DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~ 作:トンヌラ
Episode9:カボチ村で常識に気づく息子
パパスとリュカはビスタの港で船に乗り、西の大陸へと向かった。ゆらりゆらりと波に揺られて数時間後、無事に港町、ポートセルミにたどり着いた。ポートセルミはたくさんの船が往来しているだけあってかなり栄えており、たくさんの有益な情報が飛び交っている。パパスとリュカは船から降りるや早速情報収集にかかるべく、酒場へ向かった。酒場にはたくさんの情報を持っている人間が多く集まるからだ。
ポートセルミの酒場はとてもにぎわっていた。ステージには踊り子が踊っており、妖艶な音楽と男たちの黄色い歓声が飛び交い続けている。
それらを避けて酒場のカウンターに腰を下ろした二人に、マスターが話しかける。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「そうだな……じゃあウィスキーを適当に頼む」
「畏まりました。お連れ様はいかがなされますか?」
「お酒以外に何かないですか?」
リュカは縮こまるように尋ねる。マスターは少し困ったような表情を見せつつリュカに提案する。
「そうですね……ではこちらのカクテルはいかがですか? アルコールはほとんど入っておりませんよ」
「……ではそれください」
どうやらノンアルコールはないようでリュカは少し落胆する。畏まりましたとマスターが言うと早速グラスにお酒を注いでいく。
お待たせしましたと飲み物を置くとパパスとリュカはぐいっと飲んだ。しかしリュカはすぐに顔が赤くなり、頭が痛み始めた。
「お、お客様!?」
「やれやれ、これはほとんどジュースだぞ? さすがに弱すぎじゃないか?」
「うぅ……僕はお酒なんかほとんど飲んだことがないんだよ」
「まあ確かに、ラインハットでの宴でもお前はすぐに酔ってしまっていたな。マスター、水を頼む」
「畏まりました」
水があるならそれにしてくれればいいじゃないかと、内心リュカは恨みながらも頭を押さえ続けた。水が出されるやすぐにリュカは水を飲み干し、生き返ったようにぷはっと息を吐き出す。
「それでマスター、ワシらは旅の者なのだが何か情報はないか?」
「旅の者ですか? そうですね……お役に立てるかどうかは解りませんが、西にあるルラフェンという町、知っていますか?」
「ルラフェンか? そういえば酒場に向かう前に聞いたのだが、そこで奇妙な呪文を研究しているそうだな」
「おお、流石にご存知でしたか。何でもその呪文は、行ったことのある街なら瞬時に移動できてしまうものらしいですね。もし使えたら便利ですよね」
たしかに、足を使わずとも瞬時に街を移動できるのは旅においてはとても重宝する。もっとも魔法においては不得手であるのでパパスは恐らく使えないだろう。使えるとしたら隣に座るリュカだ。バギやホイミなどの呪文をすでに子供のころに習得しており、魔法の才能はあると思われる。
次の目的地はルラフェンだなと思いつつ、ウィスキーを口に入れるとマスターが再び話しかける。
「しかしお二人はどのような理由で旅をなされているのですか?」
「実は――」
パパスは簡単にマスターに旅の経緯を説明した。マスターはグラスを拭きながらフムフムと頷き、なるほどねとつぶやいた。
「つまり貴方方は奥さんを探すために勇者を探している、ということですね」
「ああ。勇者については何か知っているか?」
「申し訳ないですが、私には全く分かりません」
「そうか……」
パパスはグラスに残ったウィスキーをすべて飲み干し、マスターにごちそうさまと言って席を立とうとする。リュカも父に続いて後にした。
だが――
「ひー! お助けを!!」
男の悲鳴が酒場に響いた。リュカとパパスは振り向くと、そこには見ずぼらしい男が尻もちをついて後ずさっていた。そしていかにもガラの悪そうな山賊二人が詰め寄っていた。
「お助けはねえだろ。俺達はオメエの頼みを聞いてやろうってんだ」
「だからさっさとその金を渡しな!!」
山賊が男の持つ袋に手を出し奪い取ろうとするが、男は懸命に庇った。
「んにゃ! あんたらは信用ならねぇ! この金は村の皆が村のために必死に集めたお金だべ!!」
パパスとリュカはどうするべきか無言で会話する。この状況は、明らかに男がおびえていて、山賊が鷹っているように見える。それに奴らは男が持つ金が目当てなようだ。
(ゆくぞ、リュカ)
(うん、いこう)
「強情なとっつあんだぜ! 痛い目に合わないとわからねぇみてぇだな……ん?」
パパスとリュカは山賊の前に立ち、目で威圧した。突然の乱入に苛立った山賊は雁付けるように下から睨み付ける。
「なんだよお前ら? 俺達とやろうってか?」
「そうだといったら?」
リュカの挑発で山賊たちの頭に血が上った。すぐさま腰にある刀を抜き、リュカたちに突きつける。
「そのナマイキな鼻っ面を叩き折ってやるよ!!」
そういうと山賊はリュカ目がけて太刀を振り下ろした。だが、その動きはあまりにも鈍く見え、リュカは難なく躱してみせる。舌打ちして繰り出した第二撃も躱され、攻撃は一度も当たらない。
「くそっ!!」
自棄になった山賊は全力で剣をぶつけてくる。リュカは今度は手に持つ剣で手元を狙い、叩き落した。剣がいつの間にか床板に落ちていることに動揺した山賊は慌てて拾いに行くがリュカが剣を足で踏み割ってしまった。
リュカは山賊の喉元に剣を突きつけ、告げた。
「まだやるか?」
「くっ……だがまだ俺の相方はやられて――」
「いや、すでに終わったぞ」
パパスの淡々とした言葉が告げるとおり、もう一人の山賊は床で伸びている。手に剣が無いことからパパスはどうやら拳だけで制したようだ。これで完全で手詰まりだ。
「……けっ、覚えてやがれ!!」
山賊は気絶している相方を連れて酒場を急いで出ていった。酒場のドアが閉まると、安堵した空気が流れた。踊り子たちも踊りを再開し、マスターも酒の注文を客に聞き始めていた。
「お怪我はないですか?」
パパスが男に手を差し出し、立ち上がらせる。男は安心したようにありがとだべと感謝を伝えた。
「いやぁ、ほんと助かったべ。あぶねえところをありがとうごぜえました」
男は訛りのあるしゃべり方でもう一度お礼を述べた。
「とんでもないですよ。僕たちは当然のことをしたまでです」
「ああ、何てええ人なんだ。んだ! アンタらなら信用できるだ! 助けてもらったところ申し訳ねえが、たのみを聞いてけれ!」
「良いですよ、何なりと」
リュカが応じるとぱっと男は顔を輝かせて再び頭を下げた。
「やれ、ありがたや! いっぺんしか言わんからよーく聞いてけろ。実はオラ達の村のそばにすごい化け物が住みついて畑をあらすだよ! このままじゃオラたちは飢え死にするしかねえ……だもんで村を代表してオラがこの町に強い戦士をさがしに来たっちゅうわけだ」
(なるほど、この男は村のために強い戦士を求めてここまで来たということか)
パパスは先程の騒動の原因もよくわかった。きっとあの山賊に頼み込んだところ、持っている金に目をつけられてしまったのだろう。
「あんたにたのめてよかっただよ。なかなか強ええみたいだしな。もちろんただとは言わねえぞ! お礼は3000ゴールド! 今前金として半分わたすだよ」
そういうと男は持っている袋をまるごとリュカに手渡した。半分というのだから1500ゴールドだが、なかなかの高額だ。
「もう半分は化け物をやっつけてくれたあとでな。んじゃオラは先に村に帰ってるからきっと来てくんろよ! オラの村は、ここからずっと南に行ったカボチ村だかんな!」
「承知した。必ずそちらへと向かおう」
パパスの言葉にとても嬉しそうに反応しながら男は足早に酒場を去っていった。パパスとリュカはふうとため息をつきながらカウンターに戻ると、隣の客に声をかけられた。
「いやぁ、アンタたち腕っぷし強いねえ。ぱぱっとやっつけちゃうんだから凄いよ」
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
男にさっきいったことと同じ言葉を返すと客はニヤリと笑いながらぐっと酒をあおる。
「しかしカボチ村ですか……これまた面倒な場所ですね」
「というと?」
「かつて前に行ったことがあるのですが、あそこはドがつくほどの田舎なんです。ですから言葉もまあ訛ってますし、考えも古くさくて固いので正直我々とは違う人種でしょう」
「なるほど……」
「まあただ報酬はいいですからね。資金稼ぎにはいいんじゃないんでしょうか?」
「そうですね。化け物の強さにもよりますけど、恐らく我々でなんとかなるかと思います」
パパスは自信ありげに告げるとお客は頑張ってくださいと笑顔で言ってマスターに新しい注文をした。
二人は酒場を出てポートセルミを後にすると、真っ直ぐに南へと向かったのだった。
***
カボチ村についた二人とピエール、ホイミンは早速先に村に帰っていた男に話しかけた。ちょうど男は村長となにかを話している最中であったが、どうやら余所者を受け入れたくない村長を説得していたようだ。
男は化け物が西から来ているという情報を伝え、それだけを頼りにひたすら西へと進んでいくと、小さな洞窟が見えたのだった。
中に入った一行は、巣くう魔物たちを倒しながら先に進み、どうにか奥へとたどり着いた。
「どうやらここが化け物の住んでいるところだな」
「そうですね。どんな化け物かわかりません。気を引き閉めていきましょう!」
「僕、不安になってきたなあ……」
ホイミンが怖がっているように震えているが、後には引けない。リュカは意を決して奥の穴蔵へと身を入れた。
その先で、リュカたちが目にしたものは、逞しい体を持つ虎だった。四本足こそは細いが、前足に生える長くて鋭い爪、そして口からはみ出している太い牙が、奴が持つ戦闘能力の高さを物語る。さらに荒い息を繰り返しながらリュカたちを睨んでいる。そうとう狂暴な生き物であるとうかがえる。
虎はリュカたちを見るや、喉から雄々しい叫びをあげて出迎えた。
「ガルルルルー!!」
「ぎゃあああッッ!?」
ホイミンが悲鳴をあげ、リュカの後ろに隠れる。ピエールも怯み、僅かにのけ反るが、さすがは剣士、すぐに戦意を取り戻した。
「これはまさか、地獄の殺し屋と呼ばれているキラーパンサー!? そんな奴が村を襲っているとは……」
キラーパンサーという虎は鋭い牙を光らせながらこちらを睨み付ける。ピエールの剣にまるで怯えていないようで、いつでも殺す準備ができていると言いたげだ。
リュカは剣を抜いてキラーパンサーに向かっていこうとした。だが、ある直感がリュカの脳裏を貫いていく。
(なんだ、この懐かしい感じは? このキラーパンサー、どこかで見たことが……――ッ!?)
リュカはふと、キラーパンサーの尻尾の後ろについているリボンを見た。鮮やかなピンク色であり、所々汚れてしまっている。
あのリボンは、確か――
「ええい、こうなったら自棄だ! キラーパンサーに一太刀浴びせて――」
「待ってくれピエール!!」
リュカはピエールの肩を掴み、動きを止めた。ピエールは何故と言わんばかりに振り向くが、リュカはすたすたとキラーパンサーに歩み寄った。だが、凶暴な性格を持つ魔物に迂闊に近づくことは立派な自殺行為だ。
「リュ、リュカ殿!? 危ないですよ!?」
「リュカさん!?」
ピエールとホイミンが叫ぶが、パパスが二匹の肩に手をおいて静かにさせる。
「リュカは大丈夫だ。あのキラーパンサーは、普通のキラーパンサーじゃない。いい意味でだ」
「え?」
ピエールはキラーパンサーに恐れを抱かずに迫るリュカを不思議な思いで見つめた。まるで心を許した親友のように、リュカは近づいていく。
「グルルルァ!!」
キラーパンサーは吠え、リュカを威嚇する。しかし、リュカへと飛び掛かりはしない。地獄の殺し屋ならば、ここで容赦なく人を襲うだろう。
だが、なおも接近するリュカに対し、ただ唸るだけだった。
「君は、ゲレゲレだよね?」
リュカは優しく語りかける。キラーパンサーはびくりと体を震わせ、グルルと小さく唸る。なにか苦しそうに顔を歪ませ、しまいには前足二本で頭を抑え始めた。
「なにか思い出しているみたいだよ? 何を思い出しているんだろう?」
遠くから見ているホイミンは制しているパパスに尋ねる。
「……恐らく幼い頃のことだろうな。まだ子供だったキラーパンサーとリュカは仲が良かったのだ。よく一緒に遊んでいたものだ」
「な、なんと……あのキラーパンサーと友達だったのですか?」
「正直ワシも信じられなかったがな」
パパスはあのベビーパンサーを最初に見たときは内心は驚いていた。地獄の殺し屋になる子供が息子になついているのだから。息子に牙を向けたことは一度も無く、友達としてともに過ごしていた。
「グルウアァァ……!!」
「思い出してくれ、ゲレゲレ! 僕を忘れちゃったのか!? 僕だよ、リュカだよ! 僕たちは友達だったじゃないか!?」
リュカがキラーパンサーに触れようとそっと手を近づける。だが、キラーパンサーはそれを跳ね除けるように爪を振り回した。リュカの腕をさっと掠め、慌ててリュカは後退する。
「くっ……どうしたら思い出してくれるんだろう」
リュカは今にもキラーパンサーへと飛び掛かろうとする魔物たちを制しながら必死に考えた。何か思い出の者があればきっと思い出してくれるはずだ。でも、それは何だ――
「……――そうか!?」
リュカはふと、キラーパンサーのしっぽに付いている、ピンク色のリボンに目を付けた。あのリボンならきっと思い出してくれる――
リュカは自分の腰にある袋から、一切れのリボンを取り出した。丁度キラーパンサーのつけているそれと同じものだった。そのリボンには、一人と一匹が共有する、大切な思い出が刻まれていた。
リュカは傷ついた腕をまっすぐに伸ばしながら、キラーパンサーの鼻にそれを近づけた。キラーパンサーはなおも悶えるが、匂いを嗅ぎ始めていた。
「ほら、思い出すだろ? 僕の事を。……ビアンカの事を。ビアンカがそのリボンをくれたじゃないか」
ビアンカという言葉に強く反応するようにキラーパンサーはぶるぶると体を震わせる。けれどキラーパンサーは徐々に、唸らなくなっていた。だんだんと嗅ぐ音だけが静かに聞こえるだけになっており、凶暴な表情はいつしか引いていくのが分かった。そしてリボンから顔を離し、リュカを見つめる。
「ガウッ……がうがう」
キラーパンサーはすたすたとリュカへと近づき始めた。ピエールはリュカが食べられるんじゃないかとひやひやした思いで見つめる。だが、リュカはまるで警戒していない。それどころか、両腕を開いている始末だ。
キラーパンサーはリュカのすぐ数センチのところまで迫り、顔を近づけた――
「リュカ殿――」
もう我慢ならない、ピエールが覚悟を決めて突撃しようとしたその時だった。
「あ、アハハハ! くすぐったいよゲレゲレ!! ハハッ!! よしよし!」
「ふにゃー……ゴロゴロゴロ……」
なんとキラーパンサーが嬉しそうにリュカの顔を舐め始めていたのだ。リュカも頭を撫でながらキラーパンサーを受け入れる。一人と一匹は、本当の友達のように見えるほど親密だった。
「なんてことだ……あのキラーパンサーが、人間に懐いている」
ピエールは信じられないと言いたいように剣をだらりと垂れ下げながらその光景を見つめていた。当然だ。キラーパンサーといえば恐れられる対象であり、魔物ですら容赦なく食い殺すのだ。にも拘らずリュカはこうして従えてしまったのだ。元から友達というのもあるが、そもそもその《元》からという前提そのものすら、幼少期から他を嫌うこの魔物には成立しないのだ。
自分達もリュカの底に隠れた暖かい何かに引き寄せられ、仲間になった。けれどまさかこんな狂暴な魔物にも通じるとは思ってもいなかった。やはり、リュカという男は、計り知れない力と価値を秘めているのだろう。
ピエールとホイミンは、改めてリュカに対して尊敬の念を強くさせた。
***
「しかし生きていたんだね。僕あれから君がどうなったか不安だったんだ」
「ふにゃあ……」
リュカはキラーパンサーとは一緒ではなかった。
10年前のゲマとの戦いの後、リュカとヘンリーが奴隷として連れていかれる際、まだベビーパンサーだったゲレゲレは捨て置かれた。魔物としての性をいずれ取り戻すだろうとして、野生に放たれたのだ。そしてリュカを失った10年間、ゲレゲレはどうにか一人で生き延び、この地で安息を得ていたのだろう。
リュカはゲレゲレと触れあううちに色々推察をした。ゲレゲレが何故カボチ村の作物を荒らしたのか。どうしてその時人を襲わなかったのか。
恐らくゲレゲレは人が、リュカが恋しかったのだ。人間に助けられた記憶を持っているから人間だけは襲えなかったのだろう。
「でもねゲレゲレ……君は悪いことをしたんだ。それは分かるよね?」
「グル……」
リュカが少し厳しい表情をするとゲレゲレは落ち込んだように頭を垂れた。リュカは撫でながら語りかけた。
「一緒に謝りにいこう。そうすればきっと、解ってくれるはずだ。さあ、カボチ村へ向かおう」
「ふにゃあ……」
ゲレゲレは嬉しそうに鳴いて、リュカにすり寄ってくる。よしよしとリュカが宥めると、ゲレゲレは何かを伝えるように小さく吠え始めた。
「ん? なんだい?」
「グルァ!」
ゲレゲレはすたすたとすみかの奥へと向かった。見るとそこには、立派な剣が一振り立て掛けられていた。全員がようやくその剣の存在に気づいた。
ゲレゲレが口でその剣をくわえて持ってくる。リュカは手を差し出して受け取ろうとするが、ゲレゲレはリュカをスルーしていった。
「えっ?」
リュカは振り返り、ゲレゲレの動きを追う。やがて少し経つと、ゲレゲレの足は、パパスの前で止まった。
パパスはくわえられた剣をじっと眺めていた。が、パパスの脳に記憶の閃光が迸った。
「これは……」
「ふにゃあっ」
ゲレゲレはパパスに剣を差し出す。パパスは柄を握りしめてそれを受けとると、全てを思い出した。
「これはワシの剣だ……ワシが昔から使っていた剣だ!」
「ふにゃあ!」
パパスは懐かしいものを見るような表情でゲレゲレとパパスの剣を合わせて眺める。その後何度か剣を振り回し、感覚を思い起こす。この重さ、この感じ、まさに10年前とほぼ一緒だ。あの剣はもう二度と見つからないとさえ思っていたが、まさかゲレゲレが持っていたとは意外だった。
パパスは教会の剣の代わりにパパスの剣を背の鞘に差し替え、ゲレゲレの頭を撫でた。
「この剣をずっと守っていてくれたのだな。ありがとう、ゲレゲレ」
「ふにゃあ……」
パパスの固く頼もしい手で撫でられたゲレゲレは嬉しそうに鳴きながらリュカの元へと飛び込んだ。
「よしっ、じゃあカボチ村へと戻ろうか」
「そうだな。きちんと事情を話せば、きっと許してくれるだろう」
パパスはピエールやホイミンを呼び掛けて、洞窟から出ることを伝えると、リュカの元へと集まった。リュカがリレミトを使うことを分かっているのだ。
ただ、パパスは思った。果たしてこのままカボチ村に戻っていいのか。犯人である化け物を引き連れて戻ってきたらどんな顔をするだろうか。そしてその化け物が、依頼された人間になついていたら、どんな反応をするだろうか。こちらの話を聞いてくれるのならば、話は別なのだが。
パパスは懸念を抱きながらリュカへと近寄り、リレミトにより洞窟を抜けた。
カボチ村に戻ってきたとき、パパスの懸念は現実となった。
「……あんたは化け物とグルだったんだな。あんたを信用したオラがバカだったよ」
依頼主である男の元に戻ってきて最初にかけられた言葉が、これだった。
リュカは困惑で言葉を出せずにいたが、どうにか声を絞り出す。
「ち、違います! グルなんかじゃありません! ゲレゲレとは昔からの友達なだけです!」
「だからこそだべ! 金がほしくてわざと襲わせたんだべ!? そうに決まってるだ! だいたいあんたたくさん魔物引き連れているだろ? 本当は人間じゃなく魔物じゃなか!?」
「そうじゃないです!! 僕が仲間にしただけで、人間です!!」
「嘘ついてももう騙されねえべ!!」
リュカはだんだんと頭が白く焦げていくのを感じた。魔物が潜む住処にいって、疲れて帰ってきた人間にかける言葉がそれなのか? どうして話を聞いてくれないのか?
そういえば、村に帰ってきたときの村人の視線は、暖かくなかった。冷たく、怯えており、中には刃のように研ぎすまされた敵意がリュカたちを出迎えた。無邪気な子供はモンスター使いなのかと聞いてくれるが、村の大人に言わせれば、魔物を従える人間など恐怖の対象でしかないのだろう。
それを認識しきれなかったリュカはぐっと拳を握りしめて足を踏み込む。この男につかみかかるためだ。大声で怒鳴れば少しは聞いてくれるだろう。
だがーー
「わかっただ。もうなーーんにも言うな。金はやるだ。約束だかんな。また化け物をけしかけられても困るだし……」
リュカの足を止めた言葉を発したのは、その男のそばにいた村長だった。杖を持ちながらこちらに歩み寄り、袋をリュカの胸元へと殴るように突きつける。じゃらっと悲しく音が鳴り、リュカは受けとる手を伸ばさなかった。
村長は苛立ちを隠さず、リュカの手に無理矢理袋をつかませると、叫ぶように言う。
「もう用はすんだろ。受け取って、とっとと村を出て行ってくんろっ」
そういうや、村長はくるりと背を向けて座り込んでしまった。
リュカはぎりっと歯を鳴らし、歩み寄った。拳にはすでに力がこもっている。
だが、リュカの体は力強い手で止められた。振り返ると、そこにはパパスがいた。
「……殴ったところでもう変わらない。老人を殴り殺してしまったらワシらの敗けだ。いくぞ、リュカ」
「……うん」
リュカたちは何も言わずに村長の元を去り、村の出口を目指した。会話は何もない。ただ聞こえるのは、村を救ったはずの英雄に対する罵声だった。二度と来るな、悪魔、死ね。そんな悪意が形となって襲い掛かり、ただ為すがままに受け続けるしかない。
ようやく村から出ていくことができた一行は、村人たちがもういないことを確認すると、一斉にため息をついた。
「……なんでだ。なんで話を聞いてくれないんだ? 僕たちは決してそんなつもりじゃなかったのに」
リュカは座り込み、深く息を吐く。パパスも同じく息を出すと、小さく呟いた。
「やはり、あの男が言っていた通りだな」
「え?」
リュカは振り向いてどういうことか尋ねる。
「『考えも古くさくて固いので正直我々とは違う人種でしょう』って、酒場の男が言っていたんだ。まさに、古くて固かったな」
もう、こうなることは見えていた。パパスは落胆しながらもそう語った。
「魔物は悪。きっとあの村のみんなはその考えが強いのだろうな。魔物をしたがえ、共に生きるという考えはあり得ないのだろう」
「…………」
リュカはそういわれると俯くしかなかった。自分は魔物と仲良くできる能力がある。だから魔物と一緒にいるのは普通のことだと思っていた。でも、あれが世間の反応なのだ。今までに出会った人間が、特別だっただけだ。人々は魔物が、嫌いなのだ。
「……なんでボクたちは嫌われるのかな?」
「私たちが魔物だからさ。魔物は人々を襲い、平和を乱すだけの存在なんだ。リュカさんに導かれた我々が特別なだけなんだ」
「そっか……でも、なんかそれも寂しいね」
ホイミンとピエールの会話は、とても寂しいものだった。魔物という現実を突きつけられ、リュカとは対等に立てないことを示されてしまったのだから。
リュカは二匹の頭を撫で、大丈夫だと宥める。そして落ち込んでいるゲレゲレを抱き締めた。
「くぅーん」
悲しげに鳴くゲレゲレの声が心に染みる。リュカはぐっと腕に力を込め、そっとささやいた。
「大丈夫。君たちは僕が守るよ。僕と父さんは、君たちの味方だから。さぁ、いこうか」
リュカは立ち上がり、ゲレゲレをポンと叩いた。ゲレゲレは元気を取り戻したようで、ピエールとホイミンにも同じように叩く。二匹は笑顔を取り戻し、リュカへと近づいていった。
パパスは瞳を閉じ、気持ちを入れ換えると、リュカの肩に手を置いて、いくぞと告げたーー
その時だった。
「待っておくれよ!」
誰かに呼び止められたので一行は振り返る。なんと年のいった女性が走ってこちらへと向かってきた。
「はぁ……はぁ……やっと見つけただ……」
「失礼ですが、貴女はどちら様で?」
女性は呼吸が整うのをまって、パパスの質問に答えた。
「……あたしは村長の妻だべさ」
村長ときいて、リュカとパパスは目付きを鋭くさせる。
「また文句をいいに来たのですか?」
リュカが憎まれ口を叩いたのでパパスはよせといい、リュカの肩を強く握る。
だが、女性はパパスを止めると首を振って否定をした。
「とんでもねえ。あたしはその逆だ。お礼を言いに来たんだべ」
「お、お礼ですか……?」
意外なことを言われたリュカはあっけにとられるようにオウム返しをする。予想と180度違うことを言われたので本当にビックリしてしまったのだ。
「あんたすごく悪い人に思われてるけんど、あたしはそうは思わねえ。あんたがそんなことをするわけないってあたしには分かるよ。だからあたしだけでも言わせてくれ。村を助けてくれて、ありがとな。これで飢えに苦しまず、安心して生活できるべ。じゃあな」
そういうと彼女はたったと村へと戻っていった。まるで嵐のようにしゃべって消えていった彼女に、リュカたちは自然に気分が落ちつかせられていた。
「……どうやら、例外もいたようだな」
「そうだね。報われた気分になれたよ」
リュカは手に持つ残りの1500ゴールドを袋にしまうと、父の顔を覗き込む。パパスの顔はいつものように優しく、頼れるものに戻っていた。リュカは安心し、ゲレゲレの頭を撫でた。
「くぅーん」
ゲレゲレは嬉しそうに応え、尻尾についたリボンもゆらゆらと揺れている。リュカは、それに目がつき、視界がフォーカスされる。そして、遠い遠い思い出へと誘われていく。
2歳年上の幼馴染みと二人で秘密の冒険をし、短い間だったけれど沢山遊んだ。たくさん話した。
(また、会いたいな。ビアンカにーー)
リュカはゲレゲレを撫でる手を離し、そっと空へと伸ばす。届かないのはわかっている。でも、リュカは伸ばさずにはいられなかった。
『またいつか一緒に冒険しましょう! 絶対よ、リュカ!』
その言葉はただの子供の口約束だけれども。
リュカは信じるように、ぐっと宙で何かを掴むように拳で握った。
「……リュカ、何してる?」
突然、横から声が飛んできて、リュカは思わずびくりと肩を跳ねさせる。リュカは慌てて先へともう進んでいるパパスを含めた仲間たちの元へと駆け寄った。
本当に胸くそ悪い話ですよね。私もこれをはじめてやったときはえって凍りつきましたね。なにいってんだこいつと聞き返したかったくらいですよ。