業界用語で命のことをタマと言うらしい。とくに深い意味はないけどね
レミリアさんの唐突な提案から数日が経った。
あの時のことは正直思い出したくない。
一言で表すなら………地獄絵図と言ったところだろうか。
弾幕と血が飛び交う風景は僕の脳裏に刻みこまれてしまい、未だに夢に出てくる。
結局あの話は、夏休みの間僕を執事として雇いたいということだったらしい。
しかも夏休み全部ではなく一週間程で良いらしい。
その旨が伝えられ、ようやく争いは収束した。
それくらいだったら別に頼まれればいつでもやるんだけどね。わざわざ賭けなんかしなくてもさ。
「ぼーっとしてんじゃねーよ!そろそろ始まるぞ!」
「あっごめん、今行くよ」
流に呼ばれて駆け出す。今はクラス合同の体育の時間。球技大会が近いこの時期は、全クラス合同での体育の時間が設けられ練習試合を行うことができる。
こんなことができるのもこの学校が規格外な広さを有してるからだよね。
今回の球技大会、僕はドッジボールに出ることにした。僕としては野球の方にも興味があったんだけど、これには理由がある。
弾幕ごっこと同じでこの学園の女子が強すぎるからだ。
男女混合のドッジボールではそんな女子を相手取り戦わなければいけない。確かにレミリアさんとかが全力でボールを投げたりしたら身体が爆散しかねないしな…。
というわけで今回はドッジボールへの参戦が決まった。
それにしても…
「やっと私たちの番ですか」
「へへっ、腕が鳴るぜ!」
「………準備万端」
なんでこいつらはドッジボールに来たんだろ?流も啓も淵も力で言えば中級妖怪の上の方くらい。そこら辺の妖怪だったら敵にならないだろうけど、この学園にはかなりの実力者がごろごろいるわけだしなぁ。普段だったら率先して参加したりしないだろうに。
「どうしたんですか、難しい顔してますよ?」
「んっと、なんで啓たちはドッジボールを選んだのかなって」
僕がそう言うと三人はいい笑顔で答えてくれた。
「男ばっかの野球より、女の子と一緒のドッジの方が良いに決まってんだろ!」
「汗で透けて見えるかもしれませんし。何がとは言いませんが」
「………ポロリに期待」
なんか後にいくにつれて酷くなってる気がする。こいつらの出場を全力で止めるべきだと思うが、残念ながら出場登録の期限は過ぎている。こうなると、誰も彼らを止められない。
というか体操着でポロリは無理があるだろ。
「叶也さーん!」
僕が馬鹿三人の扱いに悩んでいると、別の声が飛んできた。というか直接飛びついてきた。
「ドッジでは私もレギュラーですから一緒に頑張りましょう!」
「わ、分かったから離れて!?」
背中に引っ付いてきたのは早苗さんだ。僕は必死にカエルの髪飾りから意識を逸らしながら逃げようと試みる。
「安心してください。私と叶也さんの愛の力があればどんな相手もけちょんけちょんですよ!」
くっ、意外と力が強い。ていうか周りの嫉妬の視線が痛い!流たちもこっちを睨むくらいなら早苗さんを引っぺがしてよ!
ああもう誰でもいいから助けて!!
「何やってんのよ、あんたたちは」
願いが通じたのか、僕の背中から圧迫感が消えた。
「アリスさん!愛する二人の逢瀬を邪魔しないでください!」
「はいはい、逢瀬なら後でしなさい。対戦相手がお待ちかねよ」
僕を助けてくれたアリスが指さす方には二年D組の面々が並んで待っていた。
そこには見知った顔も混ざっている。
「どうも叶也さん、お久しぶりです」
「さとりさんのクラスが相手ですか。これはだいぶ苦しい戦いになりそうですね」
そう、D組はさとりさんが所属するクラスだ。
それにしてもなんか人が少なくない?さとりさんを入れても七人しかいない。
「今日は欠席者が多くてこれしか揃わなかったんです。うちのクラスで風邪が流行ってしまい、お燐もお空も療養中です」
どうやら僕の心を読み取って疑問に答えてくれたみたいだ。しかしお燐さんやお空さんもD組なのか。これは強力なチームだな。
しかしこの人数ではゲームにならないし何とかしないと。
「みんな集まったかー、ってなんでD組はこんなに少ないんだい?」
そんな風に考えていたら体育の先生がやって来た。頭から伸びる紅い一本角が目立つ、星熊勇儀先生だ。幻想郷にいた時とは違い、赤いジャージを身に纏っている。初めて先生をやっているところを見た時は驚いたけど、今となっては全く違和感を覚えない。なんだかんだで似合ってると思うしね。
僕が少し前のことを思いだしている間にさとりさんが事情を説明し終えた。手際いいな。
「なるほど、そういうことか………よしっ、なら私が代役として出てやろうじゃないか!」
「「「「「はっ?」」」」」
その場にいた全員の声が重なった。特に文句があるわけではない。ただ純粋に疑問だった。何故そういう結論に達したのだろうか?
「いやー、見てるだけってのも飽き飽きしてたからねぇ。ここらで私も体を動かすか」
確かに勇儀先生が入れば戦力は補強されるだろうけど、参戦理由が適当だなぁ………まあ自分の欲求に正直なのは妖怪らしいと言えるが、教師としてはどうなんだろうか?
とりあえず先生の決定に問題があるわけでもないので、その提案を受け入れて試合を始めることになった。
A組
八雲叶也
鞍馬流
稲荷啓
遠野淵
東風谷早苗
アリス・マーガトロイド etc…
合計 10人
D組
古明地さとり etc…
助っ人 星熊勇儀
合計 8人
「試合、開始!」
審判の声が開始を告げた。
「「「「ハァ…ハァ…」」」」
試合が始まって既に五分が経過していた。人数的に有利なA組、勇儀先生という強力な助っ人を得て実力的に有利なD組。正直互角の戦いになると思っていたが、その認識はもろくも崩れ去っていた。
僕は隙ができない程度に生き残りを確認する。
今、自陣のコートにいるのは僕を含め四人。意外なことに流、啓、淵の三人が残っていた。しかし三人ともすでに満身創痍。僕だってへとへとだ。
「さあ、いくよ!」
く、来るッ!
勇儀先生が腕を振りかぶった。僕ら四人は一斉に身を固くする。
ど、どこだ。誰を狙っている!?
その時、一瞬僕と勇儀先生の目があった。
考えるよりも早く僕は横に思いっきり飛びのいた。瞬間、先ほどまで僕が立っていた場所を、物凄い勢いでボールが通り抜けて行った。
あれだ!あの球にみんなやられたんだ!
そのまま真っ直ぐ進んだボールは壁にぶち当たり、大きく跳ね返りまた勇儀先生の手に戻った。
今のところあのボールを喰らって無事だったものはいない。みんな仲良く気絶している。というか生徒を容赦なく気絶させる先生って大丈夫なのか?
唯一無事なのはもともと外野としてコートから出ていたアリスだけだ。
「なんだい情けないね。漢ならこのくらいドンと受け止めてみな」
なんて無茶を言うんだこの人は。受け止めたなれの果てをちらりと見れば、それは無理だろうと思わざるを得ない。
まあ、あれだ。鬼が本気を出せば僕らなんて木端微塵だろうし、それが気絶だけで済んでいるってことは一応手加減はしてくれている………はず。
とはいえそれが打開策につながるわけでもなく、僕らは絶望に打ちひしがれていた。
「さてと、そろそろ全員片付けようかねぇ」
「「「「ひぃっ!?」」」」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらささやくように言う先生を見て、僕らは思わず悲鳴を上げた。
「まずは鞍馬、お前からだ」
「くそおおっ!こんなところで死ねるかっ!」
流は叫びながら身体に力を、いや妖力を込めはじめた。
「まず一人!」
「やられるかよ!」
勇儀さんの球が流の目前に迫った瞬間、流の姿が消えた。
「へぇ、面白いことするじゃないか」
流の能力は『空間を跳躍する程度の能力』。簡単に言うと瞬間移動が使えるというわけだ。その力でボールが当たる直前に別の場所へ跳んだのだろう。
「これで終わりじゃねえぜ!」
そういうと流は連続で跳躍を行う。なるほど一つの場所に留まらないことで、狙いを定めさせない作戦か。
「なるほどねぇ。だけどその程度で私の球を躱せると思ったら大間違いだよ」
そういうと勇儀先生はボールを投げた。
そのボールは勿論流のいない場所を通り――「ぐふぅっ!?」――な、何だと!?
確かに先生は流がいる場所とは全然違う場所にボールを放ったはずなのに…。
「鞍馬は次に飛ぶ場所へ視線を向けてたからねぇ。よく見てれば次どこに行くかバレバレだったよ」
勇儀先生は豪快に笑いながら種明かしをしてくれた。まさかあの少しの間に流の弱点を見抜いたのか!?
流の能力の条件の一つに、視界に映っている場所にしか跳べない、というのがある。しかしそれを知っている人は多くない。少なくとも勇儀先生が知ってるわけがないのだが。
流石は鬼。戦いの経験が、踏んできた場数が違う。
「さーて、お次は……遠野、お前だ!」
流に当たって跳ね上がっていたボールが勇儀先生の手に戻る。
「………くっ!」
今度は淵が能力を使った。淵の能力は『影に潜む程度の能力』。影の中に潜ることができ、潜っている間は基本的に外からの干渉を受けない。
確かにボールが当たらなくなるという点で言えばこれは完璧な対策と言えるのではないだろうか。
「ふっふっふ、その程度であたしから逃げようってか」
勇儀先生は不敵に笑うと、右足に妖力を集め始めた。いったい何を…?
「そーれ!」
「のわっ!?ゆ、揺れてる!?」
掛け声とともに右足を振り上げ思い切り地面を踏みつけた。それだけで地面を揺らすなんて……これが鬼の力か。
「………なん、ごはっ!?」
どういった原理かは分からないけど淵が影から弾かられように飛び出してきた。その隙を逃す勇儀先生ではなく、即座にボールをぶち当てられる。
遂にコートに残ったのは僕と啓の二人だけ。いったいどうすれば……
「…叶也。私がなんとかします」
僕が打開策を思案していると、いつの間にか隣に来ていた啓が耳打ちをしてきた。
「な、何か手があるのか?」
「確実ではありませんが、私の『幻術を使う程度の能力』の奥義を使えばあるいは…」
恐怖の所為か啓の顔は死人を思わせるほど青くなっている。しかしここで何の手も打たなければ、僕らも今まで散って行った仲間たちと同じ目に遇うだろう。
覚悟を決めた啓が一歩前に出る。
「おや、次はあんたかい?自分から進み出るなんてなかなか男前じゃないか」
「行きますよ!」
声を上げるのと同時に能力を行使する。現れたのは巨大な鎧武者。僕らの身の丈を優に超えるその巨体はおよそ三メートルはあるんじゃなかろうか。
「ほう、大した幻術だ。理屈は分からないがそいつには実体があるようだねぇ」
そう、それが啓の能力の奥義。妖力を著しく消費するが、実体のある幻覚を生成することができる。いろいろと制限もあるようだが、今回は大丈夫のようだ。
「面白いねぇ。私と力勝負をしようってか」
先生が投球フォームに入る。啓の鎧武者は小手に覆われた二本の腕を前に突き出した。どうやら正面から受け止めるつもりらしい。
「せい!」
「がはっ!?」
なん……だと…!?
ボールを受け止めようとした鎧武者だったが、勇儀先生が放ったボールと接触した瞬間に、塵と化した。まさに雲散霧消。
そして突き進んだボールは啓に直撃。今までより少し力が込められていたのか、啓は他の人よりも遠くに吹き飛んでいった。ま、まあ妖怪だし大丈夫だろ。うん、僕の精神衛生のためにもそういうことにしておこう。
「残るはあんた一人だねぇ」
「いや、ははは、で、出来れば優しくしてくれると…」
「萃香から話は聞いてるよ」
今は僕の話を聞いてよ!…って話?いったい何を聞いたんだろ?
「なんでも最近の人間にしては珍しくかなり強いらしいじゃないか。萃香が言うんだから相当なんだろうねぇ」
萃香さん何してくれてるの!?た、確かに人間の中じゃ結構強い方だし、そこいらの妖怪に負けるほど弱くはないつもりだけども!それでも鬼の方々から見たら僕なんて塵芥でしょ!こ、このままの流れでいったら…
「私も、ちょいとばかり本気を出してみようかねぇ」
や、やっぱりいいいいいいいいいい!!??死ぬ死ぬ死ぬ!このままじゃ木端微塵だよ!!
勇儀さんは心底楽しそうな表情をしている。あの雰囲気じゃ何言っても聞いてくれそうにない。こ、こうなったら自力で何とかしなければ。先生は既に投球フォームに入っている。とにかくエネルギーを全部防御に回して…………………………………あっ
「わ、忘れてたあああああああああああああああああ、ぐべらっ!?」
身体に思いっきりボールがぶち当たり、体が吹き飛ぶ。先に吹き飛ばされた流や淵を飛び越え、さらにその先で倒れ伏す啓も優に超え、壁に激突してようやく止まる。
ボールと壁の二連撃。久しぶりに感じる壮絶な痛みに悲鳴すら出なくなる。これほどの衝撃はレミリアさんのグングニルを受けた時以来か?
意識がもうろうとしているがどうやら五体は無事なようだ。
徐々に薄れていく意識のなか、先ほど思い出した衝撃の事実が頭をかすめた。
しかしそれについて考える間もなくどんどん意識は暗闇に落ちていく。
「へえ、あれを喰らっても生きてるなんてずいぶん硬いんだねぇ」
あんた生徒を殺す気だったんかい。
心の中で何とか突っ込みを入れ、僕は意識を手放した。
次回予告(仮)+本編補足
やっほー、てゐちゃんだよ☆彡
この作者は困ったときは気絶オチに持っていくよね
そろそろワンパターンだと思うんだよ、あたしは
まあ、そんなことは置いといて
今回本編でほとんど出番がなかった守矢の風祝
何故途中から全く出てこなかったのか
みんな気になってると思うからてゐちゃんが教えてあげよう
奴は開始早々鬼教師にノックアウトされました、以上!
え?短すぎるって?
いや、ほんとにそれだけなんだよ
あの風祝ときたら試合中もずっと叶也のこと見てたから迫ってくるボールにてんで気づかなかったの
その結果真っ先にブラックアウトしちゃったってわけ
あれだね、このまえ私の出番を奪ったから天罰が下ったんだよ。いい気味だね
さて次回は、驚愕の事実に気づいた叶也君のお話
このままでは弾幕ごっこの試合に出れなくなってしまう
打開策を求める叶也はある選択を強いられることに
第28話「悪魔の契約」
次回はてゐちゃん再登場!あたしの活躍にこうご期待!!
…ついでに叶也の抱える問題にピックアップ!
※必ずしも次回予告通りになるとは限りません。ご了承ください
ご意見ご指摘ご感想お待ちしてます
活動報告もよろしくです