ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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続いて、悪いグリーンドラゴンと交流する話中編

 ワイヴァーンのねぐらで一夜を過ごすと決めたら、残ったワイヴァーンと緑竜(グリーン・ドラゴン)の死骸を完全に始末し、その一部は晩食の材料にしたいとメイドの希望を受けて魔法の住居内に運び込んだ。

 巣の一角に高位な魔法で作られた異次元への入り口が開き、内部から新鮮な空気から洞窟へ逆流する。ワイヴァーンの死骸を運び込んで、小さなマンションの一室へ置きっぱなしにする。

 

 この魔法の住居内には既に最低限の晩餐を過ごすだけの食料が積み込まれ、それを運ぶ召使いも付いているが、料理人が存在しない欠点がある。料理すらも魔法で作れば済むのだが、貴族病ならぬ魔法使い病なる中毒の噂を聞いただけにそれの使用は流石の俺でもためらっている。食した人々が口を揃えてこの世のものとは思えぬほど美味しいと語るその魔法の料理は、傍から聞くと合法麻薬ではないかと心配するのも仕方あるまい。

 というわけで夕食の担当はメイドに任せたのだが、ワイヴァーンという毒持ちかつ見慣れぬ食材だけに、料理の出来は大して期待していない。よって、そんな食材を前に努力する彼女の姿で腹をふくらませることにした。あと、念のため耐毒のお守りを着けることも忘れずに。

 

 さて予想通り、料理は大した味でもなく、かといって全く不味いわけでもない微妙な出来であった。うちのメイドは調理しきれなかった己の未熟を恥じているが、単に食材の問題だと頭を撫でて慰めた。

 

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 翌日。体を洗えないことに不満を述べるメイドはさておき、魔法の住居を引き払って、残ったゴミを焼き払い出発する。

 

 探すのはこの島付近にいるだろう真竜(トゥルー・ドラゴン)。百とある竜の諸島のうち、最も人里に近いこの島にドラゴンが根付くとは思わない(俺たちのような冒険者との衝突を避けるため)が、昨日のこともあって見逃しを避けるべく、きちんと調査する。幸いなことに、一度本物のグリーン・ドラゴンを目撃したことで、特定種族を対象とした探知魔法を使えるようになった。ドラゴンという区切りではワイヴァーンや近縁種まで引っかかるし、それにどんな相手でも探知出来るほど万能な魔法ではないが……捜索を初めて2時間、途中大型動物との戦闘を経てようやく探知魔法がグリーン・ドラゴンの存在を感知した。

 

「今日こそ私に任せてください!ご飯の失敗を取り返します!」

「いや、何もドラゴンを倒しに来たわけではないのだが」

「ええっ!?人を襲う悪いドラゴンですよ、百害あって一利ない悪竜が力をつける前に倒すべきではありませんか!」

「随分と凝った言い回しを……」

 

 どこで知ったのかという疑問は、少し前に風世界で聞いた詩人の歌にそのようなフレーズが混じっていたのを思い出して自己解決。美麗な曲と歌ながら、殆どエルフの言葉で歌われて意味の分からない中で唯一共通語だったのが印象に残ったのだろうか。

 

「放っておいても、ドラゴンが力をつけるには百年はかかるさ。よっぽど悪い竜なら、それこそいつか勇者様や英雄が倒す時が訪れるだろう。それよりも、人の何十倍も長生きする竜だからこそ持つ見識を頼るべきだ」

「悪いドラゴンがそんな素直に教えてくれるでしょうか……」

「十中八九、そんなことはないだろうな。貢物は要求されるし、与えても情報をくれないこともある。だが戦いになればこっちだってタダではやられないし、その時は倒すだろう」

 

 まあ、倒せる相手とは限らんので、そういう場合はさっさと逃げるのだが。

 

「そこまでして何を聞くのですか?」

「別の竜の居場所。蛇の道は蛇っていうし、悪竜が敵である善竜の居場所に心当たりがないこともないだろう?」

「なるほど。発想は良いですね、8割がぶっつけ本番なので台無しになると思いますけど」

「そこは俺もうまくいかないだろうなぁと思ってるけど。全くあてのない旅を続けるよりはマシかな、って」

 

 そうこうしてるうちに、グリーン・ドラゴンの居場所に近づいた。もっさりと木々が茂る丘があり、そのあたりに巣があるのではないだろうか。昨日と同様に幾つかの強化呪文をかけ、更に交渉用の口がうまく滑るようになる呪文の数々もかけたら、いざ行かん。

 

「この森にいる緑竜よ、話がしたい!そなたの知識のほんの一部を、この手にある貢物と引き換えに分けてはくれないか!」

 

 

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 名乗り……というには自分でも似合ってないなと思うところのある言葉を放ち、森に踏み込む俺たち二人を値踏みする目で迎えたのは、昨日のドラゴンよりも明らかに二回りは大きい、人間5倍級の成竜(アダルト・ドラゴン)だった。肉体面、呪文能力の両方ともぎりぎり相手可能な、しかしやりようによっては殺されうる強力な存在である。念話(テレパシー)でその脅威を伝えながら、俺は交渉のため口を開く。

 まずは挨拶代わりの手付け金とばかりに、花の形をしたミスラル製の彫刻像(数日前に材料から加工まで魔法で揃え、作ったもの)を贈呈して、お世辞と共に要求を伝える。本来ならば「我に要求するとは分を弁えぬ虫けらが!」(一例)などと取引を一言で反故にする傲慢な彼らドラゴンだが、贈呈した芸術品が(俺の即席品ながらも)金品的価値と出来ともに高いことに満足していたため話を聞かずに蹴り出されることはなかった。

 だが問題はここからで、俺の目的を話すために善竜の単語を口にした途端、目に見えて緑竜の纏う空気が変わる。慌てた素振りを見せず、しかしながら気を損ねないように慎重に話を進めた結果、情報を渡す条件の一つとして(そのうちの一つに金品が含まれてるのは言わずもがな)、俺の目的と、それから横にいるうちのメイドの身柄を求められた。元は村娘その1であっても魔法やアイテムで洗練された彼女の見た目はドラゴンのお目に叶うほどのものになっていた。

 当然、(金品はともかく)そんな欲求は飲めないとして、うまいこと断る言葉を探しながら、ドラゴンの要求に激昂しようとするメイドを止める俺。少し迷ったが、ドラコリッチを倒すための力添えを借りたいが、善でも悪でもない中立の俺では印象が悪い。そこで彼女を広告塔代わりに押し出す予定であることを伝え、そのための彼女をそうホイホイ渡すわけにもいかないと、言葉をなんとかひねり出して渡す予定の金品を4倍にすることで話をつけた。

 

 さて話がついたところで金品を渡し、情報を聞く。この島から北に5つほど先にある島には青銅竜(ブロンズ・ドラゴン)がおり、その島のどこか水中に彼のねぐらがあるという。彼の名はアヴェクス、竜の島南方の海中を牛耳る熟成竜(マチュア・アダルト・ドラゴン)とのこと。

 その他島の特徴を聞き、彼の息子を道案内につけるサービスは断った。同行している姿を見られ、交渉を断らるきっかけを作るのは御免だし、それはそれで別料金を高く取ろうとするのが目に見えている。

 

 そんなこんなで最初の島から抜け出―――そうとしたところで追撃してきた彼の息子ら、幼い(ワームリング)グリーン・ドラゴンたちを“まとめて魅了(マス・チャーム・モンスター)”の魔法にかけ、引き返すよう頼み込み、俺たちは北の島へ向かって飛行した。

 

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 それらしき島に渡った俺たちだが、どこに行けばブロンズ・ドラゴンと出会えるのだろうという問題に突き当たる。

 直接見たこともないクリーチャーを魔法で探知することは基本的に不可能で、伝聞でも見ることが可能な“念視(スクライイング)”魔法もあるが、対象が強力であり、更に情報があやふやすぎると覗き見に抵抗されやすくなり成功率は非常に低くなる。

 足で虱潰しするにしてもブロンズ・ドラゴンの住処への入り口は水中にあり、また彼ら善竜は人前に直接姿を現すような性質を持たない。全ての魔法を知っているわけでもない俺は、その他の手段を探すのに時間が必要だった。仕方なく残る半日は食料調達や財宝を探しながら、特にあてのない冒険に徹することをマーミアに伝えた。

 

 

「そういえばご主人様。ご主人様のお力で取り出したアイテムは、ご主人がこの世を去った時に消えてしまうと聞いてますが、もしあのドラゴンに渡した彫像が消えた時、怒り狂って逆襲にやってくることはないのでしょうか?」

「いや、あれはちょっとした裏技で取り出したものなので消えることはない。俺が直接出したものは微弱な魔法のオーラを帯びているから、見るものが見れば怪しげな物体だと一目で分かるようだし」

「ええっ?じゃあ、そもそもこうして冒険者にならずともあのような品物を売り続けて、お金に困らずに暮らせたのではないのでしょうか?」

「……出所も不明な金品を何度も換金したら怪しまれるからな。毎回冒険に出て失敗なしに多額の財宝を得るのも不自然だし、結局自力で稼いだ方が他人から怪しまれずに済む一番の安全策になる」

 

 チートで直接出したアイテムは、俺が戻すか、あるいは死ぬと消えることになる。しかしチートで出したアイテムによって、二次的に生成されたアイテムは消えることはない。“上位・創造(グレーター・クリエイション)”を宿した魔法の杖を使い、創造したミスラルやアダマンティン(隕鉄や魔法の土地で産出される黒い希少金属。非常に硬く、アダマンティン製の武器は殆どの物体の硬度を無視し、バターのように裂き潰す性質を持つ)を元に、“瞬間加工(ファブリケイト)”魔法で作ったのが贈呈した彫像である。これは仮説を元に、魔法のオーラを感知する魔法で、作られた素材が一切のオーラを纏ってないのを確かめたので間違いない。しかし生憎、ファブリケイト魔法の出来上がりは術者が持つ製作技術に依存する性質を持つ。なので強化魔法でなんとか二流の芸術家程度の技術を取得した俺では、素材の価値で値を吊り上げた程度の安物芸術品しか量産出来ない。数を売れば、逆に値崩れして儲けが減るのが目に見えているし、贅沢の限りを尽くすにしても必ずどこかで頭打ちする。その金額は、間違いなく最上流階級の収入に届く桁ではないだろう。

 

「その手法じゃ、うまくいっても金貨五万枚を手に入れるくらいがやっとという見立てだ」

「いえ、あの。それだけ手に入るなら十分では?」

「南極の遺跡を開拓する冒険者団体は、数々の希少な魔法のアイテムを手に入れてくるため一年に金貨百万枚の収入を得るそうだ。

 彼らは規模が大きいだけに、人数分けすると末端は一人一万枚も入らないのだろうが……しかしそこを俺たち二人だけで探索できれば、二人で山分けしても五十万枚だ」

「ひゃ、百万……二人で分けても50万、ですか」

「うまくいって五万枚の見立てとは、十倍も違うぞ。

 まあ、発見したアイテムを売り捌けるか、お金を使い切れるかの問題は付き纏うが、お金はあるだけあって困らないからより沢山手に入れるために冒険する、というのが俺の建前」

 

 本心は?と尋ねられるがそれは他ならぬ君が前に指摘したではないか。

 多数の人に感情を向けられるのが怖いし恥ずかしい生前に身についたこの性分は、死んで生まれ変わっても直らなかったのである。

 

 話を戻して。

 

「……でも、私それだけあってもきっと使い切れません。

 お金のために冒険するというのは、どこかで満足してしまわないでしょうか?そもそも十万枚もあれば十分では?」

「そうか……ちなみに俺たちが今身につけているこの防具、一着で金貨三十万枚を軽く超えているのだが、これを自腹で調達しようとすると金貨十万枚なんて軽く吹き飛ぶ」

「ぴぇっ!?」

「更に、渡した指輪は二つ合わせて七万。ベルトが二十万。武器が五万強で、その他諸々合わせれば十万ちょい……計六、七十万枚の相当の価値になる。

 二人分でおよそ金貨百五十万枚の装備だが、これを自力で揃えようとすると年間十万枚なら、その他支出を度外視しても十五年かかる。俺が出したアイテムは死ぬまで有効だが、逆に言えば俺が死んだら後には何も残らない。竜殺しを果たした剣も、巨人の殴打を防ぎきった鎧も何もかも偽物にすぎない」

 

 メイドの前で、俺はこの冒険中使ってきた片手半剣(バスタード・ソード)を宙に投げ、代わりに取り出したアダマンティン製の槌矛(メイス)を振りかぶる。魔法で強い強化を受けているはずの剣は、メイスに叩きつけられ簡単に砕け散り、へし折れてしまった。パラパラと欠片が地面に落ちるも、チートの特性からすぐに粉となって消えていく。

 実際はアダマンティン武器の強度を以てしても一撃で叩き折ることは叶わないため、魔法注入(スペル・ストアリング)メイスによる“物体粉砕(シャター)”魔法を追加で加え、へし折った演出という真相なのだけど。話のためにそこはおいといて。

 

「俺はこの力だけで成り上がった、不相応な人間だと自覚してる。だから俺自身が目立つ場所に立つのは、恥ずかしくてたまらない。だからお前を雇い、代わりに英雄にしたてあげようとしているが……こんなことを言うのもなんだが、俺製の武器と鎧に身を包んでいても、俺が死んだら後に残るお前は仕立て上げられただけの町娘に過ぎなくなる」

「その時は、私はまた街角の看板娘に戻るだけですよ」

「戻れるものか。今だってワイヴァーンの群れ相手に無双してのけた二人組の一人の名が先行してるんだ、お前を知る人は皆、たとえ本当はアイテム頼りだったとしてもお前のことを実力者だって呼ぶさ。そうして高まった期待が、お前が偽物だと知ったら期待が反転して貶される未来なんて見たくない。知りたくないし、聞きたくない。

 まあ死んだ後のことまで世話は見きれないが、全く考えないのは無責任すぎる。最低限、俺が死んでも築き上げた名に恥じぬだけの不動産は持たせようと思っている。幸いにして消耗品の類は調達出来るから、他の冒険者よりも金の貯まりが早いこともあるからな」

「……ご主人様」

 

 俺の、マーミアにかける思いを赤裸々と述べる。そんな思いに対し、うちのメイドは……

 

「話が長すぎます。お昼の支度をしましょう」

「お前って奴はどうしてこう暢気なんだ」

「ご主人が慎重すぎるだけですよ」

 

 マイペースな返答を返してきた。俺の思い、配慮が台無しである。

 

「ご主人様は臆病で慎重すぎて、人を余計に疑いすぎです。他の人はみんな、何をどれだけ狩ったかなんて気にせずに私のことをマーミアちゃんって呼んでますよ」

「それは、そいつらが良い人だからこそ」

「はい、良い人なんですよ、皆さん。ご主人様が心配するほど、私の周りに悪い人はおりません。ですから心配しなくても、私はご主人様がいなくても生きていけますよ。

 あ、今は勿論ご主人様と一緒にいることを望みますけどね!というより私のキッスを奪ったのホントは許してないんですから!」

 

 赤面して思いを告白するメイド。というか、あの件は既に罰はいらないと言いやしなかったか。

 

「それはそれ、これはこれです!罰しなくとも、私の乙女心を弄んだ罪は一生背負ってもらうんですから、ぷんぷん!」

「聞こえは軽い罪なのになぁ」

「しかし、また同じ罪を犯してくれても罰の重さは変わらないそうですよ?」

「教唆罪につき一分間の黙殺処分」

「はう」

 

 少々悪ふざけがすぎるうちのメイドの口元に指を突っ込んで止めさせる。

 女性の口に触ったことに何か言いたそうな顔をしていたが舌の動きを邪魔されてるためうまく言えず、まんざらでもないとちゅぱちゅぱと口内で俺の指を吸う彼女であった。

 くすぐったい感触が羞恥心をそそり、二人の気分が桃色に染まる。しばし俺が満足するまでその体勢でいた。

 

---

 

 一晩かけて、全ての知識が記されているがそれを引き出せるかは持ち手次第という、知識を司る水の神に祝福されし「全知識の書(ブック・オヴ・オール・ノレッジ)」にてリサーチしたものの、結局良い魔法は他に思い当たらず“地形把握(レイ・オヴ・ザ・ランド)”魔法により海岸線沿いを虱潰しに調べるも、地形を大雑把に俯瞰するだけのこの魔法では龍のねぐらに通じる穴を見つけることは出来なかった。あまり取りたくはなかったが、最終手段として“神託(ディヴィネーション)”―――文字通り、神頼みの魔法にて「妹の助けとなるべく善竜の協力を取りつけるにはどこへ向かえば良いか」と闇の女神に問い尋ねる。(俺は積極的に信仰するクレリックではないから、あまり執拗に頼ると神罰を下されかねない)

 返ってきた答えは「その島でその時を待て」という回答。どこにも行かず、ここで待てということは……待っていれば向こうから接触があるのだろうか?

 神託の真意は分からないが、待てといわれれば待たざるを得ない。しかしあまり時間がかかるようでは、我慢にも限界はある。なので一週間を限りとしてこの島に滞在し続けることをマーミアに伝え、暫くはこの島でサバイバルに狩り耽ることに決めた。

 

 

 目的もない滞在期間中は、修行期間に当てた。ひたすら戦いでレベルを稼ぐのもいいが、俺は新たな武術を身につけるためにブック・オヴ・オール・ノレッジを読み込んで新たな技を学び、うちのメイドには先日の経験を更に育ませ魔法装置使用の技能(スキル)を教え込む。

 強化魔法には“(シールド)”の魔法しかり、“信仰の力(ディヴァイン・パワー)”魔法しかり、強力あるいは他に見ない恩恵がありながらも発動した本人自身にしかかけられない、魔法戦士向けのものも多い。俺から彼女へわざわざ一工夫以上かけるより、予め彼女に渡しておいて、自力で使えると戦いにおける対応の幅も広がるだろう。

 というわけでスキルを教え込む上で彼女に、先日の“変身”以外に使ってみたい魔法はないかと尋ねたところ、魔術師や上流階級の間で魔法による化粧が流行してる話を耳にしたことから、「もっと綺麗に美しくになりたい」という女性らしい願いを抱いているそうな。魅力(カリスマ)の上昇は、より魔法装置をうまく使えることに繋がるので幾つかの魅力上昇魔法がまとめて宿ったスタッフを、込められた魔法の内容を共に伝えて渡す。

 彼女は複数回、試行錯誤を繰り返し―――魔法の副効果で近くにいた俺が「目潰し」を受けるアクシデントもあったが―――魔法や様々な俺の助言もありで、安定して杖を使うコツを掴んだ。今はまだ自力で使えるほど身についていないが、そのうち彼女に魔法のアイテムを渡すことにもなるだろう。

 一方、俺自身の修行は難航を極めた。この世界ではかなりマイナーながら間違いなく強力な武術を我流で学んでいるものの、形を真似ることは出来ても戦いに組み込むこと、実践に持ち込めずにいた。なんせ武術と言ってもファンタジー世界だ、現実でいうただ型を取るだけの運動ではなく、魔法や超常能力の一欠片を組み込んだ技は身体能力以上に、センスを要求された。幸い、武術を発する最低限のセンスは俺に備わってたらしく、振った斬撃に影の刃を追随させるとか一瞬だけ火の精霊(ファイアー・エレメンタル)を出現させて挟撃を取るなどの低位の技は身につけられた。これより上位の技を学ぶには、この道の修練がもっと必要になるだろう。

 

 そうこうして二人、身につけた技術をモンスターや大型動物相手に試し打ち(あるいは試し切り)する研鑽を続けて4日。期待していた青銅のドラゴン……ではなく、前の島から追いかけてきた緑色(グリーン)のワームリング・ドラゴンたちの襲撃を受けた。先日の敗北を受けてか、使ったところを目にしていないが攻撃の鋭さが上がっているあたり、魔法のアイテムか何かで自分たちを強化したようだ。それでも、彼らの爪、牙、酸のブレスのいずれも魔法の鎧を貫くことはなかったが。

 

「ご主人様、一度見逃してやったにも関わらずこの有様です。もう倒してしまいましょう」

「いいや、ここで倒してしまえば親御さんが突っ込んでくる口実が、な……」

 

 彼ら色彩竜(クロマティック・ドラゴン)は悪とはいえ、決して血の繋がりを軽視することはない。信頼するかといえば話は別だが、産んだものを独り立ちするまで(あるいは自分の従者になるまで)幼竜たちを守り、育てることの必要性は認識している。奴隷や従者にするにしても、若いうちから命令を果たす優秀な生物なんて殆どいないのだから

 それ故に「折角手をかけて産み、育てた我が子を殺すとは何事か」と、貢がれたから見逃してやった俺たちを再び敵視する口実にもなる。まあ、先日 既に一体を手にかけてることがバレてもアウトなのだが。

 なので再び“魅了”魔法で帰そうと思っても、ここは彼らのいた島から離れすぎている。帰してやろうにも生半可な心術呪文では持続が続かないし、かといって強力な心術では行動を強く制限してしまい、帰路で別のモンスターに襲われてやられてしまう可能性があると気づいた。善竜と交渉する手前、彼らが見ているかもしれない前で知ったことではないと無視するのはあまりよろしくないし。

 さてどうしたものかと考えながら適当に攻撃を捌いているうちに、メイドがしびれを切らし、勝手な行動を取ってしまう。

 たびたび襲ってくるワイヴァーン撃退のために持たせていた“竜殺し(ドラゴン・ベイン)”の大斧(グレートアックス)を数閃、あっと声をあげる間もなくワームリング・グリーン・ドラゴンの半数を討ち取ってしまった!

 

「初めてモンスターを相手にした時、戦いの最中に迷うことは悪だ、と断じたのはご主人ではありませんか。

 そのご主人の代わりに役立てるだけで、今の私は嬉しいですよ」

「ああ、もう。いや分かった、俺が悪かった」

 

 残る二体はそれを見て、やはり勝てないと見るや身体を翻して撤退してしまう。幼少ながらドラゴンだけあって飛行速度は早く、あっという間に離れていったが距離を取ろうとするあまり、何も遮蔽がないところを飛んだのが彼らの失敗だ。メイドが幼竜を手にかけた以上、彼らを逃がせばそれを親竜に報告するだろう。そうすると自身の勢力を侵されたことに怒って襲撃してくるのは間違いない。平和的に交渉した相手と戦うのはあまりにも野蛮だが、自分たちより巨大な敵に襲われるのは勘弁願う。

 先日若竜(ヤング・ドラゴン)相手にやったように、強力な弓にこれまた強力な矢をつがえ、二連射する。並の生物より強力とはいえ、人間以下の体格相応の控えめな体力しか持たないドラゴンたちでは、それぞれ一矢ずつですら耐えきれなかった。

 即死、あるいはかろうじて瀕死で済んだ幼竜たちは気を失って墜落し、地面へ落下、その後の衝撃で恐らく完全に絶命しただろう。お見事です、と大斧を脇に保持して俺に拍手をするメイド。言葉を解する知性体の殺害を褒められてもあまり嬉しくない。

 

 ドラゴンたちの死骸を埋めるべく運搬処理を始める俺たち。上空には、死体のハイエナ行為を狙ってるのか、大きな猛禽類たちが旋回していた。隙を見せれば人も襲いかねないサイズなだけに、見張られるのは嫌だなぁと先に始末してしまおうか空を眺めていたら……ふと理由はないが直感が唐突に走り、チートの倉から魔法のダイヤモンドを一つ取り出し、それごしに空を透かす。

 そのダイヤ――真実を暴く看破の宝石(ジェム・オヴ・シーイング)は、黄緑色に光る複数の竜が旋回している姿を見せた。あの様子、先ほどから見定められていたか。溜息を吐いて宝石を仕舞い、マーミアに一声かけてドラゴンの死骸の始末を再開する。

 

 

 


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