原作ではきっとあそこにいって、あれを取りに行っている頃でしょう。
レイフェリオは夢を見ていた。
父であるエルトリオが生きている頃の夢。
幼い頃、物心ついたころには、母は亡くなっていた。母が亡くなり、レイフェリオは父と共に龍神の里を出てサザンビークに来たのだ。
レイフェリオの母ウィニアは、身体が弱い人だった。記憶の中に残る姿は、いつもベッドの上で微笑んでいるものだ。
里の人は、皆レイフェリオとは異なった容姿をしていたが、それを疑問にも思わなかった。疑問となったのは、サザンビークに来た時だ。里の人たちが特別なんだと聞いたときも、不思議にも思わなかった。ただ、自分が違う存在なんだと感じただけで。
父と共に暮らすようになって、チャゴスの母を見て羨ましく思ったことも何度もあった。何故、自分の母はここにいないのかと、父を困らせたことも一度や二度ではない。母が亡くなったことをはっきりと認識したのは、ここへ来てからだったのだろう。
「お前の母は、空へと飛んでいったんだ。いつか、また会える日が来る……」
「本当……?」
「本当だ。だから、強くなれレイ。皆を守れるように。己を守れるように」
父がどういう意味で言ったのか、わからなかった。けれど、真剣な父の表情にただ頷くしかなかったのだけは覚えている。
今ならばわかる。あれは、まだ死を理解できていなかった子どもを納得させるための方便だったのだろうと。大人になった今なら、会うことは二度のないのだとわかる。それでも、その時は本当に母に会えると思っていた。
子どもだったのだ。本当に。
夢の中で幼い自分の姿を見て、レイフェリオは苦笑した。死んだ人に会えるなど夢物語なのだ。
それでも、記憶に残っている姿の母は、いつでも笑っていた。それだけで十分ではないか。
「……レイ」
「えっ?」
頭の奥から懐かしい声が聞こえる。幼い頃の姿が消え、辺りが暗くなった場所に、淡い光を放ちながら一人の男性が立っていた。とてもレイフェリオと似ている人が。
「ちち、うえ……?」
「立派になったな。俺によく似ている……」
「……そう、ですか?」
「あぁ。嬉しいよ。息子が自分に似ているというのはな」
「……」
亡くなった面影そのままに微笑むエルトリオ。見上げることしか出来なかった存在をいまは同じ目線で見ることができる。それだけ時が過ぎたということだろう。
「レイ……立ち止まってはいけない。お前には、俺もウィニアも付いている。思った通りにやりなさい」
「叔父上を困らせても、ですか?」
「あれは臆病になっているだけだ。昔から母に似て甘えん坊だったからな。大いに困らせてやれ」
「父上……」
「その目で、何が起こっているのかを見てくるんだ。お前ならできる」
「……はい」
「そろそろ起きるんだ。無茶もほどほどにな……レイ、俺は……俺たちはいつでもお前を見守っている」
エルトリオの姿がぼやけてくる。消えてしまう。そう思ったとき、咄嗟に手を伸ばした。
「父上っ!」
「行け……」
「くっ……」
「──リオ様っ」
「っ!??」
一気に明るくなった。レイフェリオが目を開けると、目の前には不安そうな顔をしたナンシーの姿がある。
「ナン……?」
「レイフェリオ様……ようやくお気づきになられましたね。うなされておいででしたので」
「……そう、か」
腕に力を入れて起き上がろうとすると、まだ完全に回復していないせいか力をうまく入れられず、崩れ落ちそうになる。
「レイフェリオ様っ!」
「ぐ……すまない、ありがとう」
「いえ、起き上がって大丈夫なのですか?」
「あぁ……」
ナンシーが背中を支えてくれたおかげで、再びベッドへダイブすることはなかった。手を借り、起き上がると背中に枕を入れてくれる。負担を軽くするためだろう。
「ありがとう、ナン」
「この程度当然です」
「……夢を、見ていたんだ……」
「夢、ですか?」
「あぁ……母上と父上の、夢を」
「……レイフェリオ様」
彼女が悲し気に瞳を揺らしているのを見て、レイフェリオは苦笑する。
「懐かしい夢だった……まだ俺が里にいた頃の。ほとんど覚えていないはずなのに」
「里というと、ウィニア様の故郷でしたね……」
「あぁ。それに……父上に活を入れられたみたいだ」
「みたい、ですか?」
「……ところで、俺はあれからどのくらい眠っていた?」
外を伺うと辺りは暗くなっていた。朝方に医師に診てもらっていたのだから、少なくとも半日以上は寝ていたことになるだろうが。
「お目覚めになられたのが昨日の朝でしたので、一日半ですね」
「そうか……ククールたちは?」
「……私の口からは何とも。昨日の朝、こちらにお見舞いにいらしてました」
「何か言っていた?」
「……」
「そう、か」
ナンシーは何も答えなかった。肯定するでも否定するでもなく、ただ沈黙しただけだ。本当に知らない可能性もあるだろう。どちらにしても、まだ本調子でないのだから勝手に動いては迷惑をかけることになる。
「それよりお食事はどうされますか? 何も召し上がっていませんから、何か消化に良いものを作らせましょうか?」
「……そうだな。頼むよ」
「はい」
空腹というほどでもないが、何も食べていないのは本当だ。気を遣ってくれたのだろうとは思うが、言葉に甘えることにした。
ナンシーが出ていくと、ノックもなしに扉が再び開く。
「ナンか? どうし……!? チャゴス……」
「……」
ナンシーが戻っていたのかと思いきや、入ってきたのはチャゴスだった。
「……どうした? 俺に用か?」
「用がなければ来ないだろう。こんなところ……ふん」
「お前……何がしたいんだ……」
いつも通り偉そうにしている。いつものことなので、レイフェリオもスルーだ。しかし、チャゴスがレイフェリオの自室に来ることは滅多にない。珍しすぎる。何を企んでいるのかと、勘繰りたくなるがチャゴスにそのような小細工はできない。単純だからだが……。
「僕がとっておきの情報をもってきてやったんだ」
「情報?」
「お前の仲間が行方不明らしいぞ。あの女だ」
「ゼシカのことか?」
「北の方に行くって言っていたから、リブルアーチだろうが、あんな職人ばかりの街に何があるっていうんだか。庶民の考えることはわからな──―うぉ」
「ククールたちが追っていったんだな?」
レイフェリオがチャゴスの腕を引っ張ったことで、チャゴスはベッドに思わず手をついた。
「知らんっ! 僕は父上とお前の仲間が話しているのを聞いただけだ」
「盗み聞きか……」
「た、たまたまだっ!!」
「……ゼシカが。まだ何か起こるって言うのか……嫌な予感がする。くっ」
「お、おい!? レイフェリオ?」
ベッドから立ち上がろうとしたレイフェリオをチャゴスが思わず止める。怪我人で安静が必要だということは、チャゴスにもわかっている。無論、レイフェリオ自身もだ。
「お前、安静にって!」
「リブルアーチだな……」
「まさかっ」
苦痛に顔を歪めながらもレイフェリオは、着替えを始めた。すぐに追うつもりなのかとチャゴスは慌てる。
「おいっ、安静にって言われたんだろう!? 今から追ってどうするつもりだっ」
「……ちっ……リブルアーチなら行ったことがある。すぐに行ける場所だ」
「何を言って、おい待てよ!!」
「どけ、チャゴス」
「どうしてだ……なんでお前は……」
「……嫌な予感がする。ゼシカが、ククール、ヤンガスが危ない」
「危ないって、今のお前が行ってどうなるんだっ!」
「魔力なら多少回復している。動けないわけじゃない」
「死にに行くのかっ!?」
「……チャゴス?」
あまりに必死に止めるチャゴスに、レイフェリオも一度冷静にチャゴスを見る。チャゴスの腕が震えているのがわかった。こんなことは初めてのことで、レイフェリオも思わず言葉を失う。
「……こ、行動で見せろって言ったのはお前じゃないか!? なのに、何でお前はまた僕を見ずに……」
「チャ、ゴス?」
「お前なんか……お前、なんか……」
フルフルと拳を握っているチャゴス。同じような状況が以前にもあった。その時、チャゴスは容赦なくレイフェリオを罵倒したのだが、今は違った。
それが素直ではないチャゴスの精一杯の心配の表れなのだと、このときレイフェリオは初めてわかった。
「……ごめん。俺は行く。けど……ちゃんと戻ってくる。その時は……きちんとお前と向き合えるようにする」
「……ち、違うっ!! 僕は──―」
「待っててくれ」
レイフェリオはテラスへと出ると、そのままルーラを唱えて飛んでいった。
あとに残されたのは、チャゴスただ一人だった。
「……いつもいつも。勝手すぎるんだよ。僕は……」
待ってろ。
レイフェリオのその言葉に、チャゴスはなぜだかわからないが、心が温かくなるのを感じていた。
最近チャゴス率多いかもしれませんが、またしばらくはサザンビークから離れるのでお別れです。
この二人のやり取りを書くのは、結構気に入っています。