ある草の葉の中を小さなネズミが走り回っていた。
その先には一人の青年の姿。ネズミは、すかさず青年が座っていた切り株をよじ登り、青年の服のポケットへと入った。
そんな姿を青年は、苦笑しながら見ている。
青年の名はレイフェリオ。
短い茶髪をバンダナで覆っており、その姿は旅装束というに相応しい装いだが、その顔はまだ幼さを残していた。
「きゅー?」
「いや、何か面白いものでもあったのと思って」
小さな体を覗かせて、首を傾げる様は小動物特有の可愛らしさなのだろう。
尋ねてきた疑問にレイフェリオは答えた。
「おーい、兄貴ー」
草原の端にある川の向こうから青年を呼ぶ声がした。
頭にトゲのある兜をかぶり、厳つい顔をしている彼はヤンガス。
何故か自分より年上なのだが、レイフェリオを兄貴と呼んでいる。
既に正すのも面倒な位に連呼されているため、反論はしないが。
「? ヤンガス、どうかしたのか?」
「そろそろ行かないんですかい? いつまでもこんなとこで油を売ってると日が暮れちまうでげす。早いとこ街に行きましょうや。アッシは、パァーっと飲み明かしたい気分でがすよ」
「あぁ、そろそろ行くと思うよ。姫も戻って来るだろうし」
「そうっすか。ってこのおかしなおっさんが王様だなんて、今でも信じられないっすよ! 兄貴が言うからそうなんでしょうが」
そこまで言うと、ヤンガスの横にいた緑色の体躯をした魔物が声をあげた。
「誰がおかしなおっさんじゃ」
「あははは」
レイフェリオは苦笑いしか出来ない。
はたから見たら魔物にしか見えないのだが、確かにこの魔物は王、トロデーン国のトロデ王その人である。レイフェリオはその姿を一度目にしているから疑う余地はない。
「まぁ、よいわ。下賤の者にはわしの気高さなど到底わからぬということじゃな」
「ぬぅぅ」
盛大な嫌味はヤンガスとの間に火花を散らしていた。
レイフェリオは呆れ返ってため息をはく。
「それよりもトロデ王、姫はどちらに?」
「おおっそうじゃ、姫はどこじゃ? レイフェリオ知らぬのか?」
「えぇ」
トロデ王とヤンガスが辺りを見回すが、その姿は見えない。
レイフェリオは、静かに目を閉じ神経を研ぎ澄ました。すると、奥の方から近づいてくる気配を感じる。それは探していたものではなく、魔物の気配。
レイフェリオは、背負っていた剣を手にした。
「……ヤンガスっ! 魔物だっ! そっちを頼む」
「がってんでがす、兄貴っ」
すぐさま戦闘に突入した。数は多いものの、相手はスライム。レイフェリオの敵ではない。
だが単純な力だけならレイフェリオよりもヤンガスのが上だ。
トロデ王に戦闘能力がない以上取りこぼしは出来ない。
ヤンガスと手分けすることで、隙をなくすのが最善だった。
二人であっさりとスライム達を蹴散らすと、そこへ馬の鳴き声が響いてきた。
だが、トロデ王には聞こえていないらしい。
「うむ、よわっちいやつらでよかったのぉ……!? って、そんな事より姫じゃ! わしの可愛い一人娘のミーティア姫は無事か!?」
「どうやらあそこ、らしいですね」
「ん? おお、姫! ミーティア姫!」
レイフェリオが近づいてくる気配の場所を指差すと、そこには綺麗な白馬が歩いてきていた。
トロデ王は走りながら近寄ると、その鬣を優しくなでた。
「さて馬姫さまもお戻りだし……日が暮れぬうちにそろそろ出発したほうがいいでがすよ」
「そうだな……」
空を見上げると大分日も落ちてきているようだ。このまま日が暮れる前に街に入るのがいいだろう。
ミーティア姫に馬車を引かせ、レイフェリオたちは近くにあるトラペッタの街を目指した。