不意に耳元で囁かれた。耳をくすぐられるような感覚に体が震え、少し後ずさる。しかし、それを許さないかのようにアズキが俺の体を覆い、押し倒した。甘い香りが鼻腔をくすぐり、2つの柔らかいものが押し付けられ、危うく理性がとびそうになっしてまう。
「春斗さん、聞こえますか? 」
また耳元で囁かれる。一瞬なんの事か分からなかったが、すぐに気がついた。
まるで暴れているかのような激しい鼓動。俺はこれを緊張した俺のモノだと思っていた。が、実際は違った。
アズキの告白は、本当にそういう意味での告白だったんだ。
俺がそれを悟ると同時に、アズキは俺の事を解放した。
「き、緊張しすぎて勢いで抱きついちゃいました……! 」
顔を真っ赤にしながら立ち上がる。
「急にごめんなさい。 冷めないうちにご飯にしましょう 」
配膳するために台所へ食事を取りに行こうとするアズキの手を掴み、思いっきり引っ張った。
よろけるように倒れそうになる体を支え、半強制的に俺の方に向き直させる。
「あ、危ないじゃないですか! 」
「悪いって。どうしても言わなきゃいけないことができたんだよ。 」
アズキの肩に手を置きつつ、クロネがどこかで覗き見していないかを軽く確認してから、俺も覚悟を決めた。
「俺も好きだ。結婚を前提に付き合ってくれないか? 」
俺はこの時のアズキの驚きと嬉しさが混じりあったような表情と、激しく振り回された尻尾の光景を忘れることはできないのだろう。
「春斗さん! 」
また抱きつかれてしまった。さっきとなんら変わらないハグ。今度は俺も抱き返してやる。アズキの体がビクッと震えたが、さらに力強く抱きしめられた。
「春斗さん。一生幸せにしてあげますね 」
「ちょっと待て、それ俺のセリフじゃないか!? 」
2人で抱きしめあったまま、しばらく笑いあった。用意されてしまった食事が冷めてしまうだろうが、今はそんなことどうでもいい。この幸せな気持ちを、1秒でも長く感じていたかったから。
どうやら、俺の幸せな日々はこれから始まっていくらしい。
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家にいられるなくなるような雰囲気になってしまったので、私は外へ飛び出した。元々私がまいた種だったが、それを見てしまうのは野暮だろう。
書き置きは玄関に置いてきたし、しばらくの間コンビニにでも行こう。お金は、春斗にお小遣いを貰ったから何か食べ物でも買おう。
「でも、コンビニ、遠い…… 」
ため息を吐きながら、数km先にあるコンビニを目指して夜の道を歩いた。
道中、猫に挨拶しながら歩いていたらあっという間にたどり着いてしまった。時刻はまだ20時にもなっていない。
急ぎ足で店内に入り、辺りを見渡すと、雑誌のコーナーに見慣れた人影があった。
「空? 何、してるの? 」
「あれ? 黒猫ちゃん!? 」
余程ビックリしたのか、大きな声で驚かれてしまった。幸い、周りに他のお客さんはいなかったが、店員さんには迷惑になってしまうだろう……。
「どうしたの? こんな所で 」
「それは、私のセリフ 」
私達は、互いの顔を見つめて、軽く笑いあった。その後、空は肉まんを、私はフライドポテトを買ってフードコートに向かった。
「はい、黒猫ちゃん 」
席に着くなり、空は自分の肉まんの半分をちぎり、私に差し出してきた。その行為に甘え、肉まんを受け取る。代わりに私のフライドポテトの約半分を空に渡した。もちろん、紙の上に乗せてだ。
「でも、すごい偶然だよね。 私、もう会えないと思ってた 」
「私も。 でも、会えて、凄く嬉しい」
私が微笑むと、空の頬が少し赤くなったような気がした。気の所為かな。
すぐにそっぽを向いてしまったので確認はできない。
「どう、したの? 」
「ご、ごめん。 なんでもないの 」
慌てて振り向いたその顔に赤みはない。やはり、さっきのは気の所為だったようだ。
「ところで、なんで黒猫ちゃんはこんな時間にコンビニに来たの? 」
「ちょっと、家に、居ずらくて 」
2人とも、成功してるといいけど。無意識のうちに緩んでしまった口元を無理矢理元に戻す。もちろん、その表情は見られていたわけで。
「ふぅん? 幸せそうだね 」
「とっても 」
私が笑顔で答えると、空も微笑んだ。そして、流れるように私を抱きしめる。
「ちょ、空? 」
「羨ましいなぁ 」
私はその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかってしまった。空は私から離れると、1枚の紙をテーブルに置いて背を見せた。
「またね、黒猫ちゃん 」
「待って 」
必死に引き留めようとするが、それよりも先に空は店から出ていってしまった。
さっきの羨ましいの意味。それはつまり、幸せな家庭に感じたものであったとしたら……
空は、幸せに暮らしていない事になる。
「……空 」
私の呟きは店内に流れているBGMによってかき消されてしまった。
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空が置いていった紙をポケットにしまい、家へと帰った。コンビニを出た時間は22時を回っていたので、おそらく30分頃だろう。心配かけてしまっただろうか?
いや、それよりも……。
私は首を横に振る。心配する必要は無い。あの2人なら、きっと。
ドアノブを捻り、中に入る。
「あ、クロネ! どこに行ってたんですか! 心配したんですよ! 」
居間に入ると、そわそわしながら座っていたアズキに怒られてしまった。さすがに心配をかけてしまっていたらしい。
軽く謝り、もう1人を探す。
「春斗は? 」
「クロネを探しに行きましたよ? 」
入れ違いになってしまったらしい。春斗にはめちゃくちゃ怒られそうだ。
「で、どう、だったの? 」
私の発言に、アズキは1度は首をかしげたものの、その意味にすぐに気がつき、顔を赤らめて手で覆い隠してしまった。その反応だけで十分だ。
つまり、私たちにはこれから最高の幸せが待っているらしい。
この日から、私が本当の家族になるまであまり時間がかからなかったのはまた別の話。
かなり雑な文になってしまいましたが、この話でケモ耳娘拾いましたは最終話となります。
今まで読んでくださった読者の皆さんには、感謝の言葉とこんな雑な終わり方にしてしまった事に対する申し訳なさでいっぱいです。
本編の方は終了しましたが、あと1話、後日談として番外編を投稿する予定ですので、そちらの方もぜひよろしくお願いします。