銀世界
リーザス村を出発し、いったんリブルアーチまで戻ると、一行は北を目指した。
ライドンの塔を通り過ぎ、道を進んでいくと遠くに洞窟のようなものがみえる。
「兄貴、あれはなんでがす?」
「……あの先は俺もいったことがない。洞窟を抜ければ、雪景色が広がっていると聞いているが」
「雪、か……見たことないわね」
「俺もだ。書物でしか聞いたことがないぜ」
この先に踏み入れたことがある者はいない。だが、レオパルドはその先を行ったはずだ。歩みを止めるわけにはいかない。
無論、誰も見知らぬ土地に行くと聞いて立ち止まるものなどいないが。
「にしても……あの魔物連中は骨が折れるな」
「……避けては通れない、ということね。ね、レイフェリオ」
「あぁ」
全員武器を構える。
洞窟への道の前には、こん棒を構えたトロル、斧を振っているオーキングがうろうろとしている。戦闘は避けられないだろう。
「ゼシカ、先制を頼む」
「わかったわ。…………イオラっ!」
ゼシカが放つ呪文を合図に、レイフェリオ、ヤンガスが走り出す。速さではレイフェリオが一番だ。剣を構えて、呪文の爆発に紛れ込むようにとびかかった。
「グルルっ!?」
「はぁっ」
攻撃力が高く、しぶとさもピカイチであるトロルへと斬りつけた。下手をすれば、トロルの一撃で危機に陥ることもあるため、最初に葬るためだ。いかに攻撃力が高くとも、当たらなければ意味がない。そういう意味では、素早さに分があるレイフェリオが相手をするのが一番だろう。
オークキングはトロルより小柄というのもあり、小回りが利く。ククールの弓で遠くからの援護を受けながら、攻撃力が高いヤンガスが前に出た。
「くらえぇ!」
「グォォォ! グシャァ」
「うぉっ」
攻撃を繰り出したヤンガスの斧は、オークキングの斧に防がれる。勢いよく振られた斧に押され、後ろに避けた。
「はぁっ!」
「ギギッツ!?」
ヤンガスへと追撃しようと動いたところへ、ククールの攻撃が飛んでくる。腕へと直撃するが、武器を落とすことはない。
「これならどうだっ! 兜割りっ!」
「ギシャァ」
「ほらよっ、これで終わりだっ!」
斧で切り裂かれた体へと、ククールの矢が突き刺さる。致命傷のようだ。オークキングはゆっくりと倒れ込み、霧散していった。
「ふぅ……おっ、あっちも終わったようだな」
一息ついていると、レイフェリオの方も戦闘は終わっていた。
魔物が二体程度であれば、さほど苦労することはない。これが四体、三体ともなればいかにレイフェリオたちといえども、突っ走るだけでは苦戦するだろう。
魔物も強くなってきているのだ。同じくらい、レイフェリオらも成長しているのだが、それでもここの魔物たちに苦戦をしているようでは、決してラプソーンに届くことはない。
その後も、魔物との戦闘を繰り返しながら先へと進んでいった。
洞窟へ到着すると、入り口におびえた様子の門番がいた。
「どうしたの?」
「うわっ!」
ゼシカの声に驚いたのか、門番は腰を抜かして転んでしまった。
声におびえられるとは不本意だったのか、ゼシカも眉を寄せる。一方で門番は、相手がゼシカだとわかると安堵したように息をついた。
「何だ……驚かせないでくださいよ……」
「脅かしたわけじゃないわよ。声を掛けただけ」
「……そんなに驚いてどうしたんだ?」
「さっき、黒い犬がものすごい速さでこのトンネルを駆け抜けていったんです。危うく跳ね飛ばされるところでしたよ」
「おい、黒い犬って……」
ククールが漏らした声にレイフェリオは頷いた。十中八九間違いないだろう。
「赤い瞳をらんらんと輝かせて、あれは普通じゃありませんよ。それに変なものを口に加えていたし……」
「兄貴!?」
「あぁ……この先に行ったのは間違いない。皆、急ごう」
凄い速さであるならば、既に末裔の元へとたどり着いている可能性もある。
レオパルドは、杖の力か賢者の末裔の居場所を突き止めることもできるようだ。こちらは、末裔が誰かさえわかっていない。ハンデがありすぎる。焦っても仕方ないことがわかっていても、焦燥感はなくならなかった。
洞窟内には氷が張られており、不思議な空間を作り出していた。前に進んでいくうちに、冷気が頬を撫でていく。
辺りに雪が舞い始めた頃、寒さと共に風がレイフェリオたちを迎えていた。
「おい、出口じゃないか?」
「うぅ、何という寒さじゃ……しかし杖を何とかせねば、元には戻れん……うぅ、がまんがまんじゃ」
魔物の姿になったとはいえ、感じるものは人と同じだ。トロデも徐々に厳しさを増してくる寒さに震えていた。
寒さに震えているのはトロデだけではない。皆、雪国で行動するような服装ではないこともあり、寒さに堪えているようだ。
平然としているのは、レイフェリオだけだった。
「あ、兄貴は寒くないんですかい?」
「寒くないわけじゃないが、我慢できないほどじゃないな」
というのも、この中で一番厚着をしているのはレイフェリオだからだ。
騎士服に似たレイフェリオのために作られた服には、魔法の力をこめた糸で織り込んだ特殊なもので、炎や吹雪といったものから守ってくれるよう力をこめられている。ブーツも同様だ。それ故、他の皆よりも我慢できていた。
反則といえばそうかもしれないが、これがレイフェリオにとっての標準装備なのだ。
「王族御用達かよ……羨ましいぜ」
「時間があれば皆にも作ってもらうんだが……頼んでみるか?」
「私は遠慮するわ。そんな服着ていたら、貴族みたいだし。貴方だから許される服装よ……」
「確かに、俺はともかくヤンガスには合わないな」
「くっ……否定できないのが悔しいでがす……」
全く同じものを用意させるつもりはなかったレイフェリオだが、話の流れからそういうことになっているようだ。勿論、ヤンガスがレイフェリオと同じものを来たところで似合うとは思えないので、反論もできない。
「あ、見て! 外よ」
「……綺麗だな」
「あぁ……これで魔物の姿がなきゃ最高なんだが」
言いながらククールは弓を手にした。一面雪景色なので、道は見えないが、魔物の姿ははっきりと確認できる。
「仕方ない」
「こっちもいいでげすよ」
「……先手必勝ね。ちょっと待って」
ゼシカが魔力を両手にため込む。
そして次の瞬間、呪文を放った。
「ベギラゴン!」
「うぉっ」
炎が魔物へと向かっていく。塊というより、渦に近いものだ。
雪の世界の魔物だ。炎に弱いことも多いだろう。
炎に囲まれている魔物たちへと、レイフェリオらはかけていった。
敵を一掃したところで、後方にいたトロデも追いついてくる。
何やらぶつぶつとつぶやいているようだが……。
「……全く、こんなところまで……もとはと言えばドルマゲスのせいじゃ……いや、あやつは死んだか。ではあのレオ何とか言う犬のせいじゃ。犬の分際で……ブツブツ」
「おっさん、ぶつぶつうるせぇなぁ。こっちだって寒さに気が立ってるんだ! ちったぁ黙ってろよ」
戦闘を行い、汗をかいたからか余計に寒さを感じるようで、ヤンガスは震えていた。この中で一番薄着なのはヤンガスだろう。
「うるさいわい。わしが何を言おうとわしの勝手じゃ! 他人にどうこういわれる筋合いはないわい」
「なんだとぉ!」
「何じゃ!! ったく腹の立つ。わしは先に行くぞ」
ミーティアと共に、先を行くトロデ。
年長者にも関わらず、相変わらずの我儘な行動にククールとレイフェリオは顔を見合わせて苦笑した。
その時だった。
ゴゴゴゴ。
どこかで何かが崩れる音がしたと思ったら、地響きがレイフェリオらを襲う。揺れ動く地面に動くこともままならない。
「上だっ!」
ククールの声に見上げれば、雪が押し寄せてくるのが見えた。
雪崩。その言葉がよぎった時には、既に雪がレイフェリオたちへと襲い掛かっていた。