DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~ 作:トンヌラ
サンタローズから東に存在する国、ラインハットに向かう一行は関所を目指す。ラインハットに向かうには関所を通る必要があったからだ。もっとも、関所といっても悪人でない限りは誰でも通れるようにはなっているため、すんなりと国には入れるはずだ。
少なくとも、10年前までは。
「ここから先はラインハットの国だ。太后さまの命令で、許可証のないよそ者は通すわけにいかぬぞ!」
「許可証だって……?」
ヘンリーは思い出す。確かまだ自分がラインハットにいたころはそんなものはいらなかったはずだ。町民は誰でも国を入ることができたし、門番の警備はとてもゆるいものだった。しかし今はかなり厳格になっており、とても通してもらえそうにない。
「私はラインハット国王に話があるのだ。どうかここを通されたい」
「だめだ。許可証がないのなら通すわけにはいかない」
門番は態度を変える様子はないようだ。リュカとパパスはヘンリーのほうを見た。元ラインハットの王子のヘンリーなら何か打開策があるのではないかと期待したのだ。
だが、ヘンリーは厳しい表情を険しくしてそれに応える。どうやらヘンリーにもお手上げのようだ。
「仕方がない、いったん引き返そう。いこう、ヘンリー」
リュカは皆を引き連れてラインハットの関所を後にしようと背を向けた。が、呼び掛けられたヘンリーは動かなかった。不審に思ったリュカはヘンリーへと振り返る。
「……ヘンリー?」
リュカがヘンリーを呼ぶが、ヘンリーは応じず、あろうことかすたすたと門番のもとへと歩みより、脛を蹴り上げたのだった。
「あたっ!?」
「ヘンリー、何を!?」
リュカは駆け寄ってヘンリーを諌めようとする。が、ヘンリーの発した次の一言でリュカは思いとどまった。
「ずいぶん偉そうだな、トム!」
(え……?)
ヘンリーはにやりと笑いながら門番を相手にする。しかも、トムと呼んでいる。門番は困惑しつつも怒鳴った。
「あたたたた……無礼な奴! 何者だっ!? どうして私の名前を知っている!!」
だがヘンリーは門番の声にひるむことなくしゃべり続けた。
「相変わらずカエルは苦手なのか? ベッドにカエルを入れた時が一番傑作だったぜ」
「……き、貴様ーー」
門番は持っていた槍を強く握りしめ、ヘンリーへと向けようとしたが、突如凍ったように動きが止まる。つづいて、アワアワと口を開閉させた。
「そんな……! ま、まさか……」
「そう。俺だよ、トム」
門番は槍をポロッと落とし、目に涙をためてヘンリーへと駆け寄った。
「やはり……やはりそうでしたかヘンリー様!! まさか生きてらしたとは!! お懐かしゅうございます! 思えばあの頃は楽しかった。今のこの国はーー」
「止せ。兵士であるお前が国の悪口をいうと面倒だぞ。それでトムーー通してくれるな?」
「はいっ、どうぞお通りください!」
先程とはうって変わった態度でヘンリーに接している。パパスとリュカは正直呆気にとられていた。
「その門番は、ヘンリー王子の知り合いなのか?」
「まぁな。こいつカエルが嫌いでさ、よくイタズラしてたんだ」
「全く……小さい頃の君には困ったものだな」
同じく苦労を掛けさせられたリュカは門番のトムに同情しながら苦笑する。確かに子供の頃のヘンリーは相当なワルガキだった。
「ハハハ、確かに小さな頃のヘンリー王子にはよく泣かされました。ですが、今となってはいい思い出です。そういえば貴殿方はヘンリー様とどういった関係で?」
「旅の仲間です。訳あって一緒に旅しています」
「なるほど……先程は大変無礼な真似をしてしまいました。どうかお許しください」
「お気になさらないでください。ではヘンリー王子、行くとしようか」
「そうだな! トム、また会おうぜ」
「はい、どうかお気をつけて!」
トムは頭を下げて、ヘンリーたちを見送った。ヘンリーは親指を立ててそれに応え、関所を抜けていった。
「……」
関所を抜けてラインハットについたヘンリーは、ただ無言で城下町を眺めていた。人々の目は死にかけており、どよんと空気が沈んでいる。商売人も活きがなく、ただ機械的にものを売っているような感じだった。昔は程よく賑わっており、国民も楽しそうだったのに。
それもそのはずだ。立ち寄った宿にいた旅の戦士から聞いたのだが、高い金額で屈強な戦士を迎え入れる代わりに国民に重税を課しているのだ。町民に活力がなくなるのも頷ける。
また、政治もかなり横暴なようだ。城と町を結ぶ橋の前で恵みを求めていた貧しい母親と子供が言っていた。夫が国の方針に逆らったせいで8年も投獄されてしまい、仕事もなくこうして貧しい思いをしているようなのだ。しかも重い税によって窮困さに拍車をかけている。ヘンリーはせめてものの詫びの気持ちを込めて二人に100ゴールドを分け与えた。
ヘンリーたちは城へと続く橋に向かい、渡ろうとする。が、後ろから誰かに呼び止められた。
「旅の者か? ラインハット城には近づかん方がいいぞ。命を落としていいのなら話は別じゃがの」
「……そんなに今ラインハットは危険なのか?」
ヘンリーは声の震えをどうにか抑えて聞いた。
「危険じゃよ。先の王が9年ほど前に亡くなって、第二王子デールに王位を譲ってからは地獄に変わってしまったわい。ワガママだった第一王子が行方不明になったから第二王子が継いだようじゃが、これはこれでひどいものじゃよ……」
「……そっか。でもじいさん、俺たちいかなきゃいけないんだ。忠告、ありがとな」
ヘンリーはきつく唇を噛み締めてどうにか感情を抑えながら、橋を渡る。リュカとパパスもその後を追った。
「ヘンリー……大丈夫か?」
リュカは橋を渡りながら、ヘンリーに声をかける。ヘンリーは振り向いて作り笑顔で言った。
「大丈夫だ。これくらいは言われると思ってからな。それよりもさ、二人にお願いがあるんだ」
ヘンリーは立ち止まって二人の方をみた。
「俺がヘンリーだってこと、しばらく秘密にしてほしいんだ。もう少しこの城の内情を探りたいし、ばれたら大騒ぎだ。だから、頼むぜ?」
「わかったよ、ヘンリー」
「承知した」
二人からの快い返事が返ってくるとヘンリーはありがとうと感謝して橋を渡りきる。一行は門番がなぜかいない門を開けて中に入っていった。
***
ラインハット城の中は、簡単に言えば異様だった。まず、城の奥には限られたものしかいけないということだ。そもそも城に入ること自体、いや、もっと言えばこの国に来ること自体が限られた人間しか許されていない。そのなかでさらに限るというのは異様でしかない。まさに独裁政治の現れだ。
そしてもっと異様なのは、その条件だ。大后様の許可をもらったものというが、《国王様》ではなく《大后様》なのだ。ということは大后がかなりの権力を所持していることになる。
さらに城の手前側の階段を上ると、なんと魔物が城の料理を好き勝手に食べていた。城の中に魔物がいること自体、まずあり得ない。しかし兵士が動く様子もないので、恐らくこれは誰かが雇ったのだろう。
やはりこの城は狂っている。そう思った一同であった。
とりあえず城の入り口に戻って、パパスは溜めていた言葉を吐き出した。
「……10年前とは、天と地ほどの差があるな。魔物まで侍らせているとは……」
「実権を握っているのはヘンリーの義理のお母さんだろうね。でもどうしようか、奥にも入れてもらえないんじゃ……」
「おいおい、ここで引き下がるのかよ! ……っても入れないんじゃ仕方がないか。……いや、待てよ!」
ヘンリーは城と町を隔てる川を見つめながら何かを思い出す。そして、リュカとパパスにアイディアをぶつけた。
「確かラインハットには抜け道がある! それを使えば外から中には入れるんだ!」
「なんと!? それはどこにあるんだ?」
パパスとリュカはヘンリーに食いつくように迫る。しかしヘンリーは頭を抑えながら答えた。どうやら正確には覚えてないようだ。
「……確か水路が怪しかった気がするんだ……」
おぼえていなくとも手がかりさえあれば動ける。パパスは感謝すると告げた。
「よし、とりあえずいってみよう!」
ヘンリーは水路なら覚えているといって、城の東側の脇まで案内する。そこまで来てリュカは思い出した。そこは確かヘンリーが10年前に連れ去られた場所だった。そこに浮かんであった筏を使って奴等は逃げていったのだ。ヘンリーもその苦い記憶を思い出しているようで、表情はあまりよくない。
一行は未だに浮かべてある筏を使って水路となっている川を進む。そして城の正面側に掛けられている橋の下を潜ると、開けた水門が見つかった。早速筏の進路を変えて、水門から城に乗り込んだ。
筏を止めて、抜け道に足を踏み入れたヘンリーは色々思い出したようで、閉じていた口を開く。
「そういえば、ここは何かあったときの脱出経路で城の外へと逃げるためのものなんだよ」
「へぇー、でもあんまり使われた様子はないね」
「まぁな。うちは戦争なんてほとんどしてないしな」
「……しかし、逃げるために使う道を、侵入するために使うちはな。しかも、ここの王子が」
パパスの軽い皮肉にヘンリーは笑って返した。
「全くだ。さっ、いこうぜ!」
ヘンリーが先頭を歩き、抜け道を進み始めた。
が、そこにはなんと、魔物が住み着いていた。城の中に魔物がいたのを実際みたため驚きは少なかったが、いざというときの抜け道に魔物を住まわせておくなど言語道断だ。パパスとヘンリーは魔物を倒しながら益々大后に対する怒りの情が強くなった。
そんな中、リュカは緑色のスライムに乗っかって剣を振るう魔物スライムナイトと戦っていた。
「はぁっ!!」
「グワッ!?」
が、やはりというべきかリュカの方が一枚上手であり、スライムナイトは奮戦も実らず、リュカに倒された。
しかしリュカもまあまあのダメージを受けており、息が乱れている。
「大丈夫か、リュカ」
他の魔物の相手を終えたパパスがすかさず気づいてリュカにホイミをかける。リュカの傷はたちまち癒え、呼吸も整った。
「ありがとう、父さん。じゃあ行こうか」
「ま、待ってくれないか!?」
リュカが行こうとしたところで突如誰かに呼び止められた。振り向くと、なんと傷ついたスライムナイトが起き上がってこちらを見ていた。
「おーい、大丈夫かリュカ……ってなんだこいつ!?」
別のところで魔物を倒したヘンリーがこっちに来た。スライムナイトはよろよろとリュカへと歩み寄る。
「リュカ! 早く止めをさせ!」
「いや、待ってくれヘンリー。彼はなにか言いたいらしい」
ヘンリーは叫んだが、リュカは意外にも冷静だった。
「どうしたんだい?」
リュカは剣を納めてスライムナイトの目を見ていった。不思議なことに、スライムナイトが纏っていた殺気が消えたような気がした。
「あ、貴方はとてもお強い……! ですから私は貴方と共に行きたいのです!」
「な、なんだって……!?」
ヘンリーは驚いてスライムナイトを見た。スライムナイトがしゃべったからではない。いや、しゃべったことに驚いたは驚いたのだが、それ以上に人間と共に行きたいと思うことに驚いた。先程までは殺す気でリュカを襲ったのにも関わらずだ。
(なるほどな……これがリュカの、マーサの力なのか。なんてすごいのだ……!)
リュカの力のことはモンスターじいさんに会ったときに知ったのだが、実際に目の辺りにすると感心してしまう。魔物は恐怖の対象であり、決して友好関係など築けるような存在ではない。が、リュカはその壁を悠々と飛び越えてしまったのだ。
「私はこの抜け道のことも熟知しています! どうか、仲間にお加えください!」
そういってスライムナイトはペコリと頭を下げた。リュカは優しい笑みを浮かべてスライムナイトの頭を撫でた。
「頭をあげて。わかった、一緒にいこう! 僕はリュカ、君は……えっと、名前はある?」
「ピエールと申します! リュカ殿、これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。……父さん、ヘンリー。彼を加えてもいいかな?」
リュカはヘンリーとパパスに許可をとる。二人はやれやれと言わんばかりにため息をはいて苦笑する。それもそうだろう、もはや無理矢理決めたようなものだからだ。
「お前勝手に決めやがって……。まぁ、いいけどよ」
「わしは構わないぞ。それに強い仲間は歓迎だ」
「ありがとう。じゃあ行こうか、ピエール」
「はい、ではいきましょう!」
新たな仲間ピエールを加えて一行は出発した。またも途中で魔物が襲いかかるが、ピエールの奮戦もあってか切り抜けることができた。
やがて一行は下に続く階段を見つけた。ヘンリーはそれをみて、またも何かを思い出す。
「……確かここを降りると地下牢屋だったな。きっと今はわんさか人がいるだろうぜ」
「もしかしたらここに魔物が多かったのも、囚人の脱走を防ぐためかもしれぬな」
軽口をたたきながら一行は階段を下りる。地下牢屋には魔物の気配はあるにはあるが、数は少ないためすんなりと進むことが出来た。
囚人達はというと、皆希望を失ったように顔を伏せている。中には大后に対しての恨みの声をあげているものもいた。死んでしまったものもいた。ヘンリーは終始俯いて囚人たちに心の中ですまないと謝った。
牢屋を抜け、上に上る階段が見えた。そろそろ地上に戻れそうだ。一行は駆け足で階段まで目指す。
がーー
「……ん? ちょっと待って!」
リュカは皆を呼び止めた。
「どうしたのだ、リュカ?」
「これをみて、父さん。ヘンリー」
パパスとヘンリーは戻ると、階段へと続く道から別れたスペースがあることに気づく。そこには、他の囚人よりも特段大きな牢屋があった。
パパスとヘンリー、そしてリュカはその牢屋に入っている人物を見た。
その直後、三人は目を疑った。
なんとその中にはーー高貴なドレスを来た貴婦人がいた。しかも、三人にとって、見覚えのある女だ。
「ーーあっ!!」
やがてヘンリーは気づいた。そこにいる女が何者かを。
「な、なんで……!? どういうことなんだよ!?」
諸悪の根元のはずの、大后が、その中に入っていたのだった。
しかし今から思えば大后はくそだなって感じますよ。