ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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前哨戦に挑む後編2

 

 うちのメイドが木々のドームに覆われたグリーン・ドラゴンのねぐらの前に挑もうとしている。その様子を30メートルは離れた樹上から見守る俺は、その戦いに一切手を出すつもりはない。手を出すのは彼女が死んだ時だけ。

 賢いモンスターとの戦闘は初めてだが肉体スペックはやはり十二分に越えており、負けている彼女の足りない賢さ―――戦闘経験もこの土壇場で身につけさせる。これまで担ってきた回復・妨害手段も対応した魔法の(スタッフ)と万が一のポーションを渡しているが、使い慣れないアイテムを咄嗟に扱いきれるとは思えない。有効に使える確率は4割と見ているが、さて。

 他人から掛けられる、長時間続く魔法は既にかけているが、自分自身にしかかけられない自己強化(バフ)や短時間のものは省略している。防御面はともかく攻撃面において、超大型ドラゴンの重装鎧を上回る硬い龍鱗に加えて、奴も防御魔法を行使することを考えるに有効打は与えづらいだろう。地力(レベル)の差が顕著に現れている。

 

 マーミアがねぐらに踏み込んだ。しかし(主に攻撃面の)強化用に渡した“小雪の歌(スノーソング)”魔法の黄色の杖を使い忘れている、おかげで戦いはだいぶ苦労するだろう。少し遅れて、洞窟の入り口から竜語で語りかける声がささやかに聞こえ、そして間もなく怒り狂う雄叫びが上がった。

 暫く後に洞窟を覆うドーム天辺を突き破り、上空に飛び出すグリーン・ドラゴン。その脇腹には深々と一本の剣傷が鱗をえぐっており、傷周りは魔法のエネルギーの爆発で激しく損傷している。既に少なくないダメージを与えることに成功したようだ、しかしそれは相手を本気にさせたことでもある。

 側面入り口からドームを脱出し追いかけてきたマーミアだが、それを待っていたとばかりに(恐らく自身のねぐらや、宝を傷つけないために内部ではできなかった)ドラゴンがブレスを吹きかける。量も威力も現実の化学では説明がつかないほど、様々なものを溶かしてしまう酸の(アシッド)ブレスだ。直撃すれば即死させかねないその強酸も、酸に対する魔法の抵抗がついた魔法金属の胴当て鎧(ミスラル・ブレストプレート)が和らげてくれる、が、それでも防ぎきれなかった分の酸が金属を貫いて皮膚にかかり、ジュウジュウと溶ける音を上げる。

 今まで装備が過保護すぎて、殆ど戦闘中にダメージを受けたことはなかったため、ほぼ初めての傷にマーミアは表情を変えてたじろぐ。しかし才はなかれども、魔法によって強制的に鍛え上げられた彼女の強い判断力が、戦いに意識を引き戻す。

 グリーン・ドラゴンは巨体からなる自身の飛行速度差を活かして悠々と高空を周回しており、ブレスの再充填(リチャージ)まで時間を稼いでいる。“空中歩行(エア・ウォーク)”魔法を受けているマーミアでは走っても追いつけないだろう。

 だが、何も追いつく必要はない。空を悠々と飛び回る竜は格好の弓矢の的、故にドラゴン相手に射手は定石と言われる理由はそこにある。マーミアは距離を取られたと見るや、手に持っていた長剣(ロングソード)を鞘に仕舞い、長弓(ロングボウ)に持ち替えて矢を番える。そして一射。車ほどの時速を叩き出すドラゴンでも、一瞬で弓矢の射程外から離れるには至らない。距離があり精度は落ちるが、運良く一発目が直撃し、深く傷口をえぐり取るとともに弓矢に込められた多種多様なエネルギーが更なる爆発を与える。竜殺し(ドラゴンベイン)衝撃増加(コリジョン)(ホーリィ)混沌(カオティック)(フレイミング)冷気(コールド)電気(ショック)、これらごちゃ混ぜのエネルギーが累積すれば、素人の射かけた矢でもダメージは凄まじい。

 自身に深々と突き刺さった矢を見て失策を悟ったか、ブレスの充填待ちを止めて突撃してきたグリーン・ドラゴン、その勢いのままに噛みつきを一撃。咄嗟に回避するマーミアを守る浮遊するミスラルの盾を押しのけ、赤竜の鱗から作られた腕甲、ミスラルの胴当て鎧、その他魔法の守りを貫いて彼女の肉体に更にダメージを与えた。やはりある程度のレベルに達すると、最高の防具を揃えても安全とは限らないのだ。ブレス以上の直接的な苦痛に歪める彼女。牙を突き刺したグリーン・ドラゴンは、そのまま彼女を持ち上げ、全く自由に動けなくしようとするが、まるでするりと抜けてしまう。“移動を妨げぬ自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)”の指輪の効果だ。

 お互い、遠距離戦はマーミアの有利に傾くと知った。では近距離戦はどうか? 俺の見た限りでは、ドラゴンは先ほどのように勢いに頼ってようやく攻撃を当てられる程度、一方でマーミアも体力が乏しいものの、ダメージレースでは引けを取らず、普通に殴り合いで勝ち越せる見積もりだ。それでも互いに出たとこ勝負の運要素は残るが、マーミアの行動次第では有利不利は覆る。

 さて、ここからより有利に持っていくために、彼女はどう動くか。

 彼女が次に取った行動は弓はそのまま逆手に持ち直し、利き手で再び長剣を抜き、接近戦を仕掛けた。近づかれたにも関わらず弓を射るほどの大きなミスではないが、こちらの防御は相手の攻撃力を十分に抑えているのだから、回復用の杖を抜いて傷の回復を優先し、長期戦に持ち込むのが確実な手だった。

 長剣の攻撃は再び鱗を貫通し、エネルギーもあって大きなダメージを与えた。しかし反撃に、ドラゴンお得意の乱舞が襲いかかる。まずドラゴンの牙がマーミアを再び貫こうとするが、それは鎧の表面でガッチリと止められる。すり抜けたところを挟み込むように両腕の爪が彼女の身体を引き裂き、更に振り払うようにして翼がマーミアの身体を殴りつける。仕舞いに尻尾が叩きつけられるが、その全てを彼女は多少よろめきこそすれど動じずに受け流した。優れた魔法の鎧と堅い魔法の腕甲が衝撃を吸収し、普通ではありえない体格差の攻撃をその場で受け止めることに貢献しているのだ。

 そうして攻撃を凌いだ彼女は、三度ドラゴンに斬りかかる。しかしグリーン・ドラゴンはここで再充填済みだった酸のブレスを放ち、目くらましにしてその隙に飛翔、あえてまた距離を取った。流石に俺もここでドラゴンが距離を離す意図はすぐにつかめなかった。弓矢の威力を忘れたのだろうか?

 その答えはすぐに分かった。ドラゴンは高度を取ると、一直線に遠くへ突っ切ったのだ。これはブレスの充填待ちなどではない、逃走だ!まさかドラゴンが逃げると思っていなかった俺、距離を離してのブレスや再突撃を警戒していたマーミアは弓を構えるのが一瞬遅れ、逃走を許してしまう。いや、まだぎりぎり弓の射程内だ。マーミアは急ぎ弓を手に持ち直し、二連矢を射る。距離があればあるほど、ドラゴンの鱗を貫通する威力は落ちる。

 逃走に専念中のドラゴンは防御が緩んではいるが、元より彼の防御力はその鱗の硬さに依存している。

 一発目の矢がドラゴンに当たった。しかし命中時にエネルギーの爆発は見られず、どうやら鱗に弾かれて刺さらずに落ちた。

 二発目。遠目に光の閃光が発した。エネルギーの爆発だ、鱗を貫いて命中している!ダメージは十分、ドラゴンの体が大きくよろめく。

 やったか? いや……倒し切るには、ダメージが足りていない。グリーン・ドラゴンはふらふらと不安定ながらも、しかとした飛行で弓の有効射程三百メートル以上先へ飛び去ってしまい、もはやマーミアの攻撃が届く範囲ではない。彼女はドラゴンを倒し損ねてしまった。

 

---

 

 あっという間に遠ざかるドラゴンを悔しそうに見送る彼女の元へ、俺は近づいて声をかけた。

「まさかドラゴンが自分から逃げるとは思わなかったが、これも良い経験に違いない。

 今回は地力で押し勝ったが、ドラコリッチほどになると攻撃の殆どは盾や鎧の上を貫いてくる。そうなると、手を尽くす必要があるのはこちらだ。

 当日は移動手段の問題で、俺がサポートに付き合えるとは限らないし、渡した魔法の(スタッフ)のことも忘れずに使いこなすようこと」

 

 すっかり渡した魔法の杖のことを使い忘れていた彼女に注意し、俺は遠ざかるドラゴンの後ろ姿を見つめて……魔法の杖を抜き、“《射程延長(エンラージ)》《威力最大化(マキシマイズ)火球(ファイアーボール)”を放った。弓の射程外ではあったが、魔法の範囲からはまだぎりぎり逃れられずにいたためドラゴンは火炎の爆発でトドメを刺され、爆風に煽られ墜落した。恨みを買った挙句に逃がし、不意打ちを受けるのは勘弁願う。

 苦労させた割に、いいとこだけ持っていった俺に呆れて、溜息を吐くマーミア。

 

「これなら最初から、魔法で済ませれば良かったじゃないですか」

「ドラコリッチほどになると、効かないからな。今回は、マーミアがドラゴンの動きを知ることが目的だった。

 基本はブレスを吐いて飛び回り、不利となると打って変わって足を止め、その凶暴な肉体で力任せに殴りつける。あるいは、魔法で解決を図ることもある」

「よく分かんないです……私は斬ったり、撃つことしか覚えられませんから」

「だろうな。……元々そういう役目でマーミアを雇ったから、これは俺が注文をつけすぎだ。

 別の手法で解決策を見つけなければいけないが……」

 

 あるいは人手不足とも。ステータス的な知性こそ魔法で強化され引き上げられていても、根本的なものを考えない性格面は変わらないため、彼女は未だにおバカ寄りである。冒険者パーティで言えば戦士役の彼女を支える、知識役の魔術師(ウィザード)がいればいいのだが。

 そう思案する俺を、不安そうに見つめるマーミア。彼女は、表情を暗くして俺に尋ねた。

 

「ご主人様、私じゃ力不足ですか」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「でも私はご主人様が期待するほどのことが出来ませんでした。ドラゴンはあと一歩で倒せませんでした。私がもっと知恵が回れば、一人で出来たかもしれませんが、それなら、この不出来な私よりもっと良い人を見つけたら、私のことはいらなくなるんじゃないでしょうか。

 やっぱり、私はいらない子ですよね」

「そんなことはない! 確かにお前より優れた戦士(ファイター)魔術師(ウィザード)神官(クレリック)は無数にいる。彼らと共にパーティを組めるなら、彼らは様々な場面で自らの強みを理解し、発揮して状況を打破してくれるだろう。

 でも、あいつらの全てが信用できるわけじゃない。特に俺は沢山の魔法のアイテムに身を包み、身の丈に合わない装いをしている。冒険者の殆どは、一攫千金の金目当てばかりで全くの善人ばかりではない。だから俺が容易く組み伏せられるとみれば、力づくで奪いに来るだろう。

 俺はこの力(チート)を持つせいで、力に生き方を縛られている。だから彼らと共に歩むことは出来ないんだ。俺にはお前みたいな、事情を理解する決して裏切らない人が必要だ。

 たとえ他人に劣ろうが、俺を信じてくれるお前が必要なんだ」

「ご主人様……」

 

 己の足りないところに、俺の期待を失ってやいないかとマーミアは心配を吐露した。そんなことはないと言い返す俺。ある意味、彼女が心配している以上に俺の方こそが心配しているのだった。

 

「ちょっと今のご主人様、面白かったです。ふふっ」

「馬鹿野郎、冷やかすな。人が折角お前のことを心配してるのに」

「はい。ご主人様の言葉を聞いてると、安心します。でも、やっぱり怖いんです。

 私はご主人様に甘えすぎてて……私にしか出来ないことが欲しいです。私にしか出来ないことを、やりとげたいです。

 今の私は、ご主人様に甘やかしてもらったり、手足になるだけで、対等なおつきあいをさせてもらえなくて」

 

 そんなことはない。今の時点で俺に出来ないことは沢山してもらっている。

 善人ではない俺の代わりに善竜に背を許されたり、チートで逆に生き方を縛られて人を信じられない俺の代わりに人と関わったり、物臭な俺の代わりに身の周りの生活を整えてくれたり。それだけで十分だ。

 俺は彼女にそう答えるが……

 

「でも、ご主人様の目の届かない危険なところで何かを任せてくれたことはありませんよね」

「それは……」

「信頼しても、信用はしてくれませんよね。私、ご主人様に信用してほしいですけど、ご主人様から見た私は、信用出来ない人間なんですよね」

「……ああ。すまなかった」

 

 この問いには言葉を返せなかった。それが答えだ。俺は彼女を信頼しても信用していない。

 彼女は元は町の旅亭の娘で、一年前には力仕事には縁もなかった少女だ。促成栽培とドーピングで強化されていても、知識と地力以上に経験と才能が土壇場でものを言う世界では、俺は彼女に危険な仕事を任せる気になれないのである。

 そして信用するには、圧倒的に経験と功績が足らなかった。

 

「優しい言葉をかけられることよりも、嘘をつかれるのは嫌です。私は力不足の少女だと、そう言ってくれればよかった」

「そのための積み重ねだ。今は本当は弱くても、力が足りなくても経験を数重ねて信用出来る戦士になってくれれば、それで良かった。

 それに、俺ではドラコリッチはどうしても倒せない。善竜が背を許したのはお前だけだ、今の俺にはお前が必要なのは嘘じゃない。信用出来なくても、信用するしかなくなったこの件を成功させるんだ、マーミア。これが叶ったなら、俺はお前のことを信用する。失敗は考えるな、その時は信用を失うよりも手遅れの有様になるからな」

 

 ドラコリッチ討伐に失敗する時、それは恐らく彼女が死んだ時だ。やつとの戦闘において、なんだかんだタフなブロンズ・ドラゴンより真っ先に狙われるのは彼女だろう。俺も出向するが、そもそも魔法によって飛行するしかない俺はたった一度、飛行手段を解呪されるだけで、海上に対空出来ず墜落するだろう(着水した程度で死ぬ心配はないのが幸いだが)。時間をかければ復帰は可能だが、その隙にドラコリッチは追撃をかけるなり強化魔法をかけ直すなり逃走するなりと、多数の選択肢を与えてしまう。つまり俺はドラコリッチ戦において決して主戦力にはなれない。

 残るのは協力を得たブロンズ・ドラゴンの「アヴェクス」とマーミアだが、ドラコリッチ化したドラゴンはほぼ間違いなく生きるドラゴンよりも強化されている。弱いドラゴンではそもそもドラコリッチになれない以上、アヴェクスと元々同格かそれ以上なのは間違いなく、単純な力量差でアヴェクス単体ではドラコリッチには叶わない。故に、その差を覆す主戦力となるのがマーミアだ。サイズからなる体力を除けば、攻撃力・防御力共にアヴェクスを上回るステータスを持っている。しかしその少ない体力は致命的で、ドラコリッチがそれに気づけばまず間違いなく優先して集中攻撃するだろう。そして歳を経て高い知識を得た元ドラゴンのドラコリッチが気づかないわけがない。弱点の体力を狙わんと、防ぎようがない魔法や防御を上回るブレスで的確に削りに来るのは間違いないから、この戦いに失敗する時はマーミアが死ぬ時だというのはそういう理由だ。

 ま、仮に失敗して死んだところで、蘇生出来ないわけでもないのだが。その時のことはその時考えるのでおいておく。

 

「死ぬのは怖いだろう」

「はい。でも、怯える気は決してありません」

「そんなことはないだろう。少女のお前を無理に冒険者にしたのは俺だが、心根は変わってないはずだ」

「いいえ、私の心は好きで嫌いなご主人様に奪われてしまい、その思いで怖さは上塗りされました。

 ですから、ご主人様が私を覚えててくれる限り、もう何も怖くありません!」

「……それは違う意味で怖いな」

「女の子は、裕福で優しい男の人に特別に扱われれば、それだけで心は転びます」

 

 そうか、そうなのか。

 恋する乙女の思いはどうやら恐怖すら上回るらしい。

 

 

---

 

 

 ドラコリッチ戦のシミュレーションのつもりで、グリーンドラゴンと繰り広げた戦闘から数日。

 俺は再び湾岸都市の勇者が滞在する領事館で、妹―――闇の勇者を訪問した。今日は火の勇者は同席していないらしい。ならば話はさっさと進められると、俺は早速今回の報告、それから用件を切り出した。

 

「ドラコリッチ討伐の最低限の準備は整った。竜の島で超大型の青銅竜(ブロンズ・ドラゴン)に協力を取り付けたから、空中戦が可能だ。ただし搭乗を許されたのは善人だけ……俺のメイドだな。

 正直、彼女の実力ではドラコリッチを相手するのに全然心許無いが、そこは俺が死ぬ気でサポートするつもりでいる」

「そのような無理はしないでください、お兄様。家族であり、闇の女神に愛された同胞を失うのはとても悲しいことですよ」

「いいや、これは俺は闇の女神に借りを返すチャンスなんだ。このまま放っておけば、神の信者たちを更に殺戮するドラコリッチをここで止めるのは今の時代、勇者たちか……あるいは俺でもなければ出来ないこと。

 決して無理なら無茶はしないが、出来る見込みがあるのなら、ここで信者の犠牲を減らすのが神に愛されし者の役目だろう」

「私は、そこまでのことをお兄様に求めてはおりません。お兄様は私と違って、勇者ではないのです」

「だが女神の祝福を受けている。教えたことはないが、知ってたんだろう」

「お兄様!」

 

 女神から託された神器、『闇のタリスマン』の首飾りを下げる妹の前で、俺はそれと全く同じタリスマンを手のひらに生み出してみせる。俺のチート能力は、何も通常の魔法のアイテムだけに限らず、アーティファクト……神器の取り出しすらも許されていた。

 ただし闇の勇者の資格を持たぬ俺にはこれの真の力を活用することは出来ないが、勇者の神器に限らずアーティファクトは他にも武器や防具様々とある。魔法抑制空間(アンティマジック・フィールド)下であってもその魔力を封じられないこれらアーティファクトは今まで俺の奥の手であった。もっとも今回は妹への見せびらかしに過ぎないけれど。

 

「わざわざ見せたが、別にこれから隠すのを止めるわけじゃないとは言っておく。……闇の女神の祝福が授けられるのは闇の勇者だけ、この世に二人も同じ勇者がいるのはおかしな話だからな。

 俺は女神の勇者にはならないが、でも祝福を受けた期待を裏切るほど邪悪にはなれないよ。神相手でも、借りは返すのは道理だ。今こそ死の危険を冒す“冒険者”になる時ってか。

 ……そもそもドラコリッチの話を聞かせた時点で、お前もこれを期待してたんだろうに」

「私は、そんなつもりじゃ……お兄様には私と一緒に勇者になってほしかっただけなんです!

 選ばれなかったお兄様も闇の勇者たりうる者だと、歴史に名を残す機会を得てもらいたかっただけで!」

「いいや、何を言ってるんだ。今代の闇の勇者はお前だ。

 それに俺は選ばれなかったんじゃない。恥ずかしがりやの俺は英雄と呼ばれることすら嫌だから、ならなかっただけなのさ。

 珍しく、ちょっと勘違いが酷いなぁ。いつもはもっと、聡明な子なのになんだって今日はこんなに……」

 

 俺はいつもの理知的で落ち着いた、慎ましく聡明な闇の勇者らしくない妹の顔を見る。

 今日の彼女はいつもと違い、ひどく感情的で、俺の身を心配していた。普段は万人を愛し、万人を助けんとする聖女たる闇の勇者なはずだが、その姿は彼女の本心を隠さずに表していた。俺が祝福を受けていたことを、彼女に表明したことに当てられたのか。

 だからこそ、彼女の本心を初めて知ることが出来た。俺の十分育った地力(レベル)からなる高い洞察力、そして念のためにと用意した交渉用の魔法の装備品らが、彼女の本心を見抜かせる。闇の勇者と呼ばれる彼女は、俺と同じかそれ以上に心を持つ人間だったと。

 

(まるで聖女のような普段の行いは、逆に言えばその他の人間に等しい態度、等しい感情を抱いていた……ということか。

 生まれた時から闇の勇者たる祝福を女神より授かっていた彼女は、いわば選民思想に近い、自分と同じ特別な人間にしか感情を抱けなかったんだな)

 

 本心を見抜いてしまった俺が妹を見る目に彼女自身が気づき、手遅れだが悟られてしまうほど表情が崩れていたのを直した。

 お互い隠していたものがバレてしまった、なんてことは一切口にせず、お互い何の言葉を口にせず気を取り直して話が進む。二人揃って、家族相手にも心を隠したがる見栄っ張りで、思いやりが強いところはまさに兄妹似とも言うべき、血の繋がってることを実感させられる。

 

「けふん、失礼しました。闇の女神様への信仰ゆえに、と言われてしまえば同じく信仰を持つ闇の勇者たる私には何とも言えません。私は女神の代弁者でもあり、通常ならその権能で信者の無茶を止めることも出来ますが、それはお兄様に限って、機能するものではなくなります。理由は語らずとも分かりますね。

 ですから、私はもう止められません。勝算の薄い無茶だからと、しかし何もせず見送るのは無駄の極みです。

 闇の勇者として協力は出来ませんが、闇の神殿を介して北の大陸へ船を一、二隻動かすよう働きかけます。お兄様はその船の護衛という名目で同乗させますので、ドラコリッチを誘い出す囮や、最悪 足場だけにでも使ってください。

 お兄様を犠牲にするなら、平の信者を犠牲にして成功率を上げたほうがまだマシです」

「本音を隠しきれていないぞ」

「私は効率的な話をしてるだけですが?

 ともあれ直接的な協力は一切出来ませんから、ドラコリッチ討伐における戦力はお兄様頼りです。勝算があると言い切ったのですから、絶対に成功してくださいね。

 というか死んでも、死体がなくても絶対に生き返しますよ。女神様の期待を裏切って失敗するくらいなら死んでしまおう、なんて思わないでください。分かりましたね」

「十分な協力、感謝する。なるべく生きて帰ると約束しよう」

「なるべくではありません、絶対です」

「絶対帰ると約束する」

 

 その後、日程などの調整を話し合い、俺は領事館を去ってマーミアに日取りを伝えた。その当日までは竜の島で得た経験分の地力(レベル)を実力に昇華したり、ドラゴン騎乗や魔法のアイテムを使用する技能(スキル)訓練、あとは闇の神殿を介した船と話をつけたり。

 そうこうしているうちに、あっという間に船を出す日付を迎える。ドラゴンへの騎乗は安定したが、アイテム使用は未だに安定したとは言えなかった。ドラコリッチと戦う上で、呪文レベルの高い自己強化魔法なしにやりあうのは厳しい。如何にしてその時間を稼ぐかは考えものである。

 俺が考えた代案は、騎乗される青銅竜アヴェクスに魔法の杖を渡し、戦闘中にマーミアのことを援護してもらうであった。未だ気が知れない他者にアイテムを渡すのは憚られたが、背に腹は変えられぬ。ドラゴン同士の殴り合いは元より不利である以上、アイテムを使用中に手が塞がることはさほど大きなデメリットではなかった。しかし、超大型のドラゴンの援護をメリットにならないと評してしまうあたり、強さのインフレを感じる。

 

 


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