今から10年前。サザンビークの王が当代のクラビウスとなった頃のこと。
レイフェリオの父であるエルトリオは、病にて倒れ若くしてその命を散らした。ここ最近の話ではなかったらしく、クラビウスが王となることは決められていたことだったようだ。
エルトリオの子レイフェリオはまだ8歳の子どもに過ぎず、王位を継がせるには心許ない。ならば、その子が成人するまでならとクラビウスはその想いを受け入れたという。
そしてクラビウスにも一人息子がいた。クラビウスに良く似ており、気の弱い子どもだった。
レイフェリオとチャゴスは、生まれたときこそ別々であったが、レイフェリオが城にやって来てからは兄弟のように育った。
たとえ、クラビウスが王となってもそれは変わらなかった。チャゴスの母であるターニャもそれは同じだ。
王弟の妻から王妃となり、立場は変わってしまったが、それでもチャゴスとレイフェリオにとっては、双方の母の役割を果たしていた。
「レイ様、チャゴスも。陛下と共に昼食にしましょう」
「はい、母上」
「叔母上、ありがとうございます」
まだまだ幼い二人。だが、その性格は全く違っていた。
わがままで、浮き沈みが激しいチャゴスは、悪戯好きでよく大人を困らせていた。
一方で、己を表に出すことが少なく落ち着いた物腰で、決して手を焼かせることなどなく、終始チャゴスに振り回されている風に見えるのがレイフェリオだ。この二人は年は同じ。生まれ月で言えば、レイフェリオの方が上だが。
「兄上、早く行きましょう!」
「わかってる……だから、服を引っ張るなよ」
「クスクス。本当に、チャゴスはレイ様が好きなのね」
「はい、勿論です」
それでも、チャゴスは従兄であるレイフェリオを慕っていた。既に帝王学などを初め、王となるべく教育を受けているレイフェリオは、それほどチャゴスと遊べる時間がある訳ではない。
チャゴスとて教育は始まっているのだが、あれこれと理由をつけてはサボっているようだ。クラビウスも強く強制していないということもあるのだろう。
★☆★☆★
「あの頃は、叔母上も健在で叔父上も今ほど過保護にチャゴスを甘やかしてはいませんでした」
遠い日を見つめるようにレイフェリオは、木々の隙間から除く空を見上げる。
本当に10年前は、今ほどチャゴスもひねくれていなかった。我が儘ではあったが、甘えん坊で見栄っ張りで、それでも素直さがあったのだ。
「叔母上は優しい人でした。血の繋がらない俺にも分け隔てなく接してくれて……俺の方が上手く合わせることが出来なかった位です。あの人がいたから、あの頃は平穏に過ぎていったのかもしれません」
「ヒン……」
「程なくして、俺の婚約が決まり……二年後に叔母上は亡くなりました」
レイフェリオは目を閉じた。その脳裏には、最期に見た叔母の笑顔が浮かぶ。
ターニャは魔物に襲われて亡くなった。チャゴスと、久しぶりに母子で出掛けた時に。護衛もいたが、護衛が前の方の魔物に苦戦している時、後ろから現れた魔物が襲いかかり、ターニャはチャゴスを庇って亡くなったのだという。
レイフェリオもチャゴスも身を守るために、訓練を受けていた。センスがあったレイフェリオと違い、チャゴスは剣を持つのさえ嫌がり、訓練にはほとんど参加していなかった。
クラビウスは、嫌がっていても無理にでも訓練に参加させなかったことに、騎士団を責めた。
チャゴスが戦えさえすれば、ターニャは助かったかもしれないのだと。
「叔父上に反論したのは俺です。チャゴスが真面目にやらないのは、騎士団の責ではないと。例え、チャゴスが訓練をしていても実践では何も出来なかったと伝えました」
思い出すようにレイフェリオは、左頬に手を添える。痛みは感じないが、覚えがあるからだ。
「初めて、その時叔父上に殴られました。あとにも先にも、あの時だけですが……」
大人に殴られればそれなりのダメージだ。当時、泣くこともせず、クラビウスをじっとみていた様子は、騎士団長も思わず後ずさるほどの恐さがあったらしい。
10歳足らずの子どもにしては、気味が悪かったのだろう。
「……結局、叔父上は葬儀やらを済ますと執務も放り投げ、チャゴスも放置してしまいました。なので、チャゴスの側にいられたのは俺だけだったんです。だから、チャゴスにも思うところはあるのだと思います。あの時、チャゴスは叔父上に見てもらえなかった。だから、叔父上に見てほしいんですよ。今も、恐らくですが……」
チャゴスが見栄を張っている原因の一部は、クラビウスにある。レイフェリオにも要因はあるだろう。
レイフェリオが外で戦闘に出るようになった頃から、チャゴスはレイフェリオの側には寄り付かなくなった。レイフェリオも敢えて近寄ろうとはしなかったのだ。
そう考えれば、チャゴスもレイフェリオに何か言いかったが、言えなくて避けていたのかもしれない。それを更にこちらが避けてしまったから、拗れてしまった可能性はある。
レイフェリオの侍女たちからすれば、避けていたのはレイフェリオの方に見えていたのだから。
「……こんなところです。あれが今のようになったのは、俺と叔父上が原因なのは違いないでしょう。姫には、面倒な相手を押し付けてすみません。俺も出来れば、破談になるように仕向けたいとは思います」
「ヒン?」
どうして、という風に首をかしげる仕草をミーティアがするのを見て、レイフェリオは苦笑した。
「……姫には幸せになってほしいと思います。このように巻き込まれてしまって、呪いにより不自由な生活を強いられています。俺もトロデーンから共に旅をしてますから、その苦労は軽くないと思っています。王も、そうお考えでしょう」
「……ヒヒン」
「姫に不都合にならないためにどうするかはまだわかりませんが、最後は姫に決めていただきたいと思います。王族としての在り方も含めて、あれがトロデーンの婿として相応しいか見極めてください。姫が示す証人には、俺がなります」
理由さえあげれば、レイフェリオがそれを証明する。
だから、ただの義務という理由で決めないでほしいという思いを伝える。
ミーティアは、立ち上がり泉の水を口に含んだ。光に包まれながら、姿が変わる。
「姫?」
「……レイフェリオ様、ありがとうございます。承知しました。私なりに見極めたいと思います。トロデーンを継ぐものとして」
「俺も、力になります。あれでも、従弟ですから」
「ふふ。はい、期待させてもらいます。……アイシア様が羨ましいです」
「姫……?」
「いえ、何でもありません。お話くださり、ありがとうございました」
少し寂しそうに笑うミーティアを光が包み、馬の姿へと変えた。
アイシアが羨ましい。耳が良いレイフェリオには、聞き逃させることなく届いていた。その意味するところを理解することは出来なかったが、最後の笑みに力がないことは認識できた。それでも、これ以上ここにいる理由はない。
レイフェリオはミーティアを先導するように前に出ると、小屋へと足を向けた。
次回からレティス編になります。