色々と詰め込んでます。
船で待たせていたトロデと合流する。
「お主ら!? レイフェリオ? どうしたのじゃ!? ドルマゲスは!?」
「おっさん? 呪いは解けてないでがすか? ドルマゲスを倒したってのに」
「なんじゃと! ……じゃが、姫もわしもこのままじゃ。何故じゃ、何故呪いが解けん? 元はと言えば奴がわが城の秘宝を盗み出したせいで……? そういえば、杖はどうした?」
「持ってるわよ」
ゼシカが持っているのは間違いなくドルマゲスが手にしていたものだ。
「おお、それじゃそれじゃ」
「そんなことはいい。今はサザンビークに急ぐぜ」
「して、レイフェリオは一体どうしたのじゃ? 怪我もしておるが……」
「わからねぇよ。だが、今は早く休ませた方がいい。クラビウス王にはなにか言われるだろうがな」
「……そうじゃな」
ククールのルーラにより、サザンビークへと飛ぶ。
既に夜は更けているが、サザンビークの門の前には兵士がいた。ククールに背負われているレイフェリオを見るなり、血相を変えて中へと入っていく。
残された一人はククールへと近づいた。
「レイフェリオ様……」
「怪我はほとんどない。ただ、よくわからないんでな。部屋で休ませてやりたい。入ってもいいだろう?」
「はっ、はい」
城門の中に入ると、走ってくるシェルトの姿があった。
「殿下っ!」
ククールが駆け寄るシェルトへとレイフェリオを引き渡す。相変わらず顔色は悪いが、呼吸は確かにある。
「……何があった?」
「俺たちにもよくわからない。ドルマゲスは倒したがな」
「光がレイフェリオからあふれたと思ったら、その後倒れちゃったのよ」
「……兄貴」
「そうか……殿下は俺が預かる。お前たちは────」
「夜も遅いからな。宿屋で休むつもりだ」
「客間も用意できるが」
「ちょっと情報も整理したいんでな。朝、城には出向く」
「……わかった」
腑に落ちないようにシェルトは眉を寄せるが、優先度はレイフェリオの方が高い。共について来た兵士と一緒に、城へと戻って行った。
「で、俺たちは宿屋で何をするんでがす?」
「トロデ王も呼んで、今後のことを決めないとな……」
「そう、ね……」
城ではトロデを入れることはできない。そのために、街の宿屋を選んだのだ。
ヤンガスがトロデを連れてくると、一行は宿屋の一室へと向かった。
部屋に入るとまず口を開いたのはククールだ。
「これからどうする?」
壁によしかかり腕を組みながら、その表情は晴れない。オディロの仇を取ったので、これでククールとしては自由の身になる。ゼシカとて同じだ。ならば、今問題なのは一つ。
「……ドルマゲスを倒しても呪いは解けなかったんでがすから、他に理由があるってことなんじゃないのか」
「その理由がわからないと動けないってことだな……」
「うぅ……これからのことを考えると頭が痛いわい。せっかくドルマゲスを倒したというのに……」
「トロデ王は心当たりはないのか?」
トロデも考え込むが、杖は秘宝という扱い以外特に知らないという。それでいいのかと疑問に思うが、知らないものは知らないのだから仕方ない。
「それより兄貴は……」
「明日にでも様子を見に行けばいいだろう。呪文を掛けても目を覚まさなかったんだ。怪我が原因じゃないはずだ」
「それはそうだけどよ……」
心配なのはヤンガスだけではない。それでも何もできることはないのだ。
明日、朝一で城に向かうとして一行は休むことにした。トロデは無論、馬車にて休む。
★ ☆ ★ ☆
一方、城では……
レイフェリオは自室で寝かされていた。そのそばにはクラビウスの姿がある。報告を受けて飛んできたというように、服装には乱れがあった。
「レイ……」
「大丈夫ですよ、陛下。医師が見たところ、魔力が枯渇していたため倒れたということでしたから」
「……だが、レイの魔力量は普通ではないはずだ。何をすれば枯渇するまで使い切るような事態になるというのだ? それこそありえない」
「陛下……」
この場にいるのは、シェルト、ナンシ―、そしてクラビウスの三人だ。更にこの中でレイフェリオの出生を知っているには、クラビウスのみである。
単なる魔力の枯渇ということであれば、回復すれば目が覚めるだろう。普通の人間であれば、何も案じることもないのだ。普通の人間であれば……。
レイフェリオは龍神族と人間の混血児。人の身では扱いきれないほどの魔力をその身に秘めている。枯渇することなど、一生ありえないほどの量をだ。それがなくなる。そんな馬鹿な話があるものか。それがクラビウスの心境だった。
呼吸はいまだ乱れ、顔色も戻っていない。不安に駆られるのは仕方ないことだろう。
「……一体何があった? 何をしたのだ、レイフェリオ」
クラビウスの疑問に答える者は、誰もいなかった。
翌朝、ナンシーは一睡もせずに看病をしていた。汗を拭き、顔色を見る。朝になっても、さほど変化はなかった。
クラビウスはといえば、流石に王という立場なので、ここを追い出され通常の執務へと戻っている。
「レイフェリオ様……本当に、何があったのですか?」
クラビウスの様子から、何かナンシーにも知らない何かがあるのかもしれない。一介の使用人でしかないナンシーには聞かせられないことなのだろう。だが、それが今の状態を緩和するきっかけになるのなら、教えてもらいたいというのが本音だ。
額に置かれたぬるくなったタオルを取り、水につけ再び額へと乗せる。今できるのはこの程度だった。
その時だった。
コンコン。
「はい、どなたでしょうか?」
「……ぼ、僕だ」
「チャゴス王子?」
声と口調で誰かは一発でわかった。扉を開けると予想通り、チャゴス王子がいた。何とも複雑な表情をしている。
「どうしたのですか?」
「い、いや……その……あい、つが帰ったって……」
言いにくいのか顔を横に向けている。若干顔が赤くなっているのは気のせいではないだろう。その様子にナンシーは笑みがこぼれる。
「どうぞ、お入りください」
「あ、あぁ……」
部屋へ入ったチャゴスはゆっくりとベッドへと近づく。やはり用件はレイフェリオの見舞いのようだ。
「今、お茶をお入れしますので、ここでお待ちください」
「えっ?」
「少しの間、レイフェリオ様をお願いします」
気を利かせるようにナンシーは部屋を出る。二人きりにして何があるのかはわからないが、チャゴスは何かを言おうとレイフェリオを訪ねたのかもしれない。誰もいない方が素直になれるそんな気がナンシーはしていたのだ。
残されたチャゴスは、唖然としてナンシーが出ていった扉を見ていた。
「……ちっ……」
舌打ちをすると、再びレイフェリオへと視線を向ける。
呼吸は苦しそうで、顔色もいつもとは全然ちがう。チャゴスが見ているいつも余裕そうで表情が変わらない従兄の顔ではなかった。
「……こんなのをみたかったわけじゃないっ。僕は……あんなこと言うつもりじゃなかったのに」
チャゴスをここへと連れてきたのは、レイフェリオが城を出る前の出来事。
いつものように素直になれず、喧嘩腰に売り言葉に買い言葉で放った言葉。それが本当になるなんて思ってもみなかったからだ。
常に正しくて強いレイフェリオは、幼い頃のチャゴスにとって憧れでもあった。本当に小さい頃は、兄上と慕っていたことも覚えている。それが出来なくなったのは、いつからだったのか。
兵士たちの噂を聞いたからだろうか。レイフェリオは、化け物だと。
年の割に強い魔力、剣の才をもち、魔物にも恐れず向かっていく精神力。普通の子どもならば、恐怖に逃げ出したくなるのが普通だ。それを、雷の呪文で消し去ったというのだ。無論、チャゴスは聞いただけで見たことはない。
レイフェリオが戦うところなど、見たことないのだ。
それでも、怖くなったのは事実。兵士をも恐れさせる従兄。冷静に見えるのは、チャゴスを見下しているのかもしれない。優しくしてくれているのは、哀れみなのかもしれないと。
母が亡くなった頃、レイフェリオは側にいてくれた。父も決して怒ることはしなかった。何を言っても許された。それが一層チャゴスの劣等感を刺激していた。レイフェリオには厳しい父も、チャゴスには甘い。王にはならないからの違いなのだろう。それはそうだ。レイフェリオがいるのだから、チャゴスが王になることはない。
何も期待されることはなく、それはすべてレイフェリオが背負っている。いつしか、レイフェリオが笑うところも見なくなった。その瞳がチャゴスを捉えるたびに、憐れんでいるように思えてならなかった。
誰からも期待されない王子だと。
実際、チャゴスが期待されたことなどなかったのだから。それからは、チャゴスはレイフェリオと顔を合わせる機会も減っていった。しまいには、会話すらもしなくなった。
淋しくなどない。遊びほうけても小言を言われる程度で、結局誰も叱りつけてはくれないのだから。
しかし成長してベルガラックのカジノに行くようになると、必ず連れ戻しに来るのはレイフェリオだった。
気が付いてみると、レイフェリオだけがチャゴスに苦言を言っていた。叱るのもレイフェリオだけだった。
だから……。
「……僕は……兄上に……」
初めて見るレイフェリオの顔に、チャゴスは口を一文字に結ぶ。
こんな感情、認めたくなかったというように、悔しそう拳を握りしめる。
「……僕は、認められたかった……」
ポツリとつぶやいた言葉と共に、一滴涙が落ちる。と、その時レイフェリオが身じろぎした。
「……うっ……」
「あ、兄上!?」
思わず駆け寄るチャゴス。するとゆっくりとレイフェリオの目が開けられる。
「チャ……ゴス……?」
「兄上……」
「おれ……は……」
「……城だ。いい、気味だ。僕を……馬鹿にした罰が当たったんだよ」
素直になれないチャゴスの口から出てきたのは、安堵する言葉ではなかった。それでも、チャゴスの目じりに光るものをレイフェリオはみた。そこからは想像するのも難しいことではない。
「……そばに、いてくれた……のか……ありがとう」
「べ、別に僕は……あ、あいつらに頼まれたから仕方なくだっ! 僕はもう行くぞっ」
レイフェリオに顔を見られないためか横を向くが、顔を赤くしているのは一目瞭然だ。もう用は済んだというように、チャゴスは扉を開ける。とそこにはナンシーが立っていた。
「うわっ」
「もうお帰りですか?」
「う、うるさい!! 僕はもう行くからな」
慌てて走るチャゴスをナンシーは生暖かい目で見送る。
「ナン……?」
「!? お気づきでしたか、レイフェリオ様っ!」
ナンシーは慌てて持っていたお盆を机に置き、駆け寄った。
「俺は……どのくらい?」
「戻られたのは昨夜です。今、医師をお呼びしますのでそのまま横になっていてください」
再びナンシーが部屋を出ていく。
この場にいるということは、ドルマゲスは倒されたのだろう。他の皆はどこにいるのか。
起き上がろうにも、身体に力が入らない。
魔力を解放したことによる反動なのだろうか。
「にしても……あれは、一体……」
レイフェリオ自身、あの声は何だったのかよくわかっていなかった。
時折、語り替えてくる声。その正体を知る必要があるだろう。ドルマゲスが倒れた今、トロデやミーティアがどうなったのかも気になるところだった。
何にしても、起き上がれない状態では何もできることはない。仕方なく、ナンシーが戻るまでレイフェリオはおとなしくしていることにした。
まだまだ素直になれない王子の回でした。
メインは、チャゴスだったかもしれませんね。王になれないチャゴスの葛藤を少しでも描けたらいいと思いました。
彼が素直になれる日は、来るのでしょうかね。