トロデ―ン城に戻ったレイフェリオたちは、事情をトロデに説明すると、すぐさまルーラでアスカンタへと向かった。
しかし、夜も既に遅いため、城へと向かうのは明日の朝とし、宿屋で一泊してから向かうことになった。
翌朝、朝一で宿を出る。
アスカンタは広く開放されている城でもあるので、以前と同じようにまっすぐ王座の間へと向かった。
階段を上がると、以前のような空席ではなく、王として大臣らと話をしているパヴァンの姿があった。
レイフェリオたちに気が付くと、驚きを露わにする。
「あ、貴方がたは!?」
「ご無沙汰をしております、パヴァン王」
「レイフェリオ、殿……? その出で立ちは……」
レイフェリオは苦笑する。以前は、ただの一介の旅人としてまみえたが、今は違う。額にサザンビークの王家の紋章があることを、パヴァンも気が付いたようだ。
「その節は挨拶もせず、申し訳ありませんでした。身分を隠しての旅だったもので」
「……では、貴方はやはり?」
「私はレイフェリオ・クランザス。サザンビークの者です」
「サザンビークの王太子殿でしたか……どうりでエルトリオ様に似ておられるわけです。親子だったのですね」
「はい。……父のことをご存じだったことには、驚かされました」
トロデと同じく、パヴァンも名を聞くだけでレイフェリオの立場を理解したようだ。恩人がまさか大国の王子だとは思わなかったようで、隣で大臣がわなわなと震えているのが見えたが、レイフェリオは気づかないフリをした。
アスカンタに比べても、サザンビークの力は圧倒的だからだろう。身分を隠していたレイフェリオに非があるのだから、そこまで怯える必要はないのだけれど。
「ところで、アスカンタへは何か御用がおありでしたのでしょうか?」
「月影のハープという楽器を探しているのです。何かご存じではないかと思い、寄らせていただいたのですが」
月影のハープ。パヴァンは少し考え込むように腕を組んだ。否定をしないということは、心当たりがあるということなのだろうか。
レイフェリオたちは、パヴァンの答えを待つ。
「……月影のハープ……っ!? そうでした。古来より我がアスカンタに伝えられてきたと言われている宝の一つに、そのようなハープがあります。私も実物は見たことはありませんが……」
「国の宝……ってことは、借りることは出来ないのか?」
古くから国に伝わる宝ならば、門外不出。他者へと渡すことはできないのではないかという懸念をククールが指摘する。
だが、パヴァンは首を横に振った。
「……あの日、私を立ち直らせてくださったのは皆さんです。他ならぬ皆さんのためならば、喜んで差し上げます」
「いいのですか、パヴァン王?」
「必要とするものがいるのならば、その方がハープも喜ぶでしょう。城の地下に宝物庫があります。ついてきてください」
そうしてパヴァンが案内したのは、城の正面入り口にある噴水の前だった。
ここに地下への道があるのだろうか。
パヴァンは緑色のブローチを取り出した。
「それは?」
「このブローチは王家に代々伝われてきたものです。これを……」
ブローチを握りしめるとパヴァンはそのまま水の中へと放り投げた。
その行動に皆驚きを隠せないが、地面が揺れそれどころではなくなる。
ゴゴゴゴ。
呼応するように噴水は徐々に水位が下がっていく。やがて、水がすべてなくなると中心に穴が空いており、降りるためのはしごがあった。
「あの下が宝物庫です。行きましょう」
パヴァンの後に従い、はしごを降りると扉がある。扉を開けるとそこには宝箱があった。すべて開けられた状態で。
「なっ!?」
「なんてことだ!? これはいったい……」
放心気味に宝箱へと近づくパヴァン。入り口は今降りてきたはしごしかないはずなのだが、奥には穴が掘られていた。盗まれた、ということだろう。
見れば、人が通れそうなほどに広く道ができている。盗賊がこの道を使ったことは間違いない。
城の兵士を集め、盗賊を捕まえると意気込みパヴァンは上へと戻って行った。
残されたレイフェリオたちは、お互いに顔を見合わせる。
「兄貴、行くんでげすよね?」
「当然でしょ。盗まれたなら取り返すまでよ」
「だな」
「……あぁ。この先に盗賊はいるだろう。戦闘になる可能性もある。油断は禁物だ」
他の三人が頷くのを見ると、レイフェリオは穴の奥へと走り出した。
途中で魔物に遭遇するが、軽く蹴散らすと先を急いだ。
★ ☆ ★ ☆
奥を進むと城の裏手に出た。辺りをみても、小屋らしき建物はない。
「ん? ……あそこに大きな穴が見える」
「穴? ……どこだ?」
「……兄貴、目いいでがすね」
レイフェリオには崖の奥に、大きな穴がみえるのだが、どうやら他の三人には見えないようだ。
つい言葉に出してしまったことに、レイフェリオは冷や汗がでてしまった。気をつけてはいるのだが、常人には判別できない範囲なのだろう。ククールやゼシカも背伸びをしながら辺りを見回していた。
「兄貴?」
「あ……何でもない。崖の下、少しぐるりと回ってみよう」
「あ、兄貴! 待って下せぇ」
早口で伝えるとそのまま急ぎ足でレイフェリオは、穴を目指す。近くに行けば、他のメンバーにも見えるだろう。
彼らに何か言い訳を言ったところで、納得されないだろうし、こちらが何かを言わなければ問いかけてくることもないだろう。
ククールやゼシカにはそういう気遣いを何度もされている。
案の定、何も言わずに彼らはレイフェリオについて来た。
大きな穴の前に着くと、不穏な声が聞こえてきた。穴の中で声が反響しているようだ。
「何、この声……?」
「声、なのかよ……俺には唸り声にしか聞こえないぜ?」
「アッシもでがすが……兄貴?」
「くっ……」
嫌悪を招く声に、皆眉を寄せている。一方でレイフェリオは、片手で片方の耳をふさいでいた。耳がいいせいか、よく声が聞こえるのだ。人間の声ではない、魔物の声。決していい響きではなく、塞いでいなければ頭に響くほどの雑音。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「……あ、あぁ。何とか」
「お前……耳もいいんだな」
「残念ながら……な……うっ」
再び聞こえる声。両耳を押さえたいところだが、そうすれば戦闘ができない。一刻も早く、盗賊からハープを取り戻したいが、この声が響く中へ飛び込むことは、レイフェリオにとって拷問に等しかった。
「……ごめん。この穴の中に入ったら、俺には話しかけないでくれるか」
「どういうことでがす?」
「俺にはこのまま中に入るのは無理だろう。だから、聴覚を麻痺させる。皆の声も聞こえなくなるから、話しかけないでほしい」
「……そんなことできるの?」
「……思考に没頭すれば、な」
「……お前がいいなら、俺らは構わない。戦闘も何とかする」
「すまない」
レイフェリオは、目を閉じ準備に入る。声を拾わない。普通ならありえないことだが、昔から考えに没頭している時だけは、周りの声が一切聞こえてこなかった。特技の一つだ。
思考を戦闘モードに切り替え、常に緊張状態を保つ。一切の音を遮断する。
次に目を開いた時、レイフェリオの耳には何も届いていない。仲間にも目もくれず、そのまま穴の中へと入っていく。
没頭するということはそういうことなのだ。周りも見えなくなる。
皆もレイフェリオの後を追って中へと入っていった。
穴の中も声が響いていた。魔物もいたが、声にやられてしびれて動けなくなっている者もいる。雑魚には目もくれず、レイフェリオは先へと突き進む。
余計な戦闘は不要。急ぎ、原因を取り払わなければという思いが先へと進ませる。
一番奥へとたどり着いた時、そこにいたのはハープを演奏し大声で歌っている巨大なモグラだった。
他のモグラへと歌を聞かせているようにも見えるが、当のモグラたちは項垂れているようだ。
無理やり聞かされているというのが正しいのかもしれない。
歌が終わったところで、レイフェリオも音の遮断を解いた。
「いい! ものすごくいいモグ! ワシの芸術性をこのハープが高めているモグ。何年も休まず城の地下まで穴を掘り続けた苦労も報われるモグ」
「……」
完全に独り言となっていた。周りのモグラはもはや声も出せないようだ。巨大モグラはそれを都合の良いように解釈する。
「そうかそうか。感動して言葉も出ないか。ん? なんだそこのお前らは」
「……」
「そうか、ワシの歌を聞きに来たモグか?」
「……うるさいから黙ってくれるか」
「ん? 何かいったモグか?」
「耳障りだ」
「なっ!?」
いつも以上に低い声のレイフェリオ。すごみが増している所為か、巨大モグラは引き気味になっている。
「そのハープはアスカンタ王のものだ。返してもらおう」
「こ、このハープを奪いにきたモグか!?」
「奪ったのはお前だ」
「モググググググ!! ゆるさーん!!」
怒った巨大モグラは、力を溜め一気に襲い掛かってきた。
「来るわ!!」
モグラが大きなスコップを手に、レイフェリオたちへと振り下ろしてくる。ジャンプをして避けるが、力をため込んでいたためか、地面にたたきつけられるとその衝撃で辺りが揺れ動く。
「くっ!?」
揺れた地面のせいで、着地がうまくできず転んでしまった。
隙ありとでもいうように、子分のモグラたちも襲い掛かってくる。各々が武器で攻撃を防ぐなか、ゼシカは呪文で攻撃を繰り返していた。
子分のモグラは数以外は大した敵ではない。だが、数を減らせなければ不利になる可能性もある。
レイフェリオは魔力を溜めると、呪文を放った。
「ライデイン!」
稲妻がモグラたちを襲う。黒焦げになり、足が止まった隙に巨大モグラへと向かう。
「はぁっ!」
「モグっ!!」
攻撃を弾き返そうとスコップを振るが、巨大な体をしたモグラと人間のレイフェリオでは的の大きさが全然違う。身軽に動き回るレイフェリオを捉えることは既に難しく、モグラの攻撃は空振るばかりだ。
モグラの攻撃を引き付けている間に、ヤンガスが力を溜め、モグラへと攻撃を繰り返す。
足踏みをする攻撃は地面を揺らすため、足が取られてしまう。モグラの注意を上にひきつけ、攻撃をさせないようにククールは弓で、レイフェリオは呪文と剣で攻撃を繰り出し続けた。
ひたすらに攻撃を繰り返す中、モグラはようやく力つき倒れ込む。
子分のモグラたちも加勢することなく、その様を見ていた。倒れ込んではいるが、体力はまだあるようで霧散することはない。
レイフェリオたちも目的はハープだ。モグラの手からハープを取り返すと、そのまま城へと戻ることにした。
戦闘描写手抜きですみません。