戦国御伽草子 殺生丸   作:HAJI

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第二話 「兄弟」

「大丈夫、犬夜叉? ひどい怪我だけど……」

「――っ!? こんなもんかすり傷だ! 触るんじゃねえ!」

 

 

痛々しい傷が心配で犬夜叉に触れようとするも余計なお世話だと言わんばかりに手で払いのけられてしまう。だがやはり痛いのか声が上ずっている。やせ我慢なのは誰か見ても明らか。確かに犬夜叉は半妖。体の頑丈さも治りも人間とは比べ物にならないが痛いものは痛いらしい。

 

 

(ほんとに天邪鬼なんだから……)

 

 

地面で胡坐をかいたまま腕を組んでいる犬夜叉を見ながら大きな溜息を吐くしかない。だが命に別状がなくてよかった。本当ならあのまま犬夜叉はもちろん、自分も殺されておかしくなかったのだから。戦った相手が目の前にいる殺生丸でなかったのなら。

 

 

「…………」

 

 

その殺生丸は暴れる犬夜叉の相手に飽きたのか、それとも別の理由があったのか。掴んでいた首を離して犬夜叉を地面に放り投げた後、そのまま最初に出会った時のように無言のままこちらを見つめている。無表情で寡黙。犬夜叉とはまるで正反対。何を考えているのか全く分からない。

 

 

「ねえ、犬夜叉……この人って一体誰なの?」

「……ふん」

 

 

改めて犬夜叉に尋ねるも、犬夜叉はますます不機嫌になってそっぽを向いてしまう。完全にお手上げ。そんな中、ふと気づく。犬夜叉と殺生丸。二人の髪の色が同じであることに。この時代であっても珍しい銀髪。加えて犬夜叉がこんな態度を取っているのは自分にではなく、目の前の殺生丸に対して。まるで親に反抗する思春期の子供。だが犬夜叉のお父さんにしては容姿が若すぎる。なら

 

 

「もしかして……あなた、犬夜叉の」

 

 

お兄さんなの? と口にしかけた瞬間

 

 

「お、お待ちください……せ、殺生……丸、様……な、なぜこんなところに……」

 

 

そんなかすれるような声が森の中から聞こえてくる。振り向いた先には新たな来訪者。小さな鬼のような一目で妖怪だと分かるような容姿。しかしよほど疲れているのか息も絶え絶えに杖のようなものを支えに立っている。今まで出会った妖怪の中でも一番頼りないような有様。でもその言葉からすると殺生丸の知り合いなのだろうか。どうしたのもかと考えていると

 

 

「ん? お、お前……い、犬夜叉!? 犬夜叉ではないか!? ど、どうなっておる……あの封印が解けたというのか!?」

 

 

犬夜叉の姿を目にした途端、小さな妖怪はまるで幽霊にあったかのように目を見開き、驚きながらも飛び跳ねながら私のことを押しのけて犬夜叉へと駆け寄っていく。どうやら犬夜叉にしか目が行っていないらしい。さっきまで憔悴しきっていたのにいったい何なのか。

 

 

(な、何なのさっきから……? 殺生丸って妖怪といい、あの小さな妖怪といい……)

 

 

完全に自分だけ置いてけぼりにされている疎外感を感じながらもとりあえず様子を見守ることしかできない。

 

 

「ほ、本当に貴様、犬夜叉か!? 狐が化けているのではないか!?」

「……相変わらずぎゃーぎゃーうるせえぞ、邪見。五十年たってもお前は小さいままだな」

「や、やかましいわい! お前こそ中身が全く変わっていないではないか……ん? なんじゃ、傷だらけではないか犬夜叉!?」

 

 

面倒なやつが来たとばかりに犬夜叉は小さな妖怪……ではなく、邪見と話している。どうやら知り合いであるのは間違いならしい。呆れているのか、それともいつも通りなのか。はたから見れば雑な扱いをされているように見える。対して邪見はまだ驚愕しているのか混乱しているよう。そんな中、犬夜叉が傷だらけであることに気づいて顔を真っ青にしてしまう。

 

 

「また妖怪にいじめられておったのか!? お前に何かあったらわしが殺生丸様に殺されてしまうと何度も言ったであろう! まったく、妖怪はどこにおる、わしがこの人頭杖で追い払ってくれる!」

 

 

任せておきなさいと言わんばかりに邪見は人頭杖と呼ばれる杖を両手で掴み、頭の上で振り回しながら意気揚々としている。いいところを見せようとしている子供……いや、祖父のよう。犬夜叉は気だるげに頬杖をつきながらそんな光景を眺めているだけ。

 

 

「あのー……」

「ん? 何じゃ? なんでこんなところに人間がいる? わしは今忙しいんじゃ話かけるでない!」

「え、えっと……犬夜叉をあんな風にしたのはそこにいる、殺生丸って妖怪なんだけど……」

「は?」

 

 

誰も教えてあげないので仕方なく私が邪見に事情を説明するも、邪見はそのまま口を開けたまま固まってしまう。言ってる意味が分からない、そんな反応。同時に体が徐々に震え、滝のように汗が流れ始めていく。

 

 

「ち、ちちち違います殺生丸様!? わ、わわわわしはただその、犬夜叉の奴めがまた馬鹿をした後始末をしようとしただけでして、はい! 決して殺生丸様に謀反を企てていたわけでは!?」

 

 

光の速さで向き直り、邪見は殺生丸に向かってペコペコと土下座をしている。ここまで無駄のない完璧な土下座はきっと他の誰にもできないに違いない。心なしか殺生丸の視線が冷たくなっているような気がする。

 

 

「けっ、相変わらず情けない奴だな」

「な、何じゃと!? そもそも恐れ多くも殺生丸様に喧嘩を売る貴様が悪いのではないか!? 殺生丸様の家来として許すことはできん!」

「何が家来だ、自分で言ってるだけだろ。やってることは殺生丸に付いて回ってるだけじゃねえか」

「なっ!? 付いて回っておったのは貴様であろう!? わしが一体どれだけ苦労していたか……! そもそも、この五十年、殺生丸様がどれだけお前のことを心ぶっ――――!?」

「黙れ、殺すぞ」

 

 

これ以上にない冷酷な宣言と共に邪見は殺生丸によって踏んづけられてしまう。もごもごと何か言いながらもがいているが殺生丸はどいてくれる気はないらしい。そのことを瞬時に悟ったのか邪見はそのまま動かなくなってしまう。まさに以心伝心、主従というのは嘘ではないらしい。家来かどうかは怪しいが。

 

 

「――――」

 

 

殺生丸はそのまま改めて犬夜叉を見つめている。最初と変わらず、何を考えているのかは分からない。

 

 

「ちっ……何だ? まだやるってんなら構わないぜ」

 

 

見下ろされているのが気に入らなかったのか、ふらつきながらも犬夜叉は立ち上がり同時に殺生丸を睨みつけている。立っているのもやっとのはずなのにそれを全く感じさせない気迫。犬夜叉にとってそれは譲れない一線らしい。対して殺生丸は微動だにしない。相手にしていない、相手にならないと見せつけるかのように。それに反発するように犬夜叉が右手に力を込め、再び襲い掛からんとするも

 

 

「――――犬夜叉、なぜお前は力を求める」

 

 

殺生丸は、そんな問いによってそれを止めてしまった。

 

 

「何だそりゃ……? そんなことに答えて何の意味が」

 

 

あるのか、と口にしかけるも犬夜叉は言葉を失ってしまう。犬夜叉の顔がこわばり、息をのんでいるのが離れているわたしも分かる。殺生丸は何もしていない。その場から動くことも、剣を抜くことも。ただ、その空気が違っていた。答えないことは許さない。でなければどうなるか。面と向かっていない自分ですらその姿に背筋が凍る。

 

 

「…………そんなもん決まってんだろうが。強くなるためだ……それ以外に何があるってんだ!?」

 

 

全てを振り払うように犬夜叉は叫ぶ。強さが欲しい。そのために力が欲しい。そのために犬夜叉は四魂の玉を求めている。それが嘘ではないことを私は知っている。でも犬夜叉はさらにその先を、己の心の内を吐露する。

 

「てめえはいいさ、殺生丸……親父の形見の剣を全部独り占めしてやがるんだからな。俺にはこの火鼠の衣と、出来損ないの半妖の身体だけだ!!」

 

 

着物を握りしめながら犬夜叉はそう叫び続ける。その表情には様々な感情が入り混じっている。怒り。悲しみ。悔しさ。焦り。恐らくは犬夜叉が生まれてから抱き続けた半妖としての苦しみ。

 

 

「その刀があれば、俺だって強くなれる……殺生丸、てめえにだって負けやしねえ……!! 絶対に手に入れてやる!!」

 

 

だからこそ力が欲しいと、犬夜叉はただ殺生丸の腰にある刀を凝視する。犬夜叉と殺生丸の父親が遺したとされる刀。確か犬夜叉は鉄砕牙と爆砕牙と言っていたもの。三本目の名前は分からないがきっとそれらはすごい力を持っているのだろう。あの犬夜叉が血眼になっても求めているのだから。

 

 

(犬夜叉が妖怪になりたい理由って……もしかして……?)

 

 

以前、犬夜叉が言っていた。四魂の玉を使って完全な妖怪になりたいと。そうすれば強くなれると。でもきっとその根幹は違うのだ。犬夜叉はきっと――――

 

 

「…………下らん」

 

 

犬夜叉の答えを聞きながらもつまらなげに殺生丸はそう切り捨てる。威圧するような空気は完全に霧散してしまった。同時に息が詰まる緊張感から解放され安堵する。だがそれは私だけ。犬夜叉は一層その表情を険しくしている。当たり前だ。自分の答えを下らないと一蹴されてしまったのだから。

 

 

「っ!? なんだと、この――っ!?」

 

 

激高し、飛び出しかけた犬夜叉はそれと同じぐらいに驚愕しながら自分に向かって投げられた何かを反射的に受け止めてしまう。それは

 

 

「て、鉄砕牙……?」

 

 

殺生丸が腰に携えていた三本の刀の内の一本。柄を赤い布で巻かれている一見すればただの古い刀。ただ驚くのはそこではない。犬夜叉が驚いて固まってしまうのも無理はない。あんなに必死に求めていたものをこうもあっさりと手に入れてしまったのだから。しかも殺生丸はまるで無造作に、いらない物を渡すかのように犬夜叉に投げ渡した。

 

 

「行くぞ、邪見。もうここには用はない」

「っ!? よ、よろしいのですか殺生丸様!? て、鉄砕牙はともかく犬夜叉めはどうす……あ、お待ちください殺生丸!?」

 

 

もう用はないとばかりに踵を返し、殺生丸はその場から離れていく。邪見はようやく踏みつけから解放されるも、殺生丸と犬夜叉を交互に何度も見つめておろおろするも慌てて殺生丸の後を追っていってしまう。でもこの場で一番困惑しているのは間違いなく犬夜叉だった。

 

 

「待ちやがれ殺生丸!? どういうつもりだ! 情けでもかけたつもりか!?」

 

 

去ろうとしている殺生丸に向かってそう叫ぶしかない。当たり前だ。私が犬夜叉でもきっと同じことをするだろう。犬夜叉から見れば情け、憐れみで刀を譲られたも同然。それはきっと犬夜叉にとってもっとも許しがたいこと。それを知ってか知らずか

 

 

「いらぬなら捨てればいい。貴様の勝手だ」

 

 

殺生丸はそう告げるだけ。好きにすればいいと。本当にその刀は自分にとっては不要なものなのだと示すように。犬夜叉はその言葉に苦渋の表情を見せながらもその刀を握りしめることしかできない。そんな中

 

 

「……え?」

 

 

僅かに殺生丸が振り返り、こちらを見つめている。そう、犬夜叉ではなく私を。ここに来てから、初めてまともに殺生丸に見られている気がする。知らずその瞳に気圧されてしまう。時間にすれば数秒にも満たないわずかな時間。でも私にとってはその何倍にも感じられる時間。それは

 

 

「……巫女か…………また同じ間違いを繰り返す気か、犬夜叉?」

 

 

殺生丸のそんな言葉によって終わりを告げる。その言葉の意味が私には分からない。ただ犬夜叉はその言葉によって絶句し、同時に歯ぎしりをしながら殺生丸を睨み続けている。

 

 

それを最後に殺生丸は邪見を連れながらその場を去っていってしまう。あとには事情が分からない私と、刀を握ったまま黙り込んでいる犬夜叉だけ。

 

 

それが私と殺生丸の出会いの終わり。そして、私が知らない犬夜叉を初めて垣間見た瞬間だった――――

 

 

 


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