竜神王が待つであろう祭壇はまだ確認できていなかった。道は狭く、壁は存在しない。落ちたらそこで最後だ。だが、不思議と恐れはない。
「はぁぁっ!」
『行くよー、ギラっ』
「ギャワシャァァ」
目の前にいた巨大な魔物。その巨体は、通路を完全に塞いでいた。倒さなければ先へは進めないのだ。
レイフェリオは跳躍して、その勢いのまま魔物を斬りつける。怯む魔物へ、斬りつけた傷から奥に届くように呪文を唱えた。
「ベギラマっ!」
「グシャァァァ……」
致命傷となったのか、魔物は断末魔の叫びと共にその身を消滅させていった。
「っ、はぁはぁ……」
「キュイ!」
戦闘中は離れていたトーポがよじ上ってレイフェリオの肩で止まる。その小さな手を頬に当てていた。
あまり表情は変わらないが、トーポが案じてくれているのがレイフェリオには伝わる。郷の人の姿を知っているならば、違和感しかないだろがレイフェリオにとってはこのネズミの姿がトーポだ。
安心させるように微笑むと、乱れた呼吸を整える。
「はぁはぁ……はぁ」
『レイー』
「リオ?」
空から降りてくるリオがトーポとは反対側の肩に止まった。どうやら何かを見たようだ。
『合ったよ、祭壇! それと……大きな竜がいた!』
「キュキュっ!」
「……それが、竜神王ということか」
リオが指し示している場所は、道が壁となり見えていないところだった。しかし、確実に近づいていることは気配でわかる。それも、かなり強い気配だというのは間違いなかった。果たして、今のレイフェリオが敵う相手なのか。レイフェリオも数多くの戦闘をこなしてきているという自負がある。それなりの実力を持っていることも。思わず己の手に視線を落とした。
『レイ、大丈夫?』
「……あぁ、平気だ」
剣を改めて強く持つ。目的地まで、もう少し。歩みを止めることはできない。再び、前を見据えるとレイフェリオは足を動かした。
何度目かわからない戦闘を終えて、漸く道がひとつとなり、祭壇が見えてきた。そこにいる竜の姿も。
「キュッ……」
「これは……凄まじい、な」
紫色の体躯の周りを魔力が荒れ狂う波のように包んでいた。外側からも集められる魔力は、他の竜神族から奪っている力だろう。
微かだが、レイフェリオも魔力を吸いとられるような感覚を覚える。常に魔力を放出し続けているような状態だ。
『レイ、このままじゃまずいよ! レイの力も』
「わかっている」
純粋な竜神族ではないが、その血を引くためかレイフェリオにも影響がある。ならば、時間をかけるわけにはいかないだろう。早く、竜神王を止めなくてはならない。
レイフェリオは持ってきていたエルフの秘薬を口に含む。半分ほど飲めば、魔力も体力も十分に回復した。
「正気に戻す。リオ、援護頼む」
『うん、任せて!』
最初から全力だ。竜の皮膚は硬い。ただの剣撃だけでは、大したダメージは与えられない。魔力を高め、レイフェリオは剣を掲げると雷を纏わせた。
「……はぁぁぁ!」
飛び上がって、竜の顔に斬りかかった。剣と皮膚の間に、火花が飛び散る。傷ついた皮膚に雷撃のダメージが入り、竜神王は勢い良く顔を振ることでレイフェリオを引き離す。と同時にリオが呪文で攻撃を加えた。
『ギラっ』
「ガルルルル、グシャァ!」
だが、リオの呪文は竜神王が口から吐き出した炎によって無効化されてしまう。そして、炎はレイフェリオへも向けられた。
「シャァァ!」
「くっ!」
片手を前に出し、魔力を向けるレイフェリオ。いつもならば、簡単に霧散するが相手は竜神王だ。完全に霧散することが出来ず、手に火傷のダメージが残った。
「……流石、竜神族の王……ということか」
竜神族と人間の混血児であるレイフェリオと、純粋なる竜神族の王。魔力の扱いにおいては、相手が上だ。
その後もリオは負けじと呪文を唱えるが、まだまだ生まれてまもない神鳥の子であるリオは、そこまでの熟練度がない。ゼシカにも劣るだろう。敵わないことはわかっても、リオは呪文を唱えるのを止めなかった。リオの呪文は、竜神王へダメージを与えるというよりも、レイフェリオに攻撃の隙を与えるという意味を持っていたのだ。ダメージはなくても、一瞬であっても、竜神王の注意はリオの呪文に向く。そこをレイフェリオが攻撃を加えていくのだ。
「っ……はぁはぁ」
『メラミっ!』
ダメージは蓄積しているはずだ。しかし、それ以上にレイフェリオへもダメージが与えられていた。傷だらけとなったレイフェリオへ、トーポがすり寄るとチーズを口に含む。
「キュウキュッ!」
「……回復? ……助かる、トーポ」
癒しの光がレイフェリオを包むと、レイフェリオの体力が回復した。それでも、万全ではない。常に集中していなければならない状態で、竜神王がレイフェリオから注意が離れるのはリオの呪文のみ。タイミングは一瞬だ。その間で、回復呪文を唱える余裕はない。
何度目かの攻撃を繰り出したところで、竜神王は雄叫びをあげた。
「ガァァァルゥゥ!」
「なっ!」
口に魔力が溜まっていくのを感じとり、まずいとレイフェリオは魔力を込めて防御の姿勢を取った。
刹那、吐き出された閃光がレイフェリオへ向かってくる。
「っ……ちぃ」
『レイっ!』
「キュキュウ! キュイ!」
竜神王から魔力が吸い上げられている状態で、既にレイフェリオの残った魔力は少なくなっていた。手に身に付けていたグローブはボロボロになり、傷は増えていくばかりだ。中でも、その手の火傷は早く治療しなければ手遅れになる。しかし、今防御の手を休めることはできない。
「くっ……俺は、負けるわけには……いかない」
レイフェリオの頭に過るのは、仲間たち。そして、叔父やチャゴス、シェルト……アイシアだ。彼らと約束した。必ず戻ると。
「俺は、まだ死ねないっ!」
『なら……力を解き放ちなさい!』
「……? その、声……」
『今の貴方なら、出来るはずです。さぁ、早くっ!』
いつも危機に陥ったときに届く声。それは壱もいじょうにはっきり届いた。
「……解き放つ……」
『貴方の中にある力……感じるはずです』
「俺の力……」
確かに感じることが出来る。これまで意識したことはなかったが、確かにココにあった。レイフェリオは目を閉じて、その力を集中させた。魔力とは違うその力を、解き放つ。
「はぁぁぁ!」
全身から力が解き放たれた。それと同時に、レイフェリオの瞳の色が紅く染まっていく。強い力同士が激突する。
『レイっ! 僕も……ギラっ!』
「グァルル!」
「ここだっ」
別の場所からの攻撃に、竜神王の注意が逸れる。レイフェリオは力を緩めることなく、竜神王に向かって全力を放った。
閃光に飲み込まれ、竜神王はその動きを止めるのだった。やがて、竜の姿が解けていく。
「っ、はぁはぁ……はぁ」
「キュッ!」
『レイっ!』
「はぁはぁっ」
リオやトーポに声をかけられても、それに答えられるほどの力がレイフェリオには残っていなかった。その場に膝をつき、呼吸を整えるように胸を押さえる。
「ぐっ……っはぁはぁ……」
『レイっ、レイってば!』
「キュキュ! キュウ!」
「っ……」
胸を押さえたままレイフェリオは、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
私事ですが、出張と引っ越し、転勤などが続き、年内はまだまだ多忙となる予定ですので、投稿はあまりできなくなるかとおもいます。
落ち着きましたら、また投稿していきたいと思いますので、宜しくお願いします。