宿屋に運ぶと、ヤンガスがことの次第をトロデへ伝えに行った。トロデなりに心配をしていたようだ。
残されたのは、横たわったゼシカとククール、そしてレイフェリオだ。
「レイフェリオ、俺が見てる。少し寝てろ」
「ククール?」
「顔色、よくないぜ? 動きもな。無理して出てきたのはわかってる。何のために、黙って出てきたんだか……」
「ははっ……悪いな。先、休ませてもらう」
「あぁ……ベッドまで手を貸すぜ」
「いや、それくらい大丈夫だ。ゼシカの側にいてくれ」
「……頑固だな、お前も。わかったよ」
気を失っているとはいえ、ゼシカと同室というわけにはいかない。隣の部屋へと自力で移動すると、レイフェリオはそのままベッドへ倒れ込んだ。
疲れていたのもあるが、まだ回復しきっていないまま出てきたのだ。体力は既に限界だった。
★ ☆ ★ ☆
その頃、サザンビーク城では……。
レイフェリオが休んでいるはずの部屋には、立ち尽くしたままのチャゴスがおり、ナンシーは青ざめた表情で立っている。その目の前には、クラビウスがいた。
「……チャゴス、お前は一体レイに何を言ったのだ?」
「ぼ……僕は何も……」
「チャゴス」
クラビウスの口調はゆっくりだった。静かなものだ。逆にそれがチャゴスにとって怒っているのではないかという感覚を与えており、余計に口を開かせていなかった。
この空間を破ったのは、後からきたシェルトだった。
「……陛下、その辺でいいんじゃないですか?」
「シェルト?」
「既に殿下は出ていってしまったんです。恐らくは、彼らを追っていったんでしょう。命令とあれば追いますが? 一応、護衛ですからね」
「お前は心配ではないのか? まだろくに動くこともできんのだ。何かがあってからでは遅い」
「殿下はきちんと理解していると思いますよ。先走り気味なところはありますが……それにきっとククールたちなら、殿下に無理をさせることもないでしょう」
「……すっかり信用しているようだな」
「信用しているわけではありません。俺は、彼らを見ている殿下を信じているだけです。彼らに対する殿下の態度を見ていればわかります」
シェルトが揺れることはなかった。どちらにしてもレイフェリオが彼らを追っていくことはわかっていたのだ。無論、クラビウスとてそれは承知していた。放置しておくわけがないことを。しかし、それでも体調が回復してからでも遅くはなかったはずなのだ。
何も言わないが、チャゴスが何か引き金を引いたことは間違いない。
クラビウス、シェルト両名の視線が再びチャゴスへと移る。
「えっ」
「……王子は彼らが向かったことを伝えたんですね?」
「そ……それはっ……で、でも僕は止めたんだっ! けど……ぼ、僕は悪くないっ! 悪くないっ!!」
責められるような視線に耐えられなかったのか、チャゴスは逃げ出してしまった。その態度にクラビウスはため息を吐く。
「チャゴス……」
「まぁ、悪くはないでしょうが……いい判断とも言えないでしょうね」
「何故チャゴスはレイに……」
「殿下が知らないことを知っていた。優位に立ったと思ったのか、まぁいずれにしても見栄っ張りでやけに殿下を意識していますから」
「意識している? レイに認められたいと思っているのではないのか?」
ぽつりと繰り返された言葉に、今度はシェルトとナンシーの二人が目を見開いた。
「気づいていたんですか……」
「お前はわしを馬鹿にしているのか?」
「……少なくともグラン老から聞いた話では、王子がああなったのは陛下に責任があると言っていましたよ?」
「……身に覚えがないわけではないが」
「陛下。チャゴス王子は、レイフェリオ様を慕っておられるのです。不器用な方ですから、お互い素直になれないのだと思いますが、私どもが知っている中で唯一レイフェリオ様だけが、チャゴス王子へと苦言を申し上げておりました」
会話に口を挟んできたのは、いままで黙っていたナンシーだった。一番レイフェリオの側にいた彼女の言葉には信憑性がある。
「……確かに、妻が死んでからはチャゴスを甘やかしすぎた気がしなくもないが」
「それ故、チャゴス王子はレイフェリオ様の前では猫を被ったりはしませんから」
言葉と態度を見る限りは、チャゴスとレイフェリオが仲がいいとは言えない。レイフェリオはチャゴスと積極的にかかわろうとはしないし、チャゴスは口を開けば汚い言葉しか出てこなかったからだ。無論、父であるクラビウスに対してチャゴスがそのような言葉を放ったことは一度たりとてない。
「わしは……父親失格だったのかもしれんな」
「……」
シェルトもナンシーも肯定することはできず、ただ聞いているだけだった。
★ ☆ ★ ☆
翌朝、目が覚めるとレイフェリオは身体を起こす。だが、まだ少し身体を動かすのに違和感を感じた。魔力もそこそこ回復しているのだが、あの時の影響なのだろう。身体に負担をかけすぎるものだったのかもしれない。
「ふぅ……」
「よぉ、目が覚めたか?」
「ククール?」
開けたままの扉に手を掛けていたのはククールだ。様子を見に来たのだろう。
「ゼシカが目を覚ました」
「そうか。意識は大丈夫なのか?」
「あぁ。いつものゼシカに戻っているさ。っと、こっちだ」
扉の向こうへ声を掛けると、現れたのはゼシカだった。後ろからトロデとヤンガスも付いてくる。
「もう、大丈夫なのか?」
「えぇ……ごめんなさい、レイフェリオ。貴方にも無理をさせて」
「いや。無事だったならいいんだ」
最後に扉を閉めたククールも入り、全員が集まった。いまだベッドにいるのはレイフェリオだけだ。
「皆、ごめんなさい。私、ずっと夢を見ていたような気がしていた。けれど、あれは夢ではなかった」
「覚えているのか?」
「えぇ。私、禍々しい魔の力に完全に支配されていた。そう……ドルマゲスと同じように。私を支配した強大な魔の力の持ち主の名は……暗黒神ラプソーン」
「なっ、兄貴その名前はっ!」
「……あぁ」
闇の遺跡で、彷徨える魂が口にしていた名前だ。
「皆、聞いて。ラプソーンは私の心にこう命令したわ。世界に散った七賢者の末裔を殺し、我が封印を解けって」
「七賢者じゃと?」
「七賢者というのは、かつて地上を荒らした暗黒神ラプソーンの魂を封印した存在らしいの。賢者たちはラプソーンを完全には滅ぼせなかったけど、その魂を杖に閉じ込めて自分たちの血で封印したのね。だから暗黒神ラプソーンの呪いがその七賢者を狙っていて……」
「ってことは、オディロ院長も七賢者だったってのか?」
「そう。マスターライラス、サーベルト兄さん、オディロ院長、あとベルガラックのオーナーも……今までに殺された人たちはみんな七賢者の末裔だったのよ」
「ギャリングさんも……か」
全て賢者の末裔のもの。今までドルマゲスが狙ってきたのも、ラプソーンの命令だという。だからといってドルマゲスを許すことは到底できない。そもそも杖を解き放ったのはドルマゲスなのだから。
「ふーむ、ややこしい話になってきたのう。つまり、わしとミーティアが人間に戻れなかったのも、その暗黒神と関係があるということか?」
「それはわからないわ……けど、残る七賢者は三人。私が狙ったチェルスとあと二人」
「その三人が殺されるとどうなるんでがすかね?」
「……言葉の通り、解放されるんだろうな」
「レイフェリオの言う通りよ。血筋がすべて断たれると、杖にかけられた封印が解かれてラプソーンの魂があの杖から……杖……? ねぇトロデ王、あの杖はどうしたの?」
「!? ……チェルスが危ないっ」
ここに杖はない。レイフェリオもあの後、杖がどこに行ったのかは見ていなかった。あの時の悪寒はこれを暗示していたのか。
「くっ!」
「ちょっ、どこに行くのじゃレイフェリオ!」
「あ、兄貴っ!?」
痛む身体を無理やり動かし、レイフェリオはハワード邸へと急いだ。