花火大会から数日が経過した。夏も終わりを迎え、秋へと差し掛かろうとしている。
俺達3人は特に出かける訳でもなく、家でのんびり過ごしていただけで夏が終わっていたわけだ。
でも、もう秋か。月日が経つのは早いものだとしみじみ感じてしまう。
そうだ。家に帰ったら、アズキとクロネに構ってやろう。最近仕事が忙しくなって構ってやってられなかったからな。
俺は少し上機嫌になったのを自覚しながら家に帰った。
「春斗さん。 お願いがあります」
玄関を開けるとそこには正座でアズキが待っていた。
その表情は真剣そのものだが、何故か頬が赤い。
「とりあえず、部屋で聞く」
アズキが頷いたのを確認してから、一緒に部屋に入った。
それからアズキはまた正座をし始めた。
「どうしたんだよ。 急に改まって」
「春斗さん、私に1週間お風呂を独占させてください」
いや予想外過ぎるわ。
どんなお願いもとい無茶振りを言われるかと心配したが、なんで風呂なんか……
「春斗。 私からもお願い。 ……獣は大変なんだよ」
横から袖をつまみながらクロネが言う。
なんなんだ?全く訳が分からない……
アズキの方に向き直す。よく見ると太ももを擦り合わせている。
「トイレ行きたいなら行けよ? 」
「ち、違います! 」
流石にデリカシーが無かった。アズキも、顔を近づけて大声で否定する程だ。よっぽど酷かったのだろう。
「あっ……」
何か、アズキの口から発せられた気がした。そしてみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
「っ! ごめんなさい! 」
「お、おい! 」
一言だけ謝られ、アズキは風呂に駆け込んでしまった。珍しく俺の静止も聞かずに、だ。
いったい、何がどうなってやがる……
「クロネ、お前は知ってるんだろ? アズキがどうなってんのか」
クロネは頷くが、でもと続けた。
「アズキの事は、そっとしておいて欲しい。 多分アズキは、春斗に知られるのを1番恐れてる」
俺に知られるのを……?
何故むしろ気になるように説明するのだろうか。でも、アズキが嫌がってる事はしたくない。
「別に、脱衣所に飯を置いておくのは問題ないだろ? 」
「それも私がやる」
どうやら、俺に近づかれたくないらしい。
仕方がない。とりあえず、飯は作ろう。で、クロネを連れて銭湯だ。アズキが落ち着くまでしばらく銭湯に通うことになりそうだが、これもアイツの為。我慢しなければ。
……思えば、1週間と言っていたから、こんな事を考えていたのだ。
アズキが風呂に篭って1週間が過ぎ、そろそろ2週間目に差し掛かろうとしていた。
流石に心配だ。でも、どうしてもクロネが風呂に行くことを許してはくれない。
どうにかクロネの目を盗むか? いや、でもやはりアズキが嫌がるし……
様子を見る方法を考えていたその時だった。
風呂からアズキの悲鳴が上がったのだ。
そこからの俺は早かった。部屋を飛び出し、クロネを掻い潜って風呂の扉をぶち開けた。
「どうしたアズキ! ってうわぁぁぁぁ!? 」
……最近は俺の予想外のことがよく起こる。確かにアズキが心配過ぎて、誰かが忍び込んでアズキを襲って悲鳴をあげたなんて常識的に考えてありえないことを考えてしまっていた。そんな予想が当たるはずもなく、風呂にはアズキ1人だった。
もう1つの俺の予想は、1週間以上風呂に篭っているのだから、まさかずっと入浴中なはずがなく、服を着ているだろう。だ。
ここは予想の通り、アズキは服を着ていた。確かに来ていたのだが、その上着は胸が出るまでたくし上げられ、スカートもめくれている。ブラ等の下着類は外され、左手は胸に、右手は……うん。
つまり簡潔に言うとアズキは自慰行為に及んでいたのだ。
「すまん! 」
俺はすぐに風呂を後にすべく振り返った瞬間、アズキに袖を掴まれた。
「春斗さぁん」
それはいつもアズキが困った時に俺を呼ぶ時と同じ呼び方だが、今回はトーンが違った。
普段はいくら困っていようが明るい声で俺を呼ぶが、今回は甘えるような声で俺を呼んだのだ。
「こっち、向いてください」
手が俺の肩を掴み、強制的に俺を振り向かせる。俺はアズキの裸を見ないようにすぐに目をつぶった。しかし、それがいけなかったのだろう。
目をつぶった直後、唇に柔らかいものが押し付けられた。
数秒の硬直はあったものの、すぐにそれがアズキの唇だと言うことに気がついた。
さらに舌も俺の口内に侵入しようとして……
「やめろ、アズキ」
来る寸前で無理矢理引き離した。
それでもアズキは止まらなかった。俺の手を掴み、自分の胸に押し当てたのだ。
すぐに手を振り解こうとするが、情けないことにアズキに力で負け、手を抜くことなんて叶わない。代わりに刺激してしまったのかアズキは少し息が荒くなっていた。
……女の子の胸ってこんなに柔らかいんだ
って、そうじゃない!
「やめろって言ってるだろ! 」
「やめられるわけないじゃないですか! 」
アズキの声が風呂場に響く。さっきまでの甘い声とは一変、悲痛を伴うような叫びだった。
俺の腕を掴む手にはさらに力が入り、赤く染まった頬に涙が伝っている。
「春斗さんが、いけないんです……。 私に構ってくれないから。最初は、ずっと私に構ってくれたのに、クロネが来てからクロネばっかり構って、私に甘えさせてくれないから、私を撫でてくれないから。私だけを、見ててくれないから! 」
そんな事はないと言いかけて止まる。俺が構ってやれてないから、アズキがこうなった……?
アズキをこんなふうにしたのは、俺なのか……?
責任や罪悪感が一気に押し寄せる。
もちろん、アズキの言っている事全てがホントのはずが無い。クロネばっかり構ってるなんて、そんな事はありえない。
それでも、アズキを傷つけていたのは事実だ……。
「……だから、今日くらい私に甘えさせてください」
不意の上目遣いに、ドキッとしてしまう。だって、凄い可愛いのだから仕方が無いだろ。
俺はアズキの腰に手を動かし、力強く抱きしめようと……
「春斗、どいて」
したその時、クロネに突き飛ばされた。
そこからの彼女の動きは早かった。
手に持っていた数粒の錠剤をアズキの口に放り込み、水で流し込んだのだ。
「お、おいクロネ、いったい何を?」
「即効性のある睡眠薬を飲ませた。 これで安心」
アズキはクロネに支えられたまま眠っていた。どうやら、睡眠薬というのは本当らしい。
「なんで、急に睡眠薬なんか」
「アズキは、この2週間発情期だったの」
思考が停止してしまった。
あ、あー、発情期、発情期ね……。そうか、アズキも犬なのか……。そりゃあ発情期くらいあるよな……
「何?俺は発情期の雌犬に襲われてたのか? 」
頷く。
そうか……。じゃあ、実は甘えさせてくださいってのは発情してたから……?
期待した俺が馬鹿だったか
「でも、危なかった。あのままだったら最悪、春斗が搾り取られて死んでたかもしれない」
「そんなに性欲強いのかよ! 」
そんな俺の突っ込みは、風呂場に反響して消えていった。
あれから、何日くらいたったのだろうか……。やはり、この時期になると記憶が曖昧になる。
でも、確か私はお風呂場に篭ったはずなので、春斗さんとクロネに迷惑はかけてないはず。
ゆっくりと瞼を開く。
見慣れた天井だ。
そう、いつも目が覚めたら必ず見る天井。
「何故、私は部屋に? 」
そういえば、服も変わってる気が……
と、ここで察してしまった。
「春斗さぁん!! 」
部屋から叫ぶと、すぐにやって来てくれた。
恐らく、台所にいたのだろう。
「お、目が覚めたか」
「目が覚めたかじゃ無いですよ! なんで私部屋にいるんですか!? なんで着替えてるんですか!? 」
クロネが風呂場から私を運べるとは思わない。それに、クロネ1人じゃあ私を着替えさせることはほとんど不可能だろう。
つまり
「……見たん、ですか? 」
「……すまん。 凄く、激しかったな、お前」
私はしばらく春斗さん家のお風呂場を占領した。