ALO:Rhinemaiden   作:小糠雨

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6th Act / ああ、顔よ。

 

 今日も今日とて腹は減る。

 響子はSAO生還者が集められた学校のカフェテリアで昼食を摂っていた。今日は家で作ってきたお弁当である。

 

「おーおー、あの二人まーたやってる。こりゃ後で弄ってやるしかないわ」

 

「里香、趣味がいいとは言えないわよ」

 

「そうですよリズ――じゃなくて里香さん。そっとしといてあげましょうよ」

 

「えー、いーじゃない。リア充爆発しろ!」

 

 いつものように対面に座る里香と珪子と雑談をしながら食事は進む。話題は現在のところ、ほぼ毎日陣取っているこの西側の窓際の席から見下ろせる中庭。そこのベンチでいちゃつく和人と明日奈について。

 

「大声出さないの。……ほらもう、周りの視線集めちゃってるじゃない」

 

「いやいや、視線集めちゃってるのはアンタよアンタ」

 

「響子さん、目立ちますからね……」

 

「ワタシ? って言っても、ここに通ってもうすぐ一年よ? さすがに皆慣れたでしょう」

 

「いや、それはない」「いえ、それはないです」

 

 言って里香と珪子は響子の姿を改めて確認する。

 癖が無く腰まで真っ直ぐ落ちるプラチナブロンドの髪。東欧や北欧あたりの血が強く出ていそうな顔つき。褐色の艶やかな肌。背は日本人基準では平均的。スレンダーな肢体。ただ胸部装甲はかなり控えめ。

 父方の祖父は純粋な日本人だが、親族のほとんどがいろんな国のハーフやクォーターで、本人さえももはやどこ人の血がどれほど流れているかわからない有様らしく――それが良い方に作用したのか、ちょっと有り得ないくらいの美少女として世に生まれ落ちたのが、この羽渕響子という人間であった。里香と珪子の、というか彼女と親しい者共通の率直な感想として、純和風な名前が容姿に全くと言っていいほど似合っていない。

 そんな彼女であるから、学校でも町でも無闇矢鱈と目立つのだ。加えてここは現実と同じ容姿であった旧SAOのプレイヤーが集められた学校で、さらに彼女は二つ名までついた攻略組プレイヤーだったわけだから、キャラ名は即バレ大拡散するわ視線は集めるわついでに好意や嫉妬もガンガンくるわで、友人たちは大いに心配したものである。尤も、本人はどこ吹く風であったのだが。

 旧SAOプレイヤーの女性人口はそう多くなく、よって生還者が集められたこの学校の男女比はかなり偏っている。慣れようが何だろうが、彼女が視線を集めることはもはや逃れ得ぬ宿業と化しているのであった。明日奈と並んでこの学校の二大美人と言われている。

 ――まあ、里香と珪子も美少女には変わりないため目立つのだが。比較対象が彼女らの中でぶっ飛んでいるせいで自覚は薄い。

 

「ていうかさ、前から気になってたんだけど」

 

「なあに?」

 

「アンタ、遼太郎のどこが良いの?」

 

「あ、私も気になってました」

 

「ああ、顔よ」

 

「え゙っ」「え゙っ」

 

 響子が真顔で即答したものだから、二人は思わず声を引き攣らせた。

 

「……何? その反応は」

 

「いや、だって、顔って……あの野武士面?」

 

「不細工とは言いませんけど、その……」

 

「…………?」

 

 本気で何だかわからない、という顔で首を傾げるその姿すら画になるものだから、親友を自称する里香と珪子すら少々黒い感情が湧き上がるが、それはともかく。

 

「…………まあ、いいわ。でも顔ってあんた、身も蓋もないわね」

 

「なぜ? 毎日顔を見ても嫌にならない、っていうのは結構大事だと思うけれど」

 

「いや、まあ、そうだけどね……」

 

「それに、たしかに最初は一目惚れだけど、それはきっかけにすぎないし。今はあの人の全部が好きよ、ワタシ」

 

「えっ一目惚れだったの!? アレに!?」

 

「ええ。……あら、言ってなかった?」

 

「初耳です……」

 

 二年を超える付き合いの中で初めて明かされた真実に二人は驚愕を禁じ得ない。

 

「や、三人とも。何の話?」

 

 そこへ黒髪の女子生徒が現れた。昼食を携えているわけではないので、既に食べ終えていると見える。

 

「あ、紗智さん」

 

「何って、コイツの旦那の話よ」

 

「ああ……えっと、…………コホン。クラインさんね」

 

「必死に本名を思い出そうとするも出て来ず諦める紗智であった」

 

「し、仕方ないでしょ!? あんまり聞いたことないんだもん! クラインさんはクラインさんよ!」

 

 里香と珪子と話しながら響子の隣の椅子に座った彼女は清水紗智。SAOに於いては、月夜の黒猫団という、メンバーが数名だけのギルドに属していた。和人と響子、遼太郎は数日間だけこのギルドを指導したことがあるのだが、それはまた別の話。

 この学校ではSAOでのキャラクターネームを使うことが一種の禁忌となっているため彼女も遼太郎の名を思い出そうと努力はしたが、なにしろ彼女が遼太郎と顔を合わせる機会は学外にしか無いうえ、その機会自体そう多くはない。学外でまで徹底的にキャラクターネームを避けているわけではないので、結果的に彼女が「壺井遼太郎」という名に触れることはほとんど無いのである。

 

「だから大声出すと視線が集まるってば」

 

「だから集めてんのはアンタだってのに。

 ……いや、そうじゃなくて。アンタほんとに一目惚れしたの? アレに?」

 

「そうだって言ってるじゃない」

 

「え、一目惚れ? クラインさんに?

 ……ないわー」

 

「ちょっと、SAOイチ良い子とまで言われた紗智にすらそうまで言わしめるほどおかしいっていうの?」

 

「おかしかないけど――」

 

 これが、彼女の日常。現実世界での彼女は、ただの高校生。

 ――ただ。

 

「そういえばワタシ、二一歳までこの制服着ることになるのね……」

 

「それを言うならアタシだって二〇よ……」

 

「私も二〇かあ……いいなあ珪子は。なんだかんだで現役高校生なんだから」

 

「い、いやあ……その……はい」

 

 最低でも三年は通わなければ大学受験資格が得られないこの学校を卒業する日までのことを思うと、一人を除いて暗澹たる気持ちになる。別に実質的な問題があるわけではないが、心が悲しみを叫びたがるのだった。

 

 

 

 

 

「そういえば響子、あなた今日は帰らなくていいの?」

 

「男連中で集まってアンディのところで飲み食いしてくるんですって。だからワタシも今日はどこかで食べてから帰ろうかな、ってね。

 和人も行くとか言ってたわよね?」

 

「うん。あと、たしかレコンくんも連れてくって言ってたかな」

 

「あー……それでかあ」

 

「どうしたんですか直葉さん?」

 

「やーその、普段は授業終わるとすぐさま、一緒に帰ろう! とかって飛んできて部活終わるまで待ってるのに、今日はいやに急いで帰ってったなーって」

 

「なに直葉、寂しいの?」

 

「ちょ、リズさん!? 違います!」

 

「普段のちょっと引くくらいのアプローチも、なんだかんだ満更でもなさそうだしね」

 

「シノンさんまで!?」

 

「レコンくん……って、誰?」

 

「サチさんは知らなくていいですから!」

 

 放課後、学校の違う直葉や詩乃と合流して、響子らは街へ繰り出した。

 

「で、どうする?」

 

 ただしノープランである。

 

「晩御飯にはかなり早いわよね」

 

「じゃ、ケーキでも食べる?」

 

「うっ……ケーキ……体重が……」

 

「そんなに気にしなくても直葉はどうせ全部その無駄に大きいメロンにいくでしょう? けっ」

 

「響子の目が死んでる……!」

 

「響子さんが〝けっ〟とか言ってるの私初めて見ました……」

 

「でもそう言うアンタは食べても食べても全然太らないじゃないの」

 

「そんなものに意味は無いわ。ワタシは、巨乳に、なりたい」

 

「こういうのを隣の芝は青いって言うのよね」

 

「無いものねだりとも言うよね」

 

「誰じゃ今〝無い〟とか()うたん!」

 

「叫ぶな落ち着け!」

 

 話の脱線は女子高生の常――と言うよりじゃれ合いや駄弁りの常か。中身の無い話がどんどん逸れていくのは男女共通であろう。

 尤も。今は脱線している場合ではないのだが。

 

「まあとにかくケーキでいいね? じゃ、東村山でも行く?」

 

「え? 東村山市まで行くんですか? 今から?」

 

「私と直葉はともかく、あなたたちは来た道戻る方向じゃない。面倒でしょ」

 

 里香の提案に直葉と詩乃が首を傾げた。

 全員の学校からの距離を考えてある程度都心の方に出てきて集合したので、東村山市まで行くとなると少々面倒だ。それに、ケーキの話題でそこが挙がる理由もよくわからない。

 

「違う違う。東村山っていう名前の店よ」

 

「店長が東村山さんって人だから、店名も東村山」

 

「どちらかと言うと和菓子系中心の店なんだけど、洋菓子も豊富でしかも美味しいのよね」

 

「店長さんはちょっと強面ですけどね……」

 

「そうだ、東村山行くなら木綿季と藍子にも声かけてみようか」

 

「あの子たちの学校横浜よ? 大丈夫かしら」

 

 SAO生還者組は行ったことがあるらしいが、話を聞くと出るのは菓子のことではなく店長の話題ばかり。

 やれマッチョだ、やれ巨漢だ、やれヒゲ面だ毛深いだと外見の話題から、趣味は手芸らしいだの何人か殺ってるらしいだのという出所不明の情報まで――結局、店長は菓子屋としては少々変わった人だということしかわからなかった。しかも話を聞いて想像した姿が「頭は板垣退助、身体はプロレスラー、基本パンイチで、店では返り血に塗れた花柄のエプロンをつけている」というある種バケモノじみたものであったから、詩乃と直葉は正直気が進まない。

 それでもSAO生還者組はもう行く気満々だ。

 五人に引っ張られていく詩乃と直葉の顔は、売られゆく仔牛のようだった。

 

 ――なお、二人とも帰る頃には東村山の菓子にすっかり心を奪われていた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 所変わって御徒町のダイシー・カフェ。

 アンドリューが表に貸切の札をかけて戻ってくると同時、テーブル席に居た三人がグラスを掲げた。

 

「それでは始めます」

 

「第一八回チキチキ『ほぼ必ず誰かしらの女性陣が居る普段の環境じゃ話せないこと全部ぶちまけちまおうぜ会議』ー!」

 

「い、いぇーい……?」

 

 無駄に真剣な表情の和人と妙なテンションの遼太郎に挟まれる形で座るレコン/長田慎一はどうにも馴染めないようで、顔が引き攣っている。

 

「おいおいカタいぜレコン」

 

「いや、だって……これ結局何の集まりなんですか?」

 

 想い人の兄、かつ自身の尊敬するALOプレイヤーたる和人に誘われてホイホイついてきたものの、先の遼太郎によるタイトルコールで混乱したらしい。

 

「難しく考えるこたァねえよ。要するにアレだ、男だけでバカ話しようぜってこった」

 

「クラインの言うとおりだ。手始めにホレ、何でもいいから話題だしてみな?」

 

 アンドリューに促されて、それならばと彼は今まで気になって気になって仕方なかったことを遼太郎に尋ねることにした。

 

「……なら、クラインさん」

 

「お、なんだ?」

 

「ど、どうやってウォクスさんを落としたんでしょうかっ!」

 

 彼としては、あんな美人を陥落させた手法を聞けば直葉攻略の糸口が掴めるのでは、と思っての質問だったのだが。

 それを聞いた遼太郎は「あー……」と曖昧に笑い、和人とアンドリューも顔を見合わせて苦笑いだ。

 

「あのなレコン。こいつらのはまるで参考にならないぞ。スグに対しては特に」

 

「ななななな何を言ってるんですかお兄さん! 僕は別に――」

 

 めっちゃバレテーラ! と大慌てで取り繕う慎一と肩を組んで、和人は続ける。

 

「いやいや、俺の前だからって取り繕うことはない。スグと付き合いたいんだろ? あのおっぱいを心ゆくまで堪能したいんだろう?」

 

「そ、そんなことは……」

 

「わかる、わかるよレコン君。俺だって兄妹といえど正直たまにムラッとするからな。お前ならなおさらそうだろう。

 だが無意味だ。クラインの話は何の役にも立たない」

 

「おい今聞き捨てならん部分があったぞ」

 

「気にすんなよエギル。

 でもま、聞いて損する話ってわけでもない。どうしてもってならそのときその場に居合わせた俺が話してやろう。いいよな、クライン?」

 

「オメエなんだかんだ言いつつ話す気満々じゃねェか。いやいいけどよ」

 

「よし決まりだ。あの時はたしかエギルも居たんだが――」

 

 

 

 

 

 ――アインクラッド九層。ボス攻略当日。主街区転移門広場。

 

 キリトはエギルと、今回のボス戦について話し合っていた。今回もパーティーを組まないか、という相談だ。

 

「ようキリト」

 

 そして話がひと段落した頃、キリトに背後から声をかけたのは、

 

「……クライン。久しぶりだな」

 

 額に悪趣味なバンダナを巻いた刀使い、クライン。そして彼の後ろには、同じような装備――さすがにバンダナは無いが――の男たち数名。彼が率いる、SAO以前のネットゲームや現実での知り合いのみで構成されたギルド《風林火山》の面々だ。

 クラインは笑顔だが、彼らを見るキリトの表情はカタい。それはかつての始まりの日に彼らを見捨ててしまったと本人は思っているからなのだが。一方でクラインはといえば、さして気にしていないのでその理由がさっぱりわからないのだった。

 

「なんか暗ェな? 嫌なことでもあったか?」

 

「いや、なんでも。それよりクライン、お前ボス攻略に参加するのか?」

 

「応よ! ようやくレベルが最前線に追いついたからな!」

 

 キリトの顔に驚愕が浮かんだ。

 こう言ってはなんだが、初日に一緒に狩りをしたときの感想で言えば、彼はお世辞にも〝上手い〟とは言えなかった。そのうえ、仲間を見捨てては行けないと始まりの街に残ったのだ。仮に攻略組に参加する日が来るとしても、それはもっと上層、トッププレイヤーたちのレベルが伸び悩む頃だと思っていた。

 スタートダッシュに遅れることの意味は大きい。何しろ一層目しか解放されていないのに、プレイヤーは一万人近く居た。極端な話、仮に九割が始まりの街に引き篭もったとしてもまだ一〇〇〇人も居る。Mobは瞬く間に狩り尽くされ、出遅れればレベル上げなど出来はしない。そして二層目が解放されてトッププレイヤーがそちらに流れたとしても、一層で出遅れ組がレベルを上げている間にトッププレイヤーたちはもっとおいしい狩り場でレベルを上げる。差は開きこそすれ、縮めるのは生半(なまなか)な努力では叶うまい。

 

「そっか。なら――」

 

 頼りにさせてもらうぜ、と続けようと思ったが、叶わない。新たな訪問者が在ったからだ。

 

「キリト、エギル。今回もよろしくね」

 

 声がした方を見ると、騎兵槍(ラ ン ス)短 槍(ショートスピア)を背負った欧風の美少女が居た。

 

「おうウォクス。今日は遅かったな。デートでもしてたのか?」

 

「相手がいないわよバーカバーカ、エギルのバーカ」

 

「何言ってんだ、聞いたぜ? ついに一〇〇人斬り達成らしいじゃねえか」

 

「ちょっと、その言い方じゃまるでワタシがビッチみたいじゃない。せめて防衛一〇〇回達成とかにしてくれないかしら?」

 

 一〇〇人斬り――まあ要するに、一〇〇人に告白されて一〇〇人とも袖にした、という話である。

 彼女はその容姿からとにかくやたら目立つ。そのうえ攻略組で、さらには装備や戦法も独特とあって、彼女に関する噂話が浸透するのはアスナと並んでとにかく早い。

 一〇〇人斬りの真偽はともかくとして、彼女に告白してフラれたと言う男は確実に複数居て、さらには街中で突然されたせいで現場を見られたこともある。その手の噂が駆け抜けるのは必然と言えた。

 

「で、実際どうしたんだ? 普段はほぼ一番乗りだろお前」

 

「先にアスナのとこに行ってたのよ。ねえ、あの子、階層が上がるごとに張り詰めてってるけど大丈夫? そのうち壊れるんじゃないかしら?」

 

「その辺は俺よりお前とキリトの方が詳しいだろ。俺はまともに話したのは一度だけだが、お前らは一層で組んでたんだからよ」

 

「ワタシたちだってその後はボス攻略でしか接点無いわよ。まあその辺りはKoBに任せるしかないかしら。

 ところでキリト、あなたどうせ今回もぼっちでしょう? ワタシと組まない?」

 

「え? あ、ああ、そうだな。うん、組む、か?」

 

 キリト――本名・桐ヶ谷和人、一四歳、へたれ。元々人と接するのが苦手な彼は、一層からここまで全てのボス攻略で組んできたウォクスに対してすら、そのへたれぶりを遺憾なく発揮する。

 

「ていうか、お前まだそんな装備してるのか……変える気は?」

 

「無いわ」

 

「ですよねー」

 

 SAOのシステム上、彼女のように武器をふたつ装備すること自体は出来る。だがそれはイレギュラー装備扱いとなり、エラー表示がされると共にソードスキルが使えなくなるという致命的な欠点を抱えている。

 それでも彼女が武器をふたつ装備する理由は――単純にそちらの方が戦いやすかったからだ。

 騎兵槍や片手剣等、逆の手に盾を装備できる武器はいくつかある。しかし盾には当たり判定はあっても()()()()()()()

 例えばシールドバッシュ。当たり判定はあるので可能だ。殴られた敵は衝撃を受け、威力によってはノックバックが発生する。だが攻撃判定は無いのでダメージにはならない。

 ウォクスはこれを嫌った。殴って当たったのにダメージが無いというのが納得いかなかった。

 ついでに言えば、盾のリーチはごく短い。そしてリーチを延ばすと必然盾は巨大に鈍重になり、取り回しは悪くなり自身のスピードも下がる。

 そうなるくらいなら武器防御スキルを上げて武器をふたつ装備した方がマシだ。だって、そのデメリットはソードスキルを使えなくなる()()なのだから。

 

「ところで、そちらの方々は? 今までのボス攻略で見たことは無いと思うのだけど」

 

「ああ、こいつらは――」

 

 ふと、キリトは思う。そういえばさっきからクラインが静かだ。

 紹介のために彼へ顔を向けると、果たしてそこにはウォクスに視線を固定して呆けている姿があった。

 さらに、ウォクスが息を呑む気配がした。再び彼女を見ると、これまたクラインを見て固まっている。ちなみにキリトやエギルと話している間、彼女はクラインたち風林火山をしっかり見てはおらず、誰か居るな程度の認識であった。

 両者固まることきっかり一分。どちらからともなくフラフラと近寄り、彼我の距離残り三歩というところで、

 

「一万年と二千年前から愛してました、ワタシと結婚してください」「一万年と二千年前から愛してました、オレと付き合ってください」

 

「はい喜んで!」「はい喜んで!」

 

「……ん?」「……ん?」

 

 

 

 

 

「って感じでな」

 

「えぇー……」

 

 慎一君ドン引きである。

 

「そんでまあ、とりあえずそのボス戦では俺とウォクス、それからエギルの三人でパーティー組んでクラインたちと共闘してな。戦闘が終わったらウォクスは風林火山について行って――」

 

「ギルドに加入こそしなかったものの、趣味で上げてた料理スキルを駆使してメンバーの胃袋をキャッチ。ギルドホームに居座ってまるで寮母のように世話を焼くことで外堀を埋めていき――」

 

「そんでオレぁそもそも一目惚れしてたのもあって瞬く間に陥落したってわけだ」

 

 その後、ギルドホームでいちゃいちゃしていたらギルメンたちが「余所でやれ!」と血の涙を流し、一〇層主街区ルールライにてプレイヤーホームを購入することになったのはまた別の話。

 場所の選定も家の選定も全ては響子の趣味であったが、そも「住めれば何でも良い」タイプの遼太郎にとっては特に問題ではなかった。ただし所持金は二人とも底をついた。

 

「そういうわけだから、まあ参考にはならないだろ? お前さんはともかく、リーファは別にお前さんに一目惚れしたってわけでもないんだからな」

 

「そう、ですね……」

 

 アンドリューの指摘に項垂れる慎一。

 

「んでもまあ、脈が無いってわけでもない。お前の露骨なアプローチ、スグも満更でもなさそうだしな」

 

「ホントですかお兄さん!」

 

 が、和人の言にがばっと顔を上げた。身内の証言だ、ある程度信憑性もあろうというものである。

 

「本当だとも。あいつは嫌なら嫌だってハッキリ言うタイプだからな。直接拒絶されたことは無いんだろ?」

 

「えーと……そう、ですね。無い、と思います」

 

「じゃあまあ大丈夫だろ」

 

 ジンジャーエールを煽り、半分以上残っていたグラスを一気に空にする。

 アンドリューに頼んで新しく注いでもらい、

 

「ところでレコンってやっぱ巨乳好きなのか? さっきは否定してたけど、やっぱスグのあのスイカが良かったんだろ?」

 

「うぇえ!? いえ、その、」

 

「なんだよ恥ずかしがんなよ。貧乳好きの方が通だなんて奴も居るけどよ、巨乳好きでなァにが悪いってんだ。なあエギル?」

 

「バカだなお前ら。言うだろ、おっぱいに貴賤無しって。大きいのも、小さいのも――どっちもおっぱいだ。俺はなあ! おっぱいが好きなんだよ!!」

 

「エギルさん!?」

 

「ていうかクライン、お前巨乳好きだったろ。ウォクスはだいぶ〝無い〟けど、結局どっち派なんだよ」

 

「馬っ鹿だなァ、キリの字よォ。でかいの小さいのじゃねえ、俺ァ響子の胸が好きなんだよ」

 

「それ以外だと?」

 

「巨乳最高ォ!!」

 

「そ、そう言うお兄さんは……?」

 

「手のひらサイズ is ジャスティス……!」

 

「あん? アスナもわりとでかくなかったか? リーファほどじゃないが」

 

「いや、俺別に胸どうこうでアスナに惚れたわけじゃないし」

 

 と、この時。慎一の脳裡を電流が駆け巡った。

 

 和人は彼女が居る。

 遼太郎など彼女と同棲している。

 そしてアンドリューは既婚者である。

 

(圧倒的……圧倒的リア充率……っ!)

 

 リア充率七五パーセント。というか、自分以外みんなリア充。

 唯一の希望はクリスハイト/菊岡だが、彼は多忙だ。今後この集まりに参加できることがあるかはわからない。そして、和人らの仲間内の男性メンバーは、菊岡を除けばここに居るので全員だ。

 しかも、である。菊岡が独り身であるかどうかわからない。和人には「彼女がいて羨ましい」というようなことを言ったらしいが、それも本当かどうかわからない。皆、彼のプライベートをあまり知らないし。

 詰んでいる。圧倒的に詰んでいる。

 

「レコン? どうかしたか?」

 

「いえ! なんでも!」

 

「そうか? ならいいけど」

 

 冷や汗を流しつつ、彼は決意した。この会合に胸を張って参加するために。

 

 ――頑張ろう。マジで。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――夜。

 

 なんだかんだで二一時前には帰ってきた遼太郎。

 一九歳とはいえ女子高生、かつ制服姿のまま出歩いていた響子の方が帰宅は早く、彼が帰ってきたときには既に家事も入浴も済ませてリビングのソファーで読書に興じていた。

 

「ところで遼太郎さん」

 

「んー?」

 

 遼太郎が風呂から上がってリビングに入ってくるのと同時に、響子が声をかけた。本から顔を上げずに。

 

「今日は男だけで何の話をしてたの――って訊いても、まあ答えないわよね?」

 

「そりゃ……まあ、な」

 

「ワタシもそんな野暮なことを訊くつもりはないの。でも、ひとつだけ答えて頂戴」

 

「な、何だよ」

 

 ここでようやく遼太郎に顔を向けて、

 

「――胸の話は、してないわよね?」

 

 その目に、光は無かった。

 

「いや? してねェよ?」

 

「嘘ね」

 

 彼女はソファーから立ち上がり、遼太郎のもとへ歩を進める。

 

「だって遼太郎さん、嘘を()くときは左の眉が上がるもの」

 

「えっマジで!?」

 

 慌てて額を抑える遼太郎。しかし直後、ハッとして響子を見る。

 これ以上無いくらいの笑顔だった。

 

「う・そ・よ」

 

 語尾にハートが五つはつきそうなくらい、甘ったるい声音。遼太郎は自身の敗北を悟った。

 

「遼太郎さん、巨乳好きですものね。秘蔵のコレクションも巨乳モノばっかり」

 

「い、いやァ……は、はは……」

 

「でも、ワタシにも意地があるのよ。だから遼太郎さんには、貧乳(ワタシ)の良さを思い知らせてあげなきゃいけないと思うの」

 

 遼太郎の腕に自分の腕を絡ませ、ぐいぐいと引っ張っていく。向かう先は当然のごとく寝室である。

 

「なんだよ、今日はなんか一段と卑屈になってねェか?」

 

「今日はいろいろあったのよ」

 

「……ああ、そうかい」

 

 どうせ友人らに胸のことで弄られたのだろう。そういう日の彼女はたいていこうなる。

 

「いつにも増してモヤモヤするわ。()()()眠れると思わないことね」

 

「……ウス」

 

 観念した遼太郎が大人しくなり、そして寝室の扉は閉ざされた。

 

 ――まあ。仕事に響くと困る、ということで日付が変わる頃には解放されたのだが。

 日付が変われば〝今日〟は終わっているのだから、響子は何の嘘も言っていない。言っていないのだ。

 解放されたとき、遼太郎が少しばかり残念に思ったのはある種仕方ないだろう。




 なんと続きました。が、次があるかどうかは未定です。
 ところで響子ちゃんはファントム・バレット篇ではGGOに行っていない設定になっています。理由は、設定を考えていた当時、二槍流の彼女がGGOで活躍する方法を思いつかなかったからです。
 ところがどっこい、ひとつ閃いてしまったことがあるので、ファントム・バレット篇ではありませんがGGOへ行く話ももしかしたら書く日が来るかも知れません。その時はとある武器……いや、武器かあれ? まあ、それを、とんでもない魔改造を施して出演させる気でおります。もしその日が訪れましたら、生温かく見守ってくだされば幸いです。

 え、サチの名前? 捏造ですが何か? ついでに歳は作中に出たかどうかきちんと確認できていないので、もし間違えていたら本作ではその年齢なんだということで納得しておいてください。

 あと今回の話はキリトとエギルにおっぱいの話をさせるために書きました。

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