水晶を手に入れ、洞窟を出るとトロデ王は御史台の上で待ちくたびれたようで居眠りをしていた。
「トロデ王、戻りましたよ」
「んわ?」
声をかけられ意識を浮上させたトロデ王が、寝ぼけながら頭をあげた。
「トラペッタに戻りますよ」
「ん? おおぉうわっ」
突然(ではないのだが)視界に入ったレイフェリオに驚いたのか、その勢いで馬車から落っこちた。
「痛っ」
「……おっさん、なにやってるでがすか」
呆れたヤンガスがため息をつく。
「う、うるさいわい!」
「大丈夫ですか?」
「お前さんもいきなり声をかけるでない!!」
いきなりではないはずなのだが。
これまでの行動でトロデ王の性格は大体読めてきている。照れ隠しとも言うべきなのだろう。本気でそう思っているわけではないことはわかっているので、敢えてなにも言わなかった。
「街へ向かいますよ」
「わかっておるわい」
レイフェリオは苦笑し、トロデ王は拗ねながら一行はトラペッタへと進んだ。
トラペッタに着くとトロデ王には外で待っていてもらい、ヤンガスと二人でルイネロの家へと向かう。
「ルイネロさん……」
「来おったか。そろそろだと思っていたぞ」
レイフェリオたちが来ることは予想済みだったのか、水晶玉の前に座っていた。
「どうやらユリマに頼まれた品を見つけてきたようだな」
「ええ」
「お見通しだったって訳でがすか」
「ふん、腐ってもこのルイネロ、そのくらいのことはわかるわい。この玉がただのガラス玉であろうともな」
「貴方は──ー」
「にしてもお主も大概お節介だのう。だが無駄なことよ。いから本物を持ってこようともまた捨てるのみ」
「なるほど……でも、あの滝つぼには捨てない方がいいですよ。滝の主が怒りますから」
「滝の主? 何を訳のわからんことを……」
「でも、どうしてまた捨てるんでがす? 当たらなきゃ商売上がったりじゃないんで?」
ヤンガスの言うとおりだ。当たらない占い師など、誰も頼らない。
「……お主らには関係ないことじゃ。この水晶玉はわしには要らんのだ。それをよこせ! 今度は粉々に砕いて──ー」
「やめて! 待ってお父さん!」
いつの間に居たのか、奥の部屋から出てきたユリマが立っていた。
「私、知ってるから。ずっと前から……。お父さんが何故水晶玉を捨てたのかも……」
「ユリマ……お前まさか自分の本当の親のことを……?」
ルイネロはユリマの告白に顔を青くしていた。状況がわからないレイフェリオたちは、二人の会話をただ聞いているだけだ。
「うん。でも私、お父さんのせいで両親が死んだなんて思ってないよ」
「何故だ? そこまで知っていながら何故そう思う? わしを恨んでも……」
ルイネロの言葉を遮るように、ユリマは首を横に振った。
「ううん、お父さんはただ占いをしただけだもん。私は知らないけど、お父さんの占いってとってもすごかったんでしょ。だから、どこに逃げたのかわからなかった私の両親の居場所もあっさりと当ててしまったんだよね」
「……」
ルイネロは何かを思い出すように上を見上げる。
そして、自嘲気味に話した。
「あの頃……わしに占えないものなどないと思っていた。名声は世界中に鳴り響き、わしは有頂天じゃったよ。占えるものは片っ端から占ったものだ。自分のことばかり考えて……頼んでくる相手が善人か悪人かも考えもしなかった……」
そこまで聞いて、ユリマがかぶりを振った。
「いいの。もういいのよ」
「ユリマ……」
「だって、お父さんはひとりぼっちになった赤ちゃんの私を育ててくれたじゃない。私、見てみたいな!」
「えっ?」
「高名だった頃の自信に満ちたお父さんを。どんなことでも占えたお父さんを見てみたい!」
「……ありがとう、ユリマ」
ルイネロはずっと秘めていた想いを、その被害者でもあったユリマに支えられたことで受け入れることを決めた。
ルイネロがお礼に泊まっていけとしきりに勧めるので、仕方ないとヤンガスとレイフェリオはルイネロの家に泊まることになった。
その日、レイフェリオは目が冴えてしまい眠れずにただベットに横になっていた。
思い返すのは、ユリマとルイネロのやり取りだ。血のつながりがなくても親子らしい親子に見える。そんな彼らを見て、羨やましいと感じる自分がいるのをレイフェリオは感じていた。
「父、か……」
「? どうかしたんでがすか、兄貴?」
「あっ、ごめん。起こしちゃったか……」
「アッシもちょっと眠れなかったでがすから平気でげす」
ヤンガスは横たわっていた身体を起こし、レイフェリオに向き直った。
レイフェリオもヤンガスに倣う。
「アッシは孤児でがしたから、親というものがどういうものかは知らねぇでがすが、嬢ちゃんを見ていたら羨ましくなるでがすよ」
「……そうか」
「……兄貴には家族がいるんでがすか? アッシは一人でがしたから、家族というものはわからねぇでがすが……」
レイフェリオはふと目を閉じてその姿を思い浮かべた。
「いる、というかいた、が正解かな。父も母も既に亡くなっている。それに俺は母の顔を知らないから」
「……兄貴が旅をしているのはそれが理由でがすか?」
「そうでないとは言い切れないけど、違うかな。それに……両親はいないけど血が繋がっている人はいる」
「そうなんでがすか? なら兄貴は一人じゃないでがすね。羨ましいでがすよ」
「……あぁ。確かにそうかもしれない。父がいなくなっても、俺は一人ではなかったから」
血のつながっている家族。叔父と従弟を思い浮かべて、レイフェリオは苦笑した。
ユリマのような関係を築けるとは思わないけれど、それでも自分は恵まれているのだと感じて。
世の中には、ヤンガスのように孤児が沢山いる。
魔物がここ最近狂暴化しているという噂も聞くくらいだ。これからもそういう人は増えていくのだろう。
「しっかりしないといけないんだよな」
「兄貴?」
「いや、俺も考えないといけないことがあるってだけだよ。もう寝よう。明日も早い」
「そうでがすね」
それだけ言うと、レイフェリオは再び横になり目を閉じた。
翌朝……というか既に昼過ぎだったが、客室を出ると水晶玉の前にルイネロは既に控えていた。
レイフェリオの姿をみるなり、眉を寄せる。
「ようやく起きてきたか。かなり疲れていたとみえるが、ん? もう一人はどうしたのだ?」
「まだ寝てます……」
「……もう昼だというのに。まぁよい。とにかく、お主たちには礼を言わねばならんな。持ってきてくれた水晶玉も、ほれ、収まるところにおさまったぞ」
先日まで見ていたガラス玉とは違い、本物の水晶玉がルイネロの前にある。その水晶玉に両手を包むように充てると、ルイネロは目を閉じた。どうやら占いを始めるらしい。
「こうして真剣に占うのは何年振りかのう。これもお主たちのおかげだ……ん?」
「えっ?」
突如、水晶玉から光が溢れる。
「これはどうしたことか!? 見える! 見えるぞ! 道化師のような姿をした男が南の関所を破っていったらしい!」
「道化師?」
「むむむむ、これは……こやつがマスター・ライラスを手にかけた犯人じゃ……それにこの姿は、確かライラスの弟子であった、ド、ドルマゲス!」
「!?」
「何だって!!!」
ルイネロの言葉に反応したのか、ヤンガスが突然大きな声を上げて降りてきた。
どうやら目が覚めたらしい。
「兄貴っ、ドルマゲスっておっさんが言っていた性悪魔法使いの名前じゃ……」
「あぁ、そうだよ……火事の犯人もヤツだ」
「んで、その先はどうなっているんで!? もっと詳しくわからねぇのか!?」
ヤンガスがルイネロに先を促す。ルイネロが再び集中し、水晶を覗き込む。
「ん? これは……」
「どうしたんでい?」
ルイネロは目を開けて、水晶玉の上の方を見る。そこには小さな傷ができていた。
「確かにこれは以前わしが使っていた水晶じゃが、小さな傷のようなものがあるぞ。相当固いものにぶつかったようじゃ」
「固いものって……ザバンの額か……」
あの古傷はここに当たってできたものなのだろう。色々と辻褄があったが、ルイネロは皺を深くして傷をみていた。
そこには小さな文字で落書きがしてあった。
「なっあほうじゃと、この誰があほうじゃ!」
「……あはは」
「ちょっとおっさん!!」
完全にそちらに気が行ってしまったようだ。これでは先ほどの占いを詳しく見てもらうのは諦めたほうがよさそうだろう。
「それでドルマゲスがライラスを殺害し、南の関所に向かったということで間違いないですか?」
「あぁ。お主ら、それがどうかしたのか?」
「……俺たちはそのドルマゲスの手がかりを知るために、マスター・ライラスを訪ねてきたんです」
「なるほど、そのライラスは既に亡くなっておったということじゃな。だが、わしの占いによるとそのライラスを手をかけたのはドルマゲスじゃ。自分を知る人物を消したかったのか、他に理由があったのかはわからんが……」
ドルマゲスがライラスを殺害した。そしてその行き先は南。
南の関所を通った先には、リーザスという村がある。そこで話を聞けばまた何かわかるかもしれない。
「ルイネロさん、情報ありがとうございました。リーザスへ行ってみます」
「そうか。お主たちには世話になった。気をつけていくのだぞ」
レイフェリオとヤンガスは、急ぎ外で待つトロデ王の元へと戻った。
外に出るとトロデ王が駆け寄ってくる。そして期待に満ちた目でレイフェリオを見上げてきた。
「で、どうじゃったのだ? あの娘さんの願いはかなったのか?」
「えぇ。それで、ドルマゲスの情報もわかりました」
「そうかそうか」
「どうやらこの南にある関所へ向かったようです。それと、マスター・ライラスを手にかけたのもドルマゲスだそうです」
「な、なんじゃと!! あやつめ……かつての師匠に何ということを。こうしてはおれぬぞ! 急ぎ、南へむかうのじゃ」
トロデ王は口早に言うと、さっさと馬車へと戻ってしまう。
「行動が早いでがす……」
「はは、さて俺たちも出発しよう」
「合点でがす」
こうしてレイフェリオたちはトラペッタを南へと進んでいった。