船に乗るために、レイフェリオらは一度ベルガラックまで戻ることにした。
闇の遺跡から戻って以来、船がどうしているかわからないため、遺跡に取りに戻る必要があるかもしれない。
その前に、情報を集めるために一度寄ることになったのだ。
「ベルガラックならルーラで移動するのか?」
「あぁ、距離もある。その方がいいだろう」
「……ちょっと待って、レイフェリオ」
「……? ゼシカ?」
「あのね……」
そのままルーラで飛ぼうとしたレイフェリオを止めたのは、何か悩んでいるようなゼシカだった。顔を曇らせて見ていた先には、ミーティアの姿を映している。
「……そうだな」
「遠回りだとしても、気分転換になるんじゃないかと思って。ほら、今度はいつになるかわからないから」
「……? 兄貴? ゼシカ?」
二人の会話に全くついていけていないヤンガスは、首を捻る。
ゼシカが言っているのは、ミーティアに泉に行かせてあげたいということだった。船で移動するということは、暫くこの大陸へは戻ってこないということ。無論、ルーラだ戻ってくるのは可能だが、目の前の出来事はそれほどレイフェリオたちに時間を与えてはくれないだろう。ならば、この大陸を出る前にせめて時間をつくってあげたい。
「どうしたのじゃ?」
「……王、あの泉に寄ってからベルガラックに向かおうと思います」
「泉とな? ……おぉ、そうか! 姫も喜ぶじゃろう」
ミーティアの姿を一時的でも戻すことのできる泉だ。トロデが反対する訳がない。
トロデの反応をみて、ヤンガスも理解したようだ。ククールは元よりわかっていないわけがない。誰も異論はなかった。レイフェリオの詠唱に乗り、一行は不思議な泉へと向かった。
☆★☆★☆
泉に向かうと、そこには誰もいなかった。グランも今はいないようだ。
奥に入り馬車からミーティアを放す。ミーティアは促されるまま、泉に近づくとその水を口に含んだ。
その瞬間、ミーティアの身体は光に包まれ、その真実の姿に変える。
光が収まると、そこには人間に戻ったミーティアがいた。
その姿に、ゼシカらは笑顔を見せる。
「おぉ、姫や」
「お父様……皆さん、ありがとうございます。今一度、この場所につれてきてくださり、感謝致します」
「まっ、気にするな。美人が見れるなら俺は文句はない」
「あんたは少し自重しなさい……っとに、ミーティア姫、この間は挨拶もできなかったし、改めて宜しくね」
「こちらこそ。ゼシカさん、ククールさん、ヤンガスさんも宜しくお願い致しますね」
「おうよ」
ミーティアは笑みを浮かべながら皆を見渡す。そして、最後にレイフェリオへ視線を映すと、きちんと向き直った。ドレスの裾を持ち上げ、王族の姫としての礼をする。
「レイフェリオ様、改めましてご挨拶を申し上げます。トロデーン王国が一子、ミーティアでございます。今まで碌な挨拶もできず、ご無礼をお許しください」
「ちょっ……ミーティア姫?」
「ゼシカは黙ってろよ……これは、王族同士の話だろ」
「ククール……わかったわよ」
雰囲気を変え、レイフェリオに頭を下げるミーティアに困惑するゼシカだが、ここにいるのはそれぞれの国を担う者同士。地方の一領主の家系でしかないゼシカ、今は平民であるククール、元盗賊のヤンガスに口を挟むことはできない。
トロデも成り行きを見守ることにしたようだ。
レイフェリオはミーティアの挨拶を受け、胸に手を当て礼をする。王族としての礼儀には礼を以て返す。
「サザンビーク国第一王子、レイフェリオ・クランザスです。姫、改めてこれからも宜しくお願いします」
「レイフェリオ様……ありがとうございます」
「……堅苦しいのはこの辺でやめさせてもらいます。俺も姫も、仲間としてここにいますから」
「仲間……そうですわね。はい、でも私はこれが素なのですよ」
ふふふ、と笑うミーティアは本当に今まで馬としていたのが不思議な位だった。苦労を見せず、辛さも感じさせない。トロデはそんなミーティアを涙を浮かべながら見ていた。
だが、ミーティアが元に戻っていられる時間はそれほど長くない。
「皆さん、これからもお父様を宜しくお願いします。それと、レイフェリオ様にお願いがあるのですが……?」
「俺にですか?」
「……いずれ、私はチャゴス王子と婚姻を結びます。ですから、教えていただきたいのです。チャゴス王子とレイフェリオ様のことを」
「……」
チャゴスのことを教えてほしい。その言葉にレイフェリオは目を見開いた。王家の山でのチャゴスは酷かったと聞いている。てっきり、婚約にも良い想いは抱いていないと思っていたのだが、どうやらミーティアの考えは違うらしい。
「ミ、ミーティア姫はあんなことされてもチャゴスと結婚するつもりなの?」
「どんな方であろうとも、この婚約は国同士の決め事です。王家に生まれた者としてそれに沿うのは当然なのです。私の意志は関係ありません」
「でも、あんな王子と結婚して嫌な思いをするのは目に見えてるじゃない?」
ゼシカも母に決められた相手がいる。レイフェリオもよく知っている相手だ。だが、ゼシカ自身はそれを拒み、この先も受け入れるつもりなどないのだろう。そういう意味で、ミーティアとゼシカの考えは反対なのかもしれない。
「ふふふ。ありがとうございます、ゼシカさん。ですから、レイフェリオ様にお聞きしたいのです。チャゴス王子と上手くやっていくために。その決意を固めるために、です」
「ミーティア姫……あ!」
「ここまで、のようです。レイフェリオ様、どうかお願いします……」
そのまま光に包まれたミーティアは、再びその姿を馬に変えてしまった。
呪いとは言え、話ができるのはほんの数分。その中で、ミーティアがチャゴスとレイフェリオのことを知りたいと願った。未来に家族となるチャゴスのことを知りたいと。ミーティアは本人を見ても、婚姻に異論はなかったのだ。
その事は、ゼシカらには納得できないようだった。特に、同じ女性であるゼシカは、だ。
「……お前も、この結婚には反対してないのか?」
口火を切ったのはククールだった。その相手は婚姻を強いた王のトロデではなく、相手国の王子であるレイフェリオだ。
「……サザンビークとトロデーンとの婚姻は、祖父母の代からの約束だ。叔父上もトロデ王もそれを叶えるために、決めたもの。俺がとやかく言う権利はない」
「ならお前が相手でも構わないんじゃないか? あの王子じゃなくても」
この意見にヤンガスもゼシカもレイフェリオを見る。同じ王子であるならレイフェリオの方がいい、ということなのだろう。だがこの意見には肝心なことが抜けている。
「俺と姫が婚姻を結べば、トロデーンに跡継ぎがいなくなる」
「なら、子どもができたらそいつを継がせればいいだろう?」
「はぁ……そういう問題じゃない。それに、トロデーンをサザンビークの属国にでもするつもりなのか……?」
サザンビークの王家からトロデーンの王を出す。それはつまり、親はサザンビークであることに他ならない。同じ王家と言えども、世界はトロデーンよりもサザンビークを上に見るだろう。サザンビークは世界最大国家と言われてはいるが、それでも一国家に過ぎず、トロデーンとも対等なのだ。
「……なるほどな。血筋だけじゃだめだってことか」
「あぁ」
「そうね……それにレイフェリオとミーティア姫が婚約すれば、レイフェリオの婚約者が今度はチャゴスとってことでしょ? それはいくらなんでもないわよね……」
アイシアの姿を浮かべたのだろう。ゼシカは首を横に振った。
「それには同意するが、そもそもアイシアはサザンビークの王子だから決まったわけではないんだ。だから、チャゴスの相手になることはあり得ない」
「え? どういうこと?」
相手の取り替えがあり得るならというゼシカの考えだったのだが、それはレイフェリオの意外な言葉に否定された。
「法皇様がアイシアの相手として俺を指名したらしい。無論、王子だったというのが全く無関係だとは言えないだろうが、それでもチャゴスがアイシアの相手として認められることはあり得ない」
「まさか法皇は、お前の出自を知っているのか?」
「わからない……知っているのは、叔父上と爺ぐらいなはずだ。それが関係しているのかは、判断できない」
「会ったことはあるんだろ?」
「幼い時に一度と父と挨拶に行ったことはある。婚約してからは年に数回だな」
「なら、お前自身を気に入ってという可能性もあるわけだ」
「……はぁ。まぁ、とにかく姫とチャゴスの婚約に異議を唱えることは今はできない。それこそ、叔父上の気が変わるか何かをしないとな」
話が大分逸れたのを戻すようにレイフェリオがため息と共に吐き出す。
チャゴスとミーティアの婚姻が国同士の決め事とはいえ、チャゴスが本当にトロデ―ンに行っていいのかという想いはレイフェリオとてないわけではない。それこそ、破棄させた方がいいのではと思うくらいには。
それでも、レイフェリオには何もできることはないのだ。
「トロデ王次第でも変わるんじゃないの?」
「ゼシカ……」
それでもまだ言い募るゼシカに、レイフェリオもククールも頭を抱えた。
「そうでがすよ、兄貴っ!」
「ヤンガス、お前もか……王が一度決めたことを撤回するにはそれなりの理由が必要だ。だが、そうすれば撤回した側の不義に当たる。王だろうと、姫に落ち度がないのにもかかわらず容易に撤回はできない」
トロデ―ン国がイバラに覆われたことを知れば、破棄に動くかもしれないが、それはトロデ―ン国にとっていい方向にはいかない。ミーティアの今後にも関わってくる。
ならば、このままことが進んだ方が双方にとっていいことに変わりはない。だからこそ、トロデはこの場にいても口を挟まないのだ。
その実、口を引き結び悩んでいるとはわかっていても、レイフェリオもあえて声を掛けたりはしない。
「王族ってのは大変だな……ほんと、めんどくせぇ」
「ククール……。まぁ概ね同意はするが」
心の底から嫌そうに話すククールに思わずレイフェリオも苦笑する。
それでも、その立場に生まれた以上は王族として生きるしかない。
「で、ミーティア姫に話をするんだろ? 俺らは邪魔だろうし、あの爺さんの小屋にでも行ってるぜ」
「……?」
「おいおい、頼まれたこと忘れたわけじゃないよな?」
「いや、わすれてはいないが……」
ついさっきのことだ。忘れるわけがない。しかし、この場を離れるというククールの意図がわからないだけなのだ。
本当に意味がわからないのだというような表情のレイフェリオに、ククールはため息をつく。
「……おい、ゼシカ、ヤンガスも。ひとまず、小屋に行くぜ。ほら、トロデ王もだ」
「な、なんでお前に従わなきゃいけないんだよっ!」
「……わかったわよ。ミーティア姫の願いだしね」
「うぬぬぬ。納得はいかんが……」
暴れるヤンガスの首根っこを掴み、ククールはここを離れていく。トロデはしぶしぶといった風だ。
「えっと……ゼシカ?」
「話すだけなら別に馬の姿であってもできるでしょ? ……ミーティア姫は、きっとあなたと話をしたいのよ」
「意味がわからないんだが……?」
「わからなくてもいいの。今夜は小屋に泊めてもらうようお願いするから、別に時間は気にしないでいいわよ。それじゃね」
「お、おいっ!」
去り際にミーティアに優しく触れ、ゼシカもそのまま出ていった。
ここに残されたのは、馬であるミーティアとレイフェリオの二人。
「……その、姫?」
「ヒン……」
ミーティアは馬のままその場に足を折る様な形で座り込んだ。どうやら、このまま話をしなければいけないらしい。
何をどう話せばいいのやら、困惑したままレイフェリオもその場に座する。
「はぁ……わかりました。といっても、それほど楽しい物ではありませんし、俺自身も話をするのは得意ではないので、そこは勘弁してください」
「ヒヒン」
構わないというように声を出すミーティアに苦笑しながら、レイフェリオは視線を目の前にある泉に映す。
「そうですね……チャゴスと俺がまだ今のようになる前の話です」
長くなりそうなので、分けます。