ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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5_妹と仕事の話をするインターバル

 闇の勇者は中央大陸、東方沿岸の大都市にある領事館に滞在していた。

 北から侵略する魔王軍討伐のため女神の祝福のみならず神殿から特別な認可を得ている彼・彼女らは、信仰に熱心な信者たちの熱狂的な歓迎を避けるため世界各国で特別な待遇(あるいは保護)を受けられる。

 そんな闇の勇者の兄である俺も、表面上は一介の冒険者という身分な有象無象に過ぎない。正面から素直に訪問するのは難しいので、かつて短期間の闇の勇者護送を務めたとき闇の神殿に頂いた神殿騎士名義をお借りした。

 

 この地方は火の神信仰が厚く、その他の神への信仰が薄い地域であるが他神の勇者を受け入れる領事館がその他の信者を拒否することはない。身分確認に少々時間を食うも、許可をもらって領事館の応接室に通される。

 

「お久しぶりです、お兄様。私のプレゼントは心地よく受け取ってくださいましたか?」

「ああ、これ以上ないほどに急所を穿たれた。おかげで彼女を見る目が変わったよ。

 今日は借りたものを返しにきたのと、先日留守にしていた間に訪ねた用件を確認に来た」

 

 急な来訪にも関わらず、闇の女神に祝福された闇の勇者の証である艶のある黒髪を煌めかせて、まるで世は我が思いのままに動くと言わんばかりの微笑みを浮かべる、ややマイペース気味に俺を出迎える少女がそこにいた。彼女の隣には火の勇者と思しき、燃え盛るような紅蓮のロングヘアーを垂らし、爆発的なスタイルと美しい肌、目を奪われる魅力とラベンダーのような強い香りを発する、異境の砂漠の王女であると名乗られても納得のいくミステリアスな雰囲気を醸し出す女性が並び座っている。六人の勇者の一人として闇の勇者と共に客を迎えたようだが、その客こと俺の話し相手が自分ではないと承知のようで、俺のことを観察するだけで会話に口を出す気はないようだ。

 ところで、白地のワンピースを身につけ、片胸に黒の大きな六芒星の刺繍を入れた闇の勇者こそ、我が妹である。闇の女神に仕える敬虔なクレリック(神官)である彼女は、神に信仰とその身を尽くす証として元はゴスロリ風だったろうワンピースからフリルと装飾を省き、おしゃれさを取り除いた痕跡がところどころに見受けられる。唯一アクセサリとして、闇の勇者の証である首に下げた女神の神器“闇のタリスマン”の姿は現在見られない。それも当然、今は俺がマーミアを経由して闇の神器を預かっているのだから。

 

「それは、私も嬉しく思います。女性に奥手なお兄様と関係が進むよう、彼女を応援した甲斐がありました」

「むしろ余計なお世話だ。やりすぎたと言える、こんなものを持たせやがって」

「持ってきてくれてありがとうございます。暇な時間を作る手間が省けました」

 

 火の勇者は口を挟む様子がないと見て、俺は勇者と来客の堅苦しい口調ではなく、兄妹の互いの性格を知り尽くした気楽な口ぶりで話しかける。まずは先日預けられていた―――勇者にしかそのオン・オフを操れないため、ずっと起動しっぱなしで袋で覆わないかぎり魔力消失空間を放出し続けてはた迷惑な状態である―――闇のタリスマンを取り出し、彼女に返却する。

 突き出された神器をまるでドレッシングでも受け取るような軽々しさでそれを妹が受け取る一方、火の勇者は闇の神器が思いの外軽々しく勇者の手を離れていたことにやや驚きを見せていた。ミステリアスな見た目の割に、意外と心は幼いのかもしれないとその様子から伺えた。見た目の割に精神年齢の早熟な闇の勇者とは反対だ。

 

「それだけじゃない。先日俺を訪ねに来た理由があるはずだ。

 わざわざ様子を見るため、応援するだけに来るほど勇者も暇ではないだろう」

「お察しの通りです。そんな妹思いのお兄様を持てて私はとても幸福です」

「作法は置いておく、用件はなんだ。勇者を慕う従者を差し置いて、俺に頼むんだ。

 信頼できる相手に頼みたいか、秘密裏に動いてほしい話と見たが」

「はい。お兄さまは、竜の諸島を訪れたことはありますか?」

「いや、ない。だが向こうからやってきた亜竜の相手ならば、何度か経験している。

 あそこでは下位に分類されるモンスターだが、中位までならやっていけないことはないだろう」

「では、上位ならば?」

「成竜したドラゴンか?ブレスならまだしも、魔法を使うドラゴンとなると難しいな……準備に最低2ヶ月、長くて半年は時間をもらえばチャンスがなくもないが」

 

 同じ竜種でも、真の竜(トゥルー・ドラゴン)はワイヴァーンら紛い物の亜竜と比較にならない強さを持つ。狼数匹を一撃で仕留める程度のブレスしか吐かない幼き火竜なら亜竜にまだ劣るかもしれないが、時を経て大きく育つにつれて彼ら真竜は生来の魔法能力など多数の能力を身につける。更に人の2~3倍にすぎないワイヴァーンと比べて、彼らは長く生きるに連れて最大15倍、種によっては更に大きな体長を持つ。齢を取れば取るほど魔法能力もブレスも体格からなる肉体攻撃だって成長する彼らは、単体で英雄パーティ一人分の力量を身につけるために最強の生物と呼ばれるだけのポテンシャルを秘めているのだ。

 中位のドラゴンといえば、幼さが抜けてまだ間もない若竜(ヤング・ドラゴン)から成人してそこそこ(アダルト)のことを指し、魔法能力もまだ高位の呪文に至らない奴らだ。それならば先日のように、俺が頼りにする魔法のアイテムを解体されたり、あるいはその防御の上からブレス・エネルギーや肉体攻撃を貫通される心配が少なくて済む。しかし、その程度であれば勇者パーティは当然として、市井の冒険者やモンスターハンターに任せても討伐してくれるだろう。

 

「それでどうなんだ。俺になんとかしてほしい相手ってのは、いったいどんなドラゴンなんだ?」

「10倍級のドラコリッチです」

「……無理だ。その格を相手するには俺の地力(レベル)が足りない」

 

 俺は頭を抱えた。人間の10倍サイズというとほぼ間違いなく高位の呪文に触れるドラゴンで、しかもドラゴンの強力なポテンシャルにアンデッドの厄介な特殊能力と耐性を兼ね備えたドラコリッチと来れば、例え装備を万全に整えたところで解呪(ディスペル・マジック)でアイテムの機能を抑制され、状態異常で行動不能になったところを仕留められる未来が見える。

 

「勇者の手でなんとかすることは出来ないか?」

「竜の諸島近辺に生息し、北の大陸と中央大陸を渡る船を沈めています。北大陸の密林を開拓していた住民は、魔王出現の報以来ほとんどが撤退しましたが、水・風の神殿を始め魔法的移動手段や連絡手段を持つ方々が残って情報を連絡し続けていました。しかし、二ヶ月前から物理的な連絡、連絡船の消息が消えていることから原因を調査したところ、その正体が巨大なドラコリッチだと判明したのが二週間前です。

 正体を知った風の神殿は、ドラコリッチは手に余るとして六人の勇者に討伐を委託しようとしましたが、勇者の半数は現在新たな聖域に挑戦中で不在です。

 お留守番の私たち二人だけでは力不足ですが、そこにお兄様のお力を借りれば不足は補えるのではないかと」

「確かに俺が勇者二人のサポートを回るならいけなくもない。しかし、仮にも魔王を倒すため神の祝福を受けた勇者パーティに、そうでない俺が直接手を貸すのは勇者伝説にケチをつけてしまうことが心配だ」

「それは気をつけなければなりません。ですが、お兄様がドラコリッチの妨害や私たち勇者の補助に徹する後衛を張るのであれば、勇者を差し置いて活躍したと人々に受け取られることはないでしょう」

 

 勇者は神に祝福され、彼らだけで魑魅魍魎集う強力無比な魔王軍と張り合う力を与えられた。実際の勇者パーティに与えられた祝福はこの宇宙を作った6人の神という大層な名前に反して、世界的に見てたったの(・・・・)一地方(小大陸一つ)分しか支配出来ない魔王軍と等しいだけの戦力しか与えられなかっただとしても、人類の期待に応えるため手助けなしで彼らだけで魔王軍を打破せしめ、神の威厳を保たねばならない義務があることを俺は知っている。勇者の祝福でないがチートという別の形で俺も同様に祝福を受けていること、また闇の勇者の護衛で闇の聖域まで付き添った際に、闇の女神から勇者の意義、その一端を知らされたためだ。英雄も冒険する以外に様々な事情があり大変なのである。

 妹は当然、その場に居合わせたため知っているが火の勇者はそんな事情は知らない。彼女は隠そうとしているが、勇者事情を当然のように考慮する俺の発言に疑念、不審を抱いているのが感じられた。これら事情は女神に知らされたことであり、よもや闇の勇者が勇者の真実を漏らしたのではないか、と誤解されぬよう情報を与えつつ、ドラコリッチ討伐の話を進める。

 

「後衛か。専業術者(スペルキャスター)でない俺の得意とは言えないが、不可能ではない。だがそうすると別の問題がある……女神に勇者伝説の一端を語られるほど信用されている神殿騎士の俺はレベルを差し引いても前衛として不足ないだろう。しかし闇の守護者にして、癒やし手である後衛が主な闇の勇者に前衛は難しい。

 先ほど挨拶を省いてしまい、失礼しました。火の勇者様とは初対面になりますが、これまでに活躍された偉業は私も耳にしています。絶世の歌声で勇者たちの戦いを歌い、鼓舞し、時には火の神より託された火の竜槍を振るうと聞きますが、朽ちた邪竜ドラコリッチ討伐において彼の薄汚れた爪牙を受け切る力はありますかな?」

 

 これまで話に混じっていなかった火の勇者へ、勇者事情を知らされたソースを話に交えつつ挨拶し、暗に「前衛は張れるのか?」という意味を込めた質問をぶつける。こちらの意図には気づいているのかいないのか、裏は読めなかったがようやく宮殿奥にずっと隠されていた箱入りの姫にも似た火の勇者は、俺ごときに聞くにはあまりにも勿体なき言葉を賜られた。

 

「あたくしはまさに炎のごとき火竜の爪と、天使をも貫く牙の鋭さをよくよく存じておりまして。火の神に守りをいただいたあたくしでも、紅蓮の吐息を浴びるまでもなく偉大な彼を飾る血しぶきとなってしまいましょう。あたくしは竜と踊る側でなく舞台裏にて歌い、楽器を弾いては騎士様を踊らせる稀代の詩人、なれば舞台上にて舞うのに適しておりませんのよ」

「……なるほど、戦いと言う“踊り”を嗜んではおられるが、本業は詩人(バード)なのですね。竜のブレス、それから彼の爪と牙を防ぐドレスこと強力な魔法の鎧、そして幾つかのお(まじな)いを用意立てしますが、それでも届きませんか」

「万物を貫く風の弓矢は竜を射抜き、山をも砕く大地の斧は竜鱗を砕きましょうが、火槍は私の情熱を写し燃え盛るだけに過ぎず。朽ちた竜と踊るには我が未熟を告げねばなりません」

 

 どうやら詩的、といっていいものか難解な言葉を好むらしいようで、難しい言い回しで彼女は前衛として力が足りないと申告してくれた。竜は空を飛び回り、前衛を飛び越えて急襲してくるが、かといって前衛が不要な相手ではない。竜の乱舞を耐え切れる前衛、飛び回る竜を射抜く後衛がいて、初めてドラゴンと戦える。

 火の勇者の神器は、火炎の槍。近距離武器とはいえ、だからといって火の勇者がドラゴンと戦える前衛だとは限らないのだ。今の勇者パーティになってそこそこ経つが、まだ他人の力量を未だに読みきれてなかったか、目論見が外れたと闇の勇者は愕然とした表情を見せる。

 闇の勇者に選ばれる未来を持って生まれた妹は、同じ血の下に転生した俺にすら幼少の頃からその使命を隠さんとしていた。それだけ本心を覆い隠すのに長けた彼女が、このように自らの失敗を露わにするのは珍しいことである。俺の視線に気づいて、慌てて表情を取り繕うがもう遅い。俺も火の勇者もその顔をしっかりと目にしている。

 火の勇者は俺のほうに視線を向けて、その蠱惑的なうすら微笑みを、更に深い笑みに変えた。その偽りの少ない表情から、彼女が本心から闇の勇者のことを面白がっている本心が見て取れた。同時に、それだけの本心を俺に露わにするほど、心を緩められた様子も伺える。

 

「面白いですね、貴方。よろしければあたくしたちに付き従う従者の一団に推薦しても良くてよ」

「その気持ち、光栄に受け取りますが、しかし私は勇者やその従者の方々に並ぶほど立派でも高潔でもありませんので、辞退させていただきます。

 勇者二人で討伐は難しいようなら、時間があるうちにこちらでドラコリッチを倒す術を用意出来なくもありませんが、それでも先ほど言ったとおり、俺自身に足りない地力を間に合わせで補うにしても、早くて二ヶ月かかります。それだと勇者方がお戻りになられるか、王国や神殿がそのための兵をまとめる方がずっと早いでしょう」

「ドラコリッチの対策はこちらも考え直します。お越しくださって申し訳ないのですが、今日はお帰りくださいお兄様。また今度、助力を借りたい時にお呼びします」

「闇の勇者ほど特別な身ではないが、唯一の家族のためなら喜んで力は貸す。

 まあ、表向きは割引価格の依頼ということで受け付けるがな」

 

 家族愛を向ける俺の言葉に対し、妹からの反応は無かった。暫く見ない間に、何か彼女の心境を変える出来事でもあったのだろうか。

 話は終わり、応接室を後にして領事館を去る。堅苦しい場所を離れれば、後は自由気ままに振る舞える世界が俺を待っている。

 

---

 

 我が家こそ料亭「大陸東方出張所 白鳩亭 二号館」に帰る。料亭とは名ばかりで看板すら掲げずに一般客を取らない、俺個人をもてなすためにマーミアに与えた大きなダイニングルームなのだが。

 店長にして唯一のシェフかつウェイトレスである彼女、マーミアは本日のディナーを提供し、それを美味しく頂いた後の俺に甘えるように擦り寄ってきた。

 

「ご主人から別の女の匂いがします。私という女がいながら浮気ですか」

「お前は犬か。それは今日訪れた闇の勇者の……あーいや、火の勇者が居合わせたから、それかもな。強い香水を使っていたから、それが体についたか」

「なんと、私の知らぬところで二人の女と逢瀬するなんて酷い浮気者ですか。先日の約束通りもっと私のことを愛してください」

「先日のデートが素敵に終えていれば、俺も気にかけたのだが」

「うぐっ。あの失敗のことは忘れてください……」

 

 なお、既に先日約束させた彼女主導のデートは、彼女の自爆で済んでいる。予約なしで貴族向けの劇場に向かって門前払い、気を取り直して俺の装飾品をコーディネートしようとするも選んだ店はボッタクリ店、マーミアの手持ちでは足りず俺に泣きついた。泣きながらデートの締めに訪れたのは肉系の料亭で、デートの雰囲気などどこかに飛んでいった。後日彼女はそれを思い出し、顔も見せられないほど恥ずかしいと再び泣いていた。

 

「冗談だ。お前のことは少なからず大切に思っているよ。

 からかいたくもなるし迷惑をかけることもあるが、お前が俺に答えてくれるのなら、俺だってお前に答えてやる」

 

 ちょっとの甲斐性と、金しか無い男でいいならな、という言葉までは恥ずかしいので飲み込んだ。

 

「ほわっ。ご主人が積極的で嬉しいけど、なんだか恥ずかしいです」

「前回ほど素敵なデートコースにご招待とは行かないが、明後日から冒険がてら珍しい光景が見られる場所に連れてってやる。今日明日のうちに出発の支度を整えておいてくれ」

「冒険ですか?街で安心安全のほんわか甘いデートではないのは残念ですが、ご主人がそう言うからにはそれなりに期待できるスポットなのでしょう。ちなみにどこに行くのですか?」

 

 彼女の質問に、俺は壁越しに遥か北の方角を指して答える。

 

「海の向こう、大空を支配する竜の島だ。場合によっては、先日食べ逃した竜の肉が山ほど食えるぞ」

「竜の……ええーっ!? あれが沢山なんて、大丈夫……でしたけど大丈夫じゃないですよ!

 あれだけでも大変なのに、竜の巣なんてもっと沢山いるでしょうし、あんなのに群がられたらご主人だって守りきれませんから!」

「その件だが、次から俺も手を出す。半分くらいは受け持つだろう」

「あれ?それは嬉しいのですが、私がご主人の護衛を全部引き受ける話はどうなったので」

「今までは戦闘に慣れさせ経験を積むためモンスター相手に特訓させていたが、そろそろお前も慣れてきたから必要ないというのが理由の一つ。この先、強力な装備に身を包んだだけで勝てるわけでない強さのモンスターが待ち受けているのと、メイドだった頃ならまだしも、恋人に昇格した相手に任せっきりにするのはそろそろやめにしようと思った」

「恋人って、明言されるの恥ずかしいです……」

「直に別の女を見つけるから、それまでの至福の一時と思え」

「早くも浮気の目論見ですか!?」

 

 誠意は向けるが唯一とは言っていない。俺の甲斐性にも限りはあるのでそう多くの恋人は作れないが、清楚なお姫様にご奉仕されたり、中毒気味な女魔術師と依存しあったり、そんなシチュエーションをしたいと思う欲はある。

 ふとその欲望を告白すると、真面目に受け取ってしまったのかぶつぶつと考え込んでしまった。

 

「お姫様で、魔術師……お、お勉強して身分を成り上がらないとダメでしょうか」

 

 お前に満たせると端から思ってないので安心、あるいはガッカリしたまえ。

 

 


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