ポルトリンクは賑やかな港町だ。
いつものようにトロデ王たちは外で待ってもらい、レイフェリオはまずゼシカを探すことにした。
ポルトリンクはアルバート家の領地であるから、ゼシカが居たとすれば騒ぎが起きているはず。
街に入るとどこかソワソワしているような雰囲気があったことから、ゼシカが来ているのは間違いないだろう。
「相変わらず賑やかでげすな」
「そうだね。けど……船が出ていないみたいだ」
「? そうでげすか?」
「あぁ、いつもならこれくらいの時間は港に船が動いているはずだけど」
そう言って、レイフェリオは街の港の方を示す。ヤンガスは示された方へ視線を向けた。
「船はあるけど、その上に船員がほとんどいない」
「そうで……がすかね? アッシにはよく見えないでがすが」
「あ! そ、そうか。確かにこの距離じゃ普通は見えないかもな……ま、まぁとにかく港へ向かってみよう」
「えっ、あ、兄貴!?」
レイフェリオは言及される前に、足早に港へと向かった。ヤンガスも慌ててついてくる。
生まれつきレイフェリオは感覚が鋭かった。そう普通の人間では視認できない距離でもそれを認識できる程度には。
異質であることはわかっていたはずなのだが、気が緩んでしまったようだ。それだけ、ヤンガスに気を許してしまっているのかもしれない。
「……まずい、かな……」
レイフェリオは幼き頃から、簡単に他人に気を許してはいけないと教え込まれてきていた。それなのに、トロデ王たちと出会い、行動を共にしていくことで、仲間意識というべきものが生まれていた。
悪くない、と思う。
だが、レイフェリオの立場上、あまり自分の事情に深入りをさせることはできない。そのためには、適度に距離を保っている必要があるだろう。
そうこう考えていると、ポルトリンクの奥にある定期船案内所へと辿りついた。そのまま中に入ると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「もう待てないわよ! 今すぐ船を出して! 私は急いでいるんだからっ」
「この声……」
「……ゼシカでがすね」
怒鳴り込んでいる様子だが、ゼシカは定期船の案内をしている男に掛け合っているようだ。
「船はやっぱり出てないみたいだな」
「お、あんたたちも定期船に乗りたいのかい?」
レイフェリオへ声を掛けてきたのは、僧侶の姿をした男だった。
「貴方は?」
「あぁ、私はこの海の先にあるマイエラ修道院の者だよ。今は、海に魔物がいるらしくてね。定期船が出ないらしいんだ」
「魔物?」
話を聞くと、ここ数日のことだが海にいる魔物が暴れて定期船を襲っているらしい。そのため、おいそれと船を出すわけにはいかないそうだ。
「私も修道院へ戻りたいのだけどねぇ……この調子じゃ無理そうだ」
「そうだったのですか……」
「あっ、貴方たち!」
そこへレイフェリオたちの姿に気が付いたゼシカがこちらに駆け寄ってきた。どうやら話は終わったようだ。
「えっと、リーザス塔で会った人たち、で合ってるわよね?」
「あぁ、そうだけど」
「あの時はごめんなさい。貴方に怪我までさせちゃって……」
「……気にしなくていい。それに大した怪我にはならなかったんだから、この話はおしまいだ」
「……ありがとう」
「兄貴はお人よしすぎるでがす……」
事がことだったのだから仕方ない、と思っているのだが、ヤンガスはどうやら否定的なようだった。
ゼシカは正面から大丈夫と言われたことで、安堵したように表情が崩れた。我儘なお嬢さんという感じではあったが、根は素直な人柄なのかもしれない。
それよりもゼシカには聞かなければいけないことがある。
「ところで、ここで何を?」
「あ、そうだった。……そうだ、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
控え目にレイフェリオへ尋ねる。おそらく、先ほどもめていたことだとは思うが。
「……内容によるけど」
「魔物退治をお願いしたいの。……ちょっと来てくれる?」
ゼシカはレイフェリオの腕を引っ張り、連れていく。その先は予想通り、先ほど言い合いをしていた男のところだった。
「ねぇ、私が手をださなきゃいいのよね?」
「へぇまぁそりゃ……」
「……じゃあ、この人たちだったらいい?」
「そりゃ退治してくれるならこちらは願ったりですが……大丈夫なんですか?」
男は不安そうにレイフェリオを見定める。
確かに見た目には強そうには見えないだろうと、レイフェリオ自身も思うが、ここまであからさまに視線を受けたのは初めてだった。
「……ゼシカは海を渡りたいのか?」
「あの時の……リーザス像が見せてくれた光景を私は忘れないわ。ここの人たちの話だと、兄さんをあんな目に合わせた奴らしいのが、南へ海を渡っていったっていうの。だから、何としても追いかけないと」
「ドルマゲスが南に……」
「そうよ。あいつにどんな目的があって兄さんを手にかけたのか、絶対に突き止めてやるんだから! 世界の果てまででも追いかけるわ!」
「……なるほどね。だから魔物退治ってわけだ」
「そういうことよ。どう、お願いできる?」
ドルマゲスが南に渡った。ならば、レイフェリオたちも南に向かう必要がある。
目的は同じなのだから、断る理由はない。
「ヤンガス、いつまでそうしているんだ。行くぞ」
「あ、兄貴!? 引き受けるんですかい?」
「……でないと追いつけないからな」
ゼシカの態度が気に入らないのか、離れて話を聞いていなかったヤンガスに同じ説明をする。
「……なら仕方ないでがすね」
「船の準備は私がお願いしておくわ。向かう準備ができたら港で声をかけて」
「わかった」
どのような魔物が相手かわからない以上、準備だけはしっかりとする必要がある。
ヤンガスを連れて、街の武器屋へと向かうことにした。
「兄貴は今回も見ないんでげすか?」
「あぁ。俺は必要ないよ」
「その剣でげすか……どういったものなのでげす?」
「……父の形見、のようなものかな」
「……申し訳ねぇでげす」
「気にしなくていい。もう過ぎたことだから」
正確には形見ではないのかもしれない。
幼き頃、父から渡されたもの。その正式な剣の名前も教えてもらうことはなかった。
だが、他のどの武器を触っても、この剣以上に手にしっくりくるものとは出会えていない。
それ故もう他の武器を手に取ることさえ久しくしていなかった。
「とりあえず、品を見せてもらおう。海の魔物であれば、船の上で戦うことになるだろうから、今の武器では分が悪い」
「確かにそうでがすね……」
「ゼシカが戦闘に参加できれば、呪文で迎撃をお願いするんだが、そうはいかないみたいだからね」
「……呪文の威力は否定できないでげすね」
その後、武器屋で鉄の鎌を購入し、ゼシカの元へと戻った。
「準備はできたの?」
「あぁ。そっちは?」
「こっちも大丈夫よ。じゃあ行きましょう」
「君も乗るのかい?」
「当然でしょう。黙って待つのって嫌だもの」
「……女って面倒でげす」
なにはともあれ、ゼシカも一緒にレイフェリオは船に乗り込んだ。
船が漸くうごくということで、張り切る人、どこか不安を抱きながら乗る人がいた。後者の方が多いようだが、それでも仕事は何とかこなしている。やはり、魔物への恐怖があるのだろう。
レイフェリオは船の後方に陣取りながら、海上を見渡す。
「魔物はどの辺なんでがすかね?」
「……」
ヤンガスのその声にレイフェリオは気配を探ってみた。
ふと、強い魔物の気配を掴む。
「そろそろみたいだ……」
「えっ!?」
その時突然海面から飛沫が上がった。
徐々に浮かび上がるその姿は、赤い悪魔。
「気に入らねぇな。このオセアーノン様の頭上を断りもなく通りやがって」
「……なんでぃ、タコじゃねぇか」
「なんだとっ! ……ふっどうやら少し躾が必要なようだな。海に生きる代表として、俺様が食っちまおうか」
「あぁ食っちまえ食っちまえ!」
ヤンガスの言葉に怒りを現すと、タコの手足同士で会話を始めた。だが、襲いかかってくることに違いはないみたいだ。
「来るぞ!」
「はいでがすよ」
武器を構え、戦闘体勢にはいる。
「フンッ」
戦闘に入った途端にオセアーノンは、その長い足を使ってレイフェリオたちを目指してなぎ払った。
「っ!」
「ぎゃっ!? あ、あぶねぇでがす」
二人とも盾で攻撃を防ぐ。レイフェリオはその盾の防御力で耐えられた。反対にヤンガスはその衝撃の勢いを踏ん張って何とか防いでいた。
元々の身体能力のお陰だろう。ヤンガスは打たれ強かった。
「……ギラ」
精神を集中させ、レイフェリオは呪文を唱える。火炎呪文だ。
灼熱の炎はオセアーノンに向かっていく。だが、オセアーノンに届く前に炎は相殺されてしまった。
「……炎を操るのか」
「ふん、こんな程度の炎で俺様に通用するかよ! 炎ってのはこういうものを言うんだ!」
オセアーノンは、言い終わるのと同時に口から炎を吐き出してきた。それは、ギラの比ではない。
「くっ」
「おらおら、どうしたよ! ニンゲンってのはその程度か!」
「あ、熱い、でがす」
灼熱の炎。
話しながらでもオセアーノンは炎を吐くことができるようだ。ならば、この炎を止めなければこちらになす術はない。
「ヤンガス……」
「兄、貴?」
「俺の後ろに下がって、力を溜めろ」
「ど、どういう、ことでがす、か?」
「怯んだ隙に攻撃を仕掛ける。あの炎は俺が止める」
どうするつもりなのかを聞きたいだろうが、ヤンガスは黙ってレイフェリオの後ろに下がる。
力を全身に溜めるように集中を始めた。多少は炎の熱が当たるかもしれないが、正面から当たるよりはましだ。
「よし……」
レイフェリオも感覚を研ぎ澄ませる。
昔、炎を吐く魔物を相手に出来たことを、もう一度やればいい。
武器を持っていない左手を目の前にかざし、魔力を込める。
「……従え」
何をするのかわかっていないオセアーノンは、笑いながら炎を吐き続ける。
しかし、次の瞬間それは驚愕の表情へと変わった。
「はっはぁ!!? な、なんだとぉ!!! そんなばかな!!!」
「くっ……」
レイフェリオの左手を中心として、炎が霧散していく。
その光景をあり得ないとばかりに目を見開くオセアーノンは、その口を開けたままになり、炎を吐くのも忘れていた。
「くらえっ!!」
そこへ、ヤンガスが鉄の鎌を振り上げる。
力を溜めたヤンガスの攻撃は通常よりも遥かに力が増している。それをまともにくらう。
「っ、ふう。ここだ! 畳み掛ける!」
「合点でがす」
再びレイフェリオは剣を構えると、オセアーノンへ向けて飛び降り、その衝撃を利用して斬りつける。
直後、オセアーノンの足がレイフェリオを襲うが、すぐに跳躍し船に戻ると、入れ替わるようにヤンガスが鎌を振るう。
「ギャアァー」
「……イオラ」
止めとばかりに、レイフェリオは破壊呪文を唱えた。
オセアーノンに命中すると爆発が起こり、その巨体を吹き飛ばす。
「はぁはぁ……」
「兄貴、これで終わりでげすか……?」
「だと、いいけどね……流石に魔力がほとんどない」
「アッシに呪文が使えれば、兄貴を回復できるんでげすが……」
ヤンガスが項垂れた。
呪文は、己の素質と経験によって開花する能力。使えないものは一生使えない。
だが、ヤンガスには魔力がある。それは、であった頃よりも強くなっていた。
「……今のヤンガスなら回復呪文も使える、かもね」
「!? ほ、本当でがすか?」
「……今のヤンガスの魔力なら、ね」
「試してみるでがす! ……はぁぁぁ」
ヤンガスは声をあげながら集中をしているようだ。そこまで声を出す必要はないと思うが、何しろ初めてのことだ。レイフェリオは黙って見ていることにした。
「ホ、ホイミ!」
ヤンガスは火傷を負っていた部分に手を当て、呪文を唱えた。すると、僅かだが淡い光が漏れ、ヤンガスの傷を治していく。
しかし、完治まではいかないようだ。初めてなのだから、それでも上出来だがヤンガスほ不満があるようだった。
「……中途半端になったでげす」
「初めての呪文だからね。それでも上出来だよ」
「そ、そうでがすか?」
「あぁ」
「っていつまで話してるんだよ!!?」
「あっ」
突如割り込んできた声の主はオセアーノンだった。
「俺様がせっかく……」
「……俺たちが悪いのか?」
レイフェリオとヤンガスは顔を見合わせて苦笑した。
「はぁ、まぁいいですよ。あんたらが強いことはわかりましたんで」
「……随分と殊勝な態度だな?」
「弱いならともかく、強い相手であればそうなりますって。それに、今回のことはワタシのせいじゃないんですよ! アイツのせいなんですって」
「アイツ?」
責任転嫁をするつもりなのだろうか。
そう思って聞き返すとオセアーノンが発した情報はまさにレイフェリオたちが知りたかったことだった。
「そうそうアイツですよ! ……こないだなんですがね、道化師みたいな野郎が海の上をスイスイって歩いていったんですって」
「!?」
「兄貴!? それって」
「ニンゲンのくせにナマイキだなって思ったんで睨みつけてやったんですよ。そしたら逆に睨み返されまして……それ以来身も心もあいつに乗っ取られたみたいなんですよ。船を襲ったのもそのせいなんです」
道化師、恐らくそれはドルマゲスを指しているのだろう。だが、海の上を歩くなど人間ができる芸当ではない。一体どうやって行ったのか。
オセアーノンは考え込むレイフェリオにも構わず話を続けていた。
要するに、自分は悪くないから見逃せということらしい。
「あの道化師野郎が悪いんです! でも……これはほんのお詫びということで差し上げます」
「これは?」
「海の底に落ちていたんです。金色に光っているので価値があるかもしれないでしょう?」
「……兄貴、これは?」
「金のブレスレット、だね。守備力は上がるから持っていて損はないと思う」
貰えるものはもらっておこうと、オセアーノンからブレスレットを受け取った。
「もう船を襲ったりするなよ」
「わかってますって。それではワタシはこの辺で退散しますんで、皆さん良い旅を」
長い手足を振りながら、その身を海の中へと沈めていった。
釘を刺しておいたが、それをしなくともオセアーノンが船を襲うことはもうないだろう。
問題は解決したと、肩を下ろす。船の上での戦闘はあまり経験がなかったこともあり、多少なりとも緊張をしていたようだ。
「すごいじゃない! 思ったよりも貴方たち強いのね」
「……失礼な女でがすね。アンタが頼んだからじゃねぇでげすか」
「それはそうだけど、ここまで強いだなんて思わなかったわ。特に貴方! あの炎を消したのってどうやったの? 初めて見たわよ」
戦闘が終わったからだろう、ゼシカがレイフェリオたちの元へ寄ってきた。
離れていたとはいえ、戦闘の様子は見えていたはずだ。ならば、不思議に思っても仕方がない。
レイフェリオは頬を掻きながら、どうこたえるべきか迷っていた。自分自身、からくりはよくわかっていない。
「……なんて言うか、魔力の流れを操るというか、正直俺にもよくわかっていないんだ」
「そうなの?」
「これをやったのは二回目だから、賭けに近いものだったかな」
「……あの状況でよくそれを判断できるわね……」
「あはは……」
これにはレイフェリオも苦笑する。戦闘の時は、ほんの一瞬の判断で命を落とすこともある。
あの状況でなりふり構っていることは出来なかったが、賭けに近いと言いつつ、失敗するとは思っていなかった。ここで敢えて伝えることはしないが。
「まぁ、いいわ。退治してくれてありがとう。改めて自己紹介をするわね。私はゼシカ。ゼシカ・アルバートよ。と言っても、もう知っているみたいだけど」
「いろいろと話は聞いているでがすからね。まぁいいでがす、アッシはヤンガス」
「……俺はレイフェリオ。よろしくゼシカ」
「レイフェリオにヤンガスね。こちらこそよろしく。あっ、それと塔で盗賊と間違えたことちゃんと謝らなきゃね」
「?」
ゼシカは、一歩引いて二人に向き合うと、拳を握り両手を交差しながら体のよこへと勢いよく移動させると、お嬢様には見えない口調で声をだした。
「すいませんっした────ー」
そうしてにっこり微笑むと、ゼシカは船を一旦街へ戻すためと言って、船長へ話をつけに行った。
母親であるアローザと話をしていた感じとはだいぶ違い、普通のどこにでもいる女の子という感じだった。あれは家族だからこその言い合いだったのだろうか。
「それにしても……」
「ん? どうかしたでがすか、兄貴?」
「……いや、なんでもない……」
正直、レイフェリオは素直に名を名乗ることに戸惑いを感じていた。だがそれに反して、レイフェリオの名前にゼシカは何の反応も示さなかった。
母であるアローザが知っていたことだし、ラグサットの婚約者だと聞いていたから素性を知っている可能性を構えていたのだが、正直拍子抜けをしていた。
あの様子なら本当に気が付いていないらしい。もしくは、それほどサザンビークの話を聞かされていないのかもしれないが。
どのみち、レイフェリオには都合がいい。バレても大した問題にならなければいいが、同行者にトロデ―ンの王がいる以上、隠せるところまでは隠しておきたかった。
レイフェリオが、サザンビークの王族であるということは。