見つけた本を一通り読むと、トロデはため息をついた。
その内容は、結局荒野が以前は海だったということがわかったくらいで、それ以上の情報は得られなかったからだ。
「これではどうしようもないわい。今もあそこが海ならば何の苦労もしないのじゃが……」
「それなら、俺ら以外に既に目をつけているはずだ。どうするレイフェリオ?」
「そうだな……!? この気配は……」
ふと月の光がイバラに包まれ壊れていた入り口を照らし、影を作っていた。影のかたちはまるでその存在を知らせるかのように伸びていき、壁へ窓を作った。この窓に、レイフェリオたちは見覚えがあった。
「これって、あの丘にもあった……」
「あ、兄貴!?」
驚くゼシカ、ヤンガス。
窓の奥からは、あの月の気配が感じられた。どうやら再び、あの月の使者へと窓が繋がったようだ。
「どうする、レイフェリオ?」
「……行ってみる価値はあるだろうな」
「そういうと思ったぜ……」
「アッシも行きやすぜ!」
「勿論私もね」
「……王」
「……何やらわからんが、行ってくるがよい。姫を置いてゆくわけにはいかんからの」
「わかりました。すぐに戻りますので、お待ちください」
トロデを残し、四人は影が形作った窓へと手を伸ばした。
あの時と同じく、光が四人を包み込み、次の瞬間には月の世界へと来ていた。
「不思議な場所なのね……」
「あの奥に彼がいるはずだ。行こう」
光景に呆気にとられている三人だったが、レイフェリオは二回目ということもあり、まっすぐに部屋へと向かっていった。慌てて三人も追いかける。
ノックをして部屋へと入る。奥の方に人影が見えた。
「イシュマウリ」
「ん? 誰かお客人かな?」
声を掛けるとイシュマウリが歩いてこちらへと向かってくる。レイフェリオに気が付くと、一瞬驚きに目を開くのが見えた。
「どうかしましたか?」
「いや……月影の窓が人の子に叶えられる願いは生涯で一度きり。再び窓が開くとは珍しい。やはり、貴方は不思議なものを持っているのかもしれない」
「……」
「さて……いかなる願いがここへ導いたのか、話してごらん」
「荒野に打ち捨てられた古代の船があります。かつてそこは海だったそうですが、そのことを調べていたらこの窓が開いたのです」
「なるほど。あの船なら知っている。かつては月の光の導くもと、大海原を自在に旅した。覚えているよ。それを再び海の腕へと、あの船を抱かせたいというのだね。それならたやすいことだ」
古代の船のことを覚えている。それならばイシュマウリはその時代を知っているということなのだろう。月の世界とは時間の流れが異なるのかもしれない。どちらにしても、イシュマウリが船のことを知っているのなら話は早い。
「船を動かせるんですかい?」
「君たちも知っての通り、あの地はかつて海だった。その太古の記憶を呼び覚ませばいい。大地に眠る海の記憶を形にするのだ」
「大地に眠る記憶……ですか」
「そうだ。こんな風に……」
イシュマウリがハープを奏でる。心地よい音が奏でられているのに、皆耳を傾けていた。
キン。
「ん? ……ふむ」
「イシュマウリ? ……弦が」
音楽が途中で止んだ。見れば、ハープの弦が切れてしまっている。
「やはりこの竪琴では無理だったか」
「どういうことなんだ?」
「これほど大きな仕事にはそれにふさわしい大いなる楽器が必要のようだ……さて、どうしたものか……」
ハープがなければ、記憶を呼び起こすことはできない。必要な楽器がわかれば取りに行けるのだが……。
「取りに行く、か……いや、待て。微かだが、君たちをとりまくその気配……微かだが確かに感じる」
「イシュマウリ、一体何を?」
「そうか! 月影のハープが昼の世界に残っていたとは。あれならば、大役も立派に務めるだろう」
「月影のハープ? それってどこにあるの?」
「地上のいずこかにある。君たちが歩いてきた道、そのどこかに。深く縁を結びし者がハープを探す導き手となるだろう」
「いずこかか……かなり大雑把な情報だな」
「月影のハープがあれば、船を動かせるんですね?」
「あぁ。ハープをもってこれば、すぐにでも荒れ野の船を大海原へと運んであげよう」
深く縁を結びし者。
旅の間で結んだと言うならば、サザンビークは除外される。トラペッタだとすれば、ユリマ親子か。リーザス村はここにゼシカがいる以上除外してもいいだろう。
ポルトリンクは特にないし、マイエラ修道院もククールがここにおり、オディロ院長は既にこの世を去っている。
アスカンタであれば、パヴァン国王。パルミドも除外して良さそうだ。
イシュマウリが昼の世界に残っていた、という表現をしたということは月影のハープは古来からの楽器。
ということであれば、一番確率が高いのは王国であるアスカンタだ。
「アスカンタへ向かおう」
「兄貴? あそこにあるんですかい?」
「そこに向かう理由があるの?」
「……古代の楽器というならば、王家が保管していてもおかしくない。サザンビークにはないし、旅の間に立ち寄ったというならば、アスカンタしかないだろう」
「なるほどな……いいんじゃないか? 行ってみても」
「兄貴がいうならアッシも賛成でがすよ」
「わかったわ。なら、いったん戻ってアスカンタへ向かいましょう」
「あぁ」
目的地は決まった。
イシュマウリへ挨拶をすると、一行はトロデ―ン城へと戻った。
短くてすみません。
明日の更新はお休みします。次回は、6月7日の予定です。