「……これは」
「なに、ここ……?」
渦の中に入ったはずのレイフェリオたちだが、目を開けるとそこは色の失われた世界が広がっていた。
地面の色も空も木々も、魔物たちでさえ色がない。だが、風景は先程まで影を追いかけていた場所と同じように見える。
「影の世界、か」
「レイフェリオ?」
「俺たちはレティスの影を追いかけてきた。なら、ここはその影が存在している世界なのかもしれない」
「……なるほどね。んで、これからどうするのさ」
ゲルダの質問はレイフェリオに向けられていた。このパーティーで誰がリーダーシップを取っているのかがわかっているのだろう。
「同じというなら、さっきの集落がこちらの世界にもあるはずだ。そこへ行こう。レティスの探索は休んでからでも遅くはないはずだ」
「そうね、そろそろゆっくり休んでおきたいところだし」
「そうでがすね。流石のアッシも疲れたでがすよ」
ここのところゆっくりと屋根がある場所で休んではいない。この辺りの魔物たちとの戦闘でも気を抜くことなど出来ないので、全員に疲労がたまっている。反対意見は出なかった。
影の魔物たちを倒しながら、レイフェリオたちは集落があるだろう場所を目指していた。
目と鼻の先に集落が見えるところで、レイフェリオたちは魔物に囲まれていた。相手はワニのような魔物のクロコダイモス、そして木の魔物の魔界樹たち。
「ククールっ!」
「わかってる」
レイフェリオの声にククールは、クロコダイモスに向けて矢を放つ。近づけさせないように牽制だ。その隙に、魔界樹たちを倒すのだ。
ヤンガスとレイフェリオが前衛、ゼシカが後衛となるいつもの布陣に、ゲルダはレイフェリオの後ろにつく。
これまでの戦いで立ち位置を定めた結果だった。このメンバーの中で、ゲルダは経験も実力も劣っている。しかし、その素早さはレイフェリオと同等かそれ以上だ。だからこそこの位置となった。
レイフェリオとククールの阿吽の呼吸を見ながらも、ゲルダはその動きで以て、レイフェリオに続くかたちで戦闘をこなしていた。
「ベギラマっ!」
「どきなっ」
レイフェリオの呪文で魔界樹が燃え盛る。炎が消えかかるのを見計らって、ゲルダは扇を振り払った。更に、レイフェリオとヤンガスが追い討ちをかければ、魔界樹たちはその姿を消す。
残るは、クロコダイモスのみ。ククールは支援に回り、一気に畳み掛けると戦闘は危なげなく終わった。
「ふぅ……」
「大丈夫か、ゲルダ」
「ふん、見くびるんじゃないよ。このくらい──―」
「正直、お前がここまで戦えるとは思わなかったぜ」
息を切らしているのはゲルダだけだ。
ここまでの戦闘でゲルダも慣れてきたとはいえ、基本的に魔物との戦闘を避けてきたゲルダだ。正面からの戦闘に疲れないわけがなかった。
「……自分の身は自分で守る。そのくらいは弁えてるよ」
「ゲルダお前……」
「さっさと追い付いてやるさ」
ヤンガスもここまで素直に認めるとは思わなかったのか、驚きを隠せずにいた。ゲルダは照れもあるのか、ヤンガスに背を向けると集落へと歩きだす。
「……殊勝なところもあるんだな」
「ククール」
「予想よりは動けるみたいだし、今のところは問題ないだろ」
「……ただの魔物を相手にするだけじゃないんだ。安心するのはまだ早いと思うが?」
「その時のあいつの態度で、判断できるだろ? それよりも早く休みに行こうぜ」
追いかけっこに戦闘と皆疲れている。集落は目の前なのだ。レイフェリオは皆の後を追って集落へと入っていった。
☆★☆★☆★☆
集落の中に入ると、入り口近くにいた子どもが驚いたようにして声を上げた。
「なっ、なんだあいつら! ハデハデの変な姿だ……。まさか、レティスの仲間か!?」
「いや、ちょっと待て! よく見ろよ。確かに変な姿に見えるけど、レティスとは似ても似つかないぞ。どっちかっていうと、人間っぽい姿じゃないか? ……うん、ちと奇妙だが人間のようだ」
「人間だって! ……でも、あんな色がついたのレティスくらいしか」
集落の人たちも色はない。逆に、レイフェリオたちが目立って仕方ないくらいだ。ここでは色がないのが当たり前で、レイフェリオたちのように色があるのは奇妙に映っているらしい。気になるのは、元の世界ではレティスは崇められていたが、ここでは少し様子が違うことだろう。
「……似ていても違う、ということか」
「こいつらはレティスを敵視しているみたいだが……少し様子を見るか?」
「その方がいいだろう。とりあえず話を聞かないことには、状況がわからない」
子どもが走りさるのを横目で見ながら、この場で展開を見守ることにする。やがて、騒ぎを聞きつけた人々がレイフェリオたちを囲み、元の世界でレティスの話を意気揚々と話してくれた老人とうり二つの老人が現れる。恐らく、彼が長老なのだろう。
レイフェリオたちを見て驚きつつも、傍まで近づいてきた。
「……その姿はもしや……お主たちは世界の破れ目を通ってこちらへきた光の世界の住人たちではないかね?」
世界の破れ目。光の世界。知らない言葉が出てきたが、それが指し示すものが何かは想像ができる。
こちらの世界では、レイフェリオたちがいた世界をそう呼ぶのだろう。そして、レティスの影を追った先にあったのが、破れ目ということだ。
「……はい。私たちは、レティスの影を追ってこの世界にやってきました」
「やはり、そうじゃったか……。ならば、今この時お主たちが来たのは、天の意志なのかもしれん」
「今この時、とはどういうことですか?」
「……うむ。詳しいことはわしの家で話そう。あとで来てほしい。それさえ約束してもらえるなら、村の中は好きに見てもらって構わん」
「それは、構いませんが……」
「わしの家は村の中で一番大きい建物じゃ、すぐにわかるじゃろう」
一番大きい建物。それは奥にある家ということだ。元の世界と同じであるので間違うことはない。長老は、村の人々にレイフェリオたちの身分を保証すると言って、去っていった。
「……兄貴、どうするでがすか?」
「どのみち話を聞かないことには進まないんだから、行くしかないわよ」
「なら、さっさと行った方がいいんじゃないのかい」
「……あぁ、まずは話を聞いてからにしよう。休むのはそれからになるが、構わないか?」
「この状況じゃ、仕方ないだろ……」
ククールは肩を竦めた。休みたいのは皆同じだが、先に用事は済ませておくべきだ。
レイフェリオたちは、ひとまず長老の家へと向かうことにした。