過去の話がちらっと出てきます。
テラスを出て、自室から城内一階にある広場へと行くと、そこにはアイシアがいた。やはりというかナンシーの中ではレイフェリオが行くことが決まっていたようだ。
レイフェリオに気が付くと、アイシアが服の裾をつまみ礼を取る。そして共にいるメイド姿の女性リリーナは頭を垂れ、後方へと下がった。
「……レイ様、ご迷惑でしたでしょうか?」
「えっ?」
「その……私が、お願いしたのです。レイ様とお話をしたいと。戻られたばかりでお疲れだとわかっているのですが、どうしてもちゃんとお話をさせていただきたく」
「……」
アイシアの性格上、我が儘を言うことは珍しかった。周りが法皇の孫という視線で見てくるということを嫌というほど理解しているアイシアは、常に視線にさらされているということを意識している。本当に気を抜ける時、一人になる時は、眠っている時だということをレイフェリオも知っていた。
そんな彼女が願ったことを無下にできるわけもなく、レイフェリオはアイシアに左手を差し出した。
「レイ様」
「俺も久しぶりに町を歩きたかった。付き合ってくれるか?」
「は、はいっ! 喜んでお供させていただきます!」
花を咲かせんばかりに微笑んだアイシアは、レイフェリオの手を取る。そんな主の様子をほっとしながら見ているリリーナを視界に入れながら、レイフェリオはアイシアの手を引き、町へと出ていった。
「……俺たちはお邪魔虫ですかね? リリーナ嬢」
「二人きりにさせてあげたいのはやまやまですが、それでは護衛になりません。行きますよ、シェルト殿」
「はいはい」
護衛二人もその後をゆっくりと追った。
★ ☆ ★ ☆
先程は教会のみだったのと、戻ってきて直ぐに城へ向かったので、町並みをゆっくり見るのはこれが最初だ。
バザーが開かれている訳でもないので、普段と変わらないはずなのだが、歩いているとやはり視線を浴びてしまう。
旅装に近いものではあるが、巫女服に身を包んでいるアイシアは、ここサザンビークでも有名だ。それに加えて、帰還した王太子が一緒なのだから人目を引かない訳がない。
「お、おいっ、あれって……殿下じゃないか?」
「おお、戻られたというのは本当だったのか!」
口々に声に出す民に、レイフェリオは苦笑するしかなかった。聞こえていることは、気がついていないだろう。恐らく、アイシアも聞こえていない。護衛の二人もだ。
血筋のせいなのだろう。感覚が敏感なのは。
レイフェリオも久しぶりの城下町で、多少緊張しているせいもあり、いつもなら聞き流すような言葉も頭に入ってきてしまっていた。
「? あの、レイ様?」
「? ……あぁ、すまない。少し考え事をしていた」
「考え事、ですか?」
「大したことじゃないんだ。気にしなくていい」
「……そう、ですか……」
何故か悲しげに俯いたアイシアに、レイフェリオは怪訝そうに顔を傾げる。
「アイシア?」
声をかけるレイフェリオだが、アイシアはそれに応えず後ろにいたリリーナ達に向き直る。
「……リリーナ、少しだけ外に出てもいいかしら?」
「……姫様?」
「お願い!」
懇願するように手を胸の前で組む。今日のアイシアの態度に、レイフェリオは驚くばかりだ。
「……仕方ありません。少しだけですよ」
「ありがとう。レイ様、湖まで行きましょう!」
「湖って……あそこは魔物も──―」
「いいから、急ぎましょう、殿下。そのための俺たちですよ」
「シェルト!?」
「帰りは殿下の呪文で戻ればいいでしょ?」
「……はぁ。俺が先導する。決して離れるなよ」
レイフェリオの言葉はアイシアだけじゃなく、護衛の二人にも向けられたものだった。
半ば呆れながらもレイフェリオは、アイシアの手を引き門へと歩き出す。先程まで人々の声が聞こえていたレイフェリオの耳には、もうその声は届いていなかった。
外の魔物の気配に集中していたからだ。
一方アイシアは、レイフェリオの横顔を見ながら、先程までの困ったような苦しいような表情がなくなったことに安堵していた。
城門を出て暫く行けば、直ぐに魔物が襲ってきた。ベルの姿をした魔物だ。その鐘の音は力を変化させるため、油断すれば命取りになる。
レイフェリオは腰へと移動した剣を引き抜く。旅の間は背に構えていたため違和感を感じるが、城に居たときはこの場所に差していた。戦闘をこなせば慣れてくるはずだ。
「殿下は下がってくださいよ。前衛は俺たちがやります」
「シェルト!?」
「援護をお願い致します、レイフェリオ様」
シェルトは剣を、リリーナはレイピアを構え、レイフェリオの前に出た。
「行きますよ!」
「はい」
シェルトとリリーナは声をかけ、魔物へ向かってかけて行く。
「レイ様……」
「……わかっている。それがシェルト達の仕事だ」
護衛が前衛なのは、考えてみれば当然のことだ。その上、今はアイシアもいる。
レイフェリオは考えを切り替え、魔力を溜める。
魔法使いであるゼシカには劣るが、レイフェリオもそれなりに呪文は習得している。それでも支援の呪文の数はほとんどない。唱えるのは攻撃呪文だ。
シェルトとリリーナが魔物から距離を取ったその瞬間、レイフェリオが唱える。
「ライデイン」
稲光が魔物へと落ちると、力尽き地面へと倒れ霧散していった。
「レイ様……今のは……?」
「……すまない、怖がらせたみたいだな」
「いえ! そんなことありませんっ!!」
即座に否定をするが、アイシアが震えているのはわかっている。シェルトも思い出したかのように、青ざめた顔をしていた。リリーナは平然としているようだが。
(……そうだったな……)
今までヤンガスたちと共にいたから鈍っていたのだろう。彼らは何も言わなかった。だから忘れていたようだ。
ライデインという呪文は、人が扱うには強すぎる呪文の一つだ。この呪文がレイフェリオへの畏怖をもたらしている原因でもあったということを、レイフェリオは改めて思い出した。
「……デイン系呪文。初めて見ましたが、あれは普通の人には扱えないはず……レイフェリオ様は一体……」
「リリーナっ! 口を慎みなさい!」
「姫様……わかりました。レイフェリオ様、ご無礼をお許しください」
「……別に構わない。それに……その反応が当然なのだから」
「そんな風に諦めたようにおっしゃらないでください!」
怒ったように声を荒げるアイシアだが、これ以上この場にとどまるわけにはいかない。
「……殿下」
「気にするな、シェルト。湖に行くんだろ? 急ごう」
「はい……」
シェルトに声を掛け、レイフェリオは前に出ると先に湖へと向かっていった。
普段ならば、護衛より先に行くなと怒る場面だが、シェルトは何も言わずに後ろをついていく。その様子にアイシアとリリーナは疑問を抱かずにいられなかった。
少し距離を置きながらレイフェリオは先に湖へとついていた。
面倒になったこともあり、魔力を高めた呪文で魔物を一掃してきたのだ。久々に呪文のみの戦闘で疲れたのか、湖の前に腰を下ろす。
「……ふぅ」
「……レイ様」
「アイシア、追いついて来たのか」
「はい……」
座り込んでいるレイフェリオの横に、アイシアも座り込む。
後ろを見ればリリーナとシェルトは、入り口の離れた場所で見張りをしているようだ。
「……疲れさせてしまいましたね。申し訳ありません」
「いや……」
「少しじっとしていてください……」
「アイシア?」
レイフェリオの方へ体を向けると、右手を取りアイシアが握り絞める。
「えっ?」
「……癒しの光を、この身に……」
言葉に呼応するように淡い光が発せられた。呪文とは違う感覚だった。体力というより魔力が回復するような感じに近い。
「……少しは楽になられましたか?」
「今のは?」
「巫女の祈りです。多少ですが、魔力を高める効果があるそうです。お怪我はしていませんでしたが、魔力を使っておりましたので……その、どうでしょうか?」
巫女の力だったらしい。夢見の力といい、呪文にはない不思議な力。異能とも言えるだろう。
「ありがとう。少し楽になった気がする」
「良かった……レイ様のお力になれたのなら、修行をしたかいがあります」
「……そういえば、なぜ湖に来たかったんだ?」
到着したのはいいが、用件を聞いていなかったことを思い出し、レイフェリオが質問をすると、アイシアは湖へと向き直り、微笑んだ。
「ここならば、誰もいませんから……何かを気にすることもなくいられると思ったのです」
「一人になりたかったのか?」
「いえ。……レイ様が苦しそうにしていらしたから……です」
「俺?」
「……今日、兵士の方々の話を聞いてしまったのです。通りがかった時に、なのですが……恐らく私が聞いていたとは夢にも思っていないと思います」
「……」
兵士の立ち話を聞かれていたということのようだが、何となくどんな内容か想像できてしまった。この状況で出る話題などレイフェリオの話以外にあり得ない。
「気分を悪くさせたんだな、すまなかった」
「そんなことはありませんっ!」
「だが、彼らが言っていることは本当だ」
「レイ様が先祖返りだからとか、そんなことは誇るべきことであって、畏れる者ではありません」
「だが、君も感じたはずだ。それが人間の本能であり、事実。実際、俺があの呪文を唱えたのはもう10年以上も前なんだ。子どもがそれほどの呪文を唱えるなんて異常だろう?」
決して忘れることのできない出来事だった。少なくともレイフェリオにとっては。他の魔法を学ぶ子どもは、炎を出すだけで精いっぱいだったのだ。誰が見ても異質なのはレイフェリオだった。
だが、アイシアは首を横に振る。
「……レイ様が比較しているものが何なのか、私にはわかりません。ですが、それであるなら私も異常です」
「アイシア?」
「初めて夢見をしたのは、6歳の時でした。夢見の発現が一般的な巫女に比べ早かったのです。両親は喜びましたが、お祖父様は悲しかったそうです」
夢見が発現すれば、巫女の修行が開始される。巫女の修行中は親元から離され、修行に励むこととなり外界から切り離されてしまうのだ。
早すぎる発現は、それだけ早い自立を促されてしまう。
「ですが、そのお蔭でレイ様の隣に立つことができたことは私にとって僥倖でした。今は、それが私の運命だったのだと思っています。レイ様のそのお力は、必ず必要とされる時があるのです。他の誰でもない、レイ様でなければできない何かがあるのです」
「……俺でなければ、か……」
「いつか、わかってくださる時がきます。だから……」
「アイシアは、俺を励ましてくれるためにここに連れてきてくれたんだな……」
「……余計なことでしたでしょうか?」
「そんなことはないよ。……心配かけて悪かった。それと……」
「それと……?」
「……ありがとう、アイシア」
やっと、国に戻ってきてレイフェリオは心から笑うことができた。
★ ☆ ★ ☆
二人の様子を後ろで見ていたシェルトは、ばつが悪そうに頭を掻く。
「……シェルト殿は、先ほどレイフェリオ様に恐怖していたのですか?」
「……否定はしませんよ。殿下が怖いわけじゃないんです。あの方は既に呪文のコントロールもできているし、怖がる必要はないんですが……思い出しちゃいましてね」
「思い出す、ですか?」
「昔のことですよ。……殿下が呪文をぶっ放したことで、当時の近衛隊が必死に攻略していた魔物が倒されたことがありましてね。大人たちは歓迎ムードでしたが、同世代にとっては恐怖以外の何者でもなかったんですよ」
思い返すように遠い目をするシェルトに、リリーナはため息をはいた。
「護衛失格ですね」
「自覚してます」
「ですが、理解しましたよ。チャゴス王子には護衛が常にいるのに、レイフェリオ様にはいない。旅に出るというのに、同行する兵士もいないのは異常です。クラビウス陛下がなぜ認めたのかわかりませんでした」
「でしょうね。俺たちは要するに足手まといだったんですよ。殿下についていけるほどの実力者が、いなかったんです。いうなれば、サザンビークの一番の実力者は、あの方ってことですよ。勿論、剣だけであればそう簡単に一本をとらせやしませんが……」
旅に出る前、シェルトはついていくと申し出た。しかし条件として出された決闘で、勝つことができなかったのだ。純粋に剣だけで負ける。しかも王族に。これが悔しくないわけがない。
次の日から指導が厳しくなったのは当然のことだった。
「……サザンビークも大変なのですね」
「苦労するんですよ。優秀すぎる主がいると……かといってチャゴス王子は面倒なんで、足して二で割ってほしいくらいです」
「そうですね……でもよかったですよ。シェルト殿はレイフェリオ様が大好きなようですから」
「そりゃ……当然でしょう。俺にとっては弟も同然でしたし、殿下が王となっても側にいられるように精進しますよ」
「応援させてもらいますよ……姫様と共に」
「……それはありがたいですね」
護衛同士で語り合っていると、レイフェリオがこちらを向いた。
どうやら城へ帰るということらしい。
「それじゃ、行きましょうか」
「えぇ」
二人はそれぞれの主の元へとかけていった。
主人公のお相手についてですが、ここではアイシアがちょっと一歩出ていますね。
さて、どうするか作者も考え中であります・・・。