原作でいうところのタイトルの話。
ゼシカの失踪
ナンシーに連れられ部屋へと入ってきたのは、老医師とクラビウスとシェルトだった。
目が覚めたことで、クラビウスに報告したのだろう。
「レイっ!」
「叔父上……すみ、ません」
起き上がることはできないので、目線だけを向ける。
「本当に、肝が冷えましたよ」
「シェルト……」
クラビウスもシェルトも医師の邪魔をしない範囲でレイフェリオの側へと来ていた。
「医師よ、どうだ?」
「……殿下、腕を動かせますか?」
「……無理、だな」
「そうですか。……陛下、あくまで推測の域を出ませんが、魔力の使い過ぎにより殿下の身体が悲鳴を上げていたのでしょう。しばらくは安静にしているのが宜しいでしょう。魔力が回復してもすぐには動くことはできますまい」
魔力の枯渇。レイフェリオにも覚えがあった。あの時、声に従って魔力を溜めこみまるで爆発させるように解放した感覚だった。慣れないことをしたためだったのだろう。悲鳴を上げるのも無理はない。
「休んでいればいいだけなのだな?」
「はい。怪我もさほどされてはおりません。お仲間が治癒したとのことですし、考えられるのはそれくらいです。殿下の魔力も著しく弱っております故」
「わかった。ご苦労だったな」
「はい。……殿下、くれぐれも無理に動いてはいけませんよ。いいですね」
「……わかった。ありがとう」
医師はレイフェリオに言い聞かせるように告げると、そのまま部屋を出ていった。
「ふぅ……」
「疲れたのですか?」
「ちょっと、な……」
準備の良いナンシーが、冷たいタオルでレイフェリオの顔をふき取る。少しスッキリはしたが、目をつぶれば再び眠れそうなほど瞼が重く、油断すれば目を閉じてしまう。そんなレイフェリオを怪訝そうに皆が見つめる。
「レイフェリオ様?」
「……ごめん。疲れた……」
「レイ?」
それだけ言うと、レイフェリオは目を閉じてしまう。
暫くすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。少しの間しか起きていなかったのだが、それでも魔力を回復するために身体が求めているのだろう。無理に起こすこともない。
「……これは今日一日は寝ていそうですね」
「眠っているだけなら問題はない。しかし、何をしてきたのか全く状況がつかめないことに変わりはないが、レイの回復を待つしかない、か」
コンコン。
そこへタイミングよく、扉がノックされた。クラビウスはシェルトに目くばせすると、シェルトが扉を開けた。そこにいたのは、レイフェリオの仲間の二人だった。
「おっと、あんたたちか」
「お前はシェルト、か。レイフェリオは?」
「……さっき目が覚めたが、今また眠ったところだよ」
「兄貴、目が覚めたのか……良かった」
「お前も大概だよな、とんがり頭」
「うるせぇ」
「ん? 一人足りなくないか?」
シェルトの前には、ククールとヤンガス二人の姿しかなかった。
一人、ゼシカがいないのだ。
「……ゼシカは北に向かったらしい。理由はわからないが、俺たちはゼシカを追う」
「一体何があったのだ? 説明してもらおうか」
「……わかった」
クラビウスの視線から、逃げることは敵わないことを悟ったのか、ククールは肩をすくめる。
ヤンガスとククール、そしてクラビウスとシェルトがレイフェリオの自室のテーブルに着く。本来なら、ちゃんとした場所がいいのだが、時間がないためだ。
「で、何故レイフェリオが魔力を使い切る様な事態になったのだ?」
「……俺たちは闇の遺跡でドルマゲスを追い詰めた。最終的に、もう少しというところまでいったんだが、俺たちもあの野郎も既に限界が来ていたんだよ」
「その時兄貴が……」
「俺たちにも何が起こったのかはわからない。ただ言えるのは、あいつが最後の一撃を与えたことでドルマゲスは消えた。俺たちも目的を果たせたってわけだ」
最後、レイフェリオから光が放たれたことはなんとなくだが伏せた。実際何が起こったのかなど説明できないのだから、ククールから言えるのはそれだけだ。
「目的を果たせたということは、旅はこれで終わりということか?」
「さぁね。レイフェリオの目的はドルマゲスを倒すことじゃなかったと思うぜ?」
「残念ながら、この男の言う通りですよ陛下。殿下は、今の魔物の狂暴化の原因について、世界に何が起こっているかを調べると言っていましたから、きっとまだ目的は達成していないのだと思います」
最初にクラビウスに旅の許可が欲しいというときにレイフェリオが言っていたことを思い出したのか、クラビウスはため息を吐く。
「……そうだったな。それで、お主らはどうするのだ?」
「ゼシカを探す」
「あの嬢ちゃんは何で一人で行ったんだ?」
「さぁな。リーザス村に帰ったのかとも思ったんだが、北へ向かったなら違うだろうし……それにあいつらしくない」
「らしくない、か。それはどういう意味だ?」
「……レイフェリオに何も告げずに行っちまうはずがねぇのさ。ゼシカはそういう奴だ」
「そうだぜ。兄貴を放っておくわけがねぇ」
「二人で行くのか?」
案に、レイフェリオを連れていかないのかということを聞いているのだろう。クラビウスの目がククールを鋭く指している。
「連れていけないだろう。あの様子じゃ、動けるまでまだかかるはずだ。普通、魔力を使い切るようなことはできるわけがねぇんだが、万が一そうなったのなら回復には時間がかかる」
「……そうか。連れていかないなら良い」
「あんたも過保護だよな、本当に」
「ですが陛下、これを殿下が知ればきっと追いかけると思います」
「知らせなければいい。せめてレイが回復するまでは、な」
「俺たちはすぐに向かう。それは任せる。行くぞヤンガス」
「お、おう」
用は済んだとばかりに、ククールはさっさと部屋を出ていく。ヤンガスはレイフェリオが気になるようだが、結局はククールと共に出ていった。帰り際に、ちらりと部屋の壁のほうを見ていたが……。
「……本当に知らせないんですか?」
「今の状態では戦うことなどできん。死なせるようなものだ……旅をすることを止めることはせんが、今は直すことの方が先決だ」
「陛下……」
会話の一部始終をそばで聞いていた者がいることを、このときのクラビウスたちは知る由もなかった。