「……ん」
カーテンの隙間から差し込む陽の光に照らされ、私は目を覚ました。もう少し寝ていたい衝動に駆られるが、今日は用事がある事を思い出す。布団をめくり、体を伸ばして、しっかりと意識を覚醒させる。
今日の予定は9時からだったはず。ふと、時計を確認する。その針は既に8時半を指しており……
「空、起きて……! 」
慌てて隣で寝息をたてている同居人の体をゆすぶり、起こそうとする。が、中々起きようとしなかった。
「置いて、行くよ? 」
「それは困る 」
私が呟くと、空は勢いよく起き上がった。起きてるじゃんと軽くチョップをすると、笑いながら謝ってくる。
「おはよ、クロちゃん 」
そして、その笑顔に私は、朝の挨拶を返せないほど見とれてしまったのだ。
数秒間は動けなかったが、なんとか我に返り空に着替えるように促す。本当に時間が無いので、今日は朝ごはんは無しだ。きっとお昼には美味しいご飯が食べられるだろうし。
「ほら、行くよ、空 」
「ま、待ってよクロちゃん 」
空の手を握り、ある場所目がけて走る。もちろん、空のついていける速度に合わせて。
私達が目指している場所は、走れば直ぐにつく距離にある。なので、軽い化粧をしてからでもギリギリ9時前に間に合う事ができた。
そこは、少し古めのアパート。近くにコンビニは無く、お店も少し歩いた先にショピングモールがあるだけの、そこそこ不便なアパート。そのアパートの玄関前に私達は立っていた。
「もう、3年経つんだっけ? 」
「……うん 」
3年。それは、私が家を出てから2人に会ってない年数だ。もちろん、家出でもなければ喧嘩したわけでもない。
今から5年前に、コンビニで空に再開してからちょくちょくと同じ場所で会うことがあった。その際に、空の家族関係について何度か相談を受けたのだ。
空の家庭は、父親の勤めていた会社が倒産し、関係が崩れ始めたらしい。
今では、父親は別の会社に就職し、安定した暮らしを送っているらしいが、当時は養子である空にかなりきつく当たっていたようだ。
そんな相談を受けいるうちに、私も考えたしまったのだ。夫婦になった2人の間には、当然ながら子供ができる。そうすると、かなり負担が大きいのではないかと。そこで、当時の私は何を考えたのか、16歳になった途端に例の魚屋でアルバイトを始めたのだ。その時には既にアズキのお腹には赤ちゃんがいたため辞めていた。だから、すんなりと私を採用してくれた。そして約1年。17歳になった時、私は2人に空の境遇を説明し、2人暮しをすると告げた。
案外簡単に了承してくれて、格安の物件は、春斗が探してくれた。そして、3年間。今になるまで私は空と2人で過ごしていたのだ。
今思うと、かなり無茶な事をしたと思う。だけど、それも隣にいる人の笑顔のためだと、今なら思える気がした。
「ねぇ、いい加減に鳴らしなよ 」
「いや、なんか、緊張して…… 」
「頑張ったら、ご褒美あげる 」
耳元で囁かれた瞬間にチャイムを鳴らした。
「は、早いね 」
「私は、獣。 欲望には、忠実 」
チャイムがなり終わると、ドタバタと騒々しい足音が聞こえた。そして、解錠され、ドアが開かれる。
私の視線の先には誰もいなかった。少し視線を下げると、そこにはアズキそっくりの女の子が立っていた。もちろん、犬のような耳はない。
「久しぶり、小春 」
しゃがんで、頭を撫でてあげる。が、小春はそれを拒み、家の中に走っていってしまった。
「驚かせちゃったんじゃない? 」
「まぁ、覚えてるわけ、ない、か 」
奥からパパじゃなかったと声が聞こえてくる。あぁ、春斗は出かけてしまったのか。残念。せっかく娘が3年ぶりに帰ってきたっていうのに。
部屋の奥から出た顔を見て、何かが込み上げるような感じがした。
ピンと張った耳に栗色のセミロングの髪。3年前、いや、5年前から何も変わってない。
「クロネ! 」
私を見た途端、明るかった表情をより一層明るくして、駆け寄り、抱きついてきた。
「ただいま、アズキ 」
私も腕を腰に回し、抱き返す。本当に、感動の再会だった。
しばらく抱きつかれていたが、気が済んだのか中に入れてくれた。相変わらず狭い部屋だが、テレビ等が無く、私が出ていく前よりは広く感じた。
「すみません、クロネ、空ちゃん。 手伝ってもらっちゃって 」
そう、それこそが私たちが呼ばれた理由。これから、一軒家への引越しの手伝いをするのだ。
しかし、冷蔵庫も無ければ、さっきも言った通りテレビもない。他にも目立った家電も無いし、私達は何を手伝えばいいのだろうか。
「さて、そろそろ春斗さんも帰ってきますし、車に荷物を積む準備をしましょう 」
アズキは勢いよく押し入れの戸を開ける。そこにあったのは本の山で……
そういえば、こんな物もあったな。久しぶりに見たため、記憶から抹消されていた。
「ん、春斗、免許取ったの? 」
「いえ、持ってはいたみたいなんですけど、車が無かったらしくて 」
なるほど。まぁ、お世辞にもお金があったとは言えない家庭だったので仕方ないけれども。
私とアズキは、ダンボールに本を詰めていく。その間、小春の面倒を空がみる。空は子供が好きらしく、とても楽しそうに小春と遊んでいた。
「アズキ 」
「なんですか? 」
「多い 」
「あはは…… 」
こんな会話を何度か繰り返し、やっとの思いで詰め込むことができた。その箱の総数はなんと5箱。少ないように思うかもしれないが、ほとんど隙間なく詰めて5箱なのでかなり量があるはずだ。
詰め終わるとほぼ同時に、玄関が開く音がした。おそらく、春斗が帰ってきたのだろう。小春が玄関に駆けていく。その様子を見送った空は、なんだか悲しそうだった。
「おかえり、パパ! 」
嬉しそうに抱きつく小春を、笑顔で撫でるその姿をみて、なんだかからかいたくなってきた。
私も部屋を飛び出し、春斗に抱きついた。
「おかえり、春斗 」
ちらりと表情を見る。笑顔のまま、固まってしまっていた。
「く、クロネ! 久しぶり! 大きくなったなぁ!! 」
やっと一言発したかと思ったら、思い切り抱きしめてきた。なんだろう。この家族は抱き着き癖でもあるのだろうか?
それに、私がいくら大きくなっても2人を抜かすことは出来ないじゃないか。なんだ、180cmって。なんだ、170cmって。そんなに背が高いことがいいことか!
そんなどうでもいいことを考えていると、アズキが後ろから咳払いをした。振り返ると、顔だけを覗かせた空が、私のことをジト目で睨んでいた。かわいい。
春斗が帰ってきてから、作業は早かった。荷物は車に積むだけで、春斗が運んでくれたし、設置等も3人で行うとかなり効率よく終わるものだ。
お昼時には、久しぶりに春斗が料理を振舞ってくれた。メニューは、カルボナーラ。いつの間にこんな洒落た料理を作れるようになったかと、聞いたら、アズキが美味しいって言ってくれたと惚気け始めたので小春と遊んでいた空の元へ逃げた。
「そらおねーちゃん、これあげる 」
「ありがとう、小春ちゃんは可愛いねぇ! 」
同居人は、私の妹にデレデレになっていた。いい大人が何してるんだか。
「空、顔にやけてる 」
指摘すると、ハッと我に返ったようだ。
「でも、これくれたんだよ……? 」
空が受け取ったものは、折り紙でおそらくチューリップだと思われるものであった。3歳児で折り紙ができるなんて、この子は器用な子なのかもしれない。
私も遊びに加わろうとしたら、突然アズキに呼ばれてしまった。
「行ってきなよ、その間、私の妹と遊んでるから 」
「私の! 妹、私の! 」
柄にも無く大きな声で釘をさして、私はアズキのいるリビングへと向かった。
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リビングに着くと、そこには新しく買ったのであろう椅子に腰掛けた2人がいた。
2人は、私にも席に座るように促したので、遠慮なく座る。
「ありがとな、手伝い引き受けてくれて 」
「大丈夫。 私も、暇だったし 」
素っ気ないような返答をすると、何故か2人は微笑んだ。一瞬、その意味が理解できなかったけど、徐々に分かってきた。
そうか、今、私達は、久しぶりに3人で話をしているのだ。
そこから、まるで過去に戻ったような、あの頃なら当たり前だった会話が始まった。私がいなかった間の苦労話や、空との2人暮しの苦労話、小春が生まれてからの生活や空との思い出話。お互いの知らない日常を語り合った。
「なぁ、クロネ。また、一緒に暮らさないか? 」
唐突だった。動揺を隠せなかった私を見て、アズキが軽く笑う。
「2人で考えてみたんです。 もともと、クロネが家を出たのは生活費の負担と空ちゃんの事を考えての事。 でしたよね? 」
「う、うん 」
「今はもう、その両方が解決してるんです 」
その後も説明が続いた。簡単にまとめると、どうやら空のお父さんは倒産後、春斗と同じ会社に就職。そして私の知らぬ間に正規社員になり、出世をしていた春斗の部下になったらしい。で、仕事をしていくうちに仲も良くなり、飲みに行った時に互いの娘の親と知ったらしい。空のお父さんの話では、「私は、娘に酷いことをしてしまいました。 今は、やりたいことをやらせてあげたいです 」との事だったらしい。
「な? だから、クロネが遠慮する事ないんだ。また、一緒に楽しく暮らそう 」
優しく差し出される春斗の手。私は、悩んだ末その提案を…………
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すっかり空が暗くなってしまった。あの後、空と小春も含めて会話を楽しんでいたら、かなり遅くなってしまったのだ。
「でも、家が近いのは、 救い 」
「近くは無いと思うよ? 」
スマートフォンのマップで黒木宅から私たちの家までのルートを出す。2Km弱。歩いて30分ほどの距離だ。
「歩こう 」
私が手を差し出すと、黙って握り返してくれる。
「本当に良かったの? 一緒に暮らさなくて 」
結局、私は2人の提案を蹴ってしまった。少し残念そうにしていた春斗とアズキの顔が、すぐに思い出せるほど印象深い。
「いい。 親離れも、大切 」
実際、すぐに会いに行ける距離なのだ。前もそうだったが、ただ緊張して行けなかっただけなので、もう平気。それに、偶には顔を出すと約束してしまったし。
不意に、冷風が私たちを襲う。
「……ねぇ、クロちゃん。今日は、冷えるね 」
「そう、だね…… 」
空の腕が私の腕に巻き付く。そして、体を接触ように寄り添ってきた。
「ねぇ、クロちゃん 」
「ん 」
「ご褒美、楽しみにしててね 」
魅惑の囁きに、私はまた動揺してしまった。本日2度目だ。
それを、空は見抜いている。だから私をからかって面白がっているんだ。
自分にそう言い聞かせるが、鼓動は収まらないし妄想は止まらない。おそらく、明日は寝不足になるんだろうなと考えながら、2人で並んで家に帰った。
私は、今、最高に幸せだ。
2年間、ケモ耳娘拾いましたをご愛読頂き、本当にありがとうございました。
最後の無理矢理の百合成分は趣味です。本当にすみませんでした<(_"_)>ペコッ