「ご主人様見てください、鷹ですよ鷹。こんなに人懐っこいんですね」
ついさっき倒したばかりのグリーンドラゴンから肉をもぎ取り、腕に停まった猛禽類へ与えようとするうちのメイド、マーミア。しかし鷹は肉片から顔をそむけ、ついばもうともしない。当然だ、動物に擬態していても善のドラゴンが他の同族を食うわけがない。
それはドラゴンだ、と言ってやるのは簡単だけど、相手もわざとやっている節があるのでそのままにしておこう。しかし
「そういえば、ご主人様はペットに興味はないのでしょうか。冒険にも移動用の馬や猟犬の相棒がいると役に立つことも多いのでは?」
「飼育する金はあるが、面倒が見切れない。とはいえ金に飽かして人に世話を任すのも、可愛がるだけでは愛がないだろう」
「思いやりが愛とでも?」
「そうだ。違うか?」
「違いません、もっと思いやってください。えへへ」
ペットではないが、雑な扱いをせぬよう俺が心がけている相手のメイドはにへらと笑みを浮かべながら鷹を撫でようとし、避けられる。血の臭いを嫌ったように見えるが、実際のところ竜の威厳から安易に触られるのを嫌ったのではないか。
苛立ち、鷹に擬態したドラゴンが飛び立とうとする前に、俺はこの場で話を進めることを決めた。
「マーミア、あまり失礼なことはしない方がいい」
「え?あ、鷹さんは偉い人の象徴だって言いますから、あんまり可愛がったりするのは怒られますよね」
「そうではない。
……このようにあまり察しの良い子ではないので、彼女が怒らせることをする前に姿を表していただけないでしょうか」
はてなを浮かべるメイドをおいて、俺は片手に
「わっと、ご主人様、鷹さんを驚かせないでくださいよ。逃げちゃったじゃありません、……か」
鷹が飛び立つ際の反動で、よろめいたマーミアが態勢を戻した時、彼女の前には既に複数の大きな影が射していた。彼女はそれが唐突に現れたことにあっけに取られているが、彼らは暫く先ほどからこのあたりを周回していたのは、確認したとおり。
その影は陽の光で黄色がかった緑色に煌めいており、それぞれの体格は人間の2、3倍はある、横長の二対の翼と長い尾を垂らした巨大な龍の姿をしていた。4体いる中で特に最も大きな龍は人間の5倍近くあり、それが俺のことを見定めている。
その畏怖すべき存在ともされるドラゴンの威圧感は、その巨大な飛ぶ姿を見るだけで人を放心させる。しかし強い魔法の力で意思を保ち、俺は彼に
『青銅の輝く鱗を持つ善なる竜アヴェクスとお見受けします。
お初にお目にかかります、私は闇の女神の祝福を受けし、名も馳せぬ端くれ。
輝かしい竜たちに力添えを願いたく、この地を訪れました。先ほどは私の供の無礼をお許し下さい』
『闇の徒よ、供の無礼は許そう。しかしかの女神の名だけではこの身は動かないぞ』
『はい、つまらないものですが貢物はご用意してあります。まずはこちらをお受け取り、そして話を聞いていただけないでしょうか』
善なる竜であっても、彼らも宝物に目がないのは性分だ。緑竜の時同様に、まずは話を聞いてもらうのに貢物を受け取って頂いて―――それからこの手の交渉は完全に苦手だが、今回は事前に黙っておくよう警告する暇がなかった―――うちのメイドが気を取り戻す前に話が進むよう、やや急ぎ足で彼の竜にお願いを申し出た。
貢物であるアダマンティン製の彫刻――技術、材料は上級だがいかんせん芸術性には欠ける俺の手によるもの――を暫く見定め、やや不満げながら十分という曖昧な表情をして俺に話の続きを促した。
『悪くない。では、話すが良い』
『はい。先月より、魔王オーカスのいる北方大陸と中央大陸を結ぶ海域に、朽ち切らぬ死竜―――ドラコリッチが現れ、人間が乗る多くの船を沈めております。彼らを倒さんと我ら人間は知恵を振り絞ってはおりますが、船を容易く沈められるドラコリッチを海上で相手するのは無謀で、ましてや大勢では彼のねぐらへ近づくのもままなりませぬ』
『ドラコリッチか。死霊の魔王は古来より、竜を食らい、その死骸を辱めることを好んでおる。全くもって許しがたい不浄の存在よ』
『その通り。そこで我ら人間は、6柱の神に祝福されし勇者たちにドラコリッチの討伐を頼みましたが、勇者たちはまだ六つの試練を巡る最中で、手があいているのは僅か数名。彼・彼女らだけでドラコリッチを倒すのは勇者とはいえあまりにも無謀であり、やはり何より海上で船を沈められては相手になりませぬ。しかし重い期待を受ける勇者たちはこのままではたとえ無謀でも挑みかねず。勇者の一人を血縁に持つ私は、無謀の結果、家族が危険に身を晒すことを望みません。故に私はドラコリッチを倒すため、高貴なる志を同じくする、善なるドラゴンと共にドラコリッチへ挑むことを考えたのです』
『竜には竜を、悪には善を以って対抗する、道理は通ろう。しかし汝の身は勇者に非ず、神に祝福を受けし勇者は、その英雄譚において何人の助けを受けることも許されぬと神は命じているのは承知か?』
『はい。ですからこれは、勇者とは関係なく私が善なるドラゴンに協力を頼み、ドラコリッチに挑みます。
それならば、ドラコリッチの行方を勇者の英雄譚に記さなければ、勇者の偉業を汚したことにはなりません』
『勇者では無かれど、勇者のようにドラコリッチで挑むか。
面白いが、しかし死竜へ挑むにはその身は“飾り”に頼りすぎており、勇者と比べずともあまりに脆弱に見えるが、如何に』
青銅竜のこの問いに答える前に、ちらりと目を横に見やって、うちのメイドの様子を伺う。
やがて気を取り戻しそうだが、今はまだ放心中だ。ならば問題あるまいと、俺はドラゴンの度重なる問いに答える。
『いいえ、今のこの身は言う通り脆弱ですが、“飾り”こそが私の力。
勇者に非ずとも、闇の女神に祝福を受けし者はいるのです。この意味、ご理解いただけますか?』
『……なるほど。そのような者ならば、一考に値する。
しかしそれでも、何時に力を貸すわけにはいかぬ、何故なら……我ら善に生きる強者は、善なる生き物にのみ力を貸すことを許される。
善ならぬ汝に、我らの背を許すわけにはいくまい』
『はい。ここでトンチをお答えするのは、お望みでありませんね。
では私の代わりに、先ほど失礼しましたが……私の供をその背に載せることをお許し願えないでしょうか』
青銅竜は、
そこで俺は手を横にやり、マーミアを紹介する。青銅竜は未だ放心中の彼女に目をやり、驚いたような声を出す。
『なんと。このような少女を戦士とするか』
『ふざけていると思いますか?私はそう思いません。
私の祝福は勇者に非ず。そのあり方も勇者とは異なり、これだけの“飾り”も魔に長けた者は容易く崩してします。
そのような祝福を授けられた女神様の意図は、定命の私ごときには理解しかねますが……私なりに解釈した形の一つが、彼女ですね』
「はえ?あ、あのなんですか皆さん、私のほうを見て。もしかして怒られますか?」
ここでうちの自慢の戦士が目を覚ます。当然、放心していた間の会話など知らず、空気を読めない状態にあった。
「いいや、お前を自慢していた。自慢の戦士とな」
「そ、そうですか。……あの、そんなことをこの御方の前で言われると恥ずかしいどころか、怖いのですけど」
「そんなに怖がることはない。先ほど撫でようとした時みたいに、話をしてもたちまち怒るような方でないよ」
「あ、鷹……えっとその話はやめてください。私、良いドラゴンの方だったなんて知らなかったんです。
だから、そのー、許してくださらないでしょうかドラゴン様?」
「許そう。我が威に当てられ、今もまた怖がれども、決して臆することなき少女よ。
そしてその主よ、この娘をどのように戦士に育て上げたのだ?」
ブロンズ・ドラゴンは、マーミアのことを見て高く評価していた。
彼女が放心したのは巨大なドラゴンが例外なく有する威圧のオーラによるもので、彼女が怖がっているのは俺が話した、金属色の鱗を持つドラゴンは善い偉大なドラゴンであることに気づいてどのように応対すればいいのか戸惑っているだけで、彼女の心は、まるで歴戦の戦士であるかのように全く臆していないことにかのドラゴンは気づいたのだ。
ドラゴンは俺が何をしたのかと尋ねるが、そんなことを聞かれても別に答えはない。
「特に、これといった教えがあるわけでもなく。
彼女の元よりの気性が2割、俺の力によるところが2割、残る6割は彼女が経た少々の、しかし短期間の厳しい戦いが戦士に育て上げました」
あえて言うなら、強い敵を倒して沢山の経験値を獲得した末にレベルが上がっただけです。もしくは魔法のアイテムで増強された精神的ステータスが彼女を図太くしました。
なんて、ファンタジーRPGの世界なら当然のシステムだが、そんな知識を言っても世界の中の人物にうまく伝わるわけもなく(そもそも俺もシステムの存在は体感的に学んだもので、確証があるわけでもないし)、それらしいことを口にした。勿論テキトーに言った言葉だと、熟成したドラゴンには簡単に見抜かれるが、その真意まで見抜けるわけではない。
「長き年を経た我らにも知れぬ境地があると、一つ学ばせてもらった。
その礼として汝の供に背を許そう。少女よ、名は何と言う?」
「えっ?あ、マーミアです」
「ではマーミアよ。このアヴェクスの名にかけて、ドラコリッチと矛を交える戦いに手を貸すことを誓おう。
彼の死竜と戦う時に、今一度この島を訪れよ。誓いの証としてこれを渡す」
そう言って、マチュア・アダルト・ブロンズ・ドラゴンのアヴェクスは自らから剥がれた青銅の鱗一つをマーミアに手渡す。
俺と竜との会話についていけてない彼女が渡されるままに受け取った後、アヴェクスは彼の伴である竜たちを連れて島の奥へ飛び立っていった。
「結局、ご主人様は何がどうして、ドラゴンさん……アヴェクスさんとお話したのですか?
私よく分からなかったのですが」
善竜との交渉は済んだ。あとはこのシリアスな空気に疎い少女に物を教えながら、今後の支度をする必要がある。
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「ほえー。私、そんなドラゴンアンデッドと戦わなくちゃいけないんですか?
何がどう違うのか分かりませんけど、ワイヴァーンみたいに殴れば倒せますよね」
今の今まで話していなかった、妹こと闇の勇者から託された話を打ち明けると共に、うちの戦士メイドに任せた役割を話す。とはいえ、ドラコリッチというアンデッドがどういうものか分かってない彼女は、悪くて強いドラゴンなのだろうという認識しか持っていないのだ。
実際は、一瞬でも装備を機能停止させられるだけで恐怖・麻痺を食らったり、リッチ同様に経箱と呼ばれる、不死の核となる魔法のアイテムを壊すまでは滅ばない厄介なアンデッドだとしても、そんなこと知識に持たない彼女は、割りと気軽に倒してのけると答えるのであった。
「なら本番の前に一度やってもらおう。丁度いい相手もいるわけだし」
「丁度いい相手というと……え、まさか交渉した相手とやるんですか?」
「善竜は、幼い緑竜を手に掛けたことを見たにも関わらず何も言わなかった。
本当に彼らが潔癖を好むなら殺しも咎めたはず。責任は持つ」
だからと早速本番に挑ませるほど、俺は鬼畜でも悪人でもない。まずは前哨戦で手慣らしから済ますのが妥当。ワイヴァーンの群れが蓄えた財宝も中々の量だったが、
そこで先日倒し損ねた
「分かりました。私はご主人様の戦士ですからね。
ご主人様の方がずっと強い気もしますけど……頑張ります!」
足りない才は道具で補い、未熟な技量も武器防具で押し通す。経験はこれから回数を重ねる。
それらを極めた先にアイテムで補えない世界が待っているとしても、今はこのぬるま湯を彼女と共に浴びよう。女神様が何を思って不相応なチートをくれたのかは分からないけど、貰えたからには彼女への信仰を秘めながら生活を満喫するだけだ。善悪を司る神様ではないから、どんでん返しが待っていることもないだろうし。
「ところで、ドラゴンの戦法はワイヴァーンの時にも話したと思うが……」
俺はうちの自慢、善きメイドに対ドラゴン戦術を改めて仕込み始めることにした。後のドラコリッチ戦を思えば、今のうちにアイテムを使いこなさせねばならない。口調は悪くとも口には自信のある俺でも、覚えの悪い彼女に教えるのは数日かかるだろうけれども。
次回1話分に、データに基づいた戦闘描写を書いてみる予定です。