼らが言っている以上、留まることはできない。騎士団にありながら、騎士団長に逆らう行動をしている彼らが罰せられるのはわかっていることだ。それが死ではないことを祈るだけである。
レイフェリオはアイシアを抱え、リリーナの手を取る。トーポとリオもレイフェリオの肩に乗ったのを確認し、窓際から呪文を唱える。
「……ルーラ」
移動呪文で瞬時に大聖堂から脱出した。
ルーラで移動してきたのは、サザンビーク国内にある泉だった。以前、レイフェリオとアイシアで外出した時に訪れた場所だ。アイシアはレイフェリオの手から降りる。
「……ここはサザンビークですね。姫様、大丈夫ですか?」
「私は……平気です……」
リリーナの問いにアイシアも答るものの、そこに覇気はなかった。レイフェリオよりも事情を理解しているとはいえ、家族との別れだったのだから当然だ。
一方、レイフェリオは黙って立ったまま動かなかった。
「……レイ様」
「俺は……何度、守られれば……」
後悔か懺悔か。あと一歩のところで、またもや庇われた。一度目は、オディロ。目の前で、レイフェリオを庇い倒れた。二度目はギャリングだった。何かを感じ取っていたのに、レイフェリオを遠ざけようと知らぬふりをしていた。結局、レイフェリオの目の前で息を引き取った。メディも、目の前で貫かれた。そして、最後は法皇だ。
誰も彼もが、レイフェリオを、立場を重んじてそれを優先した。間違っていることではない。それが正しいとわかっている。レイフェリオを想い、世界を想い行動した結果だと。
地面に膝を付き、そのまま両手を付いた。触れた土を思わず強く殴りつける。
「くっそ……!!! くっそ──ー!」
「レイ、さま……」
「殿下……」
聞いたことのないレイフェリオの悲痛な叫び。それが大空へと響き渡った。