DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~ 作:トンヌラ
前持っていっておきますが、神の塔のイベントはありません。理由は後書きで説明いたします。
「ここが神の塔か……なるほど、確かに荘厳だ」
パパスは天を穿つように高く聳える塔を見上げながら感想を漏らす。その感想はおおむね正しいものだ。この塔は神が作り上げたものであるため、威厳たっぷりなものになっている。
その雰囲気に対して平静でいられる人間は、そうはいない。
「なんだか私、緊張してきました……」
マリアは僅かに体を震わせて、それを抑えるように両手で体を抱く。これからマリアは、自らが神に仕えるものとして確かな力を持っているのか試されるのだ。加えてパパスたちをこの塔に入らせなくてはならないとなれば、相当なプレッシャーがかかるのも無理はないだろう。
ヘンリーはそんなマリアの肩にポンと手を置いた。
「大丈夫だ、マリアならできるぜ! 自分を信じろ!」
そう言うと、ヘンリーはマリアの背中を軽く前に押し出して、リュカたちを後ろに下がらせた。
マリアはなおも不安そうにヘンリーを見続けた。助けを求めるように手を伸ばしかけた。が、覚悟を決めたのか、その手を引っ込めて目の前の試練に挑むべく前進した。
マリアは扉の前で膝まつき、静かに祈り始める。
「神よ……どうかその神々しい扉を、開き給え……」
マリアは必死に瞳を閉じ、念じ続ける。
(お願いです神様……リュカさんやヘンリーさんたちをどうか、この塔へと導いてくださいませ……)
マリアのその心からの願いが神の塔へと発せられた。その刹那ーー
「……あっーー」
リュカとヘンリーは同時に声をあげた。何と、天から扉に光が降り注がれていくではないか!
その光を浴びた扉はキラキラと光り、辺りをまばゆく照らす。やがてそれが消えると、扉はゆっくりと開けたのだった。
マリアは瞳を開けた。そして確信した。自らの力が神に認められたことを。
「まぁ、開きました! よかったですわ……」
マリアは嬉しそうに表情を緩めると、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。恐らく緊張が解けてしまったのだろう。ヘンリーたちはかけよってマリアを支えると、彼女を激励した。
「やったなマリア! お前すげぇよ!」
「うむ、よくやったぞマリア殿。本当に感謝する」
「マリア、頑張ったね!」
「皆さん……ありがとうございます。本当に嬉しいです」
マリアはヘンリーに肩を貸してもらって立ち上がり、ぱっと服についた土を払う。
「さて、行くとしようか」
パパスが開けた神の塔の奥を見つめながら声をかけた。神の塔の中はどうやら庭のようになっているようだ。
「そうだね。マリア、歩けるかい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「もしキツかったら俺が担ぐよ。じゃあいこうぜ!」
リュカが先頭に立って、パーティーは神の試練に挑みに中に入ったのだった。
神の塔は、先程のマリアの件からもわかる通り、神に仕える子への試練の塔としての側面もあわせ持っていた。階を上がっていくにつれ魔物は強くなり、足場も狭くなっている。しかも大きな穴がぽっかりと中央に空いているため、一度足を踏み外したら大変なことになる。
それでも一行はマリアを守りながら魔物と戦って先を進んだ。そしてその途中でホイミスライム、ホイミンを仲間にし、歩き疲れたマリアや傷ついた仲間を癒し続けた。
「貴重な魔力を私のために使ってくださるなんて、すみませんホイミンさん」
「大丈夫だよ! ボクまだまだ魔力あるし! ……それに正直あの人いるからボクあんまり役目ないと思うし」
ホイミンは少し困った顔をしながらたくさん生えている触手の一本を、前方で戦っているパパスへと向けた。マリアはあぁと納得した。
確かにパパスはほとんど傷を受けておらず、同じく前衛のリュカやヘンリーの回復もすべてパパスが行っている。ピエールは、マリアに寄ってくるおこぼれの魔物を処理しているが、ピエールも自分で回復できる。つまりホイミンはマリアの疲労回復にしか出番がないわけだ。
「でもホイミンさんがいなければ私はこうして疲れをとれません。ですから感謝していますよ」
「えへへ……そういわれると嬉しいなあ」
マリアはホイミンを撫でるとすごく嬉しそうに微笑んだ。
「ふぅ……片付いたな。マリア、大丈夫か!?」
ヘンリーは最後の魔物を切り捨てるとマリアへと駆け寄った。マリアはふるふると首を縦に降ってヘンリーを安心させる。
「心配要りません。ピエールさんとホイミンさんが守ってくださったから怪我ひとつないですよ」
「よかった……じゃあ、先に進もうぜ!」
「はい!」
その後も魔物を撃退しながら順調に一行は進んだ。パパスがあっという間に斬り伏せてしまうためほとんど足止めを食らうことなくどんどん進められてしまうため、すいすいと階を上がることができた。
そして、最上階にたどり着いて、ついにラーの鏡を見つけることができた。
だがーー
「おいおい……道がなくなってるじゃないか!?」
最上階に奉られているラーの鏡までは一本道になっている……はずだった。ちょうど真ん中辺りにぽっかりと十数メートルほど道が切れてしまっているのだ。
「リュカ……ここは何階だ?」
「恐らく、5階だと思う」
「ご、5階!? そんな高さで落ちたら……」
そう、言うまでもなく死ぬ。いくら魔物と戦えるほどの頑丈な体を持っていても、物理法則が生み出す強大な力には耐えられない。
リュカは何か手はないかと思い考えるとふとホイミンが視界に映った。その瞬間、何かがひらめいてつい声をあげていた。
「……そうだ! ホイミンならきっとここを通れるはずだ! ホイミンは浮いてるから落ちることはない!」
「あっ、なるほど! それならとれますね! ホイミンさん、できますか?」
「できるよ! ボク浮けるもん!」
マリアに問いかけられたホイミンはヤル気満々だった。ようやく自分が大きく役に立てる時が来たのだ。
「よーし、いくぞー!」
ホイミンはフワフワと浮かびながら切れている道を進んでいく。果たしてホイミンの体は奈落の底へと落ちることなく、すんなりと向こうへと渡ることができた。
そしてホイミンは触手を伸ばしてラーの鏡を持ち、大きく掲げて見せた。リュカはぱっと笑顔を咲かせてホイミンを労った。
「おおっ、よくやったホイミン! さぁ、戻っておいで!」
「うん、今からいくよ!」
ホイミンは元気よく返事し、戻るべく体の向きを変える。
が、ホイミンの触手はプルプルと震えていた。そしてホイミンの触手もギリギリ地面に着きそうだ。
「うっ……これ結構重い……」
「だ、大丈夫ですかホイミンさん!?」
「だ、大丈夫……うわっ!?」
ホイミンがマリアの返事に答えようとしたとき、ついに触手が限界を迎えたのか、ラーの鏡がずるっと手元から離れてしまった。ラーの鏡は無事だが、もしあのぽっかりと空いている場所で同じようなことが起こったら、それは大惨事だ。
「……ホイミンは力がなかったか……」
ヘンリーが力なく呟く。望みは潰えてしまった。もはや誰も取りに行くことができない。
どうしようかリュカと相談しようとしたそのときだった。
「……リュカ、わしの剣を持っててくれ」
突然パパスがリュカに剣を差し出した。何のことかわからず剣をそのまま受け取ったリュカは後ろに下がる父をただ見ていた。
が、パパスが息を吸って前傾姿勢になったその時に、リュカを初めその場の全員がその意図を理解した。
「ま、まさか……飛び越えるつもりじゃーー」
そう、ヘンリーの言うまさかは的中していた。
「ぬおおおおっっーー!!!!」
パパスは気合いを込めて叫ぶと、猛スピードで駆けていき、地に力を込めて飛び上がった。パパスの体はまるで風船のように軽く、しかし弾丸のように重く空中を進み、向こう岸までカーブを描いた。
空白を飛び越えたパパスは激しい音と共に難なく着地し、ふぅと息をはくと、何もなかったかのようにスタスタとホイミンの落としたラーの鏡を取った。
「うっそぉ……」
その光景を見て、思わず皆が目を剥いた。息子であるリュカもまた、父の並外れた身体能力に度肝を抜かれていた。
パパスは注目を浴びていることも特に気を止めず、ラーの鏡を持ったまま、再び助走をつけてリュカ達の元へと飛び移り、簡単に戻ってきた。神の試練を、肉体であっさりはね除けたのだ。
その後はホイミンもノロノロとこちらに戻ってきた。
みんなが揃ったところで、リュカがパパスからラーの鏡を受け取ってお礼をいった。
「ありがとう、父さん。まさかあの距離を飛ぶなんて思わなかったよ」
「なに、あれくらい大したことはない。いずれお前もできるようになるさ。では、行くとしようか」
パパスはリュカの肩に手を置いてにっと笑った。ヘンリーはパパスという男の、強さと優しさを改めて感じ取った。
「……流石はパパスだな。強いし優しいし……あんな父親、滅多にいないよな」
「私、初めてパパスさんのお力を見ましたが、本当にすごいですね……」
ヘンリーの、独り言に近い言葉にマリアは反応した。ヘンリーは若干戸惑いながらも平静を装って返す。
「……もはや人間をやめてるよな、あの人。でも、ちゃんと父親もしてるんだから、すげぇよ。俺も……ああいう父親になれたらいいな」
ヘンリーは、はぁとため息をついてパパスとリュカを眺めた。ヘンリーの小さい頃は、ああしてもらった記憶がない。
父からは確かに愛されてきた。けれど王という立場である以上、ヘンリーに構っていられる時間も少なかった。加えて義母からは愛情を全く注がれなかった。だから、親との触れ合いをヘンリーは知らないのだ。
だからもし自分に子供ができたら、できるだけ愛情を注いでやりたいと思っている。子供の頃の自分のようには、なってほしくないからだ。
ただもっとも今は妻どころか彼女だっていない。そんな状況でこんなことを考えるのは早すぎた。ヘンリーがやれやれと心の中で呆れていた、その時だった。
「きっと、なれますよ。ヘンリーさんは立派な父親に。あなたはとても、お優しい方ですから。私を庇ってくださったのですから、強くて優しい人ですよ」
マリアの、純粋な笑顔で放たれた言葉はヘンリーの胸の中にスッと入り込み、心が暖まった。ヘンリーにはどこか劣等感、そして罪悪感があった。自分はリュカとパパスに迷惑をかけてしまった。自分はこの中の誰よりも劣っている。そう思っていた。
けれど今の言葉で、どこかに消えてしまった気がした。マリアに言われたからなのか、それはわからない。でも、靄が晴れた気がしたのだ。
そしてどうしようもなく胸が高鳴っていくのを感じた。ヘンリーは羞恥からか、どうにか作り笑いを見せて言葉を紡いだ。
「あ、あははそっか。けど俺には恋人もいないしな、父親もくそもないよな! まだまだ当分先かも、しれないなあ……」
「……そうですね。でもきっと理想の人が見つかりますよ」
ーーもうすでにいるよ。
ヘンリーはそう言いたかった。でも、言えるわけがない。マリアのことが好きだなんて、恥ずかしくて言えない。それに、ヘンリーはある推測をしていた。
マリアはきっと、リュカのことが好きだってことを。
リュカの方はどうだかは知らないが、きっとマリアはリュカに気がある。リュカと話すときは嬉しそうだし、帰ってきたときはリュカの名前を先に読んだ。だからきっとーー
「おーい、そろそろいくよ!」
思索に耽っていたヘンリーをたたき起こしたのはリュカの声だった。ヘンリーは慌ててリュカの方を見る。どうやらリレミトで神の塔を脱出するようだ。
(そうだ、今はこんなこと考えてる場合じゃない。この鏡で偽物を暴いて、国を救わなくちゃいけないんだ!)
ヘンリーはリュカの声で自らに課せられた使命を思い出し、気を引き締めた。そしてマリアをつれてリュカの元へと向かう。
「全員揃ったね。じゃあいくよ。ーーリレミト!」
一行を青い光が包み込むと、あっという間にその姿は消えていった。
***
神の塔を抜け、北上していくととあるほこらを見つけた。旅立つ前にエリサに教えてもらったのだが、そのほこらにある旅の扉を使えばラインハットの城にたどり着くそうだ。一行は早速旅の扉に入った。
ぐるぐる回る渦の中から這い出てきた一行は軽い酔いに耐えつつも玉座を目指す。が、玉座にはデール王の姿はなく、困惑した大臣だけがいた。
大臣によるとどうやらデール王は、地下牢獄に閉じ込められていた大后を解放し、なんと上の階にいるもう一人の大后の元へと連れてきてしまったようなのだ。結果、自分という存在が二人いれば争いにならない筈もなく、取っ組み合いの喧嘩になってしまったようのだ。
慌てて上の階駆けつけてみると、どうにか喧嘩自体は収まっているようだった。が、大后がいる部屋に入ってみると、相変わらず睨み合いが続いていた。
「あっ、兄さん! 良かったよきてくれて……」
中にいたデール王がパッと顔を輝かせてヘンリーに駆け寄る。ヘンリーは笑顔にならずに呆れたように質問する。
「あのなぁ……なんでオフクロをここに呼んだんだよ?」
「僕なりに何かしようと思ってやったんだけど……ダメだ、どうも僕のやることはへまばっかりだ」
デールははぁとため息をついて項垂れる。
「全く、しっかりしてほしいもんだぜ……まあいい。鏡をとってきたからな。これで確かめてやるぜ」
「ほんとかい!? じゃあ早速頼むよ!」
デール王が言った直後、リュカは袋からラーの鏡を取り出して大后達の前に向かった。
リュカはちらりと右の大后を見る。薄汚れた格好をしており、とても品格を感じさせないが、牢屋に入れられた大后もこんな感じだった。
「デール、この母がわからないのですか? さあこっちにいらっしゃい」
そしてとても柔和なトーンでデール王に話しかける。正直今までの話を聞いていて、こんなに優しい人間という印象は受けなかった。だからこちらが偽物ではないかと密かに思った。ただいずれにしても真偽は確かめるべきだ。
「失礼します」
リュカはそっと鏡を右の大后に向けた。がーー鏡に映ったのは、見た目通りの年老いた貴婦人だった。ということは、真の姿のままであり、偽物ではない。
(ということはーー)
リュカはちらっと左側の大后を見た。彼女はというと、きつい視線をずっとこちらに送り続けており、ずいぶんと不機嫌そうだった。
「ええい! 私が本物だということがなぜわからない!? その薄汚い女を早く牢にいれてお仕舞い!」
しかも口は相当悪い。正直こっちが本物な気もする。ただ、隣はそのままそっくりの姿が映し出された。
リュカは悪い予感を感じながら、大后に近づいた。
「失礼します」
リュカは恐る恐る、鏡を向けた。鏡に映ったのはーーなんと目の前の光景とは全く異なるものだった。もはや人間ですらなくーー魔物と形容すべきかもしれない、醜悪な人形の化け物が映っていたのだ!
「「なっ……魔物だって!?」」
それだけでは終わらなかった。なんとラーの鏡が光だし、大后に照射されていく。その光は、仮初めの姿を剥がし、真実をさらけ出す。
果たして、光の中より現れたのは、鏡に映った、低身長の化け物姫だった!
「な、なんてことだ……これが偽物だったとは……!」
デール王は驚きで腰を抜かしている。無理もない。今まで母親だと思っていた人間が、魔物だったのだから。そして真実を知った。この魔物が、母になり済まして悪政の限りを尽くしていたのだ。この魔物が、ラインハットを腐らせたのだ。デールは魔物に、そして自分に対する怒りで震えていた。
突如姿が変わったことに困惑している魔物はリュカを睨み付けて、ドスの聞いた低い声で喋る。
「まさかラーの鏡を持っていたとはな……ええい、仕方がない! お前達全員を食いつくしてやる!」
そう言うと、大后は牙のたくさん生えた口を大きく開けて叫んだ。耳がキンキン響くほどの喧しい音に思わず全員が耳を塞ぐ。
数秒ほど続いた、鬱憤ばらしだと思われる叫びが終わったあと、ヘンリーはすかさずデール王に指示を出した。
「デール、オフクロとマリアを連れて早くここから出ろ! あとは俺たちでこの化け物をぶっ潰す!」
「そんな! 兄さんも一緒にーー」
が、ヘンリーはきっと睨み付けてデール王の言葉を遮った。
「うるさい! 子分はいいから親分のいうことを聞いてろ!」
ヘンリーはそう叫ぶと剣を抜き払って構える。デール王は、尚も兄を見つめ、逃げるよう訴えたが、もはや兄はここから引くつもりはないようだ。
観念したデール王はヘンリーにわかったと小さく言い残して、大后とマリアを連れてその場を離れた。
「よし、うまく逃げたようだね」
リュカは戦えない人がいなくなったのを確認すると剣を払う。パパスも腰から剣を取り出して慄然と構える。ピエールもホイミンも臨戦態勢に入っている。
「殺す! みんなみんな俺様が殺してやる!!」
ニセの大后が再び大きく口を開いて叫ぶ。ヘンリーは剣を握る手に力を込めて、諸悪の根元であるニセ大后を見据えた。
こいつを倒せば全てが終わる。そう信じ、ヘンリーは振り返って叫んだ。
「ーーよし、いくぞ!!」
ヘンリーの合図のもと、戦士達は一斉にニセ大后へと斬り込んでいったのだった。
ラインハットを救う最後の戦いが、今始まる。
神の塔での、パパスとマーサの幻影が映し出されるイベントですが(リメイク版のみ)、神の塔の設定として魂の記憶を映し出すというものがあります。ゲーム本編のマリアの台詞(そういえば 神の塔は たましいの記憶が宿る場所とも言われているそうです)からもわかりますが。恐らくこれは死んでしまったパパスの魂の記憶ということになるのでしょう。生きている人間(マーサの魂)を示す意味はないですからね。ですが本作ではパパスは生きていますのでこのイベント自体は成立しないと考えたのでいれませんでした。この選択が果たして正しいかはわかりませんが、このイベントの効果としてはやはり死んでしまったはずのパパスに会えるという驚きと、マーサの存在の再確認であると思われるため、このSSでは正直あまり必要ないかと考えられます。
長文失礼しました。